ヤマダ=チャンのオフレポ
前日の雨が嘘のように、六月六日は快晴と呼ぶに相応しい青空が真上に広がっていた。
絶好のお出かけ日和。
僕の心は期待と不安、そして緊張といった様々な感情がぐるぐると渦巻いていて、それがダイレクトに腸を襲ってきた。いわゆる腹痛というやつだ。
それが緊張からくるものなのか、それとも前日に飲んだマックシェイクヨーグルト味のせいなのかはわからない。
ただひとつ確かなのは、そのせいでどんな服を着て行こうかとなったとき、まともな判断をすることができずに変態と銀色の字で書かれたTシャツを選んでしまったということ。僕は二度とマックシェイクヨーグルト味を胃の中に入れることはないだろう。
車を走らせる。
マリンライナーと呼ばれる、岡山から乗車してくる高校生のマナーが悪いことで有名な電車に乗って高松駅まで向かう予定だ。
駐車場に車を停めて駅舎に入ると、懐かしい人物がそこで僕を待っていた。
「随分気合が入っているな」
お久しぶりです、という前に彼は僕の胸元に輝く文字を見て、そう言った。
「ラーメン先輩」
真っ白な陶器がキラリと光る。どこか憎めない四角い渦巻きは相変わらずキュートで、同性の僕から見ても魅力だらけの人物だった。
「四国オフに参加するって聞いたときは驚きましたよ」
これから僕らが踏み入れる場所は香川県。何をとち狂ったのか、自らをうどん県と名乗ったり、高松駅をさぬき高松うどん駅という名称に変更したり、今年のキャッチフレーズは『愛にきてうどん県』だったりと、年がら年中うどんのことしか考えていない危険な連中がそこいらを歩き回っている場所だ。あくまで噂の域は出ない情報だが、マクドナルドが潰れて、そこにうどんバーガーなるものを売る店ができたとかどうとか。
そんなところにラーメン先輩が行ったりしたら……僕の脳裏には最悪の出来事ばかりちらつく。
「お前も、七面鳥も(名古屋オフレポ 七面鳥オフレポを参照)心配しすぎなんだよ」
こちらの心配をよそに、ラーメン先輩は持ち前の前向きさとハリガネのようなーーいや、もはや粉落としといってもいい固い意志で、香川行きを踏み止まるどころか楽しみにしているようだった。
風の噂で七面鳥さんの行方がわからないと聞いた。名古屋コーチンを食べる店まで、という明らかに不自然な参加の仕方だった。おそらく名古屋オフ参加者の胃袋に収められたんだろう。その後更新されたオフレポやTwitterは、彼の残留思念、もしくは誰かが七面鳥という存在を演じているとしか考えられなかった。
「でも、もしものことがあったら」
「うどんもラーメンも同じ麺類。話し合うことだってできるんだ。なあに、きっと分かり合えるはずなんだ」
そう言って彼は、昔からなにも変わっていない、まろやかな鶏白湯スープのような笑顔を僕に向けた。
「さぁ、あと十分もない。そろそろ行こうぜ」
まるでメンマのような切符を二枚取り出し、その一枚を僕に渡してきた。
「久しぶりに会ったんだ。これくらいは先輩ヅラさせてくれよ」
財布を手にする前に先制攻撃をされた。やっぱり先輩には勝てないみたいだ。
◇
マリンライナーに乗り込んだ僕らは、まばらながらもそこそこ人が乗っていたことに驚いた。何人かは終点の高松に着く前に下車するんだろうけど、これだけの人間がうどんを食べに行く可能性を持った人物であると考えると、少しばかり恐怖が過る。
「お、席が空いたぞ。あそこに座ろう」
相変わらずラーメン先輩は能天気、というか興奮しているようで、迷惑にならない程度の声でこれまでの空白を埋めるように話しかけてきた。
正直、そのほとんどが僕の頭に入ることはなく、適当な相槌しかしていなかった気がする。
前日寝不足だったのもあってか、彼の高くも低くもない男性的な声は眠気を誘ってくる。ガムを口に放り入れるも耐えるどころか、ますます体が重くなっていくばかりだった。
「眠いのか?」
「すいません。ちょっと早起きしすぎちゃって」
「はは。昔、遠出するっていったときも、待ち合わせ場所に酷い顔して来たもんなあ。俺が起こしてやるから少し寝たらどうだ」
「そうさせてもらいます……」
耳にイヤホンを突っ込んで、THE IDOLM@STER CINDERELLA MASTER Passion jewelries! 002の愛は元気です。をリピート設定にして再生。そして重くなっていく瞼に逆らわず、ゆっくりと全身をシートに預けて、意識を遠くへ、遠くへ……
◆
これが最悪の選択になったなんて、そのときはおもいもしなかった。いや、考えるべきだったんだ。
◇
ほのかに香る海水のにおい。人の声に紛れ、遠くから聞こえる何かが爆発するような音で僕は目が覚めた。
異様に重くなった身体の不自然さよりも、今自分が立っている場所がどこなのかがまず気になった。
何かの鳴き声。足下に目をやると、手を伸ばしたら届きそうな距離に数匹の鳩がいた。僕がその場でしゃがみこむと、餌を貰えると勘違いしたのか無邪気に近づいてきた。
周りを見渡す。僕のメモリーには残されていない光景。しかし、一体ここがどこなのかと理解するに、たいして時間は要さなかった。
「高松駅だ……」
振り向くと、そこにはガラス張りの建物があり、ゆるキャラのようにシンプルな目と口が描かれている。そこの右下に『SHIKOKU SMILE STATION』の文字。事前に調べていた高松駅の外観にピッタリと当てはまった。
不意に後頭部へ激痛が走る。反射的に痛みの場所へと手を持っていくも、特に変な外傷はなく、出血もなかった。
ポケットに入れた携帯が震える。Twitterが表示され、そこにはそれぞれの到着予定や自分の居場所を伝える連絡があった。
そうだ。僕は高松に新都社のオフ会をしに来たんだ。うどんを食べに来たんだ。
なにか大事なことを忘れているような気がするけど、そういうときは大抵どうでもいいことなのがほとんどだ。気にしないことにした。
海水池と呼ばれた場所に、同じ文芸作家のホドラーさんが既に到着しているみたいだ。
連絡を頼りに駅前の広場をぐるりと歩くと、白いジャケットの人物がどこか居心地悪そうに岩場へ腰を下ろしていた。もしや。
こういうことをするのは初めてで、運動していたわけじゃないのに心臓が喧しい。しかし行動しなければ一向に話は平行線を辿ってしまうのだから、汗をかいた掌を服で拭い、勇気を出して彼に声をかけた。
「あの、新都社の方ですか?」
ここから僕の新たな物語が始まる、気がする。
(ホドラーさんのオフレポに続く)
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六日未明、香川県側の瀬戸内海沖合で水死体が見つかった。
被害者はラーメンであり、香川県警はこれを自殺と断定し、早々に捜査を打ち切った。
この事件と彼の存在が人々の記憶から消えるのに、さほど時間はかからなかった。
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とりあえずぶん投げられたバトン回収したので次は真面目に書きます。ごめんなさい。