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ヒヨコとムジナ

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 「ぐッゥぬォ……ッッ!!ヌゥぉあぁぁぁぁああアァぁぁああぁあアアあああ!!」
ディオゴの防護壁を殴る右手は、潰したてのトマトを塗りたくったかのように
グチュグチュと表面が潰れ、真っ赤に染まっていた。
その様をアーネストは血みどろになった防護壁越しに嘲笑った。

「ははははははははははははは!!馬鹿な奴だよ…お前ってヤツは!!
どうしてそんなに自分を傷つけた生き方を選ぼうとするんだ……? 
ディオゴ……自分の幸せを棄てて、妹の幸せを望んだ結果……お前に何が残った?
あの頼りない義弟君に妹をとられた嫉妬に駆られて……何が残った?
自分の気持ちを押し殺すために 妹との情事を思い浮かべて
マスターベーションに耽って……何が残った?
残ったのは ただの虚しさだけだ……潤うことの無い乾き……
愛を求める乾きだけだ……」

演説をかまし続けるアーネストにむけてディオゴは無言で防護壁を殴り続ける。
それでも、壁にかかる血飛沫は止むことを知らない。

「……ディオゴ……無駄と分かっているのにどうして俺に立ち向かおうとする?
俺には分かるぞ……お前は俺を殴りたいんじゃあない。
お前が殴りたいのは自分だ。お前はこの俺に"有り得たかもしれない自分の姿"を見たんだ。
自分の幸せを棄てず、思うがままに生きる……この俺に嫉妬しているんだ。」

「シャぁぁアアあぁアアあああ~~~~~~ッッ!!!!!」

アーネストに自分の深層心理を引きずり出され、ディオゴは動揺のあまり
コウモリ風の口蓋音を吐き出しながら、咆吼した。

「世間の常識にとらわれて、自分の感情を押し殺さなきゃならない
生き方がどれほど虚しいか、お前が一番よく分かっているだろう……?
楽になれよ……ディオゴ、こっちに来い。」

そう言いながらアーネストはディオゴにむけて手招きをした。
ディオゴは思わず、ゴックンと音を立てて唾を飲み込んだ。
自分の感情を押し殺さず、思うがままに生きる……そんな生き方を貫き通す
アーネストの姿は、今のディオゴにとって絶世の美女が裸で手招きをしているかのように魅力的で煽情的であった。
そんな洗脳される一歩手前のディオゴを引き止めたのは、愛する妹モニークとの想い出であった。


(お兄ちゃん……こわい……)
       (お兄ちゃん、大好き~~~)
(大きくなったらお兄ちゃんとけっこんしたいなぁ~~~)

次々と彼の脳裏にフラッシュバックしていく妹モニークの姿が走馬灯のように迸る。

(……モニーク……モニーク……)

だが、そんなモニークはこんな男に陵辱されたのだ。
そう思うと折れかけていたディオゴの怒りが、蘇ってくる。

「……お前こそ俺に嫉妬してるんじゃねェのか?」

「ん?」

「世間の常識に囚われずに 自分の感情を解放しても
結局、お前は愛する女の心すら掴むことが出来なかったからな……」

「……あァ?」

先程まで重労働に苦しむ奴隷を見つめる金持ちのような見下した気分を決め込んでいた
アーネストの表情から嘲笑が消えて行き、その顔はやがて耐え切れぬ侮辱を噛み殺さんばかりに醜く歪んでいく。

「親の七光りに頼り、自分の殻に閉じこもらなきゃあ
俺とまともにやり合う勇気すら無い……!
言葉に頼らず、暴力に頼ったお前が……愛した女の心を掴めたか……?
……結局、お前は最後の最後まで愛する女に拒絶されただけだ!!」

「……黙れ……!!ちっぽけな青二才如きが
この俺を侮辱する言葉を吐くんじゃあない……!」

「無駄に年だけ取ったクソガキめ。
何が嫉妬だ、お前みたいなちっぽけな虫螻に誰が嫉妬するってんだ?
さっき、"有り得たかもしれない自分の姿"とか抜かしていたが、
お前こそ、その姿を俺に見たんじゃないのか?
……モニークの愛を享受する俺の姿に嫉妬していたんじゃないのか?」

「どぅあまれぇぇええええぇぇェエエえぇッッ!!!!」

ディオゴの怒号に負けぬほどの雄叫びをあげ、アーネストは吠えた。
自分の深層心理を引き出され、アーネストは動揺のあまり、防護壁を蹴りつけた。
先天的な要素が関わってくるが、同じ兎人族であろうとも兎面、人間面、蝙蝠面では脚力に差がある。
人間の脚力を基準にすると、兎面のセキーネやアーネストはその8倍、
人間面のディオゴやモニークはその6倍、蝙蝠面および、蝙蝠寄りの人間面のダニィはその4倍となっている。
その差は鍛錬で到底埋まるようなものではなく、ディオゴのトップギアがアーネストのローギアに相当するほどの差なのだ。
だが、それほどの蹴りでもこの防護壁を砕くことは出来なかった。

「どうした?自慢の蹴りを俺の内臓にブチ込んでみたらどうだ?
それとも、俺に向き合うのが怖いのか?」

「舐めやがって……このちっぽけな若僧が……!!」

アーネストは上着を脱ぎ捨てると、防護壁のスイッチを切り、周囲の小物や椅子、机を蹴り飛ばしながら
ディオゴに歩み寄った。

「おはよう、ヒヨコちゃん。外の空気はどうだ?」
自分の殻に閉じこもっていたアーネストをからかって、ヒヨコになぞらえて挑発するディオゴ。


「実に不快だ……お前の精子臭い体臭を嗅がねばならんからな。」
妹のモニークを日頃からズリネタにしていたことをからかい、アーネストはディオゴを睨みつける。


愛する女を巡った男の争いが今、始まろうとしていた。


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