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最終章 世界を救う16の方法

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 厚手のカーテンに閉ざされた一室の暗がりの中で、情報端末である機械仕掛けの妖精がせわしなく動き回っていた。その光の軌跡が映りこんだ六っつの瞳だけがぽつんぽつんと浮かんでいる。
 ストライア兄弟はSHWの新しい大社長を決める選挙が近々起こること予期し、票読みを行っていた。
 すでに政治活動に必要なだけの資産はミシュガルドの土地を転売して潤沢だ。SHWの選挙制度は資産のあるものだけがその多寡に応じて投票数が割り振られる制限選挙である。ジャフ・マラーやデスク・ワークといった大票田である金持ちもすでに篭絡済みで、組織票だけで73422票が確定していた。これは有効票の42.38パーセントにあたり、当確は揺るがない。
「唯一の不安材料は一人一票しかもっていない中産階級の浮動票だったが、独自の世論調査によって投票率は過去最低の35.51パーセントほどになる見通しだ」
 兄のリーバーレー・ストライアが言う。
 手足となって情報を集めているハイパーボーイズはすべて出払っていて、そのうちの一人が緊急性の高い情報を持ち帰ってきた。
「大変です。ヤー・ウィリーが赤い月のまつりの優勝者に大社長の座を譲位するむねを発表しました」
 メゼツの草案をうんちがまとめた意見具申をヤーは大真面目に引き受けてしまった。
「なんだと! 無茶苦茶じゃないか。圧力をかけて赤い月のまつりを中止に追い込もう」
 弟テイオー・ストライアの軽口をリーバーレーは叱責した。
「それしか手はないが、大会の主催はデスク・ワークだぞ。そんなことをすればデスクを敵に回し、奴の分の組織票をみすみす対立候補に渡すことになる」
「そこまで読めているなら、対策はもうに考えているんですの?」
 ジュリアナが不安を払拭するように居丈高に言う。
「無論だ。切り札を使う」
 リーバーレーはハイパーボーイズに新しい指令を与えた。甲皇国に保釈金を積んで政治犯マルクス・コムニストゥス・プロレタリウスを釈放せよと。
「ジュリアナのほかにマルクスを立候補させる。これで浮動票もデスクの票も分散するはずだ。さらににわれら兄弟も立候補して援護射撃を加えてやろう」


 赤い月3日。
 甲皇国の封印列車に乗って、ガイシからある政治犯が移送されてきた。
 大交易所駅に着くと、列車の封印が解かれ、老体を感じさせない筋骨隆々の大男が解放される。
 マルクス・コムニストゥス・プロレタリウスはすぐさま乗降客に向かって演説を始めた。
「聞け、労働者諸君。万国の労働者よ団結せよ!」
 マルクスの過激な演説は有権者ではない無産市民すら引き付けた。
「三大国は不治の病にかかっている。甲皇国は全体主義国家だ。監視と密告を奨励する国家などいずれ滅ぶ!! アルフヘイムは共和制を謳っているが、原理主義的な宗教に毒されている。宗教は劇薬だ!! そしてSHWの財産選挙制度は金権政治の温床となっている。まず平等な選挙制度を確立しなければならない!!」
 ヤー、ジュリアナ、マルクス、リーバーレー、テイオー。こうして乱立した5人の候補者が出そろった。


 赤い月19日。
 投票日当日。
 不在者投票分ではストライア兄弟のもくろみ通りに票が割れ、ジャフ・マラー等要人の組織票を背景にジュリアナの快進撃が続く。だが独走するジュリアナを猛追する候補者がいた。浮動票をすべて吸収したマルクスだ。
 ジュリアナの選挙事務所に飛び込んできた出口調査の報告書を読むリーバーレーの手は震えていた。
「なんたることだ。どうやらクスリが効きすぎたようだ」
 マルクスの力強い演説は中産階級の心をつかみ、ジュリアナの票にせまる勢いだ。ヤーを支持していた層のほとんどがマルクスへと流れた。
「すでに自力での当選が不可能になったヤーの陣営はデスク・ワークに最後のお願いに行ったみたいだよ。邪魔してやろうか」
 せせら笑うテイオーの手をリーーバーレーの杖がぴしゃりとはたいた。
「逆だ。ヤーを支援しろ。ハイパーボーイズを使って大会をつぶしたから、デスクは絶対にジュリアナへ投票しない。もしデスクがマルクスに投票すれば終わりだ。ならば勝ち目のないヤーの方に投票してくれたほうがありがたい」


 ヤーから授かった策をひっさげて、うんちはデスク邸を訪ねた。
 しかし大理石の門は開かない。
 赤い月のまつりをつぶされて不機嫌なデスクは、誰とも会いたくはなかった。
 デスクどころか、秘書のエア・チェアーも出てこない。召し使いすら取り次いでくれず、完全に無視されている。
「話だけでも聞いてください!」
 聞こえるわけがない。デスク邸は防犯のため表門から母屋が見えないほど離れている。
「デスク社長のお力をお貸しいただきたい!!」
 警備の厳しいデスク邸ならば、門の外の客人の声を盗聴できる機械なり魔法なりが設けられていても不思議はない。その小さな可能性に賭け、うんちは声を張り上げた。
「 ヤー陣営はすでに負けが確定しています!!! ですからこれはヤー個人の利益のためにいっているのではありません!!!!」
 門の中央についている獅子を模った黄金製のノッカーが口を開いた。
「個人の利益のためだといわれたほうが、まだ信用できる。やれ社会のためだ、やれ世界のためだ! そういう建前をいうから、私はヤーが嫌いなんだ!! 本音言って、私に憐れみを乞え!!! 敗北が決定したとは言え、デスク様の票が入れば少しは格好がつきますと」
 怒ってはいたが、初めて反応が返ってきた。
 この声は確かにデスク本人のものだ。金獅子のノッカーを通じてテレビ電話のように会話している。
「デスク社長は思い違いをしていらっしゃる。ヤーではありません。投票して欲しいのは別の候補です」
 うんちの珍妙な提案に、デスクはようやく話を聞く姿勢になった。


 投票期間が終了し、静かな闘いが幕を閉じる。集計が進み開票率が90パーセントを超えてようやく当確が決まるほどの大接戦となった。
 選挙事務所に駆け込んできた全身黒タイツのハイパーボーイズがジュリアナに速報の書かれた羊皮紙を手渡す。
 お手柄をほめてもらおうと待っているハイパーボーイズに与えられたのは罵声というご褒美だった。
「これはどういうことですの!? わた、わた、私が負けるなんてありえませんわ!!」
「それではいったい誰が大社長に当選したんだ! マルクスの奴か、まさかヤーが!!」
 取り乱しているジュリアナからテイオーが羊皮紙をひったくる。
 そこに書かれていたのはテイオー自身の名前だった。
「ににに兄さん、どうしよう僕が大社長になっちゃった」
「落ち着け! 今までと何も変わらない。私が裏から支配するだけだ」
「無理だよ。兄さんが代わっておくれよ」
「わがまま言うんじゃない! 私が信じられないのか」
「兄さんは今までの大社長と同じように僕をとかげのしっぽにするつもりなんだ!!」
「これはきっとヤーの企みだ。我ら兄弟を反目させるのが狙いだ。騙されるな!」


 選挙が終わっても騒がしいジュリアナの選挙事務所とはうってかわって、ヤーの選挙事務所は闘いを終えてクールダウンしていた。
 疲れ切っているヤーに浮かない顔でうんちが尋ねる。
「本当にこれで良かったんでしょうか? デスクにテイオーへ投票させ、うちの組織票もすべてつぎ込みテイオーを勝たせるなんて」
「良いんだよ。これで私は引退して、歴史研究に没頭できる」
「ストライア兄弟が職権を乱用するかもしれませんよ」
「今までのようにはいかないさ。影の政府であり続けたストライア兄弟もいまや重責ある立場だ。矢面に立たされれば無理な国家運営はしないと思うよ」
 遠い将来のことにまではヤーも補償はできないが、少し先の未来には希望を見出していた。
 高齢のストライア兄弟の政権は長くは続かないだろう。そうなれば再び選挙になる。ヤーはもう出るつもりはなかったが、数年あれば候補者は育つ。マルクスの起こした運動の火が消えず、財産選挙制度から普通選挙制度にゆるやかに移行するかもしれない。
 次の選挙で本当にSHWにふさわしい元首を選べば良い。
 倒れた大木の下から若木が芽吹くように、その兆しはすでに現れている。
 停滞しているわけでも眠っているわけでもなく、今の時代は次の時代への助走なのだろう。


(未完)
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