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二人の姉妹

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 「う~ん……ふん……!!」
 ナノコ=オークトンは、年頃の可憐な女の子である。そんな少女が、似つかわしくないしかめっ面で踏ん張っていた。
 「あぁ~、いまの出そうだと思ったのに……」
 もう三日間、出てなかった。
 ただの便秘、と侮ってはいけない。年頃の女の子にとって、便秘とは不治の病であり、美容と健康の土台を揺るがせる大病でもある。決して侮ってはいけない。
 だから何としても、ここで決着をつける必要があったのだ。しかし……
 「う~ん……あぁ、今度は……!!」
 イケる! と思ったとき、誰かがドンドンと乱暴にドアを叩いた。
 「おい! いつまで入ってるんだよ! いい加減に出ろ!」
 姉のナキシ=オークトンだった。確かに、もう30分くらい入っているような気がする。気がするけど、今は大事な決戦、ここでやめたらもういつチャンスが巡ってくるか……ナノコは脂汗を浮かせながらそう考えていた。今、敗北したらもう二度と立ち上がれないような気がした。最後までリングに立って、戦い続けなければ……だが体力も限界が近づいていた。
 「あのな、いくら気張ったって無理なもんは無理なんだよ!」
 「あぁ……お姉ちゃんが脅かすから、また引っ込んだ……」
 「うるせえ! あと3分だ! こちとら朝起きてトイレに行きたいのに、お前が占領しているせいでずっと我慢してるんだぞ!? おい、分かってんのか!!」
 はぁ~、うるさいのはそっちだよ……と心の中でぼそっと呟くナノコ。しかも朝と言ってももう11時くらいだったはず。だいたい、軍務がない休みの日は無意味に爆睡して昼近くに起きるのが姉ナキシの悪癖だった。しかもそれだけ寝ておいて、午後3時くらいになるとあくびをしながら「眠いな……」とか言ったりするのは、さすがにどうかと思っていた。ハムスター並みの睡眠時間ではないのか。そう言えば八ムスターってプリプリウンチ出すなぁ、あんな風にいくらでも出せたらいいのに、とか余計なことを考えているうちに――
 「おい! 3分たったぞ! さっさと出ろ!」
 姉がドアをバンバン叩きながら言った。
 「もうあとワンラウンドだけ……」
 ナノコはか細い声で懇願したが、だめだった。
 「あのな、お前はもう負けたんだよ……判定負けさ。悔しいのは分かる……でも認めろよ、敗北を! 人生はウンチを出すことじゃない、ウンチを受け入れられるかなんだ」
 どういう説得の仕方なのか。多分、そこら辺で聞いたことをナキシ流で適当に改造して使っているのだろう。ウンチをパンチに替えると名言っぽい気もするが、今はそんな名言などより大切なことが、ナノコにはあった。
 「だぁーーー! もう、お前のクソ長いクソなんて待ってられねえんだよ! 今すぐ出てこないと、扉をぶち破るからな!」
 「でもさ、ぶち破ったらお姉ちゃんはどうやって用を足すの? 扉がなくなったら外から丸見えだよ?」
 「うるせえ! このクソッタレが!」
 「まだクソを垂れる前だからクソッタレじゃないもん」
 「しょうもない屁理屈はいいんだよ、クソ野郎!」
 野郎じゃないし……と思ったが、言い返してもギャアギャアわめき返されるだけなので、ナノコは心の中だけで言い返しておいた。
 「はぁ~、さっきからクソクソうるさいのは誰じゃ?」
 これはきっとホロヴィズの声だ。ナノコはちょっとまずいと思った。だが、時間はできた。今のうちに、決着をつけるべきだ――ナノコはそう判断すると、すぐに――今度は静かに力み始めた。

 クッソー! とナキシは心の中で叫びたかった。亜人が嫌いなことで有名なホロヴィズは、ことあるごとにハーフオークのナキシにグチグチ嫌味を言うのだった。
 「あのね、君、ワシらは食堂でカレー食べてたの。平和で楽しい時間を過ごそうとしてたの。そしたらね、君みたいな亜人がクソクソ言ってんの。このクソミソになった平和な食卓、どうしてくれんの、ねえ?」
 そんなの知らねーよ! 今それどころじゃねえ! と言えたら良かったが、言えるものではなかった。自分はせいぜい部隊長、相手は総大将だった。嫌いなら亜人など同じ飛空艇に乗せなければいいのに、と思ったが、そうもいかないのには理由があった。女性用トイレがついているのが、この客室付きのゼット二世伯爵艦しかなかったからだ。本来軍事用の空中戦艦であり、客室もこの艦にしかついてない。つまり、一緒に乗るしかないということだ。
 「まあまあ、ホロヴィズ様、それくらい許して、器の大きさを見せつけてやりましょうよ。道端に犬の糞が落ちてたらどうしますか? 避けるでしょう。それと同じですよ」と言いながらゲル・グリップ大佐が出てきた。
 「ちょっとデリカシーなさすぎでしょ。はい、君らウンコ味のカレー決定ね」と言いながら丙武少佐が出てきた。
 「うちの艦内で何の騒ぎですかな? いくら子供でも、ちょっと困るんですよね、遠足気分でいられると……」と言いながらゼット二世伯爵が出てきた。
 「カレーのおかわり、もうねえの?」と言いながらヤーヒムがスプーンをくわえて出てきた。
 「……ちょっと汚いですよ」と言いながらシュエンが出てきた。
 「…………」無言でアルペジオが出てきた。
 「ユーも行きなよ、ブラウンの世界へ」と言いながらレイバンが出てきた。
 いつの間にか、ナキシは甲国軍の上層部に包囲されていた。トイレの前で。そして膀胱はすでに限界を超えようとしていた……嫌な脂汗が、ナキシの顔をつぅーっと伝った。

 姉には悪いと思いながら、ナノコは確かな手ごたえ(というより腹ごたえ?)を感じていた。このまま頑張れば、すぐに出るはずだ! 希望が見えてきた。出してやるからね、強烈なパンチを……!!
 最後の力を振り絞った。だが、そこで無情にもゴングがなった。

 ジリリリリリリリ!!!!
 非常ベルが鳴り響き、赤い警告灯がグルグル回転した。次の瞬間、爆発音が響き渡り、飛空艇全体がグラリと揺れた。倒れかけたホロヴィズをすぐさま支えるゲル大佐。
 「お怪我は?」
 「よい、大丈夫じゃ。それより――
 「すぐさま救助ポッドに案内いたします、皆さん、私についてきてください!」ゼット二世伯爵が、皆を先導した。
 よく考えれば、危険だった。一つの艦に重要人物を集中して乗せれば、敵にとって格好の的、しかも甲皇国には敵が多いのだ……たとえミシュガルド上空であっても。
 だが、もっとよく考えると、ナキシは包囲を解かれたということであり――
 バン! トイレのドア(ヘブンズドア)が開いた。
 つまりである、ようやく全てを解放するチャンスが訪れたということである。このチャンスを逃すナキシではなかった。
 「どけぇえええええええ!!」
 もうベンキが黄金の塊であるかのように突進していくナキシ。だが、ナノコはそんな姉の腕を引っ張った。
 「お姉ちゃん、早く脱出しないと……!」
 「うるせえ! 30秒で終わる! すぐに行くから先に行ってろ!」
 ドーーン! 爆発音。艦が大きく揺れた。揺れも長くなってきていた。
 「お姉ちゃん!」
 「クソーー!」
 「もう諦めて!」
 「絶対嫌だーーーーーーー!」
 もう、ただの意地の張り合いになっていた。早く脱出しようとするナノコと、早く浄土へ行こうとするナキシ。
 だが、そんな無駄なもみ合いをしているうちに、艦はさらに大きく揺れて、無情にもそのまま地面へと落下していったのだった……
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