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5/26〜6/1

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 雪の斜面を斬り裂いていく感触。ゴーグルとウェアの襟からハミ出したわずかな素肌に風の感触が心地良い。日常のいざこざも、深夜バスの走行音も、そしてリフト近辺でうるさく鳴り響くポピュラー音楽も、ここまでは追ってこない。風と雪の織り成す二重奏を聞きながら、既に何本か線の描かれたキャンパスにまた一つ傷跡をつけていく。
 中腹で一息ついて、手袋とゴーグルを外す。いつの間にかニット帽から出ていた耳はキンキンに冷えていて、汗にしっとりと濡れた手がうっかり触れてしまい悲鳴を上げる。やっぱり山スキーはいいな。そう思って周りを見渡すと、困ったことになっていた。
 そこは完全に見覚えのない場所だった。迷子という奴だ。スマホの地図アプリで確認してみるが、それらしい場所が見つからない。山奥なので電波も入らないし、GPSの精度も悪くて使えない。

 考えた結果、滑ってきた斜面をゆっくり登っていくことにした。スキーを外して肩に担ぐ。当然だが圧雪されていない斜面を板を担いで登るのは大変な重労働だ。30分もしないうちに息が上がる。普段使わないところを酷使したせいで、明日来るはずの疲労が、筋肉痛が、今襲ってくる。
 やっぱり無理しない方が良かった。そう思い始めた頃、前方に人影が見えた。やれ、助かった。安心と同時に、意識が薄らいでくる。人影が小さく、何かを呟いた気がしたが、よく聞こえない。覚えていたのは、僕を受け止めているその人物の冷たい身体の感触だけだった。

 気付くと、林の中の平な場所に仰向けに寝転がっていた。危ない危ない、このまま凍死するところだった……。周りを見ると、以前にも通ったことのある場所だ。よく耳を澄ませば、リフトの動作音やスピーカー音も聞こえてくる。スキー場のそばなので、すぐ戻れるだろう。横たえていた身体を起こすと、身体から白い毛布のようなものがハラリと落ちた。思わず振り返って確認するが、人の形に空いた穴と起き上がった時に出来たであろう乱れた雪の跡、それに今しがた落とした自分の手袋があるだけだ。
 そういえば聞いたことがある。雪女の持ち物は全て雪で出来ており、主以外の者の手が触れると雪に戻ってしまう、と……。いや、まさかな。夢でも見たんだろう。そう思って手袋を拾おうとしゃがみ込む。
 手袋は跡形もなく消えていた。思わず頭に手をやる。冷え切った手は、耳と全く同じ温度になっていて冷たさを感じられなかった。
 港で会った野良猫がさも「ついてこい」と言わんばかりに案内した先は、寂れた商店の軒先だった。
「意味ありげな行動のわりに普通の場所に出たな」
「猫の恩返し的な何かを期待したのにな」
 そう軽口を叩きながら店に入る。
「何か恩売ったことあんの?」
「いやー、ないけど」
「いらっしゃい」
 突然の声にギョッとする。カウンターに老婆が一人立っていた。
「島の人じゃないね。何かお探しですか」
「あ、えーと……」
 乾物、駄菓子、土産物……島の日常生活に合わせた品揃えの中には、旅行客の自分たちが買いたいものもさしてない。アイスクリームでも食べようかな。そう思った時、魚沼が勝又の脇腹をつついた。
「あれにしようぜ」
 指の先には「メンチカツあり〼」の張り紙。
「港まで降りていって防波堤の辺りで食おうぜ」
 なぜ乾物屋にメンチカツがあるかはさておき、そいつはいいと勝又は思った。
「すいません、メンチカツ3……いや2個」
「2個ね、ハイハイ」
 注文を受けた老婆が奥に下がっていく。勝又がぼそっと呟いた。
「食いしんぼかよ」
「ちげーよ、あの猫食うかなって一瞬思ったんだよ」
 魚沼はそう言うと少し気まずそうに脇を向いた。
「猫に人間の食いもん上げちゃ駄目でしょ」
「わーってるよ! だから途中でやめただろ!」
 二人がやりあっている間に老婆が白い袋を抱えて戻ってきた。
「はい、240円ね」
 二人が120円ずつを出すと、老婆が袋を差し出す。数えてみると袋は3つあった。
「あの、僕らさっき二つって……」
「若いお二人に一つサービス。旅行楽しんどくれよ」
「そんな、お金払いますよ」
「いいのいいの。要らなかったら猫ちゃんにあげて。あの猫ちゃんはこれが好きだよ」

 店を出ると、あの猫はまだ店の前をうろついていた。二人から一定の距離を保ちながら視線を向け、催促するように鳴き声を上げる。
「どうする?」
「港まで降りるっつっても通じんだろうから、こいつのはここで開けよう」
 3つ目の袋に入っていたのは、鰹節をかけたカリカリだった。
「こんなのサービスされても猫にあげるしかないじゃん」
 猫の恩返しどころかただのたかりじゃないか、と魚沼はぼやいた。
「いや、むしろお互い恩を返し合ってる、みたいな感じか?」
「あー、婆さんと猫か。ああいうのはビジネスライクな関係って言うんじゃないか」
「確かに」
 二人は笑った。
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 人間の三大生理的欲求にも数えられ、生きていく上で必須と言われている睡眠。その睡眠の質を上げる道具を買い求めたり、快適に眠る方法を教えるセミナーなどに参加する「睡眠活動」が話題だ。「婚活」「終活」など様々な活動が活発化する中、睡眠業界に何が起きているのか。取材班が迫った。

「では、こちらの機械を使って実際に『質の良い睡眠』を経験してみましょう」
 都内某所、会議室の真ん中に大きなカプセル型の機械がズラリと並ぶ。「眠活」に関する情報提供を行っている団体の合同セミナーの会場だ。参加者を『睡眠補助サプリメント』を渡されると一人ずつカプセルの中に入り、10分ずつ体験睡眠を行う。『睡眠カプセル』は都内のリラクゼーションサロンなどで利用可能だという。
「睡眠に関する最新の技術と情報を真っ先に提供することを心掛けている」とセミナー担当者は語る。「参加者からも『眠りが深くなった』『昼間の眠気が改善した』と喜びの声をいただいている」。過去のセミナー資料を見ると、当初は自社で開発していた枕や蒲団、アイマスクやヒーリングBGMなどを併設販売していたようだ。こうした製品の製造を中止し『サプリ』を紹介するようになったのが3年前、『カプセル』は1年前。開発したメーカーはいずれもベンチャーで、取締役に団体代表の一人が名前を連ねる。リラクゼーションサロンも同じだ。こうした関係を問われると「最先端の睡眠技術には会社として投資することもある」と言葉を濁した。

 こうした現状を憂慮する声もある。先がけて睡眠の研究を行ってきた医学界だ。睡眠障害を専門とするトコシマ・ヤスオ医師は「民間療法レベルの情報共有ならともかく、サプリメントや器具の内容次第では医師法や薬事法違反となる可能性もある。参加する場合には専門の医師の監修があるかどうか確認して欲しい」と警鐘を鳴らす。
 「眠活」のやり過ぎも問題だ。ある40代の女性は「眠活」のセミナーに通い始めてから、一日の睡眠時間が増え続け、一時は日常生活が困難なほどになってしまったという。医師からは過眠症と診断され、「眠活」をやめるよう助言を受けた。
「眠ること自体はとても心地良かったです。けれど、それが心地良すぎて、依存症のようになっていました」
 「質の良い眠り」を求めた結果が睡眠障害ではやるせない。春の眠りに限らず、睡魔には常に警戒しなければならない。
 母さんから貰った煎った大豆を手に玄関に出たら、怪しげなおっさんが仁王立ちしていた。顔はプラスチックで出来た鬼のお面で隠れて見えない。
「あんた誰?」
「俺は鬼だよ」
 僕は「ははーん、そら来たな」と思った。父さんはこういう行事がなぜだか大好きで、特に仮装して参加することに情熱を燃やしている。この間もサンタ帽に赤い服で登場したのに、付け髭がないせいで顔がバレバレだった。今回は鬼のお面を被って顔バレは回避したみたいだけど。
「そもそも鬼って、赤い皮膚で手には金棒、髪の毛はパンチパーマで虎のパンツなんじゃないの?」
「そういうのをステレオタイプと言うんだ。人を見掛けだけで判断してはならん」
 あくまでそういうポーズで行くのか。僕はちょっと父さんを困らせてやろうと思った。
「もし本当に鬼っていうなら証拠を見せてよ」
「証拠だと? 何を見せれば証拠になるんだ」
「そうだな……じゃあ、角。そのお面に描いてある角じゃなくて、ちゃんと額か頭にある角ね。角を出したら本物だって信じてあげる」
 父さんは少し迷うそぶりを見せた。
「いや、角は……今は生えていないのだ」
「またそうやって誤魔化そうとする」
「いや、本当だ。鬼は現世に来るときは人間の皮を被らなくてはならない。だから今の私は見た目は全て人間なのだ。だから角も生えていない。出せなくはないが、人間の皮を破ることになってしまう。それは困る」
「じゃあ、父さんがまた嘘ついたってことで」
「ま、待て。分かった。見せよう」
 父さんは何を思ったかごそごそと頭を掻き上げた。つむじのところを僕に向ける。
「よく見ておけよ」
 そう言うのと同時に、父さん、いや、鬼のつむじがグリグリと盛り上がっていく。人間ではあり得ない身体の動きだ。
「どうだ」
 どうしよう、本物だ。僕は慌ててドヤ声で自慢する鬼に向かって大豆を投げつけた。
「鬼は外!!」
「イヤーッ、グワーッ」
 変な悲鳴を上げて鬼は逃げていった。

 居間に戻ると、母さんが父さんの頭に湿布を貼っているところだった。
「父さん、母さん、さっき本物の鬼が!」
「鬼? 追い払ったの?」
「う、うん」
 そう言ってから急に後悔の気持ちが生まれてきた。折角本物の鬼に会えたんだから、父さんや母さんに見せても良かったな。
「また会えるかな」
 そう呟くと、父さんが言った。
「なに、すぐ会えるさ。なにせ俺の息子だからな」
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 皇歴597年に、査察官が中央からの依頼で辺鄙な地方の一工場を訪れたのには、当該工場における生産力が非常に低かったのが大きな原因であった。その工場は他工場のおよそ1/3程度しか生産量がないと報告されていたにも関わらず、要求される奴隸の補充量は他工場と遜色ないか、或いはそれ以上に匹敵していた。つまり、非常に効率が悪かったのである。
 中央から充当される奴隸は、当時は経費に含まれなかった。だからこそこうした『放漫経営』が許されていたわけだが、奴隸を湯水のように使われれば、当然その他の部分に皺寄せが行くことになり、中央として困ったことになる。そこで査察官によって、この奴隸の無駄遣いの原因を調べることにした。言わば今で言うところの『経営コンサルタント』的な役割を査察官に期待したわけである。
 さて、その査察官、工場見学の時の様子をこう手記に書き記している。

"
 現場監督の罵声と共に床を鞭がピシリと叩く音が工場に響く。中を見渡せば沢山の人がいるにも関わらず、工場長に答える声はない。ただ彼らの回す木製の巨大な柱が軋む音、それに、わずかな呻き声や啜り泣く音がするばかりである。
 私は、彼らは何をやっているのか、と工場長に尋ねた。工場長は答えて言った。
「これは地下水を汲み上げるためのポンプです。この辺は風が吹かず、近隣に川もないので人力に頼るしかないのです」
 工場長のこの返答は驚くべきものであった。地下水ポンプなどというものは、他の工場では蒸気機関なり電動モーターなりによって機械化されている仕事であり、人力で行うようなものではない。他工場では奴隸は、より高度で人間的知性を伴う仕事に従事している。これでは生産性が落ち、奴隸を無駄遣いするのも無理はない。
"

 査察官の指摘は至極もっともなものであったが、工場長を始めこの工場の幹部たちはそうは考えなかったようだ。査察官の機械化に関する提言は、最終的に予算不足を理由にほとんどが却下されている。唯一承認されたのは足踏み式の旧型ポンプの購入であった。つまり人力である。
 この工場はこれより1年後に取り潰しになるが、ここから1年持ったこと自体が驚きである。査察官の工場幹部に対する所感を引用しておこう。

"
このような「足で漕げば問題ない」と言わんばかりの「自転車操業」で時代の波を誤魔化せるとするならば、彼らは実に、人心掌握術において優秀であるに違いない。
"
「今週もようやく終わりかー。どっか行く?」
「おっ、いいね。いつ上がる?」
「あと1、2時間ぐらいしたらかな。メガネバー行こうよ」
「メガネバー?」
 一瞬メガネのつるを刺したアイスバーを想像し、顔を顰めた私を友人は面白そうな目をして見ている。
「何よその目は」
「また変なこと考えてたでしょ」
「そ、そんなことより」
 私は話を戻した。
「メガネバーってなんなの。教えてよ」
「説明してもいいけど、行ってみた方が早いよ。こっちの上司がハマっててさ、頼めば連れてってくれるんだよね。だから懐も痛まないしさ」
「なるほど」
 どんな場所かは分からないが、タダで飲み食い出来るというなら行かない手はない。

 ところがこの約束、僅か2時間で反故にされてしまう。
「上司がね、『あそこはヤバい、絶対に行くな』って……先週あんなに勧めてきて何度も連れてってくれたのに」
「まあ、いいよ……そんなに大した値段じゃなければ」
「それは大丈夫。こっちよ」
 友人の先導に従って入った店は、一見ごく普通のバーであった。ただ一点、全ての店員がメガネをかけているということを除けば。
「これだけ?」
 私が問うと友人が頷いた。
「そう、これだけよ。なんてことないでしょう?」
「なんてこともないって……。わざわざこの店にしたってことは何かこう、推し要素みたいなものがあるんじゃないの?」
 当然の疑問をぶつけたのに、友人は怪訝そうな顔をした。
「普通の値段だし、ご飯も美味しいし、その時点でそこらへんのバーと変わらないわけよ。だったらプラスメガネの方選ばない?」
 友人の口調が激しくなっていく。私は少し怖くなってきた。ふと、友人の顔にメガネが乗っていることに気付く。はて、彼女は裸眼だったハズだが。
「あれ? そういえばあんたメガネしてた?」
 話題を逸らそうと指摘すると、友人は急にニコリと笑い、愛おしそうにフレームを撫でた。
「これ、伊達なの。ここで貰ったのよ。これもメガネバー推しの理由の一つね」
「伊達? 貰った?」
「貴方にもすぐに分かるわ。マスター、この方にメガネを」
「畏まりました」
 まるでバーで飲み物を奢るような感じでメガネを注文する友人。あっけに取られた私はその時、カウンター奥の標語に目を止めた。
 そこにはこう記されていたのだ。

『全ての人にメガネを。人類メガネ計画の成就こそ我らの目的』
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 デートと言われて連れてこられた場所には人気がなく、かと言って動物の気配らしきものもなく、ただただ巨大な人工物が放つ異様な気配としか形容出来ないものが滞留していた。
「大丈夫なはずだが、一応これを被っとけ。あと靴はこれに替えろ」
 渡されたのはヘルメットと安全靴。
「何してんだ。早く入れ」
 言われるがままに入園ゲートをくぐる。『ファンファンランド』と剥げたペンキで描かれたコンクリート製のゲートは今にも崩れ落ちそうで、ついていたであろう鉄製の門扉は外れて中に倒れ込んでいる。
「足元に気をつけろよ」
 夫は時々後ろを振り返りつつ、私の手をしっかりと握り、時々バランスを崩しそうになる身体を支えてくれる。
 少し開けたところに出た。夫が足を止めたのでつられてその場で周りを見渡す。贔屓目に表現して、酷いものだった。
 メリーゴーランドの屋根は完全に朽ち落ち、馬はほとんどが剥げで地金が錆びてボロボロになっている。バイキングの船は外形こそ留めているが、中身の椅子はプラスチック部分が割れ、マトモに座ることが出来なくなっていた。
 ジェットコースターも錆でレールと結合しており、ベルトの部分は地面の下に落ちて腐葉土のようになっていた。ビニール部分すら風化によって跡形もない。
 ジェットコースターと並んで一際異様を放つのは観覧車で、ボロボロに錆びた骨格からはいくつか個室が落ちており、下にはガラスが散乱して近付くことすら出来なかった。
「大丈夫か? 怪我とかしたのか」
 夫に声をかけられて、そこで初めて自分が泣いていることに気付いた。
「ううん、大丈夫。ちょっと思い出しただけだから……ありがとう」

 私たちの初デートの場所になるはずだった遊園地。デートの日の数週間前に取り壊しが決まり、ここには住宅団地が造成された。しかし、直後のバブル崩壊により、団地は売却、廃墟となった。
 あれから30年以上。夫は友人とツテを辿って、廃墟をあるべき姿に戻し、私をここに連れてきてくれたのだ。

「いや、大丈夫ならいいんだ。心配ぐらいはさせてくれ」
「そのことだけじゃないけど……でも、やっぱりありがとう。本当に……」
 泣くことじゃない、泣いてはいけない、そう思いつつも、涙は止まらなかった。夫が優しく肩に手を置きながら言った。
「俺は、遅れても約束は守る主義だからな」
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天馬博士 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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