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始まり

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「おいおい、これで何回目だよ。いい加減慎重すぎやしないか?」
「別にいいでしょう。どうせこの任が終われば僕達は雑務をこなす日々に
戻るだけ。それなら多少クリエイティブなこの仕事の方が楽しむ余地はあ
るというもの」
 私の目の前にたたずむ赤い目をした銀色の生物が二匹。彼らが日本語を
話していることに首をかしげながら私は目を覚ます……ここ、どこ?

 首から上だけを動かして辺りの様子を探る私であったが、鈍く光る金属
により外界から隔たれたこの無機質な部屋からは自分の居場所を知ることは
できなかった。


「おお、一人お目覚めのようだぜ。口を開けてこっちを見ている。あれは、
何と言う感情だ?」
「『茫然』や『困惑』と言ったところか。まあ、いつも通りの観察結果だ。
時々騒ぎ出すものもいたが、だいたいは黙って自分の置かれている状況を
分析しようとする……状況の悪化を嫌い危険を回避する防衛本能としては
適切な行動だと理解できるがあまり賢い行動ではない。特に僕達のような
敵対感情をもつ異星人、つまり彼らにとっての明確な敵に対しては」
 異星人? 敵? 逃げなきゃ!! 短絡的にたどり着いた思考結果。体勢を直
そうとした私であったが当然そううまくはいかない。さっきから感じてい
た違和感。体を動かそうとしても私の四肢は動かないのだ。それもそのは
ず、両の手足は体の背面で拘束されており、これでは歩いて部屋を出てい
くことはできない。

 逃げ出せない。目の前に恐怖を前にそのことを悟った私の頭は考えるよ
りも早く救いを求め逃げ出した。
「助けて!! 殺さないで!!」
 
 どうすればいい? どうすれば助かる? 私は極端に狭まった思考領域で最
適解はないか脳を回す。

「『恐怖』、『逃避』。うん、正しく状況が呑み込めてきたみたいだ。で
も安心していいよ。まだ僕達は君を殺さない」
「へっ?」
 助かる?
 恐怖に染まった思考にさした希望の光。ぎりぎり動いていた脳は緊張の
糸が緩んだのか機能を停止。私は当然その優しい言葉の裏にあるであろう
残酷な現実を考えることもできずただただ目を白黒させる。

「おい、下手なこと言うんじゃねえぞ。こいつらを窮地に立たせてこそデ
ータになるんじゃねえか。条件を変えちまったら意味がねえんだぞ!! そっ
たらまた俺が精鋭さんたちを連れてこなきゃならねえんだから」
「まあまあ、怒るな、わかったよ。お遊びはこれまでにしようか。そろそ
ろほかのみんなも起きだしてくるころだろうし」
 話し合う宇宙人たちはそういうと体が縦に伸びていく……って、何!?
宇宙人なんだからこのぐらいで驚くのも変なのかもしれないが見る見るう
ちに細くなっていく彼らを前に私は口をポカンとあける。

 そして気づいたときには彼らの姿はなく部屋には私だけが……いや、私
たちだけが残された。



「う、うう」
「ふわああああああ、ああ、よく寝た……あ?」
「へっ、何、えっ、ナニ!?」
 背後から続々と聞こえ出す人の声。彼らがどうやら宇宙人の言っていた
『ほかのみんな』。私も状況はわかっていないがとりあえず情報の共有を
するのが賢明か。そう思い口を開こうとすると背後から男の声がこだます
る。

「おい、なんじゃこれは!! 離せや、コラッ!! 何のつもりかしらんが儂の
ことしばりつけといてふざけんじゃねえぞ!!」
 うん、無理。
 飛んでくる怒号に私は声を出すことをあきらめダンマリを決め込む。だっ
て怖いんだもん。

 私が黙っている間にも喧騒は広がり大きくなる。今では10人以上の声が
私の背後から聞こえてきていた。すすり泣く声、暴れ叫ぶ声、泣きわめく
声。誰もが皆、この状況に恐怖し冷静さを失っている。そして私もまた聞
こえてくる声に思考を縛られ、何とか腕を拘束から引き抜いて耳をふさご
うと身をよじるのだった。

―コツン

 ?
 頭に何かが当たる。かろうじて動く首を回し物が飛んできた方向を見る
とそこには私と同じように鈍く光る金属でできた台に拘束された男の姿が
あった。
 目が合う。どうやらさっき私に物を飛ばしてきたのは彼みたいだ……でも
どうやって? 私が疑問に思っていると彼は声をかけてくる。

「よかったあ、気づいてもらえて。周りはみなさん大声出して発狂しちゃっ
てて気づいてもらえそうもなかったものであなたならと。あなたはここが
どこか、とか知っていたりしませんか?」
「……私もわからないわ」
 突如話しかけてきたこの男。見るからに気の弱そうな顔であるが声を聴
く限り少なくとも今の私よりは落ち着いているようで、けれどもそんな彼
に宇宙人がどうとかいうのもはばかられ、結局私は口を閉ざしてしまう。

「ですよね。でも、いったいどうしましょうか。僕達どうなってしまうん
でしょう」
「そんなこと私が知りたいわよ!!」
 蘇る記憶。死への恐怖。私の口から突いて出る言葉はとげをもち無意味に
相手へと突っかかっていく。

「ああ、ごめんなさい。怒らせるつもりはなかったんです。だけど誰かと
話していないと不安で押しつぶされてしまいそうで……」
 沈んでいく男の声。ああ、もう。これじゃあ私が悪いみたいじゃない。
とはいえ、やはり皆この状況を不安に思っているのは同じようだ。そう思
うと私の心は少し軽くなる。
 まあ、ふさぎ込んでても仕方ないし。少し話すのに付き合ってあげるか。

「別に謝らなくてもいいわよ。少し混乱してて感情的になっちゃっただけ
だから。仕方ないから話に付き合ってあげるわよ」
「ああ、ありがとうございます。僕は『|立狭見《タチバサミ》 |切人《キルト》』。キルトと呼んでください」
「私は『|憐宮《アワレミヤ》 |蓮華《レンゲ》』。レンゲでいいわよ」
 なぜか自己紹介を始める男。それに合わせ私も名乗る。
 声を出すことで幾分か落ち着いてきた。徐々に頭も回りだす。

「それにしてもこんなところに私たちを閉じ込めて、何のつもりかしらね」
「普通に考えれば誘拐、でしょうがこの人数を一度に誘拐する労力、リス
クを考えるとメリットがありませんよね。目的もほかの人ならともかく、
僕は路上でパフォーマンスをやって生計を立てている身なんでお金持っ
てませんし、家出同然で飛び出してきたようなもんなんで僕なんかを助け
ようなんて知り合いもいません」
「私だって似たようなものよ。両親はもうすでにいないし、仕事だって個
人経営の探偵事務所で働いているんだけどいつも閑古鳥が鳴いてるわ。だ
から給料も高くないし、親戚も疎遠になってるから身代金を取る相手もい
ない。私なんて誘拐したところで一銭の得にもならないわよ」
「……まあお互い苦労しているようですね。それで、今の話だと僕達を誘
拐した目的はわかりませんが、僕達が狙われた理由はありそうですね」

「親族がいない、と言うことかしら」
「まあ、そうでしょうね。つまり僕たちの失踪が世間に露呈しにくいとい
うこと……」
「……」
 ここでキルトは押し黙る。私もキルトの言わんとすることを察し視線を
天井へと戻す。
 私たちが狙われた理由がキルトの推測通りだとして、そうするとこの誘
拐の目的もおのずと絞れてくる。まずはお金や世間の注目を集めるためでは
無いということ。つまり私たちにはほかに利用価値があるということ。そ
して失踪しても騒ぎにならない人間ばかり集められたのだとしたら私たちを
誘拐した犯人たちは私たちを無事に返す気がないということ……
 さっきの宇宙人。確かに言っていた、『まだ殺さない』と。つまり私た
ちにはまだ利用価値があるのだろう。だけど、それがなくなったら……

 部屋の中には言いようのない閉塞感が広がっていた。物理的な拘束に加
え、未来の絶たれた絶望感。皆が皆、自分の身を案じ、そして幾人かは生を
あきらめている。
 
 死。目の前にあるそれはあまりにも重く私は全身から何かが零れ落ちて
いくようなそんな喪失感にさいなまれていた。
 死ぬ。それを考えなくなったのはいつからだろう。

 子供のころ、ふとした時に死について考えるときがあった。時には恐怖を、
時には無常を感じ、最後はいつも目を背けていた。大人になるにつれて私は
いつしか死ぬということについて考えることすらしなくなっていた。テレ
ビのニュースからは日夜殺人や事故による死傷者について流れてくるとい
うのに、被害者に対しかわいそうと思うことはあれど死んだあと彼らがど
うなるのか、そんなことは頭の片隅にも上らなくなっていた。結論は出て
いないはずなのに、まるで死から目をそむけているかのように。

 けれども今私には明確に死という事象が降りかかろうとしている……


 あの日の恐怖感がよみがえる。
 言いようのない、逃れようのない恐怖……怖い。

 助けを求めるようにキルトの方を向くも彼も顔が青ざめている。

 いくら、誰が、何を考えようが私たちはここでこうしておびえることし
かできないのだ。




 その後、幾ばくかの時間が過ぎる。騒がしかった部屋の中から音はほとん
ど消え、聞こえてくるのはすすり泣く声と、隣の人と話しているのであろう
ささやくような小さな声ばかりである。
 私はすでに考えるのをやめ、独り天井を眺めていた。いつまでこうして
いればいいのだろう。やるのならいっそ一思いに。

――ヴゥン
 聞こえる機械音。私の視界に一筋の光が映る。

『皆様、ごきげんよう』
 次に聞こえてきたのは天井から部屋の壁で反響しつつ響いてくる耳障り
な声、これはさっきの宇宙人と名乗った者たちの声であった。

『お静かにお願いします』
 再びざわめきだす部屋の中。けれども『声』は私たちに沈黙を強制する。
無機質なその声。けれどもそこには逆らえないと感じさせる威圧感があった。

 静まり返る部屋の中。そこに再び声が響く。

『ようこそ、私たちの船へ。皆様方には今から私たちの用意した箱の中で
の思考実験にご協力願います』
 思考実験、確かにさっきも聞いた言葉だ。つまり私たちはモルモットと
して連れてこられたということ? 私の疑問をよそに声は淡々と話を続ける。

『まず皆様に許可願いたいのはこの実験は皆様同士の対戦形式で行われ
敗者は死ぬということ』
「はあ!? 死ぬとかいいかげ……」
『発言は許可されていません』
 ? 何か起きたのか。私の背後、啖呵を切った男はなぜか途中で黙ってしまう。

『言い忘れていましたが皆様の乗っている寝台、そこには電流が流れるよ
う仕掛けがされています。そのことに留意しての行動を心がけください』
 完全なる脅し。口調こそ優しいが、それは管理下におく動物に対するそ
れである。

 流れる静寂。皆が息をのんで唇をかむ中、声は私たちへと説明を続ける。

『皆さんの総数は16、そして行われる思考実験の種類は3種。一つの実験が
行われるごとに半数が脱落者となります。そして最終的に残った方々だけ
記憶の差し替え措置を行った後、お帰りいただきます。以上で全体の流れ
の説明は終わりますが何か質問のある方はいらっしゃいますか?』

 16人で3戦。最後に生き残れるのは2人……私か、それ以外の人か。
 空気は重さを増しねっとりと私の体にへばりついてくる。この悲観的な
状況、ほかの人の顔を見ることはかなわないがおそらく皆恐怖に顔をゆが
めているはず。かく言う私がそうなのだから。

『どうやら質問はないようですね。では第一実験を開始したいと思います。
転送中は寝台の外に体を出さないように願います』
 私の周りに青い光の線が舞う。幻想的なその光はけれども私の心を照ら
し出すことなくゆっくりと私の体を覆っていく。

 ああ、始まってしまうのか。
 何とも間抜けな感想を抱く私は次の瞬間には辺りの景色が変わっている
ことに気付く。
 壁は相変わらず得体のしれない金属で構成されているが、さっきの部屋
よりも小さくなっている。頭上には何やらモニターのようなものが設置さ
れてており私は何とか部屋の全貌をながめようと身をよじる。

『ここが第一の箱【カード】。皆様の拘束はこの時点で外されていますの
で箱の内部であれば自由に行動してくださって結構です』
 圧迫の消えた両腕。私は久方ぶりに体を起こす。凝り固まった筋をほぐ
すため伸びをする私。すると部屋の中央を挟んで反対側、そこにも私と同
じ動きをする人物が。

「あっ、レンゲさん」
「っ!!」
 話しかけてきたのはキルト……というかしゃべっちゃダメじゃない。電
流に襲われるわよ。私がそのことを身振りで伝えようとするとキルトは私
に向かい笑いかける。

「レンゲさん、もう話しても大丈夫だと思いますよ。さっき『拘束は外さ
れた』と言っていましたしよほど変な動きでもしない限り自由な行動が許
されて居るはずですから」
「……なるほど」
 確かに声を出してみたが体がしびれることもない。どうやら本当に話し
てもいいみたいだ。私は少しホッとするも、再び顔を上げキルトの顔を見
たときあることに思い当たる。

「どうしたんですか、レンゲさん?」
「うん? 何でもないわよ」
 露骨に顔に出ていたのだろう。キルトから飛んでくる質問。私はその質
問に答えることから逃げ出してしまう。
 だって、この部屋にキルトと二人きりと言うことは……

『今から行われる実験。対戦相手は同室にいる方です』
「えっ……」
「……」
 声を漏らすキルトと、顔を伏せる私。声は残酷に事実を告げる。それで
もここで思考を止めるわけにはいかない。何せ自分の命のかかった戦いは
もうすでに始まっているのだから。

『それではルール説明に入ります。実験対象者の皆様は部屋の中央部、青
色のテーブル前に相手と向かい合うようにお立ちください』
 声の放つ命令。従わないわけにはいかない。だがキルトも私も動き出す
ことができないでいた。なぜならテーブルの前に立つということは相手に
刃を向けることと同義なのだ。

 ちらりとキルトの顔を見ると向こうもこちらを横目で見ている。目があい
互いにそらす……って付き合いたてのカップルか! いや、そんなこと言っ
てる場合じゃないんだけど。

 キルトへの遠慮はあるものの命の危険がある以上、やはりテーブルに移
動しないわけにはいかない。互いに見やりながらおずおずと私とキルトは
向かい合う。

「……」
 当然会話など交わせはしない。キルトとの間に流れる空気が冷たい。

『皆様準備は整いましたね。では題目を発表させていただきます。第一の
実験、題目は【代理戦争】、トランプを使った至極簡単なゲームです』

 実験開始を告げる声。こうして私たちの長い一夜は始まったのだった。

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