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24話 最後の賭け

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24話 最後の賭け






 ダヴ歴456年3月。
 戦争の季節である夏が過ぎ、秋を迎えようとしていたが…。
 ボルニアは甲皇軍の猛攻を良く耐えしのいでいた。
 “クリスタルパレス”と呼ばれるように、ウッドピクス族の固有魔法によってすべてがクリスタルで造成されたボルニア市街。
 人が住むには少々適していない洞窟造りのクリスタル建築だが、魔法一つで簡単に造成できるのが優れたところである。
 かつては高々とそそり立つような城壁と尖塔を備え、絢爛豪華な貴族の夜会でも催されていそうな煌びやかさを誇っていた。それが今や、戦争に備え改築されていた。
 ボルニア外周部には縦横に深い稜堡が張り巡らされ、それを補完する外堡も備えられ、厳重に守りが固められている。全景は星のような五角形を二重に重ねたような形で、上空から見下ろせば幾何学的な十角形をしていると分かる。ただ、地上からだと均質でつまらないクリスタルの斜堤しか見えないであろう。
 元々、こうした近代築城術はアルフヘイムには無かったものだ。長引く戦争を商機と感じた他国──即ち、SHW商業連合国──によってもたらされた。軍事科学技術では甲皇国が最も先進的だが、次いでその亡命者が多く流入するSHWでも軍事技術の研究は進んでいる。彼らは死の商人となり、甲皇国と敵対するアルフヘイムに軍事技術を輸出していた。
 そうしてSHWの近代軍事技術とウッドピクス族のクリスタル形成技術とが組み合わさり、このボルニア式築城術は完成を見たのである。
「総員、突撃せよ!」
 やけくそ気味に甲皇国第三打撃軍を指揮するバルザック少佐が命令を下すと、機械兵たちはそれに不平も言うこともできず、黙々と歩き出す。
 彼らにそんな概念など無いだろうが命令に抵抗するかのような緩慢な動きに、バルザックは舌打ちする。
「駆け足だ! 全力で行け! 亜人どもを殺してこい!」
 機械兵の足のジョイント部ががっちゃんがっちゃんと鳴り響き、彼らは駆け足でボルニアへ突撃していく。
 彼ら魂の無い機械兵は、補充兵として各軍団へ配属されている。物言わず飯も食べない機械兵は、過酷な戦場で便利な使い捨ての兵士として、勝算の薄い死地へ送り込まれることが多い。
 このボルニア要塞に対し、甲皇軍は手詰まりであった。
 最初はこれまでのアルフヘイム各地の町や城を陥落せしめてきたように、大砲による城壁破壊を行った。
 しかし、縦深に造成されたクリスタル斜堤は魔法防壁など無くとも火力を跳ね返してしまう。
 多少クリスタルを傷つけたところで、ウッドピクス族はすぐにクリスタルを“生やして”修復してしまうのだ。
 ならば地下から坑道を掘り進めて地雷攻撃を行うが、これも地中深くにクリスタルがしっかりと根を張っていて、しかもボルニア側から対抗坑道を掘られて逆に反撃に遭う始末だった。数多の兵が坑道戦で生き埋めになった。
 遠距離からの大砲も、地下からの地雷も効果がないとなれば、残された手は力押しの歩兵突撃しかない。
 例え幾千幾万の犠牲を払おうとも…。
 だが、そんな命令に黙々と従うのは使い捨ての機械兵しかいないのだ。
 ひゅるるるる……と、風を切る音が響く。
 機械兵の突撃を察知したボルニア要塞方面から、魔力補助を受けた巨石弾が飛来する。
 甲皇軍が保有する鉄の弾丸を飛ばす鋳鉄滑空砲に比べると命中・信頼性には劣るものの、アルフヘイム軍にも木製の魔導射石砲があるのだ。
 ずしん、ずしん。
 たちまち機械兵らが下敷きとなり、破壊されていく。
 だが、隣の仲間が壊れていっても、機械兵らは黙々と突き進む。
 ようやく一部の機械兵がボルニアの外堡へとりつき、つるつると足が滑りそうになる斜堤をよじ登ろうとするが…。
 機械兵の単眼が戸惑ったように赤く光り、その頭部が胴体と切断され撥ね飛んでいった。
 巨大ハルバードが振り回され、さらに周囲の機械兵らもあっけなく破壊されていく。 
 そこで待ち受けているのはビビとボルニア守備兵たちだった。
 ボルニア守備兵は柄の長さが5~6メートルはある長槍を突き出し、ビビは単身で外堡の上を駆け回ってハルバードを振るい、機械兵らはたちまち破壊されていく。
 相手が機械兵ならば壊すことに躊躇いも無い。
 ビビは戦場で初めて敵を倒していた。







 ───思えば、うだつの上がらない人生だった。どこでどう間違えたのか……。
 琥珀色の輝きを傾け、バルザックはガラス杯の中のウイスキーをちびりと舐めた。
 酒量が増えている。もう40も過ぎて、最近少し体力の衰えや、酒に弱くなったと感じることも多いが、飲まずにはいられなかった。固太りしたバルザックの体躯だが、腹周りについたぜい肉が重たく感じる。
 今日も敗北を喫し、第三打撃軍の気勢は一向に上がらない。
 野営地でこうして酒を飲めるのもあと何度あるかどうか。
 このままだと、機械兵はやはり使えないからと、人間兵を指揮しての無謀な突撃を上から命じられるのも時間の問題だ。
 バルザックの実家は甲皇国でもSHWの裏社会とつながりがあるマフィアの家系だ。バルザック自身は三男坊で一番好き勝手に育って根性を叩き直すために軍隊に入れられたが、佐官といえばかなりの栄達でもある。
 それでもマフィアの大幹部となっている上の二人の兄にはまったく頭が上がらない。そして上官のクンニバル少将にも。
 バルザックがアルフヘイムへ上陸してからは、亜人狩りをしてSHWへ人身売買のルートを確立させたりしたが、それもクンニバルと兄からの命令だった。
 クンニバルは、甲皇国で大手風俗チェーン店の元締めとなっているので、多くの性奴隷を必要としていた。
 バルザックが奴隷狩りをしてそのままクンニバルに送ると、さすがに現場での軍法違反ガバガバの甲皇国でも目につく。
 だから兄二人が甲皇国とSHWでそれぞれ人身売買のルートを作り、バルザック→SHWの兄→甲皇国の兄→クンニバルというルートで横流ししているのだ。
 佐官といっても代用のきく中間管理職に過ぎず、クンニバルと兄二人の小間使いという立場。
 こんなものが自分のなりたかったものなのかと絶望し、酒に逃げたくなる。
「少佐さぁ~~ん」
 甘ったるくて鼻にかかる気持ちの悪い声で呼びかけられた。
 ぞくりと悪寒を覚え、バルザックは渋面を作って背後を振り返る。
 赤く長い舌をぺろりと出し、口を半開きにして薄く笑う女がいた。白い割烹着に軍の外套を肩にかけ、腕組みをした腕の上に大きな胸が乗っており、薄紅をさしたナチュラルメイクに毛先までしっかりカールした巻き髪。…と、一見清楚そうな印象を与えるが、その微笑は男を惑わすように計算づくされたあざとさが透けて見える。
 クンニバル少将直属の“特務少佐”オーボカ・ターだった。
 甲皇国は魔法研究では後進国だが、魔法先進国アルフヘイムに対抗するなら魔法に長けた人材は必要。…というふわっとした理由で、甲皇国では魔女扱いされ虐げられてきたター一族から寄越されてきた人材である。
 媚薬や避妊薬など性的な薬物を作るのに長けたター一族の技術は、風俗ビジネスを営むクンニバルには必須のものであり、彼女はクンニバルに重用されていた。別の意味(下半身)でも重用されている噂もあるが…。
 ター一族が魔女と呼ばれるのは、彼女たちの一族はなぜか女しか生まれないので、外の男を逆レイプして子種を得ようとするからである。しかも彼女たちの好みはいつだってショタであり、精通がきたばかりの12~15歳ぐらいの少年ばかり狙われる。
 クンニバル指揮下となってからも、バルザックはことあるごとにこのオーボカから亜人ショタを優先的に回せと言われ続けており、もういないが例のロリコン兎と共に頭の痛い存在だった。
「何だ、オーボカ」
「素気無いわねぇ。軍での階級も一緒になったことだし、気軽にオボちゃん♪って呼んでくれて構わないのよ?」
「誰が呼ぶか、気色悪い。大体お前、もう30過ぎだろ? そのぶりっこキャラはやめた方がいいぞ。ドン引きだ」
 バルザックの心無い言葉に、オーボカは被害者ぶってうるうると目に涙をためる。
「……ひ、ひどい。バルザック少佐までそんな酷いことを言うのね…。そうよあの時だってSTOP細胞はあるって言ってるのにみんな私のことを信じてくれないしぃ…。メゼツくんもオツベルクくんもちっとも振り向いてくれないしぃ…」
 関係の無い話も持ち出して、オーボカは指をこねくり回していじけている。
 バルザックはめんどくせぇなこいつと思いつつ、用件を再度尋ねる。
「クンニバル少将がお呼びよ」
 その一言に、バルザックはますます渋面となり、大きくため息をついて立ち上がる。
 第三打撃軍は長期間に及ぶボルニア包囲にあたり、急ごしらえの天幕ばかりの野営地ではなく、石造や木造のそれなりに居住性の良い建物を将兵のために用意していた。一万も二万もの人々が長期滞在するのだから、そこはもう既に“町”といって差し支えない様相となる。そんな第三打撃軍の町を歩くと、SHWから来たという娼婦組が客引きをしているし、軍団の糧秣を掌る経理部主計兵による飯炊きの良い匂いが漂い、活気があった。ここ数か月は亜人狩りにも略奪にも頼ることができずにいたが、甲皇軍の貧弱な輜重隊は手一杯で、軍令本部は何もしてくれない。そのため、潤沢な資産を持つ貴族でもあるクンニバル少将は私財を投じて将兵の性・食の不足を解消していた。負け戦がこんできても第三打撃軍の士気が保たれているのはそうした訳である。
 ひときわ大きな煉瓦造りの建物の前で、バルザックは足を止める。後ろにはいつの間にかついてきたオーボカがいて、彼女もクンニバルに呼ばれているという。
 バルザックは大きく息を吐き、覚悟を決めて扉を叩く。
 ……返事が無い。
 代わりに、扉の向こうからくぐもった声がかすかに漏れていた。
「……何をしてるんだ……?」
「……あら~少将ったら♪」
 オーボカが何事かを察して、構わず扉を開ける。
「んはぁぁぁぁ! やめて、やめてください!」
 嬌声が響き渡る……声変わりもしていない少年の高い声。
 部屋の中では、クンニバルが必死に口をすぼめ、捕虜として捕らえたエルフの少年のショタちんぽを咥えてフェラチオをしていたのだった。
 小生意気そうな表情をしているが、それもまたショタ愛好家には嗜虐心を煽りそうだった。艶やかな金髪に、小柄で華奢な体で、裸に剥かれてちんぽの皮も剥かれている。きゅっと締まった小ぶりのお尻もキュートだ。
「アナサスくぅんじゃな~い! 私も狙っていたのにぃぃい」
 その異様な光景を目の当たりにして、呆然とするバルザックをよそに、オーボカが不満そうな声をあげた。
 オーボカの守備範囲は精通がきている(子種を貰いたいから)12~15歳のショタだが、ちょうど13歳ながら精通がきていないアナサスはまだ標的にされていなかった。
「んはああああ!!!!」
 アナサスが口から泡を吹き出し、白目を剥き、失神しかけていた。
 クンニバルの凄まじい吸引力のバキュームフェラを受けてなお、精通がきていないアナサスは射精することができず、ただ勃起したショタちんぽに永続的に刺激を与えられていた。終わることのない快楽。それは最早拷問に等しい。
「ぷはぁっ」
 クンニバルはアナサスのショタちんぽからようやく口を離すと、う~~んと首を捻った。
「やはりワシは女へのクンニの方が好きだな……ショタも悪くはないが、クノちゃん陛下のように愛好家になるほどの魅力は感じない」
 クノッヘン皇帝のショタコン趣味は、甲皇国内でもごく一部の高位貴族しか知らないことだが、クンニバルは風俗ビジネスを手掛けているだけあって皇帝へもショタをたびたび融通しており、『クノちゃん』『クンちゃん』と呼び合う間柄なので知っていた。
 性的好奇心が旺盛なクンニバルは、皇帝やオーボカのショタ趣味に感化され、ショタもありかな?と我慢汁を抑えきれなくなり、捕虜のアナサスを使って試してみたのである。
 クンニバル少将、貴族としては男爵。
 齢60を越えてなお精力絶倫で、上半身は普通に軍服を着ているが、下半身はズボンを履かない主義で、いつでもセックスができるようにぴっちりしたビキニパンツだけのスタイル。
 60歳に見えないほど若々しく肌もつやつやしているのは、数多の女性の愛蜜をすすってきたからだと言われている。
 まさに“性将”の二つ名に相応しい男であり、第三打撃軍の総司令官。
「お、お、お、お前らはぁ……!」
 部屋の隅まで後ずさり、膝を抱えてガタガタと体を震わせている。鼻水も垂らし、先程の興奮が冷めやらず声が上擦っている。それでもアナサスは必死に喉奥から声を絞り出す。
「こんなことをして、ただじゃおかねぇぞ…! 絶対に殺して……」
 最後まで言うことはかなわない。
 アナサスは、目の前に仁王立ちになって立ちはだかるオーボカの喜色満面の笑みを見て、言葉を失う。
「あああああああああああ!!!!!」
 代わりに出た言葉はまたも嬌声である。
 クンニバルの時とは比較にならぬほど、その声は悲痛だった。
 尻の穴から指を突っ込まれ、前立腺を刺激されながらのオーボカのフェラチオは殺人的だった。
 精通をしていなかったアナサスだが、前立腺刺激によって無理矢理に精通させられ、その初物の精液をオーボカに捧げていたのである。
 蛇口を壊された水道のようにそのショタちんぽからはとめどなく精液が溢れ出続けており、オーボカは目を爛々と輝かせてそれを飲み干していく…。
「さて、バルザック少佐」
 そんなオーボカとアナサスの事など気にもかけていないかのように、クンニバルは執務室のソファに腰かけ、直立不動のバルザックを睨みつける。
 クンニバルの足元には、アナサス以外にも捕虜がいる。身震いするような美しい女エルフで、水色の髪と透き通るような白い肌、そして何かのプレイなのか目隠しをされている。
 見えていないのを良いことに、クンニバルは自身の陰茎をもろだしにして、それを女エルフに舐めさせていた。が、臭いで分かるのだろう。女エルフは苦しそうな顔で涙を流す。
 アナサスのように裸に剥かれている女エルフは、視線を感じて顔を赤らめ、慎ましい胸や尻を手で隠そうとしている。
 ───こんな美女に、あんなことを……。
 自身も散々非道なことをしてきた。そんなバルザックにクンニバルの行為を非難する資格などない。それでも何故か彼は怒りを覚える。余りに美しい女エルフだったので、それを汚すことに神聖な領域を踏み荒らす冒涜行為に思えたのかもしれない。
 下半身はそんな状態でも上半身は厳格な軍人らしい態度のクンニバルは、葉巻を咥えて火をつけ紫煙を吐く。
「仏の顔も三度までという言葉がある」
「……は」
「貴官は既に三度失敗を繰り返している」
 クンニバルは右手の指を三本立てた。
 バルザックの額に脂汗が浮かぶ。
「一つ、ホタル谷での敗北。我が第三打撃軍一万の兵をみすみす失ったのは、本来ならば即刻処刑しても良いぐらいの失敗だ」
 クンニバルの薬指が折られる。
「一つ、ザキーネは勇敢に戦い死んでいったときくが、なぜ連れて帰らなかった? あいつの芸術家としての腕をワシは高く買っていたのだぞ」
 中指が折られる。
「一つ、この三か月で挽回するかと見ておったが、ボルニアへの攻撃は失敗続きで、数多の機械兵を失った。あれらも命は無いが、それなりに高価な代物なのだがな」
 人差し指も折られた。
 もはや言い返すことはできず、バルザックは無言で俯いている。
「……だが、ワシはレンヌの町を奇襲し占領した功績を忘れてはおらん。数々のエルフや亜人を無傷で捕虜とすることもできたしな…」
 人差し指を再び立て、クンニバルは薄く笑った。
「最後のチャンスを与えてやろう……ふん!」
 言い終わると、クンニバルは射精し、どろりと粘つき加齢臭のする精液で女エルフの顔を汚した。








「大丈夫か?」
 バルザックは清潔な布で、先程の女エルフの顔を拭いてやっていた。目のやりどころにも困るので、粗末な服も着せてやる。
「……ありがとうございます」
 先程はまったく口をきこうとしなかった女エルフだが、ちゃんと声は出せるらしい。
 鈴が鳴るようなと形容すべきか、繊細で透き通るような声だった。
 それに、やはり見れば見るほど美しい。エルフはみな、見目麗しいが、この女エルフはその中でもとびきりの上物だった。
「お前、精霊の森の巫女らしいな」
「………」
 その質問には答えず、女エルフはじっと黙り込む。
「名前は何という?」
「ニフィル・ルル・ニフィーと申します」
「ふむ……目が見えぬのは不便だろう」
 バルザックは彼女の目隠しを取ってやると、その目は固く閉ざされていた。
 急に入り込む光を恐れるように、うっすらと目を開けるニフィル。
 髪の色は透き通るような水色に対し、宝石のような大粒の黄金の瞳がバルザックを見つめていた。
 ───やはり美しい。
 どんな美しい女を見ても、女はたかが女だというふうにしか考えたことが無かったバルザックだが、考えを改めさせられる。
「……それを返してください」
 バルザックの手にあった目隠しの布を取り戻すと、ニフィルは自ら目隠しをする。盲目という訳ではないが、彼女には目隠しをしなければならない理由があるらしい。
 この神秘的な雰囲気をまとった女エルフ・ニフィルは、精霊樹からその魔力を引き出すことが可能な“巫女”ということだった。
 バルザックに与えられた新たな指令。
 それは巫女ニフィルを伴い精霊樹を確保すること。
 巫女の資格を失う訳にはいかないので、フェラチオまでさせられていたものの、処女を失うようなことまではされていなかったという。ただ、従順にさせるために媚薬を使われたり、奴隷根性を植え付けようと捕虜にされてからずっと裸に剥かれていたという。
 ホタル谷の戦いでまざまざと見せつけられた精霊樹の加護を受けた戦士の力を、クンニバルは手に入れたいのだ。
 ただ厄介なことに、その探索にはオーボカも連れていかねばならない。
 精霊魔法を使うには魔法に詳しい人間がいた方がいいだろうという理由で。
 ───いや、あの詐欺師の言うことなどあてにならんぞ。
 自身が“賭博師”と呼ばれるなら、あのオーボカははっきりと“詐欺師”だろうとバルザックは思っていた。
 ありもしない魔導細胞STOPの研究で名を馳せたオーボカは、甲皇国では中々の有名人である。それも悪い方で。STOPがあればクローンが、欠損した人体の複製が作れ、医療や軍事など様々な分野に貢献できると豪語したオーボカだが、そんな細胞があるとは証明できなかった。やがて詐欺の犯罪者として裁かれそうになっていたオーボカを救ったのがクンニバルで、最初は媚薬や避妊薬を精製するター一族の能力が目当てと思われていた。だが、クンニバルはオーボカとも爛れた肉体関係を結び、半ば彼女の虜となっているようだった。オーボカの魔導細胞STOPの研究も精霊樹があれば捗るなどと言われ、それを支援してしまっているのだ。
 ───精霊樹ねぇ…。
 どうせ失敗する。オーボカの言うことなど聞いて上手くいくはずがない。
 南方戦線ではゲル・グリップがそれを手に入れようとしたが上手くいかず、精霊樹の加護を受けて抵抗する戦士の力を削ぐため、結局精霊樹を破壊してしまっていた。
 エルフというのは誇り高い種族だ。巫女と呼ばれるような者なら尚更。恐怖や羞恥だけで無理に従わせることは難しいだろう。
 だが、また失敗すれば、軍人としての道は絶たれるだろうし、それどころかクンニバルのことだ、次は命も絶たれるのは目に見えている。
 余りに分の悪い賭けというか、与えられたのは絶望的にカスだらけの手札である。
 ザキーネ、オーボカ、クンニバル。
 思えばバルザックの周りにはキチガイばかりしかいない。
 それらに比べると、自分はまったく常識人な方だろうと思い知らされる。
 だが、吹っ切ってキチガイになりきれる気もしない。
「……?」
 バルザックが泣いていることに気付き、ニフィルは戸惑う。
 甲皇軍には悪鬼ばかりしかいないと思っていたが、涙を流せる人間もいたのかと。
「なぁ……。俺は、賭博師と呼ばれるだけあってな、賭けが好きなんだ」
「……はい」
「俺の……最後の賭けに、付き合ってくれねぇかな……?」
 震えるバルザックの声に、ニフィルは感じ入るものがあった。
 目隠しをして視覚を閉ざすのは、目に見えない精霊の気配を強く感じ取るためである。
 ニフィルが精霊の力を使えば、人が意識していないような深い部分での心理を読みとったり、今後の行く末を予知する力もあった。
「俺は、俺の人生を取り戻したいんだ……」
 あらゆる非道を繰り返したこの身で、都合のよいことを言うかもしれねぇが…と、バルザックは懺悔の言葉を繰り返す。
 そして。
 わかりました、とニフィルは微笑んだ。








つづく
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