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されど愛しきその腕よ:2

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 ビャクグンは自分の力に自信がある。甲皇国の兵士の中でもその能力は随一のものであるだろうと過信ではなく確信している。
 だから、全く関わりのない小隊長の荷物持ちに抜擢されても特に問題はなかった。
 恐らく、フォビア隊長は自分の体躯で使えそうだと判断したのだろう。
 だが、とビャクグンは目を眇めた。
 背中の|背負子《しょいこ》にしっかりと固定されているのは大量の水が入った甕だ。
 この水が何に使われるのか。それを考えると嫌な予感がしてならない。
 関わりがないとしても、狭い駐屯所の中でウルフバード・フォビアという人間の噂はかねがね聞いているのだ。
 彼は水、厳密には水を触媒にした水溶液らしいのだが、を操る魔法が扱えるのだという。特に長けているのは水を爆発させる魔法で、部下に水を飲ませて爆弾のように彼らを使い捨てるのだとか。
 まったく、人間が魔法を|操《く》るだけでも大したものなのにそこまで使いこなすか、とビャクグンは顔を歪めたものである。

 魔法とは世界中に漂う魔力と呼ばれる力を操る|術《すべ》である。魔力を体内に吸収し、それを自らの望む形に変換、そしてそれを具現化させる。
 魔力に炎の性質を持たせるように変換させ、手の平に火を出現させたり、ウルフバードのように魔力そのものを物体に、彼の場合は水溶液に、干渉させるよう性質を変化させ水を操るという形でそれを具現化させることもできる。
 種族によって魔力の吸収、変換には得手不得手があり、得意な魔法も異なる。
 個人差も大きく、魔法を扱うイメージの大きい亜人といえども魔法を全く使えないものは多くいる。
 魔法の捉え方も様々であり、エルフなどは「精霊の加護」が「魔法」という術を可能にしているとみなす。実際に精霊がエルフの魔法に手を貸しているかは精霊のみぞしる、というところなのだが。
 また、魔力の吸収フェイズに精神の集中をはかるため呪文の詠唱、エルフ流に言えば精霊との交信、を行うのも彼らの特徴である。逆に言えば、魔法に詠唱を用いる者たちはエルフ流の魔法術の系譜を持つと言える。
 竜人族は様々な変換を可能とするエルフ族と違い、炎の扱いのみに特化した者が多いし、魔法を「妖術」とみなす「影の一族」と呼ばれる者たちも存在する。
 その中で、人間は魔力の扱いに劣る種族であった。それでも魔法を望む者たちはこの身1つで魔法を使えないのであれば、と魔法を使える者たちとの共同で補助道具を作ることに成功した。
 つまり、人間ができない吸収、変換、具現化を道具に行わせようというのである。
 例えばケーゴの剣がそうだ。剣そのものが空気中の魔法を吸収し、持ち主の意思を感知することで魔力を変換、具現化させる。
 しかし、戦時中、特に甲皇国の人間はアルフヘイムの民を、魔法を行使する亜人を忌み嫌い、魔法を捨て去った。
 故にただでさえ希少だった魔法を扱う人間は激減してしまった。
 人間のために作られたはずの魔法道具も、今では魔法が不得手な亜人たちの補助具として扱われている。
 
 そんな魔法を手足のように使いこなすのだ。天性の才能があったのかはたまた血のにじむような努力をしたのか。
 いずれにせよ、もう少し平和的な使い方をしてほしいものだ、とビャクグンはため息をついた。
 要するに、ビャクグンは爆弾を背負わされているようなものなのである。

 何があってもその中身をこぼすんじゃない、と厳命されたのが一時間ほど前。
 森の中、彼は行軍の中心、ウルフバードの隣を歩いていた。
 「にしても、あの耄碌ジジィも頑張るもんだよなぁ。大方ミシュガルドを手中に収めて世界征服の足掛かりにでもしようとしてるんだろう」
 ま、丙家傍流の俺には関係ない話だがな、と自嘲気味に付け加えたウルフバードに、ビャクグンは控えめに応えた。
 「世界征服、ですか…」
 なんとも壮大な話だ。
 苦笑の気配を感じ取ったらしくウルフバードはからからと笑った。
 「くだらねぇガキの妄想みてぇだろ?だがあのジジィ…いや、甲皇国全体がそれを夢見ていやがる。武人の国、軍人の国。あぁ、嫌だ嫌だ」
 本気で故国を嫌っているようだ。苦虫を噛み潰したような表情を見てビャクグンは苦笑する。
 「小隊長殿、それ以上は不敬罪になりかねませぬ」
 「いいじゃねぇかよ。どうせここには俺とお前しかいねぇんだ」
 周りにこれだけの兵士がいるではないか、とビャクグンは思ったが、フォビア小隊長にとって彼らは代えのきく爆弾としか映っていないのだろうと考えなおした。
 部下の扱いが扱いだけにウルフバードのもとには練度の低い兵が送られてくる。
 兵士からすればフォビア隊に組み込まれるということは殺されたも同然で、隊列を組む彼らの表情は一様に陰鬱なものだ。
 ウルフバードは続ける。
 「じゃあ聞くがな、ビャクグン。お前、アルフヘイムの奴らと俺たち人間のどちらが強いと思うんだ」
 「それは…」
 ビャクグンは逡巡した。はたして正直に答えていいものか。
 「……アルフヘイムが勝つでしょう」
 「…何故だ?」
 ウルフバードはより一層唇を釣り上げ囁くように尋ねる。
 あまりいい気分ではない。
 ビャクグンは小隊長の機嫌を損ねないように慎重に言葉を選んだ。
 「人間は…彼らに比べてあまりにも脆いものです。アルフヘイムは最後まで一枚岩になれずに本土上陸を許し…実質的な敗北を喫しました。ですがあの禁断魔法が甲皇国に向けて発動されていたら…」
 「クハハ、お前、まるで自分がアルフヘイムの民のような口ぶりだな」
 ウルフバードの笑みにビャクグンは瞠目した。
 「…そのように聞こえましたか。申し訳ありません。小隊長殿には寛大な御心をもってお許しいただきたく」
 「堅苦しいことはいわねぇでいい。お前の言うことはあってるしな」
 ふっと息をつき、ウルフバードの視線が空をきる。
 「あの戦争、俺はアルフヘイムに上陸した。丙家ゆかりの軍人どもはそこで好き勝手やったようだな。…まぁ俺も生き残るためだ。綺麗事を言うつもりはねぇよ。食糧は必要だったし…兵の不満を解消させるためにも女を襲うなとは言えねぇさ」
 ウルフバードはそこでいったん言葉を切った。
 自嘲的な笑みはもはや彼の顔に刻み込まれているものであると言ってもいい。
 ビャクグンは悼むような表情で続きを促した。その顔を見てウルフバードの目がぎらりと光る。
 「だがなぁ…あの虐殺が可能だったのは、あの地をすでにアルフヘイムが捨てていたからなんだろうと俺は思っている。阿呆軍人どもはあの地で亜人恐るるに足らずと勘違いしたみてぇだが、俺はそこまで馬鹿じゃねぇぞ。殺された亜人のほとんどが非戦闘員だったじゃねぇか。戦う力のない女子供を殺して勝者気取りなんてするものか。殺された戦士は…つまり、あの場に留まって戦った奴らは、死体の山の中のほんの一握りよ」
 その通りだ、と言わんばかりに頷くビャクグンを面白そうに眺める。
 さて、こいつは俺と同じ考えを持つ皇国人なのか、それとも。
 ウルフバードは試すように話を続けた。
 「で、だ。その殺された戦士をよく見てみるとこれまた面白いことが分かるわけだ」
 飄々と話す内容はしかし、なかなかに壮絶だ。
 ビャクグンはそれを拒むことができない。
 「なんと、ほとんどの戦士が非エルフなわけよ。兎の耳生やした奴らとか、魚の顔した奴らとかな。ところで、アルフヘイムの首長はエルフ族だったな。それに攻め込んできた皇国軍をアルフヘイムの土地ごと滅ぼしたあの禁断魔法を発動したのもエルフ族っていうじゃねぇか。おまけに後から調べてみりゃ禁断魔法で不毛の土地になっちまった場所、あそこはあまりエルフが住んでいなかった場所らしいな?」
 ビャクグンは無意識のうちにその問いかけに首肯してしまっていた。
 「要するに、だ。奴らはエルフ族以外の種族を、あの土地を捨て駒にした。恐らくは一番安全な位置から高みの見物をしていたんだろうな。そして禁断魔法で皇国軍の戦力をそぎ落としてから一気に形勢逆転を狙うつもりが思いのほか魔法の力が強く、アルフヘイム自身も疲弊してしまったのだろうさ。お前が言う一枚岩になれなかったってのは確実だろうぜ。……そうでなかったら、俺たちが勝てる訳ねぇ。エルフが保身に走らず上陸してきた軍をアルフヘイム一丸となって迎え撃っていたら確実に俺たちは撤退を余儀なくされていた。ミシュガルドに来て亜人共をよく見かけるようになったからな。思い知らされるぜ…奴らは強い。俺たちの何倍も。あんな国の中にいるだけじゃ錯覚しちまうけどな、お前もたまには交易所なんかに行ってみると良いさ」
 「はぁ…ありがとうございます」
 ビャクグンは正しい返答を見つけることができず、のろのろとそう応えた。
 冷酷な人物とだけイメージが先行していたが、なかなかどうして切れ者らしい。己を過信せず、戦況を見極めることができるようだ。そしてそれを堂々と言い切れる豪胆さもある。
 「ところで、お前……」
 ウルフバードがビャクグンに向かって口を開いた時だ。
 「っ!?」
 ビャクグンの表情が警戒色を帯びた。
 それに遅れてウルフバードも周囲の状況の激変に気づく。
 「全員、止まれ!」
 咄嗟にそう叫び、立ち止まる。
 「小隊長殿…」
 「どうなってやがる…?」
 彼らはいつの間にか濃霧に包まれていた。
 視界が白く濁り、口に含む空気は湿っている。当然先も後も見えない。
 そんな兆候はまったくなかった。
 しかし突然霧が発生したのである。
 突然視界を奪われた兵士たちは騒然となる。
 「全員落ち着けっ!!」
 ウルフバードが一喝した。
 恐怖に支配されている部下たちはすぐさま大人しくなった。
 再びウルフバードの声が響いた。
 「各自周囲の警戒にあたれ!!ただしその場を極力動くな!!」
 状況が状況だけに前に進むのは愚の骨頂。
 自然発生した霧だとは考えにくい。
 ともすればアルフヘイムの輩の魔法の可能性もある。呼吸すら本当はしない方がいい。
 ともかく、この霧地帯を抜けなければ。
 と、そこで最悪のシナリオが頭に弾けた。
 否、そんなはずはない、とウルフバードはその仮説を否定する。
 なぜなら、あいつは俺が今日偶然連れ出した。怪しい気もするが、こんなことをする奴でもない気がする。
 「ビャクグン!どこにいる!?ビャクグン!!」
 ウルフバードは若干苛立ちの混じる声でそう叫びつつ、己の魔法で周囲の霧に干渉を始めた。
 水を操るこの魔法だ。霧は大気中の水分が飽和し空中に浮かんでいるもの。ならば霧を操ることも理論上は可能だ。
 ただし、目に見えてこれが「水」であるという対象把握が難しい。
 霧払いを行おうとしていると、落ち着いた声が近くから聞こえてきた。
 「小隊長殿、私は隣です」
 「待て、動くな」
 視界が限られている以上その言葉にどこまでの拘束力があるのかはわからないが、そう言いつけてウルフバードは自分の周囲の霧に干渉を行った。
 やはり、と言うべきか、この場を覆う霧全体を除くことは難しかったが、ぼんやりと霧に浮かぶビャクグンの顔を見つけることに成功した。
 「小隊長殿…」
 「…突然の濃霧にしては落ち着いた顔をしているな」
 ニヤリと笑うウルフバードに対してビャクグンは今度は落ち着き払って言い返すことができた。
 「こんな時こそ落ち着かねば。斯様な超常現象私も経験したことはありません」
 「なるほど、魔法ではないのか?」
 「……っ、私には魔法の素養がありませぬ故」
 「あぁ、そうだったか」
 霞んではいるが明らかにウルフバードの笑いはこちらを陥れようとするものであった。
 まったく隙がない男だ。一瞬でも気を抜けば鎌にかけられる。
 すまし顔に努めるビャクグンはしかし、若干の焦りを内に含んでいた。
 当然原因はこの濃霧である。何者かの魔法であるというのは考えにくい。霧を発生させる魔法の発動ないしその痕跡はまったく感じなかったし、この霧自体にも魔力は感じない。
 ビャクグンはウルフバード以上にその察知が可能であるのだ。
 しかし、何かもっと違う力が、己の心の臓を掴まれるような感覚が、この霧に宿っているような気がする。
 それが恐ろしく、不気味で、不可解で、ビャクグンは混乱していたのだ。
 あと少し冷静さを欠いていたら、彼はウルフバードの質問に対し、魔法ではないと断言していただろう。
 
 「さて…どうするべきか」
 ウルフバードは周囲を睨んだ。
 未だ疑念は晴れぬが、とりあえずビャクグンは確保できた。
 これの背負う甕さえ無事なら身を守る術はある。
 「全員、今来た道を戻るぞ」
 そう命令して身を翻した時である。
 「なっ!?」
 「…っ!!」
 ウルフバードとビャクグンは、否、その場にいた誰もが息をのんだ。
 あれだけ立ち込めていた霧が嘘のように消え去り、眼前には切り立った崖がそびえ立っていた。
 森の中を移動しているはずが、渓谷の中にいたのだ。
 瞬きの内に世界が変わり、今度こそ2人は動揺を隠しきることができなかった。
――――

 運ばれてきた料理に勢いよく食らいつくケーゴとベルウッドに苦笑しながらロビンは確認した。
 「つまり、ケーゴ君たちは俺たちにその謎の渓谷へ行ってほしいってこと?」
 「そう。そういうこと。おっさんたちだったら俺たちよりも何とかなるんじゃないかと思ってさ」
 「で、あの塔まで行ってきてほしいのよ。お宝があったら情報提供者のあたしと山分けね」
 口々に勝手なことを言うものだ。
 ケーゴが食べようとした肉をベルウッドが掠め取っていく。ケーゴも躍起になるが、最終的にぶん殴られた。
 そんな小さな戦争を前にロビンは煮え切らない。
 「うーん……今は…交易所でゆっくりしていたいなぁ」
 「えぇー!?何でだよ!?」
 若干憂いを帯びた言葉がケーゴの不満にかき消された。
 さて、どうしたものかとロビンは視線をそらす。
 視界の隅に映ったシンチーはしかし、どんな表情をしているかまでは良く見えない。
 先日甲皇国の軍人とやり合ったばかりなのだ。しかも、それで二人は命の危険に晒された。
 貫くべき誓いを今度こそ本当に失ってしまうのかもしれない。
 「……」
 シンチーはそんな主の懊悩が手に取るようにわかる。
 この人は優しい人なのだと思う。優しいからこそ自分のために悩んでくれるのだ。
 だが、この人をまた傷つけてしまったのは自分が弱いからに他ならない。
 この人を守らなければ、助けなければ。
 そうでなくては自分の生きている意味がない。
 最初は自棄になって始めた冒険だった。
 あの時の主はどこか死に場所を求めていたようにも感じる。
 それでも、危険は全て自分が取り除いてきた。
 次第に冒険が楽しくなってきて、冒険譚まで出版するまでになって。
 そうしてここまでやって来て、本当はこのミシュガルドでも主を守りぬくはずだった。そうしなければならなかった。
 だからこそ、そんな危険な谷へロビンを赴かせる訳にはいかない、とシンチーも反対の意を述べようとした時だ。
 「む、そこにいるのはロビン・クルーとシンチー・ウーか?」
 重く低い声が響いた。
 ロビンとシンチーは驚いて声の主の方へ振り返った。
 「…ゲオルク・フォン・フルンツベルク……?」
 シンチーが懐かしむようにそう尋ね返す。
 「久しいな。貴公らもこの大陸に出向いておったのか」
 腹に響くような声と共にゲオルクと呼ばれた男は破顔した。
 老練という言葉が相応しい威厳に満ちた堂々とした男だ。
 壮年ながらロンドと違いその身体はがっしりとして逞しい。
 鎧と黒い外套を纏い、たっぷりと蓄えられた髭と乱暴に伸ばされた後ろなでの髪型は獅子の鬣を彷彿とさせる。
 「傭兵王、戦後も噂は聞いていますよ」
 ゲオルクの異名を呼びながらロビンは立ち上がり、右手を差し出した。
 「あぁ、私も貴公の話は聞き及んでいる」
 ゲオルクは握手に応じた。
 ごつごつとした大きな手は温かい。
 意味ありげに顔を若干歪めたゲオルクはロビンの顔を見つめる。その表情の変化に気づかないふりをしてロビンは尋ねた。
 「アルフヘイム以来ですね。ここへは何をしに?」
 「まぁ…視察といったところだな。傭兵たちの飯の種があるかどうか」
 傭兵による自治政府の統括を務める男である。戦時中は傭兵たちを率いてアルフヘイム側にたって戦った。故に傭兵王と称される。
 戦時中にロビンは何度かゲオルクと会ったことがある。
 最後に会った時は黒兎族の青年や甲殻類型の亜人女性と共に行動していたと記憶している。というかそう書いて出版した気がする。
 それが今は。
 「そこの女性は?侍従の方ですか?」
 ゲオルクの隣には人間の少女が立っていた。
 年はケーゴよりも少し上くらいだろうか。
 ウェーブのかかった灰色の髪を後ろで一つにまとめ、紫水晶の瞳は鋭い眼光を放っている。袖のない乳白色の服、腰の帯から腕を経由している若草色の羽衣状の布。機動性を重視しているような服装だ。
 「いや、彼女とはここで知り合ったばかりだ」
 少女は一歩前に出て礼儀良く頭を下げた。
 「小生はゼトセと申すのである。人探しが目的でこの地に降り立ったのである」
 「あぁ、どうも。俺はロビン・クルー。こっちは……シンチー・ウーだ」
 つられて頭を下げたロビンの紹介。シンチーを従者とも相棒とも呼ばなかった。どう呼べばいいかわからなかった。
 一通りの挨拶を済ませて、ゲオルクはケーゴ達を見やった。
 「ロビン、この子らは?」
 「あぁ、こっちも最近会ったばかりの子たちですよ」
 ケーゴ達はおずおずと頭を下げた。
 ゲオルクは深く息をつく。
 「平和な時代になったものだな…こういう子らが冒険と称して新大陸に降り立つことができるとは」
 「えぇ…そうですね」
 「戦時中、貴公は誰もが分かり合える世界を目指していたな。…今の世界は貴公の目にどう映る?」
 ロビンは目を伏せた。
 しばしの逡巡の後、のろのろと口を開く。
 「……不安定な平和、でしょうか。停戦協定の上に成り立っている…あるいは次の戦争への準備期間。誰もわかり合うことはできていない」
 ロビンがなんとかひねり出した言葉をしかし、ゲオルクはあっさりと切り捨てた。
 「昔の貴公なら“だから俺が何とかする”くらい言いそうなものだが」
 「っ…」
 痛いところを突かれたようにロビンの表情が歪む。
 ケーゴ達は会話の内容についていけずにことの成り行きを見守っている。
 「はっきり言って初めて出会った時には世間知らずの戯け者と思ったものだ。戦時中に平和を語るなど、とな。だが貴公の思いは本物で目にも輝きがあった。だから好感を抱いていたのだが…」
 ゲオルクは首を横に振った。
 「結局、逃げたな」
 ロビンは心臓がすうっと冷えていく感覚を覚えた。
 ゲオルクの目をまっすぐ見ることができない。輝きを失った目を見せることになる。
 痛いほどの沈黙がその場を包む。
 活気あふれる酒場の中でそこだけ気温が下がったようだ。
 「まぁ、冒険小説も悪くはないが、今の貴公の姿を過去の自分自身に見せることができるかな」
 「ロビンはっ…!」
 堪らずシンチーが2人の間に割り込んだ。
 「ロビンは、悪くない、です…っ!」
 「シンチー…?」
 「あんなことがあったら、本当はもう書くことだって…!」
 「その危険はこの男も当然わかっていたはずだ。それでも突き進むことができるかできないか。だから私は逃げたと言うのだ、シンチー・ウーよ。…今の憤りは従者故のものか?それとも…この男を愛する女としてのものか?」
 あくまで厳格に尋ねるゲオルクに対して、シンチーはこれ以上ないほどに顔を紅潮させた。
 「あ、愛してなどっ…!!愛してなどいません!!私はっ…!私は従者でっ…そもそも人間じゃなくて…」
 バタバタと飛べない鳥のように手を振り回す。
 あからさまな反応にアンネリエとベルウッドは顔を見合わせた。
 この人初々しすぎる。というか亜人じゃなかったら愛するって言ってるようなものだぞこれ。
 どうやら免疫が全くないようだ。
 アンネリエとベルウッドがによによする中で1人ケーゴだけがあぁ、やっぱりか、後ろ向きな納得をしてシンチーを見ていた。
 予想以上に慌てふためいたシンチーを落ち着けるためにゲオルクは咳払いをした。シンチーははっとした後にばつが悪そうに顔をそらす。
 どうやら藪蛇だったようだ。年を取っていよいよもってお節介で説教臭くなったらしい。
 内心そう一人ごちてゲオルクは話題を変えた。
 「……ところで、先ほど何かもめていたようだが?」
 「あぁ、それは」
 心なしか弱弱しい声でロビンは経緯を説明した。
 話を進めるにつれてゲオルクとゼトセの表情が怪訝なものへとなっていく。無理もない。にわかには信じられない話だ。
 口髭を撫でながらゲオルクは思案する。
 「ふむ…不可思議なこともあるものだ。……それでその谷の探索を依頼されたという訳だな」
 「…ですが我々2人では少し不安もありますし」
 少々言い訳がましいな、とロビンは言いながら思う。
 シンチーがその言葉に顔を歪めたのもわかっている。
 だが本心なのだ。
 シンチーをこれ以上危険な目に遭わせたくない。そう考えれば今の言葉ももっともな方便である。
 甲皇国の兵士とやり合って、それでシンチーを失いかけて怖くなったなどといえば先ほどの二の舞なのだから。
 シンチーはロビンをそれこそ命に代えても守ることを是としている。それはシンチー自身がそう決めたことで、交わした誓いに通じる大切な思い。
 だから今の言葉は、シンチー1人では不安だという言葉は、互いの信頼と約束の大根底を揺るがしかねないものだったのだ。
 それでもロビンはシンチーに無事でいてほしかったのだ。
 ゲオルクはロビンがシンチーにした約束を知らない。シンチーがロビンに願った想いを知らない。だからロビンの言も一理あるという風にしか捉えなかった。
 「成程な。確かにこの未開の地で魔法をも超えた力が働いているとなると2人では些か不安かもしれぬな」
 「えぇ、そうでしょう?」
 ロビンが助かったというように深く息をついた。
 結局頼みが断られてしまった形のベルウッドは不満顔だ。アンネリエとピクシーはそもそも財宝には興味がないしケーゴは先ほどのシンチーの言動が頭から離れずにいる。
 ゲオルクはしばし思案顔を見せた後、何かを思いついたように隣に視線を移した。
 「…何であるか?」
 突然見つめられたゼトセは目を白黒させる。
 「いや…ゼトセ、貴公探し人がいるということだったな。どうだ、ロビンたちに手を貸してみては?」
 「えっ」
 「小生が?」
 ロビンがのけぞる。
 ゼトセは胡乱気に目を細めた。
 「…このロビン・クルーという男、あの俗物国家の人間であると聞いている。小生、拝金主義の強欲な商人どもの巣窟たるかの国の者になど手を貸したくないのである。ゲオルク殿には申し訳ないが…」
 強い口調でゼトセは一気にまくしたてた。
 予想外の|拒絶反応《アレルギー》にさしものゲオルクも一瞬言葉を失う。
 「……ふむ、ならば――」
 「えっと、ゼトセ…さん?」
 ゲオルクが言い終わる前にケーゴが割り込んだ。
 不躾な子供だ、というゲオルクの視線に耐えながらケーゴは続けた。
 「ゼトセさんは…商人が嫌いなの?」
 ゼトセは生真面目に応えた。
 「あぁ、奴らは金のことしか考えていないのである。利己的な偽善守銭奴だらけである」
 「それは…そう人もいるけど…全員がそうって訳じゃない」
 ケーゴの反論にゼトセは顔をしかめた。
 「貴様もSHWの人間であるか?」
 「いや、俺はド田舎の人間だよ。だけど父さんは商人だった。利己的でも偽善者でも守銭奴でもなかったけど商人だったよ」
 ゼトセの目が大きく開かれた。
 むきになったらしいケーゴは続ける。
 「おっさんは!確かに意地悪な契約吹っかけてくるような人だけど、それでも約束は守ってくれる!おねーさんのこともきっと大切にしてるし、こうやって飯奢ってくれるし…あんたが思ってるようなSHWの人間じゃねぇよ!」
 「……っ」
 黒曜石色の瞳が紫水晶の瞳と交差する。
 ケーゴの目はまっすぐだった。
 ゼトセの瞳は揺れていた。
 やがて彼女は小さく息をついた。
 「……父親、か」
 誰にも聞こえないくらいの声でそう呟く。
 そしてロビンを睨んだ。
 「……いいである。彼に免じて貴様に手を貸してやる。もしかしたら小生の尋ね人もその不可思議な秘境から帰れなくなっているかもしれないのである。」
 その言葉を聞いてゲオルクは破顔した。
 「これで3人だな。できればもう一人欲しいところだな。…私は立場上そのような探索には付き合えぬが…」
 「あ、じゃあ俺が…」
 ケーゴが名乗りを上げた。
 「あんたは駄目よ!逃げ帰って来たんだから大人しくしてなさい!それに今日明日とあたしたちの買い物に付き合うって約束だったでしょ!?」
 「むぅ」
 しかしベルウッドに一瞬で却下され不満顔だ。
 ゲオルクはたいして期待していなかったかのように髭をいじり続けていた。どうやら考え事をする時の癖らしい。
 「ならば私の知り合いを雇うか?もちろん相応の報酬はもらうことになるが…」
 調査をすることが前提である。人数が足りないから中止、とはならない。
 当然だ。ゲオルクの中ではロビンは冒険小説家でこのような危険な場所や未知の秘境には勇み足ということになっているのだから。
 よもやロビンが二の足を踏んでいるとは思いもしない。
 「んー、そうですねぇ」
 ロビンもそれが分かっているからどうにも歯切れが悪い。
 それにゲオルクが気付き何か言おうと口を開いた時だ。
 「話は聞かせてもらった」
 再び会話への闖入者である。
 今度はその場の誰もがその声を知らない。
 8人の視線を集めたのは年若い男性だった。
 髪は薄い臙脂色。それを後ろに撫で上げているが触角のように2本の髪のまとまりが顔の横に垂れている。
 動きやすさを重視した簡素な鎧、挑発的なたれ目、左肩に装飾のごとく羽毛を纏い、手には銀槍を持っている。
 「俺の名はジョスリー・ヒザーニャ。未知の大陸と聞いて逸る心を抑えきれずに遠路はるばるやって来た冒険野郎さ」
 大仰な身振り手振りと共に頼まれるでもなく自己紹介。
 どこかきざったらしい芝居がかった言動にシンチーが苛立ちを表すかのごとく眉をひそめた。
 だがヒザーニャはそれに気づかずに話し続ける。
 「話は聞かせてもらったよ。あんたたち、なかなかの|挑戦者《チャレンジャー》だね。…その冒険、同行させてもらうよ」
 言い終えて親指を立てる。
 今度は確実にシンチーの舌打ちが聞こえたはずだ。
 そんな彼女よりも落ち着きのあるゲオルクが咳払いをしてヒザーニャに尋ねる。
 「…あー、すまないが、貴殿は…」
 「大丈夫、大丈夫だ。確かに信用ならないかもしれない。だが約束する。損はさせない」
 しかしそれをも無視して体全体でヒザーニャは語る。
 「レディーたち…君たちをどんなことからも守ってみせるよ」
 人差し指でハートを打ち抜いてみせる。
 シンチーは無言で剣を抜いた。
 「シンチー!?」
 「ちょ、おねーさん!」
 「主の前で醜態を晒すでない!」
 3つの声が同時に静止を叫ぶ。
 ヒザーニャは危機感がないのか豪胆なのか、シンチーに剣を向けられても焦らない。
 「おやおや…レディー、美しい君にそんな粗暴な行為はふさわしくないよ。いや…戦う君もやはり美しいのかな」
 あろうことか剣を構えるシンチーに近づく。
 さすがのシンチーもこんなところで殺人事件を起こすつもりはないから脅すように剣を向ける以外ないのだが、ヒザーニャはそんな彼女の手を優しく握った。
 自分よりも頭一つ分背の高いヒザーニャをシンチーは睨む。
 「褐色の肌に銀色の刀身が映える…。ルビーのようなその角も煌めく瞳も全部艶やかじゃないか。…ま、俺としてはもうちょっと肌の露出を控えてくれてた方が嬉しいんだけど、ね」
 胸の谷間を眺めるヒザーニャの股間にシンチーの渾身の一撃がめり込んだ。
55, 54

  

 
 

――――


 化け物、と形容するのが一番的確であると思われた。
 体躯は人を丸呑みにできるほど巨大。
 狩猟犬と牡牛を組み合わせたかのような頭、体は四肢を持っているが前脚を広げると蝙蝠のような翼が現れる。尾は長く先が二股に分かれている。
 吠える様は獅子の様。
 獲物に飛び掛かるさまは鷹の様。
 「ちぃっ!!」
 「小隊長殿!!」
 兵士の悲鳴に混ざりウルフバードとビャクグンの声が谷に響く。

 見覚えのない渓谷に足を踏み入れてしまったウルフバード達は原生生物の手洗い歓迎を受ける羽目になっていた。
 物陰に隠れてやり過ごすつもりだったが、動転した兵士が騒ぎ出したのが悪かった。
 練度の低い兵というのはこういうところで使えない。
 質の悪い兵隊をまわされる根本的な原因のウルフバードは舌打ちをしながら手を前にかざした。
 「“奔”!“障”!」
 叫ぶと同時にビャクグンが背負っていた甕から水が躍り出て激流の壁となり彼らを包み込んだ。
 魔力の性質変化の手助けとするためにウルフバードは自らの魔法に命名を行っている。
 水を自在に操るだけなら容易に行える。だが、干渉を行う対象にそれ以上の力を付与するのは簡単ではないため、命名することによって自らのイメージを確実にする。さらにその効力を強めることも期待できる。
 エルフの詠唱がこの効果を狙ったものである場合もあるのだが、第三者から見ればその区別はつきにくい。
 いずれにせよ、ウルフバードのそれは性質付与、具現化の際に必要なものである。
 「奔」は激流を生み出す魔法、「障」は水を壁のように形作る魔法だ。
 魔法効果によって「障」だけでも防御としての力はあるのだが、奔流の障壁にすることによって防衛力はいや増す。
 その防壁の水は地面を穿つことなく接地面で上空へと流れの向きを変えている。外側から見ると滝のようだが、内側から見ると水は重力に逆らって流れている。
 ビャクグンに甕を持たせていたことからもわかるように、ウルフバードのそれは水を操るだけの魔法であり、無から水を生み出すことはできない。
 故に水を無駄遣いすることはできない。
 半球状の形をした障壁はそれ1つが完結した水の流れなのだ。円環がいくつも集まり半球を成している。

 あぎとを開きながら迫りきた何頭もの蝙蝠に似た獣はしかし、その激流に阻まれ再び上空へと跳躍する。
 だが、我先にと小隊から離れて逃げ出していた兵士たちに狙いを定め、再び急降下。
 忠誠心のない兵士たちは獣になす術なく咥えられ、そのまま遥か上空へと連れ去られる。
 「“烈”!!」
 防護の内側からウルフバードが叫んだ。
 すると犠牲となった兵士が突如獣の口腔内で爆発し、獣の頭も吹き飛んだ。
 血で空に直線を描きながら獣の体は落下し、ぐちゃりと音をたてた。
 「…っ!!」
 その光景にビャクグンは血の気が引いた。
 かねがね聞いていた兵士を爆発させるというウルフバードの魔法。彼は何の躊躇いを見せることもなくそれをしてのけた。それが当然であるかのように。
 「いいか、てめぇら!てめぇらに飲ませた俺の酒は体外に決して排出されねぇ!俺の武器にされたくないなら勝手な行動もヘマもしねぇことだな」
 身に覚えのある兵士たちは真っ青な顔でがくがくと頷いた。
 これぐらいしないと精度の低い兵士たちは隊内での規律を守らないのだろうか。
 ビャクグンはそう考えて頭を振った。今はそんなことを考えている場合ではない。
 見上げると、獲物を狙って何頭もの獣が旋回している。
 しばらくすると獣は再び襲い掛かってくる。知恵があるようで消耗戦に持ち込もうという算段なのだろう。
 「キリがねぇ…」
 そうウルフバードが舌打ちした。
 魔法も無尽蔵に使えるわけではないのだ。
辺りを見回していたビャクグンはとあるものを見つけて進言した。
 「小隊長殿、あそこに塔、入り口のようなものがあります。我々は入り込むことができるでしょうが、あの大きさの獣には無理でしょう」
 「なるほど。敵地で籠城戦という訳か」
 皮肉っぽく返すが現状把握のためには落ち着ける場所が必要だ。それに塔に登れば交易所の位置もわかるかもしれない。
 だが、そこまでどう辿り着けと言うのか。
 獣は何度も体当たりを繰り返す。ただでさえ難しいのに、この不安定な状態ではさらに魔法を付与して障壁を操り移動するのは不可能だと思われる。
 ウルフバードは障壁の魔法を解除した。
 残されたのは形を持たず不定形に空中を漂う水だ。
 好機とばかりに獣たちが飛び掛かってくる。
 「小隊長殿!!」
 色を失ったビャクグンが剣を抜いた。その名の通り|百群《びゃくぐん》色の目が本来の力を思い出すかのように発光し、顔の至る個所に竜鱗のような文様が浮き上がった。
 「“刳”!!」
 だが、それと同時に怒号にも似た雄叫びとがあがり、水が穿孔機のように回転する刺の形に変化した。
 それは小隊を守るかのように配列され、飛び込んできた獣たちはその刺に体を抉り削られた。
 すかさず干渉魔法の性質を変化させ実行する。
 「“混”!!」
 獣に突き刺さったまま形状を失い留まっていた水が一瞬で赤黒く染まった。
 自らの支配下にあった水と獣の血液を同化させ、操る「水」の量を増やしたのだ。
 僅かではあるが戦力が増えた。
 要するに、彼の操る水が傷口に触れれば相手を殺すことができる魔法だ。
 末恐ろしい男だとビャクグンは顔をしかめた。
 その惨状を目にした獣たちは様子を窺うように再び滞空にうつる。崖につかまり羽休めをしながら状況をうかがう獣もいる。
 「少々強引だが、奴らにも頭があるみたいだ。ビビってるうちに走り抜けるぞ!!」
 言うが早いかウルフバードは走り出した。
 ビャクグンも他の兵士もそれに続く。
 遅れた兵士はすぐさま化け物の餌食になった。
 「“烈”!」
 それを爆破させ、焼け石に水ながら敵の数を減らす。
 渓谷の底、足場は走るのに不向きで彼らの体力を奪う。
 獣たちは必死に走る人間を高みから見下ろし、隙あらば急降下し、小隊の上空を飛んでいく。
 ウルフバードはその都度立ち止まり、魔法を使って威嚇をする必要があった。
 そんな小隊長に合わせず我先にと塔へ急ぐ兵士たちは魔法の庇護から外れ獣に食いちぎられてしまった。
 「…っ!!」
 荒い息の中ウルフバードは再び魔法を行使した。
 もともと体力がない彼はすでに肺が焼けるように痛んでいた。
 それでも全力で走り、魔法を使わなければならない。
 脚ががくがくと震えている。心臓が暴れている。
 「はぁああああっ!!」
 柄にもなく気合で吠えて獣を一頭貫いて魔法を解除した時だ。
 その一瞬を狙っていたかのように一頭の獣がくわりと牙をみせ、術者であるウルフバードに食らいつこうと滑降してきた。
 刹那、ビャクグンが彼と獣の間に割り込んで剣を振り下ろした。
 獣の頭をぐしゃりと叩き潰した斬撃は衝撃波を放ち、そのまま獣の体を真っ二つにした。
 「…っ!!」
 ウルフバードは瞠目した。
 それは確実に人間わざではない。
 「やはり…っ」
 しかしそれを追及している暇はない。
 再び彼らは走り出し、半ば転がりながら塔に逃げ込んだ。

 荒い息の中ウルフバードは隊員を数える。
 どうやら三分の一はやられたようだ。
 失った兵はまた補充すればいい。それだけの話だ。もちろんここから生きて帰れたら、だが。
 それにしても、とウルフバードはビャクグンを視界に映す。
 あれだけ走ったにもかかわらず平然と涼しい顔でこちらを様子をうかがっている。
 そもそも先ほどの剣撃は一体なんだ。
 慣れない運動をしたせいで頭がうまく回らない。ウルフバードは自分を落ち着かせるように塔の内部を見回した。
 
 薄暗くひんやりとした空気が満ちてどこか厳かな雰囲気だ。
 外から見ると荒い岩肌が目立つ武骨な塔だが、内壁は磨き上げられていて光沢がある。
 釣鐘状の穴から光が差し込み、壁に沿って階段が螺旋状に造られている。階段の先は2階に続いているのだろうが、残念ながらその道は塞がれている。
 「人工物…一体誰が…?」
 誰ともなしに呟かれたウルフバードの問いに答えるものは当然いない。


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