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33話 メゼツ小隊結成

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33話 メゼツ小隊結成










「目覚めよ……」
「……あと三十分」
「目覚めよ……メゼツ、士官学校に遅れるぞ」
「……あと五分」
「妹が呼んでるぞ」
「今起きたぞ! メルター! どうしたんだ兄ちゃんに任せろ!」
「やれやれ、お前というやつは……」
「あれ、父上……?」
 目の前には父のホロヴィズがいた。相変わらず我が父ながら、骨仮面で覆われた顔は何を考えているのか窺い知ることはできない。 
「気分はどうだ?」
 手術室に立ち込めているホルマリンの酸っぱくて目に染みるような刺激臭が、手術後には特に何も感じなくなっていた。いや、厳密に言えば、臭いは感知できるが脳がそれを不快と感じなくなっているというか。
「……悪くない」
「そうか。三度目の手術も成功だ。よくぞ命がけの過酷な試練に打ち勝った。お前は、甲皇国の最先端技術により…魔導・機械工学の粋を集めて生まれ変わったのだ。その体には無数の機械と精霊石が埋め込まれ、体表面の魔術紋章がその働きを最大化し……」
「カチンコチンだ」
 頬をつねると、三日間野ざらしにした大福のように皮膚が硬かった。
「……その力で亜人どもを滅ぼし、妹の仇を取るのだ」
「そうだ。メルタ!」
 俺はベッドから跳ねるように飛び起きて、父を置き去りにして手術室を飛び出した。
 帝国病院の廊下は広い。リノリウムの床はつるつるとして光沢があり、チリ一つ見当たらない。帝都の下町は不衛生とよく言われるが、少なくとも貴族が住むこの上町はどこもこの病院のように衛生的だ。
 段々と頭がはっきりしてきた。
 そう、俺は甲皇国の大貴族たる丙家総大将ホロヴィズの息子メゼツ。
 母は皇帝一族である甲家の姫君リヒャルタ。
 つまり、甲皇国でもかなり上位のエリート貴族の血筋という訳だ。
 人は俺を丙家の御曹司などと呼ぶが、親の七光りだの陰口を叩かれるのは目に見えているし、ぬくぬくと温室暮らしをするつもは毛頭ない。
 この世界には人間族と様々な亜人族が存在するが、最も優れているのは人間族である。人間族は、その威勢でもって他種族を滅ぼし、この世界を導く義務がある。
 甲皇国の上位貴族であるからには…。
 そしてひとかどの甲皇国男子であるからには…。
 亜人を滅ぼすこの聖戦で、立派に戦わねばならないのだ。
 数年前、遂にアルフヘイムの防壁魔法が破られ、かの地に上陸が見込めるということで、俺は父と共に前線に橋頭保を築くべく侵攻軍に加わった。
 ところがその間隙を突き、かの悪名高き竜人レドフィンが甲皇軍主力が不在の帝都マンシュタインを襲撃。軍人・民間人関係なく、無差別に多くの甲皇国人が殺され、傷つき…可愛い俺の妹メルタまでが被害に遭い、意識不明の重体となってしまったのだ。
(───あにうえ)
 まだ幼く、あどけない笑みを俺に向けるメルタの面影が浮かぶ。
 メルタの母トレーネは乙家の姫君であり、メルタと俺は腹違いの兄妹だ。
 俺が物心つく前に死んでしまったリヒャルタと違い、トレーネは近年まで生きていて、俺とメルタは平等に可愛がられていた。
 その義母トレーネの言葉が思い浮かぶ。
(───メゼツ。妹を、メルタを守ってあげてね……)
 言われるまでもなかった。俺もそのつもりだった。
 なのに、俺が少しばかり離れていてしまっていたばかりに……。
(化け物どもめ)
 卑劣な亜人族など、人の心もなく、人ですらない化け物どもだ。
 奴らを滅ぼすためなら、そして妹を再び目覚めさせるためなら、俺はどんなことでもしてやる。
 そう決意し、俺は自らを強化すべく、三度もの肉体改造手術を受けたのだ。



 幾度も通ったことのあるメルタの病室の前に、俺は立っていた。
「メゼツ様」
 凛とした若い女の声。
「……バーンブリッツ家の」
「はい、スズカです。ナルヴィア大河での戦いの後、ゲル大佐の第一打撃軍と共に帰国しました」
 スズカ・バーンブリッツやゲル・グリップといった人物は、甲皇国軍人である前に、我が丙家一族に忠誠を誓ってくれている者たちだ。
 バーンブリッツ家は代々丙家一族に仕えてきた下級貴族。ゲル大佐も弟と共に戦災孤児だったところを父ホロヴィズに拾われ育てられた。
 彼らが軍でも高い地位や功績を得ることで、甲皇国における丙家の権勢も維持されているといっていい。
「メルタお嬢様のお見舞いですか?」
「ああ……」
「私もお供致します」
 俺の後ろを歩くスズカ。
 戦場から帰ったばかりだからだろうか? 心なしか、空気が張り詰めていた。
 物憂げな表情をしていているが、何か思い詰めているかのような…。
 彼女もまたメルタと同様に化け物による被害者だ。美しかった顔の左半分を焼かれ、切り裂かれ…。かつては優しい性格で、俺やメルタにも姉のように接してくれていた彼女が、今や冷徹な軍人の顔となっている。
 病室の扉を開くと、そこは薄いガラス板に覆われ無菌室となったベッドが中央にあり、そこに愛しのメルタが安らかに目を閉じて横たわっていた。
(───ああ、メルタ! メルタ!)
 俺より四つほど年下で、まだ十二歳になったばかり。年齢の割に体は細くて小さい。無理もない。もうあれから四年も目覚めてはいないのだから…。
 ふかふかの豪奢なベッドで安らかに眠ってはいるが、体中に無骨なチューブがつながれており、そこから栄養を送り込まれ、生かされているだけなのだ。
「うっ……くぅ……」
 涙がにじむ。
 だが、泣いていても仕方がない。妹の仇を取り、再び目覚めさせるためには……。
「これはこれはメゼツ様」
 ガラス板に覆われた病室の傍には、俺とスズカ以外に、ひょろっとした長身で猫背の医者が立っている。
「ドクター・グリップ」
「もう動かれても大丈夫なのですか?」
「俺のことはどうでもいいだろう。見ての通り、ぴんぴんしてる」
「素晴らしい。後で強化後の戦闘力のデータを測りたいので、ご協力頂けませんか?」
「お前の手術なら確かだろう。必要ない。それよりも……」
「やれやれ、素っ気ないなぁ」
「メルタの容態はどうだ?」
「相変わらず、芳しくはありませんねぇ…」
 ぺろりと舌を出すドクター・グリップ。
 信じられないが、あの武人らしい武人でさっぱりした性格のゲル・グリップ大佐の弟。
 純粋な人間のはずだが、どうも蛇のように動物じみていて。はっきりと言えば爬虫類っぽくて生理的嫌悪感をもよおす。
「……キモッ」
 ぼそり、とスズカが呟いた。
 俺は無表情を装ったが、彼女は爬虫類的なものにトラウマがあるらしい。
 まぁ確かに、ワカメみたいな髪型もキモいしな。
 ただ、腕は確かである。
 医学、生物学、機械工学に通じており、肩書は「甲皇軍技術開発局主任」で、俺の肉体改造手術だけでなく、メルタの主治医をする傍ら、エルフを素体にした機械兵や、完全に無から生産された自動機械兵の開発なども手掛けている。紛れもない天才だ。
 そんなグリップでも、言うことはいつも同じだった。
「やはり、医学だけでは…お嬢様の自然治癒力による覚醒には無理があります。残された手としては、機械工学の力を使い……」
「言うな」
 俺はグリップの口を鷲掴みにした。
「ひゃ、ひゃう!」
 間抜けな声を漏らすグリップ。
 俺は低い声を出し、やつに睨みをきかせる。
「メルタを機械兵みたいにしてたまるかよ…。俺は、メルタだけは人間のまま回復させてやりてぇんだ」
 そうだ。俺はいい。俺は亜人どものように、化け物じみた力が必要なだけだ。
 だが、可愛いメルタにだけは、人間らしく生きてもらいたいのだ。
 ぎりぎりと手に力をこめると、やがてグリップが泡を吹いて気絶してしまったので、俺は慌てて手を放した。



 数時間後、俺は目覚めて落ち着いたドクター・グリップ、スズカと共に、グリップの研究室を訪れていた。
「……手が無い訳ではありません」
 そう言い、グリップがシャーレに入った木片を俺に見せてくれた。
「これは…?」
「兄が南方戦線から持ち帰った精霊樹の欠片ですよ」
 昨年、ゲル大佐率いる第一打撃軍は、南方戦線で竜人族やサラマンドル族と戦い、見事勝利した。
 その際、サラマンドル族の精霊戦士の力の源となっていたというのがこの精霊樹である。
 砲撃により破壊された精霊樹だが、なお強い力を秘めていた。この欠片を煎じて飲めば、重傷の兵士でもかなりの回復力を見せたのだ。
 アルフヘイム側の捕虜をローパー尋問で聞き出した結果、精霊樹には精霊戦士や巫女というものがついており、彼らは精霊樹の加護により強い戦闘力や魔力を得ているという。中でも巫女の魔力は瀕死の人間を一瞬で完全に回復させるほどとか。
「残念ながら、精霊樹そのものを破壊してしまうと、木片の効力は次第に失われてしまうらしいのですが…」
「精霊樹を破壊せずに木片だけ削り取るか、治癒魔法が使える巫女などを捕らえれば…」
「はい。望みはありますな…」
「そうか、よし!」
 俺は席を立つ。
 ならば、俺のやるべきことは一つ。
 かの地で精霊樹、もしくは巫女を捕らえるのだ。
 愛しのメルタのために。
「……」
 その時、俺は高揚していて気づかなかったが、スズカは小さくため息をついて首を振っていたのだった。



 更に数時間後、俺は丙家総本家の屋敷に戻り、父ホロヴィズに詰め寄っていた。
「ダメだ、許可できんな」
「なぜだ、父上! メルタのためだろう!」
 俺はテーブルを力いっぱい殴りつける。轟音を立て、スチールでできた机が真っ二つに割れた。我ながら呆れるほどの怪力だ。そう、この力があれば……。
「お前はまだ士官学校を卒業したてで青臭い十六歳の少尉に過ぎん。四年前も儂の付き添いで上陸作戦に加わっただけで、戦闘経験も無い。一軍を率いてアルフヘイムに赴くことは軍司令として許可できるわけがない。それを許すなら、お前が最も嫌う親の七光りと言われてもやむを得ない」
「むぅ…確かにそうだ」
「だが、儂もメルタが可愛いのはお前と同じ気持ちだ。親として何とかしてやりたいと思う」
「ああ、当然だ…!」
「そこで、だ」
 父が指を鳴らす。それと同時に、数人の男たちが部屋に入ってきた。
 いずれも若い男たちで、屈強な体つきに、良い面構えをしている。明らかに軍人だ。
 一人は見知った顔がいた。
「あんたは……ヨハンの兄貴!?」
 俺より十歳ぐらい年上の又従兄弟は、名門貴族ウルフェルト家の直系ではないが係累にあたる。また、丙家一族の血も僅かならが引いている。
「久しぶりだな、メゼツ。───ヨハン・ウルフェルト兵長、仕った」
「ロメオ・バルバリーゴ軍曹です!」
「ガロン・リッタール一等兵です」
「ウォルト・ガーターヴェルト二等兵です」
 兵士たちが名乗りを終えると、父は満足そうに頷く。
「この者たちは、アルフヘイムでの戦闘経験もあり、中々見どころのある兵たちだ。彼らを部下につけるゆえ、アルフヘイムへ赴け。正規軍としてではなく、身軽な小隊規模での隠密任務を与える」
「隠密任務…!?」
「メゼツ小隊の大きな目的は三つ」
 父は指折り、それぞれについて説明した。
 一つ、アルフヘイム・ボルニア要塞へ潜入、敵将軍クラウスを暗殺。(最優先目標)
 一つ、アルフヘイム・ボルニア要塞内の精霊樹か巫女の奪取もしくは破壊・殺害。(第二目標)
 一つ、捕虜となっているユリウス皇子の弟アウグストを救出、もしくは殺害。(努力目標)
「いずれも困難が予想される任務だが……。これを成し遂げたならば、お前も丙家の男として、将軍に取り立てられるほどの手柄となろう。特に父としては、娘のメルタを救うためにも、精霊樹を持ち帰ってきてほしい……」
 父の声が、僅かながら震えていた。
「了解した」
 胸が熱くなる。あの鉄面皮と言われる父が、これほど感情を露わにして、俺に物を頼むなんて…。






 ────斯くして、ホロヴィズの息子メゼツは、数人の部下達と共にアルフヘイムへ上陸する。
 そこで、更なる困難が待ち受けていることも知らず…。
 運命という濁流に流されるままに。








つづく
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