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■1『翼竜模法』

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 ■1『|翼竜模法《ワイバーンモード》』

 この世界で翼竜の背に乗って、その翼竜の歌を聴きながら昼寝することは、きっと王族であっても叶わないだろう。
 テンフ・アマレットは、赤い鱗を持つ翼竜の背で寝転がり、風を感じながら、夢うつつにそんな事を考えていた。
「テン、そろそろいいか? 喉が疲れたよ」
「んー……。ありがとう、アグレ」
 翼竜の名は、アグレ。テンフの、彼の親代わりとも言える存在だ。空を飛びながら、彼らはコーラカルという王国の王都へと向かっていた。
 王都にある、騎士学校へと向かう為だ。翼竜、この世界では本来、絶対に人間と交わることの無い存在。テンフとアグレのように、会話することさえ、本来であればありえないのだが、彼らには特別な絆があった。
 だが、それでも、人間にとって、翼竜は脅威。
 翼竜にとっては、人間など下等生物。そういう事もあって、テンフとアグレは、王都から離れた森の中に住んでいた。
「毎日、毎日。めんどくさいったらない……。飛ぶ事事態に手間は無いが、毎日となるとねえ……」
 アグレの言葉に、テンフは、拳でコツンと、近くの鱗を叩いた。
「騎士になれって言ったのは、アグレだろ? こうしてくれなきゃ、俺は学校へなんて行けない」
 テンフとアグレの住む森から、騎士学校のある王都までは、歩けば一日かかる距離だ。翼竜でもなければ、登校なんて諦めるだろう。
「……お前、騎士としてはどうなんだ? 学校の成績は」
「よくする為に努力してる」
「そうかい。――私は、人間の最大の名誉は騎士として武勲を立てる事だと聞いた。お前には、人間として偉くなってもらわなくっちゃあな」
「俺は――」
 その先を言う前に、アグレは「ついたぞ」とテンフの言葉を遮った。首の横まで這い寄り、下を覗きこむ。そこには、王都『グランデ』が広がっていた。
 人口六千万人。山をいくつか包めるほどの広さを持つ、コーラカル王国の中央都市である。中心には、王が住む宮殿。それを囲う様に、城下町が配置された、丸い都市だ。硬い外壁は平和の象徴と言われていた。
 その都市から、付かず離れず、見えるか見えないかという微妙な距離に着陸し、テンフはアグレの体から降りた。
「ありがとう、アグレ」
「礼はいいから、勉強してこい。そして、立派な騎士になってくれ」
「約束できねって」
 フン、と鼻を鳴らし、近くの木々を揺らして、翼を撃ち、再び空へと舞い上がっていった。
 その姿を見送ってから、アグレは自らの装備を確認する。腰に提げられた二振りのナイフと、一本の片手剣。
 それらが揃っているのを確認してから、体の息を思いっきり吐き、そして、新鮮な空気をたっぷりと吸い込んで、王都へ向かって走りだした。
 走っている自分、流れていく景色、どんどん背中から翼が生えてくるような感覚に陥ってくる。空を切り、風に乗り、地を擦りそうな飛び方をする翼竜。体を動かす時、翼竜に育てられたからか、テンフはずっと、自分が翼竜だったらと考えていた。
 そんな空想に耽りながら走れば、あっという間に王都の正門へと辿り着き、門の中で待っていた一人の女性と目が合った。
 テンフは、片手を挙げて、「よっ」と笑顔を見せる。
「おはよう、テンフ……」
 呆れたように、こめかみを人差し指で叩く少女、名前はプリュス・ロココ。
 毛先があちこちに跳ねた、すこし癖のある茶髪のショートカット。垂れた目に反して、|片眼鏡《モノクル》の向こうから射抜くようにテンフを見つめていた。黒いローブに、黒いミニスカートと、騎士学校魔法学科生に多い服装をしていた。
「どーして、そんなに笑顔でいられるの?」
「いやぁ、朝からアグレの歌を聴きながら、空を飛べるんだ。毎朝こんなに贅沢してたら、そりゃあ幸せってもんだよ」
「羨ましい……。そんなことしたの、歴史上で何人いるんだろ。いっつも見てるから、ほんと、忘れそうになるけど」
「さぁなー。アグレ以外の翼竜って、見たことないから、俺にはわかんねえけど」
 城下町を歩き、騎士学校を目指す二人。敵兵から攻めこまれても持ちこたえられる様、土地勘が無い者は迷うほどの迷宮めいた町並みをしていた。当然、メインストリートは一本道で王宮まで通じているが、そこまで出るのにも相当の苦労を要する。
 だが、二人は当然、騎士学校に通ってから半年ほど経過しているし、プリュスに至ってはそもそも生まれも育ちも王都だ。
 テンフは、最初の頃はプリュスに案内してもらったっけな、と思い返しながら、騎士学校へ向かった。
 騎士学校は、王宮のすぐ横にある、大きな屋敷の様な建物だ。
 かつて、調子に乗った貴族が、大きな家をおっ立てたはいいが、運用資金を考えていなかったらしく、国に売り渡したという、あまりいいきっかけではない建造理由があった。
 校門を潜って、校舎を見た瞬間にテンフの口からため息が漏れたのは、そういう理由を思い出してではなかった。
「よぉ、飛竜憑き!」
 その声を聞いて、テンフは少しムッとした顔で、校舎の窓を見つめる。
 そこには、二人の男。テンフの学友、トラディス・トーレと、ファナック・アイザックであった。
「今日もあの化け物に乗って登校かよ。いい身分だよな、弱い癖によぉ」
 トラディスは、いつもの様にニヤニヤと意地悪く笑った。テンフにとっては不幸と言うべきか、彼の顔は、とても整っていた。ある人は美術品の様だとも言うし、それをみんなが認めるかの様に、彼の周りには人が集まっていた。赤毛の短い髪は、野原を駆ける犬を思わせる。
「翼竜に育てられても、教育ってのは受けたいものなのかい?」
 トラディスの隣で、くすくすと笑うファナックは、ツヤのある黒髪を眉に掛かる程度まで伸ばした、少しあどけのない幼い顔立ちをしている。
 その二人が、登校してきたテンフとプリュスを――正確には、テンフのみを、だが――侮蔑的に見つめていた。
「ははっ……。まあ、俺は二人に勝てないけどさ、アグレの事でどーのこーの言うのはやめてくれよ」
 そう言って、トラディスとファナックの言葉を受け流し、テンフは校舎内に入っていく。
「そうよ。この場にいない人の事を言うなんて卑怯じゃない。それでも騎士?」
 苛立った表情を隠そうともせず、プリュスはそれだけ言って、テンフの後を追った。
 テンフへ侮蔑的な視線を向けているのは、トラディスとファナックだけではなかった。学校の、ほとんどの生徒が、彼に奇異の目や侮蔑の目を向けていた。
 テンフが王都へやってきたのは、騎士学校に入学したのとほぼ同時だった。翼竜に育てられた少年という、特殊すぎる境遇は、王の元まで話が行ってしまうほどだった。
 翼竜というのは、人間にいい感情を抱いている生物ではない(とはいえ、特に悪い感情を持っているわけでもないが)。ほとんど人間の前に姿を表さないとはいえ、国を滅ぼした翼竜だっている。
 そうなってくると、テンフの立場というのは微妙な者になってくる。
 確かにテンフはコーラカルの国民だが、それでも翼竜を使って国を滅ぼさないとも限らない。
 追い出すべきだ、と言う人間もいた。竜のごきげんを取る為に、彼を引き受けるべきだ、と言う人間もいた。
 だが結局は、王の『騎士になりたいという者がいるのなら、拒むべきではない』という言葉によって、テンフの入学は許可された。
 そんなすったもんだがありつつも、テンフは才能に恵まれた生徒とは言えなかった。

  ■

 騎士学校の授業は、基本的に二つの科目に分けられる。『戦闘技能訓練』と『戦術訓練』である。戦争とは、ある意味で商売に似ている。プリュスは魔法学科――つまりは、魔法を基礎とした援護型の学習を行う学科に通っており、テンフとトラディス、そしてファナックは、騎士学科――歩兵を中心に育てる学科へと通っている。
 テンフにとって憂鬱なのは、模擬試合の時間だった。
 座学なら、戦術訓練の時間なら、嫌がらせされる事もない。だが、戦闘訓練となると、話は違ってくる。
 校庭の真ん中で、二人一組になり、木剣を使って戦い、剣での戦い方を覚えるという物。
 テンフは、その対戦相手に指名される事が多かった。

 その日、テンフはトラディスと戦う事になった。彼はいつも、テンフとやるのはつまらないと言ってはばからない。だが、イライラしている時などは、テンフを指名する。

 周囲には、テンフとトラディスの戦いを見守る生徒達と教師。テンフの目の前には、対戦相手のトラディスが、負けるとは少しも考えていない笑みで片手で木剣を持って、切っ先をゆらゆらと揺らしていた。
 テンフは、木剣を両手でしっかりと持ち、突っ込むべきかどうか迷っていた。剣が重たい、邪魔に感じる。それでも、剣で戦わなくてはならない。
 コーラカルの文化は、剣至上主義である。
 王国の始祖が、聖剣を使ってこの国を作ったと言われているこの国にとって、剣を扱う剣士は、花形の職業だ。

「だぁぁッ!!」
 意を決して、地を蹴るテンフ。
 剣を腰にしまうようにして、思い切りトラディスに向かい振るった。そのスイングスピード自体はそれなりだ。あっという間にトラディスの懐に飛び込む脚力も、風を思わせる。
 しかし、彼は自らの持っている武器を、まったく理解していなかった。
 彼が持っているのは、片手剣を模した木剣である。刃渡りは腕と同じ程度の長さ。つまり、中距離武器である。だと言うのに、テンフは間合いを間違えている。
 トラディスは当然それを知っている。テンフの接近したがる癖、それによる攻略のしやすさは、学年でも有名になってしまっている。
 だから、トラディスは、接近してきたテンフに向かって、木剣を突き出す。そうすると、接近したがるテンフは、顔面に向かってきた木剣を避ける為にサイドステップ。ペースを崩され、体勢が崩れたところに、トラディスの突きがもう一閃飛ぶ。
 体勢を崩したテンフに、それを躱すことも、迎撃することも敵わない。
 楽々と鳩尾に突き刺さった剣は、テンフの呼吸を一瞬止め、苦しさから、テンフは倒れた。
「うぐっ……こはっ……!」
「だーっはっはっはっは!! 相変わらず弱えぇなぁ、飛竜憑き!」
 悶え苦しむテンフを見下しながら、トラディスはすっきりした顔で笑っていた。彼の苛立ちは、テンフを楽勝に倒し、自分の強さを確認することで、解消されたらしい。
「……相変わらず強いなぁ、トラディスは」
 痛みが引いてきたので、鳩尾を押さえながら、呼吸を確認して立ち上がるテンフ。笑顔を作るが、それを見たトラディスは、つまらなさそうに、背後で待っていたファナックに木剣を手渡した。
「俺はもういいや。次、ファナックがやれよ」
「えぇ、もういいの? んじゃ、遠慮なくやらせてもらうよ」
 木剣を受け取ったトラディスは、それを掌に乗せ、ニヤニヤと笑いながら近寄ってくる。無抵抗のおもちゃを前にした様な顔は、テンフを脅威と思っていないことが、よくわかった。
「……前から疑問だったんだけど、テンフってその腰に提げたナイフ使わないよねえ。ま、ここでナイフなんて、コーラカルの戦士としては恥だけど……。良い物なのかよ。見せてみろよ、そのナイフ」
 テンフの腰へ手を伸ばすファナック。その瞬間、テンフの頭に思考が介する事はなく、無意識の内に、ファナックの手首を掴んで、ナイフを奪われるのを阻止していた。
「……これに触らないでくれ。このナイフは、アグレが俺に作ってくれた、お守りなんだ」
 思い切り、ファナックの手首を握る。彼の顔が、苦悶へと染まっていく。
「い――ッ!」
 その苦悶が言葉へと戻る前に、ファナックは、テンフの顔を殴った。テンフにダメージを与えられたという事実を隠す為に。
「あっ、くそっ! 飛竜憑きの癖に、生意気なんだよ!」」
 素早く剣を構え、追撃するファナック。防ごうとするが、剣の間合いにどうしても馴染めないテンフは、一度は躱すも、自分の持っている剣が、まるで体を縛り付ける鎖みたいに感じられて、結局、手痛くやられてしまった。


  ■


 テンフの顔に大きな痣ができるくらい傷めつけられた辺りで、やっと教師が止めに入ってきた。その場から離れていたのを、良心のある同級生が連れてきてくれたのだろう。トラディスとファナックに睨まれるのが嫌だろうから、名乗りではしなかったけれど、それでも、テンフはその誰かに内心でお礼を言って、帰路へつこうとしていた。
 校舎から出ようという段になって、背後から、「テンフっ!」と声が聞こえてきた。その声は、プリュスの物。
 振り向いて、テンフは笑顔を見せる。
「よっ。授業どうだった?」
「……それより、テンフ、ひどい顔」
 顔の右半分は包帯で隠れているが、それがむしろ、皮膚がどれだけひどい惨状になっているのかをプリュスに想像させた。
「……テンフ、騎士向いてないよ。やめたほうがいいよ」
 心底辛そうに、プリュスはテンフの顔を見つめた。味方から嫌われた騎士。そんなもの、戦場に出て役に立つワケがない。背後から刃を立てられるのがオチだ。
 そういう心配をしてくれるプリュスを、テンフは尊敬していた。自分には一切関係がない。彼女がこうして、テンフと一緒にいてくれるのは、彼女の正義感からだ。だからこそ心配してほしくない。
「やめられないって。……というか、やめたくない。このままやめても、負け犬だ。それはアグレが嫌がるし、俺も嫌だ」
 二人は、学校から出ながら、そんな話をしていた。飛竜憑きと呼ばれた少年と一緒にいるとして、プリュスもそれなりに有名になってしまっていた。それがテンフにとって、心苦しい。
 俺が心配をかけなかったら、プリュスはもっと普通の学校生活を送れたんじゃないか? そう思ってしまう。どうしても、頭の隅っこにへばりつく。
「親代わりのアグレが大切なのはわかるけど、それでもそんなんじゃ、体が保たないよ。テンフ、戦う才能なんて無いんだから」
「……アグレが言ってたんだ。『人間として偉くなるなら、騎士になるのが一番だ』って。アグレは俺の人生に方向性をくれた。だから、騎士になるんだ」
「あ、っそ……」
 自分の言葉は聞いてくれないんだ、と唇を尖らせるプリュス。困ったように笑い、テンフは「心配かけてごめん」と謝った。冗談めかして。
 本気で謝れば、きっとプリュスは激怒する。
 それは嬉しいけれど、同時にとてもつらいことだった。

 王都正門前でプリュスと別れ、アグレと落ち合う地点まで、テンフは走った。
 走っている時だけは、すべてを忘れられる。自分の体をアグレの様に扱って、飛ぶ様に走る事ができる。この瞬間が、テンフは、アグレの背に乗って歌を聴きながら眠る事の次に好きだった。
「……ひどい顔だな」
 落ち合う場所である、王都近くにある泉で、テンフの顔を見たアグレの第一声が、それだった。
「やれやれ、情けないねえ。お前、また負けたのかい?」
「……剣は苦手なんだよ」
 喉をぐるる、と鳴らし、テンフを睨むアグレ。
「テン、お前、騎士になりたいのかい? なりたくないってんなら、別にやめてもいいんだよ。私ゃ、お前を幸せにする事さえできれば、なんでもいいからね」
「さぁ。それは、わかんないけど、俺は今、負けない為に行ってるんだ。やめる気なんてさらさらないよ」
「そうかい? さすがはテンだ。背中に乗りな、今日はシチューを作ったよ」
「……ずっと謎なんだけどさ、アグレって、どうやって飯作ってんだ?」
「そんなの、これに決まってるだろ」
 と言って、翼の先についている、腕の様な部位で、ピースサインを作って見せる。それってホントかよ、と思いながら、テンフはアグレの頭に乗り、再び空を楽しむ事にした。
「そろそろ暗くなっちまうなぁ……」
 溶けていくガラス球みたいな夕日を眺めるテンフ。少し寒いので、アグレの体に抱きつくと、ほのかに温かく、寒さなんて気にならなくなった。
「陽が落ちるのも早くなってきたな。寒くないか、テンフ」
「お前がそんな親みたいな事言うなんて、驚きだよ」
 寒いけど、アグレが温かいから大丈夫。そう言おうと思ったが、しかしそれは、もう一六になるテンフにとっては恥ずかしい一言だ。
「はんっ。これでも、お前の人生を預かってる身だからね……あ?」突然、素っ頓狂な声を上げるアグレ。「前方、あれ、見えるか?」
 その指示通り、テンフは前方を見つめる。何かが空に浮いているのかと思ったが、空には何もなく、どんどん視点を下げていく。すると、地上に、小隊ほどの人数が固まっているのが見えた。
「……珍しいな、街道外れのこんなとこに、あんな人数が固まってるなんて」
 人が滅多に来ないからこそ、テンフとアグレはそこで生活できているのだ。翼竜なんて目立つ存在が、人通りの多い場所で生活できるわけがない。追い立てられるか、来るものをみんな殺すかしかなくなる。
「あのボロボロの格好、あれ、野盗じゃないか?」
 テンフは、目を凝らして集団の服装を見る。みんな薄汚れていて、服もところどころ切れ目が入っている。
「あぁ……、っぽいねえ。ここの近辺だと、あそこの村か」
 王都の近くにある、それなりに大きな村が、テンフとアグレの視界にあった。
「マズイぞ、アグレ。あそこの村が襲われる……」
「ほっとけばいいんじゃないのか? 襲われる村が悪い」
「襲うやつが悪い! アグレ、助けよう。騎士団に連絡を取るんだ。お前の全速力なら、三〇分もかからない」
「ふざけるな。私に、お前以外の人間の為に働けってのか?」
「……そうだよ。頼む、アグレ」
 二人の間に、しばしの沈黙が流れた。だが、すぐにアグレが「わかったよ。助けてやろうじゃないか」と、大きなため息を吐いた。それがまるで返って来たみたいに、テンフの頬を風が撫でる。
「ほんとか?」
「あぁ。――だが、私の翼でも、間に合わないと思うね。戦うのなんて、もっとごめんだし。だが、誰かが戦って時間稼ぎしなくっちゃならない」
「……じゃ、あの村に先に降りて、自警団に――」
「――バーカ。そんなの、野盗に勝てるわけないだろ。お前が戦えばいいんだよ、テン」
「むっ、無理に決まってんだろ! 同級生に負けてんのに、どうして俺が野盗に勝てるんだよ!」
「私があげたナイフを使いな。あんた、苦手なくせに、学校だと剣ばっかり使ってんだろ?」
 反論しようとしたが、アグレの言う事は本当なので、言葉を飲み込んだ。
(……ここで野盗を倒すって手柄を立てさせりゃ、テンの出世に役立つしね。多少無理してでも、あいつらはテンフの手柄にしておきたいね)
 そんなアグレの思惑は知らず、テンフは立ち上がり、地面を見て、覚悟を決める。
「……わかった。アグレ、着地頼む」
「あいよ。言っといで、そして手柄を立てるんだ」
 思い切り息を吸い込み、それを肺に溜め込んで、体を戦うモードへと変える。
 そして、アグレの背を蹴るようにして、テンフは飛び降りた。
 飛び降りたテンフに向かって、アグレは魔法を込めた吐息を吹きかける。それはテンフの周りで停滞し、着地するテンフのクッションとなった。その為、テンフは無傷で、野盗の前へ降り立つ事ができた。
 馬に乗っていた野盗達は、いきない空から降ってきたテンフに驚き、その歩みを止めた。
「お前、今どこから現れた……?」
 戦闘に立つ、おそらくリーダーだろう男が、テンフを睨んだ。空を見るが、すでにアグレは王都に向かって引き返している。野盗達の視野では、捉える事はできないだろう。
「どうでもいいだろ? ――お前ら、あそこの村を襲うつもりか」
 テンフは、背後の村を指さして、野盗を睨んだ。
 数はおよそ二〇。対して、テンフが一人。一〇代そこそこの騎士見習いが立ちふさがったからと言って、野盗には脅威でもなんでもない。
 だから、テンフがなぜそんな事を聞いてくるのか、野盗のリーダーはまったく理解できなかった。だから、少し戸惑いながら
「当たり前だろ。それが仕事なんだからよぉー」
「盗みと殺しは重罪だ。それが仕事だってんなら、俺はお前らを殺さなきゃならない」
「……お前、頭大丈夫かぁー?」
 リーダーは、心底呆れたようにつぶやき、その後ろの野盗達は、テンフの言葉を笑っていた。
「騎士見習いだろ、お前? どれだけ自信があるのか知らねえけどよぉー。この人数を相手にして、勝てると思ってるのかぁ?」
 腰に提げられた二本のナイフを引き抜いて、逆手に構えながら、改めて野盗達を見る。
 アグレに言われた事が、頭の中で、何度も繰り返されていた。まるで、屋根から落ちる水滴のように。

『敵を前にしたら、自分がどう殺されるのかを想像するんだ』

 相手は剣を持っている。首を撥ねられるか?
 まずは腕を落とされるかもしれないし、胸を一突きされるかもしれない。

『覚悟だ。腕を落とされようが、どれだけの致命傷を負おうが、頭だけになっても、相手の喉笛に食らいついて、食いちぎってやるくらいの気持ちでいろ。死ぬ事を覚悟しろ』

 恐れては進めない。
 戦うとは、恐ろしい事だ。恐れては、人を殺す事なんて出来ない。
 死ぬ事は自然の理であり、殺す事もまた、自然の理。

 テンフは、両腕を広げる。
 まるで、その手を翼に見立てたような構え。
「|翼竜模法《ワイバーンモード》……」
 自らの体を、翼竜だと思え。
 最強の存在だと思え。
 |私《アグレ》にもっとも近づいた人間だと思え。

「ガキ、いいからとっととどけ。どかなきゃ、ころ――ッ?」
 テンフの姿が、消えた。
 そして次に、ぬるりとした感触が首にあった。突然大量の汗が首から流れ出してきたのではないかと、野盗のリーダーは思った。だが、次の瞬間、視界が斜めに流れて落ちていく。疑問に思う事もできず、意識が消えた。
 消えたテンフは、野盗のリーダーの後ろにいた。そして、落ちた彼の首を一瞥して、まだいる野盗達へ最後通牒を向けた。
「こうなりたくないヤツは、逃げろ」
 馬からリーダーの体が落ち、彼の乗っていた馬は、嘶いたかと思えば、明後日の方向へ向かって走り始める。
 瞬間、あまりに現実離れした光景を見て、思考が追い付いていなかった野盗達も、ついにテンフを脅威と認めざるを得なくなった。
「てっ、テメエら! こいつを排除する!!」
 一人が叫ぶと、テンフの前に居た野盗三人が、馬をムチで叩き、彼へと突っ込んできた。馬で蹴り飛ばすつもりだという事は、テンフにもすぐわかった。
 馬を相手にする時の方法は、アグレに習っている。
 テンフは、一番近くにいた馬の眉間に向かって、ナイフを放り投げた。切れ味の鋭いナイフは、まるで食べ物が喉を通る様に、自然に眉間へと飲み込まれていく。
 悲鳴の様な声をあげ、馬は眉間から血を流し、暴れながら倒れていく。
「あっ――オイ! 暴れるな!」
 命が失われそうだという瞬間に、そんな声が届くわけもない。テンフは、一足飛びで馬の頭を飛び越え、ナイフを左手で回収しながら、右手のナイフで乗っていた男の首を描き切る。血がテンフの体に降り注ぐが、気にしない。
 それよりも、まだ馬が立っている間が勝負。
 自分が馬に乗っておらず、相手が馬に乗っている時、もっとも潰さなくてはいけない要因は、『馬に乗っていることで生まれる高さ』と『機動力』である。
 馬に乗り、自分より高いところにいるという事は、相手だけががこちらへ届く武装を持っている可能性が高く、機動力の所為で、疲れさせてから削るという戦略はまず間違いなく取られる。
 なので、今のように相手が固まっている場合、まずは一人潰すのと同時に、馬に飛び乗ることで高さという相手に有利になるファクターと、足場を同時に潰す。
 そして、相手が固まっている場合は、さらに追撃して、近くにいる馬を潰し、同じように飛び乗っていく。
 その手で三人ほど殺したところで、テンフの狙いも周囲にバレる。
「散らばれ! このガキ、馬上戦になれてやがる!!」
 その一言で、残りの野盗達は、飛び移られない程度に距離を取り始めた。遠退きながら、野盗はテンフに向かって弓矢を放つ。その弓矢をナイフで叩き落とし、潰した馬から飛び降りて、考える。
『戦いのコツその一、勝利条件を間違えない。相手を殺すのがもっとも優先するべきことなのか、それとも、相手を退ければ勝ちなのか、自分が生き残れば勝ちなのか、しっかり考えろ』
 アグレの言葉を、何度も繰り返す。初めての実戦だが、アグレの教えがあるから、震えずにいられる。
(今回の勝利条件は、退けるか、脅威じゃない数まで減らすか――)
 村の安全を守るには、間違いなく皆殺しが簡単。だが、そう簡単にできることでもない。さっきまでのことは、油断があったから出来たこと。
(――覚悟だ)
 覚悟をしろ。俺は今から無残に死ぬ。二度とアグレにも、プリュスにも会えない。
 そう考えて、テンフはその場に立ち止まる。ナイフの柄を軽く舐めて、握り直し、その場で敵が来るのを待った。
 もう仲間を数人殺しているのだ。テンフを無視して、村に突っ込むという事はありえない。彼らには、もうテンフを殺す理由がある。
「馬から降りろ! あいつは馬に乗ってたら倒せねえ!」
 馬から降りた野盗達が、テンフに向かって、走ってくる。
 テンフも、彼らへ向かって走りだした。
 ぶつかる間際、テンフは、腕をクロスに構え、呟く。
「竜・咬・双・撃――ッ」
 相手が振るった剣が、狙った位置に来るギリギリまでのタイミングを、その言葉で図る。そして、ちょうど自分と平行になる寸前に、ナイフを振るった。
「|竜顎打《りゅうがくだ》ッ!」
 竜の顎で腕を噛み砕かれたような衝撃が、剣を持っていた腕を、その肘を、両方のナイフで刺して潰す。
「あぐぁああああっ!?」
 先頭が止まったことで、後ろの集団も止まる。テンフはなんの躊躇もなく、持っていたナイフを手放し、隣にいた男の顔面へ掌底を叩き込んで気絶させた。ナイフを引き抜くというワンアクションを挟めば、テンフの首は落とされていた。だが、ナイフを手放し、先にその危険性を排除しておくことで、身の安全を確保したのだ。
 アグレの教え――勝利条件を間違えない事、というのは、こういうところにも活きてくる。
 剣を振るってきた男は、痛みですぐには動けない。だから、テンフは余裕を持ってナイフを引き抜き、首にナイフを突き刺し、そいつも殺し、掌底を叩きこまれて倒れた男の喉を踏み潰し、一瞬で二人を殺した。。
「まっ、まずい――」
 誰かが一人、呟いた。
 自分たちがしていることが、すべて裏目に出ていると、気付き始めたのだ。
「バカっ! 相手は一人、それも、騎士見習い程度のガキだぞ! 偶然だ、偶然に――ッ!」
 相手が疑惑を持ち始めたら、それを広げない手はない。
 テンフは、しめたと言わんばかりに笑って、
「――偶然で、五人殺せるか?」
 今のこれは、全部実力だと、言葉短くアピールする。
 ハッタリはかますに限る。自分は大きく見せるに限る。テンフは今、アグレになりきっている。そうする事こそ、テンフが取れる勝利への最善策。
 だが、これは相手から『油断』を取り除くことになる。
 油断していたからこそ、テンフは渡り合えた。つまり、ここからが本番である。油断のありなしは、同じ相手だとしても、苦労が大分違ってくるのだ。
 相手が止まって、話をする姿勢を作ったら、後はどれだけ戦いを楽に進められるか。あるいは、戦いを放棄させることができるか。
「俺は別に、人殺しをするのが好きなわけじゃない。あんたらが話を聞かないから、五人くらい殺しちまったけどね。どうする? 逃げてもいいぜ。俺に追う手段は無いし、馬に乗れば、俺のナイフの届かないところまで逃げられるだろ?」
 どうする? という声が聞こえてきた。どうやら、相談を始めたらしい。しめた、とテンフは人知れず、内心で拳を握った。
 相談しているということは、テンフを脅威だと思っている証拠。
 そして、そう思いやすくするために、わざと返り血をたくさん浴びる戦い方をした。いま、テンフは血のドレスを纏っている。
 脅威に向かってくる理由が、野盗にあるわけがない。ここがダメなら、テンフの知らない場所で、他の村を襲えばいいのだから。仲間を殺されたという恨みはあるかもしれないが、それでも『利』を取るのであれば、ここでテンフに向かう理由は一切ない。
「バカな事言うな! 仕事をここでやめられるか!! このガキ一人ぶっ殺せば、それで済むだろうが!」
 マズイっ!
 テンフは、慌てて話の方向性を修正しようとする。だが、ここで慌てて間抜けに口を挟めば、彼らはテンフが『ただ上手くやった』だけだと気づくだろう。
 あくまで、『俺はお前らを殺してもいいし、殺さなくてもいい』という上のスタンスを崩してはならない。『油断』というカードを切ってしまった以上、テンフが脅威であるという『ブラフ』まで取り払われてしまっては、テンフは元の落ちこぼれへと戻る。
 言葉を間違えてはならない。テンフは、一瞬で、思考を巡らせる。
 俺はアグレだ。アグレならどうする?
「引き際を知らないらしいな。――お前らが俺をどう見てるのか、わからないわけじゃない。『ひよっこ』か『化け物』か、区別が付かないんだろ?」
 そこで、黙る。どっちが正解か、なんて情報は与えない。
 敵に与えてやるのは、殺意だけで充分。

「み、見逃してくれるっつってるんだし、逃げても――」
「バカっ! そんな情けない真似ができるか!」

 相談する時間を、そう与えてもいけない。テンフは、苛立ったように、
「俺は気の長い方じゃない。十秒以内に決めろ。俺に殺されるか、逃げて生き残るか」
 焦らせる。時間制限をして、相手から思考を奪う。
 相手からより多くの物を奪った方が勝つのは、戦いの基本だ。
 ――もう相手は、俺の枷にハマっている。
 テンフは、眉間にシワを寄せ、苛立った表情をキープしながら、必死に祈った。十秒で打開策を思いつくか、相手が逃げることを決めなくては、結局死ぬのは自分だ。
 今までは、油断を誘って、できるだけ強そうに見える様倒したから成立した優位。
 相手は慌てたような表情で、あるいは、覚悟を決めたような表情で、テンフを睨んでいた。
 だが、テンフは逆に、ニヤリと笑った。カウントは、残り一秒で止まった。
「間に合わなかったみたいだな。――騎士団が来たよ」
 テンフは、そう言って、顎で野盗達の後ろを指した。馬に乗った、総勢二〇人ほどの鎧集団が、テンフ達の元へ向かってきていた。上空には、アグレの姿もある。どうやら時間を稼ぎきったらしい。
「やべぇ! 騎士団だっ!!」
「それにありゃあ、竜だ! コーラカルにゃ、マジで竜がいたのかよ!」
 騎士団と竜。
 テンフ一人ならどうにかなったかもしれない、という期待は、野盗達の中から完全に消えた。近くに待機していた馬へと飛び乗り、テンフを残して、逃げた。
 騎士団達は、その野盗を追って、一人を残し、行ってしまった。
「――たっ、助かったぁー!」
 地面に腰を下し、テンフは、空を仰ぐ。すでに真っ暗で、空にはダイヤを砕いて散りばめたような星が広がっていた。その視界に、突然、にゅっとアグレの顔が侵入してきた。
「どわっ!」
「上手くやったねえ、テンフ。何人殺した?」
「五人。あとは話で繋いだよ……。つうか、アグレ、嘘ついたろ」
「なにがぁ?」
 にやにやと笑うアグレに、テンフは血まみれのナイフを振るった。だが、アグレは足をひょいと挙げて、それを躱す。
「お前っ! 三〇分かかるつったろ! 一五分かそこらだぞ!?」
「ああでも言わなきゃ、お前が必死にならないと思ってねえ」
「こんの――っ! 死ぬとこだったんだけど!?」
「この時代じゃあ、出世ってのは命がけさ」
 正しい意見だったが、テンフは何か言うべき事があるはずだ、と頭を回す。さっきは口が回ったのに、全然言葉が出てこないのは、緊張の糸が解けたからか、それともアグレが相手では何を言っても無駄だとわかっているからか。
「あぁーっ、そろそろいいかい?」
 一人残っていた鎧の男が、テンフに話しかけてきた。騎士団の鎧を着ているので、テンフの先輩という事になる。
「あっ、はい? なんですか」
 テンフは慌てて、顔の血を拭い落とす。とはいっても、体中血だらけなので、ただ汚れを広げただけになってしまったが。
「キミは――騎士見習いだろう? それも、翼竜に育てられたっていう」
「あ、はい。テンフ・アマレット、騎士学校の歩兵学科所属です」
「そうか。――キミはすごいな」
「……えっ」
 まさか褒められるとは思っていなかったので、テンフは思わず、目を見開いて、真意を探ろうと、彼の顔を見ようとした。が、フェイスプレートで顔は見えない。
「初陣で野盗を五人仕留める。大したもんだ。俺の初陣は、もっと情けなかったしな。一人で立ち向かう勇気も見事だ。だが、今後は一人で立ち向かうのはやめたまえ。今回生き残ったのは、運だと思うくらいでなくては、生きていけない」
 それじゃあ、と言って、馬に乗り、彼も騎士団の後を追った。
「さて、帰るか? テンフ。どうやってあいつらを退けたか、私に聞かせてみろ」
「……アグレが気にいるといいけどね」
 血の汚れを気にせず、テンフを乗せ、アグレは空へと羽ばたいた。冷たい風が戦いで火照った体を冷やして気持ちよかったからなのか、テンフは少し眠気を感じる。
「ふふっ、明日を楽しみにしてなよ、テンフ」
「……いま、なにか言った?」
 眠気と、風の音で、アグレの言葉を聞き逃したテンフは、聞き直すも、「なんでもないさ。すぐにわかることだ」と、妙に上機嫌なアグレは答えてくれず、テンフもそう言うならと気にしなかった為、話はそこで終わった。
2, 1

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