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一話

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俺の名前は一階堂リョウジ、半年前高校に入学した。みんなからは縮めてリョウって呼ばれてる。滋賀の千田川東セントラル国際高等学校ってとこに通っててまぁ名前はアレだけどそこさえ見なければけっこう偏差値も良いし校風だって大らかな自由の利くところだと俺は思ってる。ちなみに高校の略称はセンコー。あまり教師の前じゃおおっぴらに呼べないけどそもそもの名前が恥ずかしいんだからさ、センコーだって先公だってこっちのほうが百倍まともだと思わないか?
 センコーには色々面白いやつがたくさんいてそこも俺の気に入ってるポイントなんだけど、たとえば俺の席のミナコは入学当初印象は大人しめの黒髪女子だったけれど実はこいつも超能力者でまったくもってびっくりだ。俺の人生の転機その一。こいつの能力は思考のトレースってやつで要は頭の中を完璧に覗けるって変態能力。知りたい相手の声と顔とがわかったらもうそれで充分、20秒でできる。行動パターン思考パターンがまさしく手に取るようにわかるらしい。ただしトレーを続けるのは精々一日の間が限界でそれ以上やると自分の本来の脳みそとごっちゃになってこんがらがって困るらしい。でもミナコに全然それを問題にせず毎日色々トレースしている。わかってくれるだろうからあまり言わないけど、だからミナコは毎回学年トップの成績を保ってるんだ。なんで俺がミナコの能力を知るに至ったかってとっておきの話題に関しては、後で話すよ。
 あと面白いやつはドラゴン沢。こいつは生徒じゃなくて教師で俺のクラスの受け持ちの担任だ。40をすぎて中年に差し掛かり必死に嫁探しに奔走してるらしいけど聞いた話じゃ見合いに30回は失敗してる。まあはっきし言って清潔感まったくないし趣味は競馬にパチンコ、休日二日間の間に10万すったとか授業のはじめに笑いながら言ってみんな失笑するようなやつだから当たり前かもしれない。本名は軍上大吾ってめちゃくちゃかっこいい名前だけどそんな名前で呼ぶやつはマジメぶった優等生か馬鹿だけだ。みんなドラゴン沢。由来はこいつが便所行ってるとき背後に忍び寄ったお調子者たちに追い剥ぎされパンツ一枚で悪がき達を追い回しているときの陰茎が勃起していてそれがドラゴンだったからだ。すぐに誰かが写真で撮ってツイッターでドラゴンが回ってしまった。沢は、沢だ。付属品だった。
 でも実はこいつも能力者でその事は俺とミナコだけしか知らない秘密だ。あるときミナコがテストの内容をあらかじめ把握しておこうと考えてドラゴンの思考をトレースしたところこいつは金欠になったとき頻繁に能力で銀行の無人のATMから金を盗み出していることがわかってミナコはともかく俺は激怒した。天下の公務員が公序良俗に反することをしていて何より俺だって能力で犯罪を犯すなんてまぁムカついた名も知らない道端のヤンキーやろうかなーと思ったこともなくはないけどなんとか理性と良心を強く保ちながら踏ん張ってきたのだ。それをなんでこの馬鹿は教師のくせして泥棒まがいの、いや泥棒してるんだと。しかもミナコがトレースした内容ではどうやらドラゴンは毎回大金を持ち出すのではなく、五千円とか一万円とか妙に小市民的な金額を持ち出して涙ぐましくケチ生活を送っているらしいのだった。それがまた俺の琴線に多分に触れた!
それ以上聞きたくなくて俺はそのとき席を立ってそう俺のアイデンテティーの一つであるパイロキネシスの力を持ってドラゴンを燃やしにいこうとした!
俺は本音から言って大人というのはみんながみんな立派とはいかないまでも、今生きている、今生活している以上はある程度の経験を積んで存在していて、ましてや今教師という社会的立場に立っているこのドラゴンもパッと見クズだけどそれなりの人間的器量があるんだって思っていたからだ。人は見かけじゃ判断できないと先人は言った、まただから俺はガキだからこそその言葉を強く実感して信じていたのだ。あとドラゴンはクラスが揉めたときに妙に含蓄深いことをちょくちょく言って場を収めるから、そうだと思い込みたかったのだ。
 しかしドラゴンはドラゴンではなかった、そのナニに見合わない程度の190センチの20センチの大きな小人だった!
俺は正体不明の強迫観念に襲われた、心の奥で俺の知らない虫が囁くどころか声を張り上げて「やつを燃やせ!
ヘイ燃やせRYO!」と言っている、燃やしたいという感情は熱と興奮と唸る血潮のさざめきに燃やすべきだという感情に形を変えた、そうだ、燃やせ。燃やしちまえ!
俺は放課後の夕方でオレンジ色に染まった廊下をあっはっはと職員室へレッツゴー、完全犯罪は今日ここに成る。流石にやばいと思ったミナコが羽交い絞めにして進行を妨げようとした。
「ちょ、まだ早いですよ!」
「離せ!」肩で振り払うとミナコが可愛らしい悲鳴をあげて尻餅をつき、俺は走った。
「燃やせ!」
 結論から言うとドラゴンは帰路についた直後で職員室には残りの教師が数名いたのみで、計画は未遂に終わってしまった。唐突に扉を開け顔と両腕から湯気を立てる俺を心配そうに思ったのか校医が近寄ってきた。あら、真っ赤よ、夕暮れだから?
熱なのかな? 俺はなんだか萎えてしまって前に突き出した腕を脇に引っ込めて、尻餅をついたまま不機嫌そうにこちらを睨んでいるミナコを拾って二人で帰路についた。
 だが俺の怒りの炎は消し炭にはならない!
翌日顔をテカテカさせたドラゴンの服は煙草と女物の柑橘系のあまったるい香水のにおいで臭くって、昨日やつが帰った後何をしたのかトレースせずとも容易に理解した俺はキレた。あの野郎、なんか調子に乗りやがって!
 放課後が待ち遠しくいざ放課後になりうざったそうにするミナコを無理やり引っ張ってトレースさせ自転車で帰るだろうドラゴン、やつの家に先回りし誰もいない部屋に侵入。
「ただいまー」
と一人寂しく声を出すドラゴンに返事をしてやった。押入れから飛び出しやつに飛び掛り、驚き目を見張るドラゴンの目の前の空気を発火させて目くらましさせその隙にミナコが外国製の鉄の手錠でドラゴンを拘束した。
「よう泥棒、捕まえに来たぜ」
「な、なんのことや、お前らリョウジとミナコやな!?」
「とぼけるなよ、バレバレだろ!」
 ドラゴンはまだ目くらましが効いているのかまばたきを激しく繰り返している。一通りの拘束をし終わると飽きっぽいミナコは散らかった炊事場の冷蔵庫を勝手に漁っている。
「ドラゴン先生一人暮らしの割にはたくさん買い込んでますね。あっ、イチゴ大福いっぱい、うれし~」
「やめろ、食うなよ、それないときっついんや~」
 無視してミナコは胸いっぱいのイチゴ大福を抱えながらリビングのソファに腰を降ろしテレビをつける。卓所のグラビア雑誌やカップ麺の空き容器を足で退かすと床の埃が舞い上がって煙になった。はじめドラゴンの部屋にも入ったとき思ったことだけど相当不衛生極まりない。一個くれというと横顔で小さく頷きミナコは大福を俺に放る。
「おい、リョウジ、どういうことやねん、先生に説明してや」
 俺はイチゴ大福に指を突っ込みイチゴだけ取り除いて残りのもちをドラゴンの口の中にねじ込んだ。口をふがふがさせながらドラゴンが「めっひゃあふぁい~」と言う。
「うるせぇぞ、ドラゴン、あんたも能力使えるんだろ、なんの能力かまではミナコはわからないらしいけど、ケチな泥棒に使いやがって」
「え、なんで知ってんのん!」
「男ならどうせならもっとでっかいことしろよ、同じ能力者として情けねぇ!」
 リビングのミナコが「警察に突き出すんじゃなかったんですか」と突っ込んでくるのが鬱陶しくて、あらゆる悲しみの蓄積のあまり俺が深く溜め息をつくと汚くてでかい芋虫のような体勢のドラゴンが口の中の大福を必死に咀嚼して飲み込んだ後うれしそうにがっはっはと粒あんのカスだらけの口内を見せつけながら笑う。
「おう、おう、そうか、そういうことね、お前らも俺と同じやったんか、こらおもろいな、初めてやで先生同じやつにあったの」
「とにかくよ、今日はあんたの性根を強制しにきたんだよ」
「ドラゴン先生は何の能力なんですか」
 とそれまでテレビを見て暇そうにしていたミナコがいつの間にか俺の隣に立ってドラゴンを見下ろしている。ミナコの背丈は俺より30センチくらい小さくて小柄で小学生みたいなので俺の視界の外から登場するからワープしてきたみたいで一瞬鳥肌ものだ。うわっ。
「えっ、お前らも俺と同じやないの、ってあー! お前ら土足やんけ!」
 ミナコが膝を床に折って聞く。
「おいおいおいミナコパンツ見えてるぞ、ドラゴンから」
「いや黒のパンストやから見えへん、薄暗いでな」
 背後から手を伸ばしてドラゴンを燃やそうとした俺をミナコは手で制する。
「私は人の思考パターンを辿る力を持っています。だからドラゴン先生の考えを把握して、日々の習慣などから先生が何らかの能力を持っていること、その能力でした日常的な窃盗行為、先生のここの家の場所なんかも思考を辿ってわかりました。ただ複雑すぎてわからないのが先生の能力で、銀行のATMからお金を盗れるのはわかるんですけれど、具体的にどういう能力なんですか?」
 黙って聞いていたドラゴンが、ミナコが話し終わるとウンウンと満足そうに頷きを繰り返した。
「いやぁ俺には思考が辿るとかは難しいでよくわからんけど、なるほどな、他にも色々あるもんなんやなぁ、40年生きてきて直接じゃ初めて会ったで、俺の能力は俺も難しいでようはわかってないんやけどなぁ」
 ドラゴンは大きく咳払いをしてからゆっくりと要領の得ない説明を始めた。
「俺の能力、ちゅうんか? 能力は金属の中に手入れれる能力でなぁ、あっ、俺の手の平に金属入れるんもできるんやけど、まぁ要するに手、正確には腕やな、うん、腕を金属と一緒にできるやつやねん、能力!
例えば今ここにはないけど、鉄でできた金庫があるとするやろ?
ほんで金庫の中に宝石があるとするやんか、そしたら金庫に手入れたらな、こうにゅるんと手が鉄の中に入ってやな、まぁ見えへんけどまさぐってたら宝石摑めるねん、んで引き抜いたら、宝石や」
 会話の途中からミナコがドラゴンの足と手の錠を外していた。
「おっ、なんや外れてるやんか、ありがとう」
 俺はドラゴンの手を取って立ち上がらせる。図体のでかい中年の体が起きると俺よりもかなり背がでかい。
「あんたの説明はよくわかんねえから、分かりやすく直接やってみてくれよ」
「ええ~お前、仮にも俺は教師でお前は生徒なんやから、金取るとかはできんぞ~」
 人のいないところではやるのかよ、と言いかけるとミナコが苦笑しながら言う。
「とりあえず公園に行きましょう、先生」
3, 2

  

 そうしてドラゴンの安アパートから徒歩三分近所の団地の公園に俺たちは向かう。家を出たすぐドラゴンは「あっついでにツタヤの延滞してるDVD持って来るわ」といって別に逃げるわけでもなくマジでDVDを持ってくるんだから呆れたもんだ。お待たせ~。
 公園の中ではランドセルを地面に置いて小学生くらいのガキたちがサッカーで、ブランコで、ベンチでカードゲームしたりして遊んでいてどうやらここは近所のガキのたまり場らしかった。ドラゴンが「あれや!」と言って指差したのは小さな子供用のコーヒーカップだ。乗った人物がカップの中心の円盤型の部分を右回りで回すとその方向にカップは回る。円盤は赤褐色に錆付いて触ると血の匂いが鼻をくすぐった。ドラゴンは円盤の下に手をやって俺たちの視界から隠す。
「ええか? よう見とけよ」
 そう言ってドラゴンがふんっと鼻息荒く力を入れる素振りをすると円盤の上から何かがニョニョニョっと突き出てくるものがある。赤黒く錆付いた鉄でできたドラゴンの腕だ!
ミナコがああ~と言葉を洩らし俺は素直に感心する。ほお~。
「どうやすごいやろ、え?」
 そう言って自慢げに笑みを向けるドラゴンの腕に向けて俺は右手を突き出し照準を合わせドラゴンが笑みを絶やすことなく「ん?」と言った瞬間俺は力いっぱい思いっきりハンマーを振り下ろすような気持ちで鉄のドラゴンの腕を発火させる!
 ボン!
 言葉にならないドラゴンの悲鳴が響き渡り公園中に反響しそれまできゃっきゃと遊んでいた子供たちが一斉にこちらを振り向いた。隣りのミナコのボブカットの黒髪が熱風ではためき浮いていた錆が勢いのままに空中に舞い上がる。ドラゴンはコーヒーカップから出て砂の地面を転げまわっている。やりすぎたかなと思って燃やした腕のところを見ると真っ赤になっているだけで焼け消えたりはしていない。こういうときのための鞄の中の非常用の水を取り出して患部にかけてやると次第に落ち着きを取りもどし、ドラゴンはぶるぶる震え泣きながら俺を睨む。
「な、なにすんねん!」
 もう一本水の入ったペットボトルを取り出してドラゴンに投げる。
「罰だよ、だってあんたそうでもしないとまた泥棒するだろ、長くは続かない、いつかばれて痛い目見るんだ、だったら、今俺がこうしてやったらもうしないだろ、あんたは一応、俺の担任なんだからさ」
「だからってお前な、もっとやり様があるでしょうが、ああ熱う」
「警察に突き出されるよりはマシだろ、な?」
 そう言って後ろのミナコを見ると髪の毛の先端が若干焦げていて俺を恨めしそうに今にも刺し殺しそうな雰囲気を纏って俺を睨んでいた。こうなったときのミナコは怖いと俺は過去の経験から知っていた。ミナコが無言で近寄ってくるので「ごめんなさいっ」と俺が両手で頭を覆ったが飛んでくるはずの暴力がないのであれっと思って目を開けるとミナコはドラゴンの前にいる。
「そうですよ軍上先生、リョウ君の言うとおり、私たちは先生にそんな悪いことしてほしくないです。私たち先生のこと好きなんですから」
なんだか照れくさかったので頭を掻きながら「俺を入れるなよ」と付け足すとドラゴンが真っ赤な腕ですすり泣いていて俺はギョッとして驚く。「うう~ごめんなお前ら~」などと言いながらだらしなく鼻水も垂らしているドラゴンを見てうわマジかよって若干引かなくもないけど、そんなやつでも俺たちの教師であり人間なのだ。それにドラゴンはクズはクズだがたぶん良いやつなのだ。俺のやったことは間違っていない。となんだか和やかな気持ちに勝手に一人でなっていると、ミナコもドラゴンもまだ気付いていないようだったがドラゴンの真っ赤だった腕が急激に色を変えて肌色に戻っていく。んん?
「もうしないでくださいね先生、私先生のこと信用してますから」
「わかった~わかった~」
 ハンカチでグシャグシャの顔をミナコは拭いてやる。二人していかにも青春ドラマの一ページみたいな雰囲気だったがそこにはもう俺はいなくて俺の意識はドラゴンの腕に向いていた。俺が見てから数秒で真っ赤だった腕は元の完全な肌色になり、しかし小さな火傷はところどころは黒くのこっている。
「ドラゴン、腕治ってるよ」
 泣いていたドラゴンは俺の言葉を聞いてあれって顔をして自分の腕に目を降ろして「ほんまや、もう熱ないわ」と言う。
「あれぇ水のおかげかなぁ」
 ドラゴンはそう言うが、そうなのだろうか?
 時はすでに夕刻を過ぎて夜になりかけていて、そうして俺たちは雰囲気に飲まれて絶賛感動中のドラゴンが飯を奢ってくれると言うのでお言葉に甘えて近所の天下一品に行きラーメン好きのミナコはとても嬉しそうにしていた。一応教師のドラゴンが教師らしく送っていくといったが断ったので「気をつけて帰れよ~」といってドラゴンと別れた。
 それからというもの学校でドラゴンに会うたびにやつは嬉しそうな顔で絡むようになってきた。俺はミナコがいたからそうでもなかったが、割りと自分の能力について周囲に話すこともはばかられるから簡単には話せず寂しかったのだとガハハと語った。いつから能力が使えるようになったのかと聞くとそれは割と最近だと言う。
「始めはたまげたけど、まぁ慣れると便利やからなぁ」
俺もミナコもそれ以上やつの犯した罪について追求することはしなかった。気持ちは痛いほど分かるし何度も言うがドラゴンは根は生徒思いの良いやつなのだ。
 そんなことがあってドラゴンは俺たちの仲間になった。
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