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最終章 世界を救う20の方法

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 拝謁の間に通され、見るからに野蛮なロスマルトが居心地悪そうにメゼツをにらむ。とても共同戦線を張れるようなムードではない。
 むすっとしているロスマルトの代わりにエルナティが発言した。
「まず先に言っとくのは、私たちはホントはアンタたちなんかに協力したくはないってこと。あの丙武って奴はもともとはアンタたちの仲間なんだから、早く何とかしなさいよね」
 メゼツのかたわらに控えていた近侍たちが、あまりに無礼な獣神将の物言いにいきり立つ。
 本当はメゼツ自身エルナティにつかみかかりたい衝動に駆られたが、近侍たちに役割を奪われしまった。
「おい、てめえら。話を最後まで聞いてから、怒るかどうか決めろ。まったく、なんで俺がお前らを止めなきゃいけねえんだよ」
 皇帝というのはなんと堅苦しいものだろう。メゼツは早くも辞めたくなっきた。
 外野が落ち着きを取り戻すのを待って、エルナティは続きを話す。
 獣神帝はミシュガルドの新興マフィア、コルレオーネファミリーのディオゴと同盟を締結。獣神帝はディオゴのミシュガルド内での自由な活動を許し、引き換えにディオゴから人間側の情報を得ていた。
 互いに完全に信用していたわけではなかったが、黒兎族であるディオゴがかつての仇敵である丙武軍団をアルドバランに密かに侵入させることなどどうして予想できようか。
 機械教信者の仲介よって丙武とディオゴが共謀し、体の小さいネズミの魔物の獣神将ペペムムを人質にとった。獣神帝は抵抗できずに拘束されてしまう。
 ロスマルトは怒りがぶり返してきて話の腰を折った。
「貴様が俺を止めなければ、丙武などひとひねりだった」
 話を続けたかったエルナティだったが、聞き捨てならない話である。ロスマルトの自分勝手さで連携もできず、逃げることしかできなかった。
「クッ、殺す」
 涙目になって手裏剣を構えるエルナティにロスマルトがあおる。
「人質なんて気にせず丙武をぶっ殺せば良かったんだ」
 エルナティは命惜しさにロスマルトを止めて脱出したわけではなかった。
 一度投げ捨てた命、惜しくはなかったが丙武の強さを身をもって知ってしまった。
「勝つためには大嫌いなあんたや人類と手を組む必要がある!!」
「くそっ、丙武をぶっ殺すにはそれしかないのか!?」
 メゼツは対丙武防衛戦に獣神将の案も練りこんでしまおうと助け船を出した。
「いいじゃねーか!! 別に無理に手を組まなくても、いっしょにアルドバラン城に乗り込んで暴れりゃ。楽しそうだ」
 ロスマルトとエルナティの一触即発の空気が和らいだ。
「おお。コーテー、話せるじゃねえか。」
 メゼツとロスマルト、敵同士でなければ案外馬が合うのかもしれない。
「もう、それでいい。私たちの持つ宝玉の力でアルドバラン城に瞬間移動で出入りすることができる。それを使って奇襲をかけるから、甲皇国の精鋭3人を集めてほしい」
 うんちは冷静に奇襲にむいてそうな甲皇国人をリストアップする。推挙しようとするうんちの口をふさぐと、メゼツは全員に言い聞かす。
「俺が行く。甲皇国で一番奇襲にむいてるのは俺だ。文句がある奴はいるか?」
 皇帝にこうまで言われて文句が言えるはずもない。
 誰も異論を唱えぬかと思われたが、皇帝に堂々と物申す声があがる。
 カールがククイをすぐに病院へ搬送した後で、謁見の手続きもせず躍り込んだ。
「一番奇襲にむいてるのが誰かなんてどうでもいい。丙武は俺が殺す」
「わかった、二人目はお前にするから落ち着けって。そんなキャラだっけ、お前?」
 うんちは臆することなくメゼツに反対する。
「現皇帝陛下と前皇帝陛下が敵地へ乗り込むなんて前代未聞です。危険すぎます」
 皇帝に飽きてきたメゼツはどうしても参加したい。
「そうは言うが、他に立候補する奴はいなそうだぜ」
 うんちの反対意見は流され、メゼツの意見が通ってしまった。
 しばらく考えて、この危なっかしい皇帝を野放しにできないとうんちがしゃべり出す。
「では他に誰もいないようなので、三人目として私もついていきます」
「それは、ダメだ」
「私が弱いからですか?」
「そうじゃねーんだ。お前にはこの甲皇国駐屯所が落ちたときのために、SHW領で難民を受け入れてもらえるようヤー・ウィリーにかけあって欲しい」
 メゼツは自分が最後の皇帝になるかもしれないと覚悟していた。
 うんちはそれに応える。
「了解しました」
 あとは三人目を決めるだけだが、現皇帝と前皇帝のいるパーティに入りたい将校も下士官もいるはずがない。
「俺が丙武を倒すっていう強えー奴、出てこいや。誰かいねーのか?」
「はい、はーい。ここにいるよー」
 緑色したブレザーのエルフ娘は自信をもって言い切る。
「ヒスイ、お前まだいたのか」
 よりにもよって作戦の意図も理解してなさそうなヒスイしか手を上げる者はいない。メゼツはオークのマフィアに捕まった失態や料理対決を思い出し、「お前、役立たずだしなー」と毒づくばかりだ。
「絶対に役に立つから」
 メゼツは結局、非協力的な獣神将二人と殺気立つ前皇帝、無根拠な自信を持つ女学生を連れてアルドバラン城へ向かうことにした。
 皇帝自ら考えた作戦は獣神将の持つ宝玉を使ってアルドバラン城に潜入し、獣神帝ニコラウスと獣神将ペペムムを救出後丙武を討伐するという荒いものだ。
 見晴らしのよさそうな砲兵陣地に登り、エルナティは緑色に輝く石を掲げて叫んだ。
「エレクトルの宝玉よ。私たちをアルドバラン城に誘え」
 するとエルナティと周りを囲むメゼツたちを緑色の光が包み込んだ。
 そして光は弾丸のようにアルドバラン城へといざなった。


「アルドバランは三重の城壁によって守られている」
 エルナティは説明図に記された星形に外接する円を指さし説明を続けた。
「これが外壁。この星型城郭が中壁、内接する五角形が内壁よ。いま私たちがいるのは一番外の都市部。どの宝玉でも必ずここに飛ばされるけど、アルキオナの宝玉があれば玉座の間まで直通で行けたのよ」
 戦斧を振り回す能天気なロスマルトを横目にエルナティは苦心する。アルドバラン城の構造をうまく説明できているか自分でも自信がない。
 こんなときペペムムがいたら、ネズミの魔物ながら獣神将の一角である才媛ならば。もっと上手に説明してくれただろうに。
 ないものねだりしてもしかたがない。エルナティはたどたどしくも説明を続けた。
「この門はアスタローペの門。アスタローペの宝玉より等級の高い宝玉を所持していれば通過することができるの。最も等級が高いのが1等星アルキオナで、その下に2等星アトレス、3等星エレクトル、4等星マイエ、5等星メルーペ、6等星タイゲト、7等星プレアオネ、8等星ケラエネ、9等星アスタローペ」
 外壁と中壁がもっとも狭まった突き当りにある門の前で、エルナティがエレクトルの宝玉を鍵穴にはめ込むと門がひとりでに開きメゼツたちを向かい入れた。
 しかし門の外の景色は、いま通ってきた都市部とまったく同じだ。
 外壁を弧に中壁とする扇形の区画になっていて、要に黒い柱こそないがそっくり相似形だ。同じような都市部があと三つあって時計回りに通っていかなくてはならない。
 進んでも進んでも同じところをぐるぐる回っている感覚に囚われ、メゼツが不平を漏らす。
「はぁー、古代ミシュガルド人ってのはなんでこんなに住みにくい迷宮に住んでたんかねー」
「無論、侵入者を防ぐためよ。当然のことながら住んでいた私たちはショートカットする裏技を熟知しているわ。ここではそれを使う!」
 エルナティは扇形の区画の要の地点で再びエレクトルの宝玉を掲げると、傷一つなかった中壁に扉が浮き上がる。人の目では認識できなかった扉が開かれ軍事区画へのルートができた。
「4等星以上の等級の宝玉をかざすとこのマイエの扉から中壁の内側に入ることができるのよ。ここまでは問題なくいける」
 エルナティの言う通り、ここまでは散発的な戦闘のみで2つの区画を通過するのに44分しかかからなかった。
 とは言え中壁を2辺、内壁を1辺とする三角形の軍事区画もあと四つあり、同じように時計回りに攻略しなければならない。各区画を区切る門を開けるために必要な宝玉の等級は奥に進むほどどんどん高くなる。
「結局内壁の向こう側、玉座の間へと至る最後の扉はアルキオナの宝玉が必要になる」
「おい、アルキオナの石を持っているニコラウスは捕まっちまってるんだろ。どうすんだよ」
「ニコちゃんが囚われているのはこの先の第四軍事区画、そこまでは3等星エレクトルでいける!」
 しかし軍事区画の敵の数は都市区画の比ではない。侵入者の規模がたった4名であることがバレ、丙武軍団が殺到する。
 軍事区画の通路は防衛の都合で、3人がやっと並んで歩ける程度で、決して広くはない。
 立ちふさがる敵を各個撃破していけば問題ないだろう。
 |狭隘《きょうあい》な通路に敵味方合わせて数百名が入り乱れる地獄の市街戦が始まる。
 3人並べる通路もロスマルトの巨体では一人で塞ぐことができた。一対一の状況下でのロスマルトの活躍はめざましい。供物になるために丙武軍団が行列を作り、街道の怪物となったロスマルトによって次々と屠殺されていくありさまだった。
 ロスマルトの脇や股の下から、カールの射撃やエルナティのクナイで援護するが、ロスマルトはそれすら嫌がる。
「ちょこまかちょこまかと。邪魔だ!!」
「あんた連携ってものを少しは考えなさいよ!! 背中から刺してやろうかしら」
 エルナティとロスマルトは相変わらずの犬猿の仲で連携は取れないが、個々の能力では丙武軍団を圧倒していた。局地戦ではこれで良かったが……
 丙武軍団も狭い通路で足踏みしてるばかりではなかった。
 通路左側の倉庫から煙が上がっている。
「失火か?」
 丙武へのヘイトで頭に血が上っているとはいえ、さすがは情報将校で、カールが最初に異変に気が付いた。
 火計かはたまた焦土戦術か。後方にいたずんぐりとした重機動ロボットがアームに標準装備された火炎放射器で軍事区画の建造物に火を放っている。コンクリートで固められた軍事施設は燃えることはなかったが、研究施設に放置されていた化学薬品に引火して大爆発を起こした。
「なんてことを」
 古代ミシュガルドの遺跡が焼失していくのを横目にみながら、エルナティは|憤《いきどお》る。
 経年劣化していた軍事施設は熱と爆風で|灰塵《かいじん》へと帰した。通路の左側一帯は|更地《さらち》となり、火種くすぶる|陽炎《かげろう》の中を鋼の軍靴が行進する。
「丙武め、これが狙いか」
 カールの言う丙武の狙いとは一度に二三人しか戦えない通路を、焼け野原にすることによって開けた地形に変えたといったところだろう。
 ロボットが隊列を組んで地ならしした廃墟を悠然と丙武は闊歩する。
 エルナティ、ロスマルト、カールが怒りに身をゆだねて丙武に挑みかかるよりも早く、まったく別の理由でメゼツが突撃した。
「メルタがいっぱいいる!? メルターーーーーーー俺だーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
 ロボットはメゼツの妹であるメルタの義体を量産化したものである。無論メルタが乗っているわけでなく、後方から遠隔操作されているので誰も乗っていない。
 メゼツの突出で毒気を抜かれたカールは少しだけ冷静さを取り戻し指示を出す。
「あのバカ、単独で突っ込むなよ。誰か皇帝を止めろ!!」
 ここぞとばかりにヒスイが後ろからメゼツにビームの魔法を放つ。
 ビームは短時間痺れさせて身動きを封じる効果がある。初歩魔法とはいえ魔法耐性の弱い人間相手、それも後ろからならば確実に止められるだろう。
「エヘン、エヘン。ほら、あたし役に立ったでしょ」
 ところがメゼツは少しも魔法にかからず、量産型メルタの群れへ突っ込んでいく。
 魔法の威力はともかく命中率には自信があったヒスイは、魔法が外れたことに納得できない。原因をメゼツの体質にあるとにらむ。
 魔法を使うためには|魔素《マナ》という素質が必要である。|魔素《マナ》が精霊に作用することで魔法の奇跡を引き起こす。魔法が使えない人間でも多少は|魔素《マナ》を持っているものだが、まれに生まれつき|魔素《マナ》を持たない者もいる。それがゼロ|魔素《マナ》とよばれる体質だと、ヒスイは魔法学校で教わった。
 ゼロ|魔素《マナ》体質は魔法を使う才能が絶望的にないが、代わりに妖精に好かれるという性質がある。妖精たちに妨害されて魔法が効かないことがあるので、ゼロ|魔素《マナ》体質の人間は魔法使いにとっては天敵といって良い。
 悩むヒスイを横目にロスマルト、カール、エルナティと次々とメゼツに続いて突撃していく。
「早い者勝ちだ。誰が丙武を倒しても恨みっこなしだぞ」
 ロスマルトは一切連携する気はないようで、丙武へ向けて一直線。さえぎるロボットをばったばったとなぎ倒し、猪突する。
 狙うは丙武の首一つ。ロボットを相手にせず、カールは素早い身のこなしでかわしていく。
 カールが一番速くたどり着くかと思われたが、一番槍はエルナティによるクナイだった。
 丙武はよけもせず、左の義手で受けきる。
 間髪いれず右からカールの拳銃が火を噴いたが、右の義手で防ぐ。
 ようやく立ちふさがるロボットを叩き壊し、ロスマルトも乱入する。
「その首、このロスマルトがもらい受ける」
 戦斧で確実に捉えたはずが、丙武の首はついたままだった。
 逆に戦斧のほうが刃こぼれしている。
「……バカな。どういうことだ!?」
「はーい。注もーく!!」
 ロスマルトの疑問に、自説を整理し終えたヒスイが馬鹿でも分かるようにメゼツにヒールの魔法をかける。一目瞭然、傷は癒えない。
「ゼロ|魔素《マナ》体質だからメゼツに魔法は効かないんだよ。回復魔法だとしてもね」
 ヒスイはロスマルトに言ったのだが、なぜかメゼツが驚いている。
「そうなのか?」
「なんで自分の体質のことを知らないのよ。丙家にはそういう特殊体質の奴が結構いるって魔法学校で常識なのに。丙武の神性だってゼロ|魔素《マナ》体質の特徴に近い。丙武は亜人の攻撃や魔法、アルフヘイムの夫婦神であるウコン神とゴフン神の加護による奇跡をすべて無効化している」
 丙武を指さし、ヒスイが答えた。
「おい、てめえら、耳かっぽじってよく聞け。神性の謎を解いたところで何になるんだよ。誰ひとり俺にはかなわねえ」
 メゼツたちを見渡して話していた丙武の顔が突然歪む。獣神帝ニコラウスに鼻っ柱を折られた丙武の体が後方の扉まですっ飛んだ。
「ニコちゃん!!」
「監禁の警備がザルになったから、何かと思って来てみれば。こんなところで遊んでいましたか」
 ニコラウスは黒いほうの髪の下に隠れた右目が開眼しそうなくらい感情を高ぶらせている。
「ペペムムも無事か」
 こう見えてロスマルトも仲間の心配をしていたようだ。
 これで獣神帝と三人の獣神将がそろった。
「目ーがぁー、目ーがああああーー!!」
 ひしゃげたメガネでも探すように見当違いな場所を手探りしながら、丙武はくらくらする頭で考えていた。
 ニコラウスの攻撃をなぜ神性で防げなかったのか。おそらくウコン神とゴフン神の加護を差し引いてもニコラウスの力が丙武を|凌駕《りょうが》したということだろう。ペペムムを解放されてしまったため、ニコラウスを縛り付けるものはなくなってしまった。獣神帝と獣神将を同時に相手して闘えるわけがない。だが、幸運だった。
 丙武が探していたのはメガネではない。
「殴られたのは不運だったが、やはり神はこの丙武を愛している。これが俺の逃走経路だ」
 丙武は手にしたアルキオナの宝玉を扉の鍵穴にはめ込んだ。
 扉が開かれ、丙武だけがその奥へと逃げ込もうとしている。アルキオナでしか開かない扉の奥へ
「丙武ーーーーーーーー!!!!!!」
 カールの|乾坤一擲《けんこんいってき》の銃弾は丙武の急所を外れ、丙武の首の皮一枚を切り裂いた。
 ほんの一瞬、丙武の動きが止まったその一瞬。扉が閉じる寸前でメゼツが体を割り込ませた。丙武とメゼツだけが扉の奥へと消える。
「終点が玉座の間とは上出来じゃないか!!」
 丙武は玉座にすがりつき、ひじ掛けに掘られた古代ミシュガルド文字をなぞった。
「てめー、何してやがる」
「自壊の禁呪だよ。発動すればこのミシュガルド大陸ぐらいは軽く吹き飛ばす爆発が起きる。お前らに渡すよりはそのほうがマシだ」
 丙武は自分だけ脱出するためにアルキオナの宝玉を掲げた。
「させるかーー!!」
 メゼツの大剣がアルキオナを持つ義手ごと斬り落とした。
 アルキオナの宝玉は白い光を放ちながら、義手からこぼれ落ちる。
「バッカ、お前! 発動まで、あと一時間ぐらいしかないんだぞ!! そうだメゼツ、今ならお前も一緒に甲皇国本土まで脱出させてやるよ。どうだ、俺といっしょに来い!」
「答えはこうだ」
 メゼツはめいっぱい大剣を叩きつけた。丙武は残った右の義手に忍ばせたブレードで防いだが、その衝撃は生身の部分まで痺れさせるほどだ。
「ヤケを起こすな! メゼツ、冷静になれ!!」
 丙武は言葉を連ねるが、メゼツは剣戟で応酬する。
「ヤケクソじゃねえ。まず、お前をぶっ倒す。次にその石ころで扉を開ける。最後に仲間たちといっしょに爆発を止める。冷静だろ?」
 メゼツは口の端を釣り上げて悪鬼のように笑った。


 脈動するような微振動が、やがて大きなうねりへと変わる。アルドバラン城全体が爆発までのカウントダウンへ動き出している。
 玉座の間に入れなかった仲間たちもまた動き始めていた。
 いち早く丙武が自壊の禁呪を使ったことを察知したニコラウスは、仲間たちに重要な情報をもたらした。発動までの時間が66分であること、そして発動を食い止めるためには各区画にある黒柱9本すべてを破壊しなくてはならないこと。知将ペペムムは最も効率のよいグループに分け、手分けして黒柱にあたらせた。
 刻一刻とアルドバラン城は崩れていく。ペペムムのガイドによって、ニコラウスはすでに三か所目の黒柱にたどり着いた。
 ニコラウスは丙武でもっと遊びたかったらしく、黒柱を粉々に砕いて憂さ晴らししている。


 高層の高架線がゆっくりと落ちていく。黒い羽をはばたかせるエルナティは足場なんてなくても平気だったが、平気でないない者もいる。
 空を飛ぶ魔法の使えないヒスイは文句を言い続けていた。
「ちょおっと、乗せてくれても。ねえ、カラスさん」
「イヤよ。足手まといは置いてくわ」
「乗せてくれないなら、そのエメラルド色に光るエレクトルの宝玉ちょーだい!!」


 城壁が未完成のパズルみたいに抜けていく。ロスマルトはあえて危険の中に身を置くように、割り振られた分の黒柱を壊し終わってもその場を離れようとしない。
「早く戻って、終わってないグループを手伝ったほうがいい」
「フン、人間の忠告など聞かん」
 カールはこの手のタイプに慣れていて、扱いやすい。
「あーあ、このままじゃエルナティが抜かされてるかもなー」
 ロスマルトは馬の魔物の本領とばかりに、合流場所である玉座の間への扉の前まで全力疾走した。


「ちっ、一番ではなかったか」
 鼻息荒く扉の前に走りこむロスマルトを、すでに到着していたニコラウスが笑顔で労う。
「お疲れさん。最後の黒柱も今破壊されたよ」
 アルドバランの崩壊は止まった。が、浮力の大半を担っていた黒柱の破壊によってアルドバランの高度は下がり続けている。
「ひっひっひーん、ともかくあのカラスめには勝った」
「そんなことを言ってる場合か!」
 カールは無駄だとわかっていながら扉を乱打し、叫んだ。
「アルドバランが墜落するってのに何やってるんだ。メゼツ! 早く脱出しろ!!」
 扉の向こうからは答えはない。
 仲間たちはアルドバランが墜落する直前までは待ったが、各自宝玉を使って脱出した。メゼツが丙武を倒し、アルキオナの宝玉ですでに脱出していると信じて。


 皇帝がいなくても日はまた昇る。それから何度か日の出と日没が繰り返され、民は皇帝のことなどすっかりと忘れていた。
 メゼツを知るわずかな知人だけが、ふと思い出して懐かしむぐらいだろう。
 大手新聞社があれほど連日書きたてていた丙武の乱に関する記事も、最近ぱったりと見ない。
 唯一エロマンガ島の弱小新聞社「快天」が丙武の乱の続報を書くため、ホロヴィズの私邸に取材に来ていた。
 甲皇国の要人との対面だというのに、女性記者のアダルカ・ジュハキンは社員証もなにも付けず私服のようなラフな格好だ。貧乏新聞社ではいたしかたないのかもしれない。支給されたのはメモ帳とボールペン一本きりだった。
「まずは一日皇帝と呼ばれている故メゼツ氏についてお伺いします」
 アダルカの言葉にホロヴィズの座るソファーの後ろから、用心棒かボディーガードか、いかついロボットが出てきて反発した。
「そんな一日警察署長みたいに言わないでくださいまし!! お兄さ……皇帝陛下はまだ在位しておられます。行方不明なだけですわ」
 遺体はいまだ発見されず、生死も判明していない。今のところユリウスが宰相位について政務を行っているため、大きな混乱もなかった。皇帝の地位が死者のものとなって初めて、甲皇国は帝位継承問題から解放されたようだ。
 記者はロボットがメゼツの妹のメルタであることに気づき謝罪する。
「し、失礼いたしました」
「それでは改めましてホロヴィズ様にお聞きします。メゼツ様はどのようなお子様でしたか?」
 冷や汗をかきながらも、アダルカはひるむことなく質問した。社に特ダネを持ち帰るために。
 ホロヴィズは貫禄ある声で言い切る。
「あの者は昔から軟弱であったわ! よりにもよって丙家末流の丙武と刺し違えるなど、丙家の面汚し!! 顔も見とおない!!!」
 アダルカはすばやくメモを取るが、メルタの物言いで訂正を余儀なくされる。
「嘘ですわ。お父様は毎晩ひっそりと泣いています。お父様が私と暮らすようになったのも、お兄様のいいつけを守っているからですわ」
「わーーーーー、メルタ、めっ!!! バラしたら恥ずかしいでしょーが!!」
 アダルカは皇帝の父よりも面白い話が聞けそうな皇帝の妹にターゲットを変えて質問する。
「それでは皇妹様にも答えてもらいましょう。メゼツ様はどのような方でしたか?」
 メルタが瞳を閉じると、まぶたの裏側に兄の姿をありありと思い浮かべることができた。メルタ。メルターーーーーーー。メルタ!!! メルタ? 兄の声はいつも妹の名を呼ぶ声ばかりよみがえる。
 兄はどんな人か聞かれても困ってしまう。兄の中にはいつも自分がいたから。
 メルタは信じて待ち続けている。そのうち何事もなかったかのようにひょっこり顔を出すじゃないかって。魂だけになったって、ウンチダスになったって、ちゃんと帰って来たのだから。どんな姿になったって帰ってきてほしい。
 答えに窮するメルタを気遣って、アダルカは自分のメモ帳を差し出した。
「メルタお嬢様、私はすでにメゼツ様を知る方々に取材済みです。このメモに書かれた内容を参考までに読まれてはいかがでしょう」
「ご厚意痛み入ります」
 メルタは使い込まれたメモ帳を受け取り、ホロヴィズといっしょにのぞきこんだ。


 メゼツ君は誰よりも早く敵に突撃するので、敵の出かたをうかがうことができてとても助かりました。いや、実際がんばっていると思うよ。うん。―――カール

 またいっしょにクエストやろうぜ!!―――キャプテン・セレブハート

 もと軍人と聞いたときはヤバい人だと思いましたが、本当はとっても優しいお兄さんでした。―――フラン

 料理対決のときに一人だけエプロン着てたのは笑った。―――ヒスイ

 本当に妹さんのことばかり話すので、妹さんが大好きなんだなあと思いました。―――チャイ

 メゼツ殿と共にもっと闘いたかった。あなたがいるだけで、心強く頼もしいのである。―――ゼトセ

 仲間思いなメゼツさん! あなたは私の人生を変えてくれた。だから今度は自分自身の人生を大切にしてほしい。―――うんち


 メルタはメモ帳を愛おしむように胸に押し当て、つぶやいた。
「なんだか、皆さまからお兄様へ贈られた寄せ書きのようで。記者さん、このメモ帳いただけませんか?」
 メルタはふざけているだけなのだが、アダルカは取り返そうと追いかけて足をもつれさせた。
「あいたたた、違うんです。それは|上梓《じょうし》したわけじゃなくてー。あー特ダネがー」
 記者を救ったのはドアをノックする音だ。
「本当に今日はお客様の多い日ですわね」
 メルタはメモ帳を置いて、ノックの音のする玄関へと向かう。
 燃えるような赤毛を垂れた前髪の一部に残し、燃え尽きた灰のような白髪。左目を包帯で隠している青年がひょっこりと顔を出した。


(END)
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