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最終章 世界を救う8つめの方法

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 ダートもラビットも甲皇国の勢力圏からの逃避行とローパー探しで疲れ切ってはいたが、燃え盛るスティームシティの無残なありさまを見てしまっては奮い立たざるを得ない。
 そしておとなしいローパーを悪用している者の存在を知ったケイトも前面的に協力してくれることとなった。
「まっ、わたしには正直関係ないけど。長いものには巻かれろっていうし、ついていってあげるわ」
「ありがとな、トマキ。よし! 全員でスティームシティに向かうぞ!!」
「なんで縮れ毛に話しかけてんのよ!! 私はこっち!!!」


 森を歩くのに慣れたエルフのふたりの先導のおかげで、スティームシティへの最短距離で向かうことができた。が、目の見えないメゼツは全力で駆け付けることができないことが歯がゆい。
 ビビビビビビ。ビビビビビビ。
 うっとうしい虫の音にメゼツは焦れている。ビビビビビビと鳴くデントウムシは暗い森を星空のイルミネーションに変える。夜道の足元を照らしてくれるデントウムシは旅人にとっては益虫だ。だがメクラのメゼツにとってはただ雑音だけしか聞こえない。
 ビビビビビビ。ビビビビビビ。
 メゼツは戦場のにおいと肌にひりつく戦火を頼りにスティームシティにたどり着く。
 ビビビビビビ。ビビビビビビ。
 動いているローパーの姿は見えない。城壁に激突したまま息絶えているローパーの横をすり抜け街の中へと入ると、そこは天国だ。
 ビビビビビビ。ビビビビビビ。
 メゼツ一行が駆け付けたときにはすでに出来上がっていた。ローパーや女型のローパーのローペリアと人間が混然一体となって人目をはばからずまぐわっている。街道の石畳の上、店先、公園の草陰。最先端の計画都市は退廃の都へと変わっていた。
「くそっ、間に合わなかったのか」
 口を真一文字結んで絶句するメゼツを冷静なスズカが促す。
「ローパーを操っている奴を捜索しましょう」
 メゼツは力なくうなづくと、叫んだ。
「隠れてねえで出てきやがれーーーーーーーー!!!」
 ビビビビビビ。ビビビビビビ。
 答えるは虫の声ばかり。 


 メゼツたちは手分けして黒幕を探すも結果は思わしくない。
 だんごになって玉突き事故を起こしているローパー。中央広場の時計台にモズの速贄の如く突き刺さったフライングローパー。どちらを向いてもローパーの死骸かローパーと戯れている人間しか見当たらない。スティームシティはミステリアスな蒸気のベールをはぎ取られ、あばずれな夜の街に姿を変えてしまった。
 弁解するようにケイトがつぶやく。
「そんな。そんな。ローパーは気高く優しい、もっとも賢い生き物なのだ」
 ケイトはすでに人間を離れて、ローパーを強く愛してしまっているかのようだ。
 ビビビビビビ。ビビビビビビ。
 耳鳴りがしている。


 スティームシティの荒廃に比べて、ローパーの数は明らかに少ない。魔触王事変のときもそうだった。甲皇国では今日、たまに野良ローパーを見かけるぐらいで群れを見かけることはない。あのローパーたちはどこに消えてしまったのだろう。スティームシティを襲ったローパーの群れはどこに行ってしまったのだろう。
 いったん合流したメゼツたちは、たき火を囲んで冷え切った体と心を温めている。薪には不自由しなかった。
 黒光りする埋もれ木がチロチロと青い炎を揺らす。時折埋もれ木が透き通った音色で割れ、火の粉を上げる。
 黒幕はいまだ発見できない。
「静かね」
 ラビットの声だけが高い空に吸い込まれる。
 そういえばあれほどやかましかった虫の音がいつのまにかぱったり止んでいた。


 灰神楽が舞い、突如突き上げるような縦揺れが起こる。


「地震!?」
 地面が溶けたかと錯覚するほど波立ち、芽吹くように隆起する。地割れから黄色い触手が生え、ケイトの足を捉えた。足首を引きずられてケイトはすり鉢状に変形した地面に滑り落ちる。地割れの中のローパーが大口開けて待ち構えていた。
 間一髪スズカが軍刀で触手を切り、トマキが投げ縄の要領でケイトを引っ張り上げる。
 地震ではなかったが、ローパーの群れはもはや災害だ。地面から次々と生えたオレンジと白い縞のローパーの群れは、幼子のように動くものみな口に運ぶ。
 暴れまわるローパーの群れを目の当たりにしてケイトが叫ぶ。
「攻撃色! そんな、おとなしいローパーがこんなに怒っているなんて。みんなローパーを殺さないで。余計に怒らせるだけなのだ」
「分かってる。ローパーを操っている奴がいるハズだ。ロメオ、頼む。俺の目になってくれ」
 ロメオはメゼツの言葉を察して、ローパーの張り付く城壁跡地の外階段を駆け上がっていく。
 崩れ残っている城壁のてっぺんからスチームシティ北側を流れる川を見る。淡水性のジェリーローパーが川を遡上し、北から蚕食している。
 空からは白濁の液体が振ってきた。雨にしては生暖かい。見上げると夜空に浮かぶフライングローパーがよだれを垂らしている。風船状の体をしぼませて急降下。ロメオが城壁の下のがれきの山に飛び降りてかわすと、減速できずに城壁に激突した。
 ロメオの足の下には崩れ落ちたがれきの中にひしゃげたモノレールの客車が半分埋まっている。
 窓から中をのぞくと何かが光を反射して、ロメオの顔を照らした。
「誰かー! まともな人間はいないのかー!!」
 割れた窓からロメオが声をかけるとくぐもった声で誰かが答えた。
「すべては遅すぎたまる」
 折り重なった座席の隙間から、きらきら光る水晶玉を持つ赤い服の男の子が見える。
 ロメオは男の子を助け出し、モノレールの割れ窓から脱出した。
 仲間たちがかけより、男の子に話しかける。
「おい、しっかりしろ。何があった」
「僕はアルマ=ジロー=アルマーニ。占い師まる。何度も大海嘯が来るのを警告してきましたが、まともに取り合ってくれる者はいなかったまる。その者、血で染めし白き衣をまといて、金色の森に降り立つべし。占いでは白き衣の者がミシュガルドを救うと出たまる。白き衣の者を探してくださいまる」
「聞きたいのはそんなことじゃねえ。ローパーの群れを操っている奴のことだ」 
 アルマは震える指で天を差した。
 滞空するフライングローパーの群れの中に、人を乗せている1匹がいる。
「あいつか!!」
 サンリが腰のホルスターから拳銃を引き抜き空に向けてありったけ撃った。
 乗っていたフライングローパーに当たり、破裂する。瀕死のフライングローパーは触手を使って少女を安全に降ろしてから絶命した。
 撃ち切ったあとも銃口をそらさないサンリに少女はふわりとお辞儀した。カチューシャとくっついた帽子は落ちそうで落ちない。
「あたしアイリスってーの! 痛みと一緒に覚えて帰って!!」
 アイリスの脳裏に戦争で死んだ二人の弟の顔が浮かぶ。
 かぶりを振って、右手をかざす。瞳が鋭く変化する。
「自分たちがどれだけの痛みを与えているか身をもって知ればいいよ。人間には使いたくはなかったけど……」
 右手の先にいたサンリは突然眉間の古傷から出血し昏倒した。
「何しやがった!」
「|痛覚干渉魔法《おしおき》だよ。痛みだけでダメージはないはずなんだけど、ちょっとやりすぎちゃったね。てへ」
 すぐに突っ込んでいきそうなメゼツを抑え、ダートが割って入る。
「待て、ワシらはあんたのようなべっぴんさんと争う気はない。なぜこんなことをしているか聞かせてくれんか」
「ふーん。話せばわかるってわけね」
 ダートの視線は服の上からでもわかるアイリスの豊満ボディに注がれていたが、ふとアイリスの耳が削れたエルフ耳であることに気がついた。
「わしもエルフじゃから気持ちは同じじゃ。じゃが甲皇国の入植地襲ったところでいったいなんになる」
 アイリスはダートの言葉と視線に逆上する。
「同じ耳してりゃ仲間と思ってんだ? 馬鹿じゃん」
 交渉は早くも潰えた。
 今度はおしおきなんてなまやさしいものではない。アイリスはためらわずダートに右手を向ける。
 人は老いるにつれ痛みに鈍感になっていく。久方ぶりの鋭い全身の痛みに耐えられるはずもなくダートはのたうち回った。
 ロメオが止めるより早く、メゼツは雄たけびをあげながら突進する。
「てめーかーーーーー!!! 魔触王の指輪でローパー操ってやがったのはーーーーーーーー!!!」
「はあ? あたしは痛みを与えてローパーを調教しただけ。ほら、こんなふうにね」
 迫るメゼツをアイリスが右手で遮ると、メゼツの体内をどす黒い血が逆流。ウンチダスの体が内側から破裂するような痛みが襲った。その衝撃は忘れもしない禁断魔法と同じだ。
「みんな、気をつけろ。こいつ禁断魔法を使うぞ」
 メゼツはアイリスの前から飛びのき、間合いを開ける。しかし仲間たちはサンリのときと同様にメゼツの言葉と行動にいまいちピンとこない。メゼツがアイリスからなんら攻撃を受けたようには見えなかったからだ。
「違う、違う。あたしが使うのは痛み。あなたは禁断魔法をくらったわけじゃない。あなた自身がかつて味わった痛みの記憶を再現しただけよ。現にあなたの体は傷ついていないでしょ」
 敵の話をうのみにはできないが、アイリスのいうとおりメゼツは無傷だった。
「ふん。タネがわかりゃたいしたこたあねえ」
 メゼツは再び間合いを詰め、その勢いのまま体当たりの体勢に入る。
「まるで学習しない。動物だって痛みを与えれば学ぶのに。動物以下ね」
 アイリスが冷え切った目で手をかざすとウンチダスの体に大粒の汗が噴き出す。
 この痛みは現実じゃない。分かっていても頭によぎる死の恐怖にメゼツはひざをつく。いてえ、いてえとうずくまり身もだえする。
 と、同時にアイリスも片膝をつく。
「はあ、はあ。あれだけでかいこといっておいて、情けない。この魔法はあたしにとってもイタいのに」
 苦しいのは自分だけではないと自分にも言い聞かせているようだった。
 事実アイリスの魔法は相手の過去の痛みを引き出す副作用として、自身の過去のトラウマをフラッシュバックさせる。
 痛覚干渉魔法を使うたびにアイリスの心はすりつぶされていく。
 何度も何度も父母やふたりの弟が消し炭にされたシーンが脳内で再生されていた。
 苦しむアイリスにスズカとラビットが飛びかかる。
 瞳の醜くゆがんだアイリスが両手を上げる。スズカの体を激痛が貫くが、かまわず突き進む。ラビットも奥歯を噛みしめ耐えている。
「へえ、男どもよりはやるわね。だけど」
 組み付こうとするスズカとラビットに、アイリスはよりいっそう痛みを上乗せした。
 戦時中、暴火竜レドフィンによる帝都マンシュタイン空襲の記憶、いわゆる「竜の牙」の恐怖がスズカの心を支配する。
 人間と亜人の決定的な力の差を見せつけられ、されるがままに左目を奪われた。気丈にふるまっていたスズカにとって一番の痛み。
 左目から血涙をひとすじ流し、スズカは倒れた。
 スズカの稼いだ時間を無駄にすまいと、ラビットはほふくしながらアイリスに迫る。どんな痛みにも耐えきろうと身構えるラビットに、アイリスは振り上げた手のひらを浴びせた。
 ラビットの脳裏に戦中の記憶がよみがえる。姉のイツエがラビットをかばい、負傷し甲皇国に捕まった。あの時自分は初陣でなすすべがなかったといいわけして、心の奥底にしまっていた古い痛み。
 無力感にさいなまされたあのころの思いを、こじ開けられ引っ張り出される。どんなに体を鍛えようとも、心は柔らかいままだった。
 ラビットは前のめりにがくりとつっぷした。
 力尽きた5人を見ながら、自分の強すぎる魔法の力にアイリスはおののく。人間とはなんと痛みに過敏な生き物だろう。
 アイリスは自分も苦しむ魔法なんてなるべくなら使いたくない。
「あなたは逃げたら、おチビちゃん」
 ケイトはヘビに睨まれたカエルのように一歩も動けない。
 介抱していたロメオにメゼツは目配せし、何事かをささやく。
「ロメオ! ケイトバリアーだ」
 ロメオはメゼツが言わんとしてるいることは理解したが、女の子を盾にするような人の道を外れた行いはできない。
「このままじゃ、どのみち全滅だ。やれ」
 わずかな逡巡。
 アイリスの放った痛覚干渉魔法に、ロメオは抱え上げたケイトを突き出した。
「ケイトバリアー!!」
 かつて味わった最上級の痛みがケイトに流入する。戦中受けた拷問の記憶に、もんどり打ってもだえ苦しむ。しかしそれはケイトにとってかさぶたをはがすような甘い痛みにすぎない。
「もっと、もっとー」
 もんもんとした心はまだ満たされず、おねだりする始末。
「そんな。痛みを吸収しているというの!? ありえない。あたしも全力でいかしてもらう」
 アイリスはローパーに施していた痛みによる支配を一時的に解き、ケイトに全力を注ぐ。
「壊れちゃうー」
 口角に泡を吹き、ケイトが嬌声に似た悲鳴を上げる。
 先に壊れたのはアイリスのほうだった。
 頭を押さえ苦しんでいる。アイリスは自分への副作用をなるべく減らすためにストレスを吸収する魔法の靴をはいていたが、靴はグニャグニャとつま先を変形させて超過したダメージをアイリスに送り返していた。ブーツに表示されている吸収量の目安の顔文字が、・v・から´へ`に変わっている。アイリスはもう限界だった。
 操つられてきたローパーの群れはいままでの仕返しとばかりに、アイリスに群がる。痛覚干渉魔法で抑え込もうとするがローパーには効かず、無秩序に破壊の限りを尽くしてアイリスの周りを取り囲む。
「なんで? 操れない!!」
 手下にしていたローパーにも背かれ、憔悴しきっているアイリスにケイトが尋ねる。
「ローパーは気高い生き物だから、痛みだけでは操ることはできないのだ。本当に魔触王の指輪は持ってないの?」
「持ってないわ。痛覚干渉魔法のほかはローパーをおびき寄せるためにこの子を使ったぐらいかしら」
 そう言うとアイリスの胸元からローパーの幼生体が顔を出した。
「主様ー!! 会いたかったのだー!!!」
 幼生体は元気に飛び跳ねてケイトの胸にダイブ。感動の再会にメゼツが水を差す。
「あとにしろよ!! ローパーの群れがこっちに来てんだろ。逃げるぞ!」
 ケイトは首を振り、メゼツに背を向けて言う。
「ローパーは賢い生き物なのだ。あたしが説得してみるのだ」
 ケイトは迫りくるローパーの群れに身を投げ出した。ローパーたちが殺到しケイトの体をむさぼる。酸性のローパーの体液がケイトの服を白く染めながら溶かしていく。
 |真鍮《しんちゅう》色に輝く触手がケイトの体をそっと持ち上げる。それを補助するかのように他のローパーも触手を長く伸ばし始めた。
「何が起きてる! ロメオ、俺の|盲《めしい》た目の代わりに見てくれ」
「ローパーが触手を天に伸ばし、体液で服が真っ白なケイトを引っ張り上げています。さながら、黄金の枝に吊るされた白い魔女のように。ケイトは笑っている!?」
「その者、血で染めし白き衣をまといて、金色の森に降り立つべし。あの女の子こそ占いの救世主だったまる」
 よだれを垂らし蕩けるような表情でケイトは触手にもてあそばれている。主はケイトの服の下に潜り込み、肩口から飛び出して首の後ろに回ったりとはしゃぐ。
 ローパーたちの攻撃色は薄くなり、茶色や緑といった地の色に戻りつつある。
「なんといういたわりと友愛の心、ローパーが心を開いている」
 ローパーの群れはケイトの体を思う存分ねぶると、満足したのか東の森のほうへゆっくりと帰って行く。
 身をささげたケイトもすっかり夢心地でローパーを見送った。

(おわり) 
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