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典型的な水曜日

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その奇ッ怪な男は、奇ッ怪な袋をぶら下げて、通りをうろついていた。
ある典型的な水曜日のことだ。
わたしは、マフラーを巻いて、寒い道を歩いていた。空は灰色の雲に覆われている。
私の住む、笹原は、ちょっと坂を上ったところにあり、酒井田の街が一望できる。小さな山に囲まれており、自然が多いから、わたしは好きだ。四方がコンクリートで埋められたような所は、はっきりいって、関わりたくない。
いま、わたしが家の近くで見ている奇ッ怪な男は、道からそれて、山に入って行こうとしていた。男は、きょろきょろ回りの視線を確かめる。近くには私しかいない。男は、一度私を見てから、ちょっと恥ずかしそうに、急な斜面を登り始めた。
雪を被っている土の斜面で、男は軍手を汚しながら、何かに営んでいた。わたしは、その前を通り過ぎるとき、男が、ぶら下げている奇ッ怪な袋に、何かを押し込んでいるのが見えた。
男は、帽子と、マスクをつけているため、顔はよく見えない。わたしがそこにたって、男の様子を見ている間も、男はせかせかと営みを継続させている。
男は、小さな木に、皮膚病のような風貌で寄生している、きのこの群を、その手でむしり取り、汚いものを隠すように、袋に押し込んでいた。
食べるのかな、とわたしは思った。
だが、今日はただの典型的な水曜日だ。
わたしは、そのまま、行こうとしていたときに、
「これは、毒だ。食用じゃない。」
と男は言って、もう一つ袋を取り出した。
もうひとつの袋は、女児向けアニメのキャラクターがプリントされている、持ち主とマッチしていない代物だった。
「これは、食べられる。」
男はまた言い、新たに出した袋の方に、別のきのこを入れ始めた。
「きのこのスープをいれよう。おれんちは、すぐそこなんだ。」
男はそう言って、斜面から降りてきた。
そんなことを言われようと、典型的な水曜日は、典型的な水曜日なのだ。

男の家は、木の匂いがする家だった。
「山菜とり、きのことりは、ときに良い目で見られない。歩道から外れて、ごそごそしている人は、怪しく思われる。だがおれたちは、何も悪いことはしていない。歩道からそれて、何が悪い。アスファルトの上に、きのこははえなんだ。」
男はそういって、スープをつくりはじめた。良い匂いが立ちこめる。コリアンダー、ローリエ、ローズマリー。
「アスファルトの上に、きのこははえなんだ。」男は二度言った。
毒きのこは、テーブルの上にのせられている。食用きのこの袋は、空になり、干されている。男は完成したスープを運んできて、テーブルに乗せた。スープが跳ねて、わたしの手にかかった。「あち。」とわたしは言った。
「で、君はなにをしているのかね?学生?」
「まあ…」
男はマスクと帽子を取った。白髪と無精髭がのぞく。
「うまいやろ。」
男の言うとおり、スープは美味かった。
「飲み終わったら、庭をみせてやるよ。」
「お庭まであるんですか?」
「ほぼなんでもあるよ。ほぼな。」
何がないんですか?と私が聞くと男は笑った。
それは返答だったのだろうか?

我々は庭用の靴に履き替え、裏口から庭に出た。
荒れ放題の貧しい所だった。
夏に何かがなっていたような跡の枯れた木、壊れたバケツとホースが散乱し、犬のフンがそこかしこに落ちている。
「みろ、トマトだ」
男は汚れた軍手で萎びた茎を指差した。
中途半端なトマトがいくつかなっている。
「時給自足してるんですか?」
「したくても出来ねえよ。庭はみてのとーりこのザマだしな。」
男の声は妙に枯れていた。
「庭すら持ってない人がたくさんいるんだから、イイじゃないですか。あるだけ…」
「やはりそう思うかね?」
「そうですよ、やっぱり。」

その日以来、わたしは人の庭をのぞくようになった。
ときにはおばさんが出てきて、植物の説明をしてくれたりする。
典型的な水曜日も悪いものではあるまい。

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