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メール

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ピピピピピ
私の快適な眠りは、耳障りな電子音により妨げられた。
のそのそと布団から這い出し、音の発信源を探す。それはすぐに見つかった。暗闇の部屋の中でピカピカと光っていた。
私は違和感を覚えた。暗闇の中で音を発せながら携帯電話が光っている。5・6秒ほどするとそれは大人しくなった。メールを受信したのだろう。
私は寝ぼけた頭で、先ほど感じた違和感について考え、すぐに理解した。先ほど感じた違和感は、音の違いである。
先ほど携帯電話からは無機質なピピピピピという音が聞こえていたが、私はこんな着信音には設定していない。
昨晩遅くまで友人とメールのやりとりをしていたので、はっきりと覚えている。私の携帯電話の着信音は最近流行の音楽に設定していたはずだ。
私はしばらく無い頭を捻って考えていたが、何かの拍子で設定が変わってしまったかもしれないし、そもそもこんなこと考えても仕方の無いこと。着信音が変わったのならまた設定し直せば済むことなのだ。
そんなことより、先ほど届いたメールが気になる。つまらないことを考えるのはやめにして、私は携帯電話を開いた。
画面には一件の未読メールがあります。と表示されていた。

『TIME:2007/ 05/13 01:05
 FROM:高橋 真由美
 SUBJECT : 無題
  起きています?もし起きていたら返信ください。』

奇妙なメールだ。このメールは「高橋 真由子」から送られてきているが、私の友人や知り合いにそのような名前は居ない。
私自身が「高橋 真由子」なのだ。このメールは、私が私宛に送ったものになっている。
私はしばらく考え、このメールは友人の誰かが私をからかう為に送りつけてきたものだろうと判断した。
まったく迷惑な話だ。別にこの手の冗談は嫌いではないが、時間を考えて欲しい。犯人が分かったら怒鳴り付けてやろうなどと考えながら、私はまた布団へと潜り込んだ。

ピピピピピ
布団に潜って30秒もしないうちに、また携帯がやかましく鳴りだした。

『TIME:2007/ 05/13 01:10
 FROM:高橋 真由美
 SUBJECT : 無題
  起きています?もし起きていたら返信ください。
  このメールは悪戯などではありません。至急メ
  ールください。               』

私はメールを読みながら、あることに気が付いた。このメールにはこう表示されている FROM:高橋 真由美
例えば、Aさんが私をからかう為にメールを送ったとすれば、いくら文面で私の名を語ろうがこのFROM(送信者)の部分は必ず私が登録している名前、つまりAと表示されるはずである。
先にも述べたように、私に高橋真由美という知り合いはいない。つまり高橋真由美の名前で携帯電話に登録もしていない。
ここにFROMに高橋真由美と表示されること自体おかしいのだ。携帯電話内に存在しないはずの人物からのメール。私自身からのメール…。私は怖くなってきた。
携帯電話の電源を切り、布団を頭から被った。もう寝よう。私は疲れているんだ。朝になれば、きっとこのメールも消えている…そんなことを考えていた。
ピピピピピ
反射的に体が震える。何故メールが受信されるのだ。電源は確かに切ったはずなのに。
受信音が鳴り止み、私はしばらく布団の中で震えていたが、頭だけ布団から出して、近くに置いてある携帯電話を手に取った。
自分でも何故メールを見たのかわからない。好奇心と、なんというか、メールを見たほうがいいのではという勘のようなものが私を動かした。
 
『TIME:2007/ 05/13 01:15
 FROM:高橋 真由美
 SUBJECT : 無題
  起きていたら返信をください。あなたのお母さん
  が危ない。私は未来のあなたです。ある事情から
  少しの間だけ、過去の自分にメールを送ることが
  できます。起きていたら返信をください。過去の
  あなたならお母さんを救うことができます。  』

私はすぐメールを返信した。もちろん、このメールが未来の私から送られてきたものだなんて信じたわけではない。
だが、万が一ということもある。設定した覚えの無い着信音に、携帯電話内に存在しないはずの私の名前。電源を切ったはずの携帯電話に受信されるメール。もしかしたら、未来の自分からメールが来ることもありえるのかもしれない。そう思った。
それに、母を出されては弱い。母が危険な目に会っていて、私に救い出せる可能性が少しでもあるなら、娘としてどんな危険にも飛び込んでいかねばならないだろう。
私の送ったメールは以下の内容だ。

『TIME:2007/ 05/13 01:27
  TO :高橋 真由美
 SUBJECT : 無題
  メール拝見しました。正直、あなたが未来の私だ
  といまいち信じることができません。本当に未来
  の私だというなら、証拠というか、納得させるな
  にか、ありませんか?             』

ピピピピピ
すぐに新しいメールが届く。まるでこの質問は予想通りだと言わんばかりだ。
私は、そのメールを見て、送り主は未来の自分なのだと確信した。
そのメールに文体は無かったが、代わりに携帯電話のカメラ機能で取られた画像が添付されていた。
その画像は、棺に納められた女性。その顔には白い布が被せられていたが、見間違うはずが無い。見慣れた母の姿だ。
私はすぐにメールを送った。

『TIME:2007/ 05/13 01:32
  TO :高橋 真由美
 SUBJECT : 無題
  あなたの言うことを信じます。母が危ないと書か
  れていましたが、どういうことですか?     』
 
『TIME:2007/ 05/13 01:37
 FROM:高橋 真由美
 SUBJECT : 無題
  母は、02:00頃、西の公園で通り魔に刺され亡く
  なります。急いで。母を助けて。        』

私はすぐに一階の父と母の寝室に駆け込んだ。
そこに母の姿は無く、父が一人で寝ていた。
「お父さん、起きて。お母さんは何処に行ったの」
寝起きの悪い父は、私が必死に揺さ振ってもなかなか目を覚ましてくれない。
「何時もの…散歩に…」
そう呟くと、疲れているんだから寝させてくれよ、と私から逃れるように寝返りを打った。
母は、数ヶ月前から不眠症を患い、どうしても寝付けないときはよく散歩に出かけるのだ。
私は自分の携帯電話から母の携帯電話に電話を掛けてみたが、近くの机の上から穏やかなメロディーが流れ出しただけだった。何時もは携帯電話を肌身離さない癖に、こんな時にだけ忘れて出て行くなんて―――
時計を見ると、既に01:42分。父を起こしている時間は無いと判断した私は、靴を履き、パジャマのまま、玄関も開けっ放しで一目散に西の公園を目指した。
庭に置いてある自転車にまたがり、一心不乱にペダルを漕いだ。
途中、警察に通報してみようかと思ったが、信用してくれないだろうし、必死の説得により信用を勝ち得たとしても、その頃にはゆうに3時は過ぎているだろう。
結局頼れるのは自分のみ。一刻も早く母を見つけ非難するしかないのだ。
公園へ到着した。携帯電話で時刻を確かめると01:55分。
この公園はかなりの広さがある。見つけ出すことができるだろうか…。
「おかあさーん」
私は大声で叫びながら園内を走り回った。それでも人影は一つも見つからず、携帯電話の時刻は遂に2時を示した。もう駄目か。そう思った。
「由美子。何してるの」
不意に声が掛かり、私は振り返った。
瞬間、私は戦慄した。振り返った私の目が捕らえたのは母の姿。そしてすぐ後ろに、大柄の男がナイフを片手に立っていたのだ。
私は考えるより先に体が動いた。自転車をUターンさせ、そのまま自転車ごと男に突っ込んだ。
ガシャン―――。
激突の衝撃から、私の体は吹き飛んだ。が、すぐに立ち上がり叫ぶ。
「誰か助けてください。警察、警察を呼んでください」
男は、自転車で思い切り突っ込んだにも関わらず、傷一つ負うことなく、平気な顔をして立っていた。
襲い掛かってくるか、と思ったが、男は辺りをきょろきょろと見回し始めた。先ほど大きな声を上げたのが功を制したようだ。明らかに周りを警戒している。
チッと大きな音の舌打ちをすると、地面に転がっている私の自転車を起こし、それに乗って凄い勢いで逃げていった。
私はしばらく小さくなっていく男の後姿を見つめていたが、いよいよ視界から消え去ると、はーっと大きなため息をつき、その場に座り込んだ。
「真由美、大丈夫?」
母が近づいてきた。その表情は不安、というよりも何が起こったかわからないといったきょとんとした感じだった。
「お母さん…」
私は反射的に母に抱きついた。涙が一すじ頬を伝って落ちていった。


「警察を呼んでください」と叫んだ私の声は誰にも聞かれなかったのか、それとも係わり合いになるのを面倒臭がって無視したのか定かではないが、何時まで経っても警察はやってこなかった。
私は母を近くのベンチに座らせ、未来からのメールの話をした。
メールを母に見せると、非常に興味深そうに母はそれらを一読した後、私のほうに向き返り言った。
「あなたは最高の娘で、お母さんの最高の誇りよ」
そういって、私の頭を撫でた。
「お母さん、私もお母さんの娘に生まれ―――」
ピピピピピ
例の電子音に、私の言葉は遮られた。
感動の場面を邪魔され、私は拍子抜けしてしまった。何だろうと母から携帯電話へ目を移した。

『TIME:2007/ 05/13 02:25
 FROM:高橋 真由美
 SUBJECT : 無題
 あなたが今いるその日の、02:20分に父が亡くな
 りました。開け放してあった玄関から強盗が入り
 寝ている所をナイフで一突きされ、即死だったそ
 うです。近くに私の自転車が転がっていました。 
 何故あなたは、いや、私は玄関を開け放したのか
 。父を起こして一緒に行かなかったのか。悔やん
 でもしょうがないのは分かっていますが、私は自
 分自身が憎い…。              』
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