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プロローグ1 ある男の一日

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「いい加減、家賃払いなさいよっ、あんた!」
 ババアのしゃがれた怒鳴り声で、俺は目を覚ました。快眠を妨げられた苛立ちに頭を掻き、万年床から身を起こす。あくびをして枕元のスマホを見ると、時刻は14時ちょうど。もう昼だ。今日は平日のど真ん中である。まっとうな会社員ならば遅刻を確信して顔を蒼くするところだろうが、幸い、俺に出勤すべき会社などない。バイトも今日は休みだ。
 黄ばんだ寝床からやっとのことで立ち上がり、風呂とトイレに挟まれた洗面台に向かう。備え付けの鏡は位置が低すぎて、眉から上を収めない。前に立つと、不潔な顔をした男が映っている。不精によって伸び放題になった髪とひげ。その間に、落ちくぼんだ眼が濁った色を浮かせている。
3, 2

  

「こんなに不細工だったか?」
 思わず口にする。
 生活習慣が崩れているからだろうか。元々、爽やかな顔ではなかったけれども、陰鬱な雰囲気に拍車がかかっている。俺は今年で25歳になるが、見知らぬ人間からすれば、この容貌は中年のオヤジに見えるのではなかろうか? 顔かたちには人物の内面が滲み出ると、世間では常識になっている。この顔を首の上に掲げるのはいかがなものだろう。これでは俺という人間が、自堕落で、不精で、部屋の中もめちゃくちゃに汚れているロクデナシだと触れ回っているようなものではないか。遺憾だ。
「ちょっと、中にいるんでしょっ、開けなさいっ。家賃、家賃!」
 アパートの外では相変わらず、ババアが叫び散らしている。痴呆で気が触れでもしたのかという勢いだ。仮に、徘徊しているボケ老人が迷惑行為をしているというのなら、対処のしようもある。警察にでも預かってもらえばいい話だ。しかし実際、奴は痴呆ではなく、気が触れているわけでもなく、このアパートの大家なのだから始末が悪い。家賃を払わない住人に対して、大家が文句を言うのは当然である。非難もできまい。
 ちなみに、ババアが叩いている扉は俺の部屋のものではない。渡辺とかいう男が住む、隣の202号室である。俺は家賃を取り立てられていない。かといって、俺自身に一切の負い目がないのかと言えば、そうでもない。
 俺は、五か月分の家賃を滞納している。じゃあなぜ、お前は取り立てを受けていないのかと問われれば単純明快で、隣の渡辺が、十三か月分の家賃を滞納しているからである。目下、大家のババアにとって肝要なのは、極悪人の渡辺をしょっぴくことだ。俺のような軽犯罪者は、取り敢えず脇に置かれている。

『普通の住人なら、一年がデッドラインてところだろうね』

 三か月前までアパートの下階に住んでいた、塚本の言葉を思い出す。塚本は俺より年下だというのに、肝の据わった男だった。得意げに言った彼は、アパートの家賃滞納記録を塗り替え、一銭の金も払わないまま二年半、部屋に居座り続けた。そのうえ大家の情に訴えかけ、二年半分の家賃を払わずに退去していったのだから、天晴である。
 渡辺の戦闘期間も一年を過ぎ、苦境に入ってきた。居留守を見抜かれて攻撃に移った渡辺と、激昂した大家の口論が聞こえてくる。
「うるせぇクソババア! これ以上しつこくしたらこの部屋で首を吊ってやる。そうすりゃここは事故物件だろう、ははは、どうだ、思い知ったかっ」
「おあいにく様、あんたの部屋は元から、人死にで事故物件だよっ」
「……はあっ!? どういうことだ、聞いてねえぞっ。……あーもー、絶対払わねぇ、さっきまでは払う気だったのになあ! 嘘つかれてたから、もーぜってぇ払わねぇっ」
 不毛なやり取りである。つくづく、貧乏は人の心まで貧しくするものだ。
「なあ、水沢さん、あんたも許せねぇよなあっ」
 渡辺が突如、俺に話を向ける。
 やめろ渡辺、壁越しに話しかけてくるな。確かに、屁の音から衣擦れの音まで筒抜けになるほど、壁は薄いけれども。蹴り破いた穴をガムテープで補強して以来、輪をかけて防音の機能を失ったけれども。ためらいもなく隣人に呼びかけるなど、プライベートを自ら放棄しているようなものだぞ。
 渡辺の呼びかけにはシカトを決め込むことにする。いらぬ諍いに巻き込まれないため黙っていようと定めたところで、ふと、朝の日課を果たしていないことに気付いた。俺は起き抜けに自慰をしなければ、一日が始まったという感じがしない。行為に必要なブツを探して、部屋を見渡した。
 部屋は五畳の畳敷きワンルーム。ステンレスに赤錆を付けたキッチンと、トイレ・洗面台・浴室が一纏めになった三点ユニット以外には、設備という設備もない。冷蔵庫は一応、小型のものを買ったが電源は入っていない。引っ越しのときに持ってきた調理器具はシンクの中で苔を育てている。テレビくらいは置いてあるが。
 目的のものはおそらく床に転がっているはずなので、散乱したプラスチック容器をよける。汁の残っていたカップめんを蹴倒したところで、見つけ出した。
 鮮やかな桃色をした、蒟蒻のような物体。形もやはり桃の様で、一目見ると『うまそうだ』と、根源的な欲求を呼び起こす。しかしながら食用でないソレは、合成樹脂から成るのだ。桃の尻に当たる部分には、ネジキリで空けたような穴が付いている。覗く暗闇が俺を誘惑しているようだ。
 これは、『オナホ』である。早い話が、柔らかい素材の穴にペニスを突っ込んでしごき、気持ちよくなりましょうという道具だ。
 片手に収まりきらない桃尻は、一万円近くもする高級品だ。拾い上げると見た目以上に重量がある。掌に張り付く感触が快楽の記憶を蘇らせ、ペニスを固くする。
「あぁ……いい女だ」
 俺は思わず呟いた。
 さあて、いよいよいきり立ったペニスを突き刺してやろう。心を躍らせて、穴を焦点に合わせた、そのときである。穴を下に向けると、重力に従って中から液体が垂れる。底の方に溜まっていたのであろう、精液。それは、糸を引きながら足の甲に落ちた。
「うおっ、きたね」
 見れば、液体は黄色く変色している。そういえば前回のローテーション(俺はオナホを複数所持している)のとき、洗うのを忘れていたか。ズボラな性格は直さなければな。汁をこぼしたままのカップめんを振り返り、自省する。
 オナホローテーションが崩れることを嫌い、キッチンで膣内を洗った。やっと落ち着いて、窓際まで行く。風を呼び込む窓枠に肘を掛け、外を眺めた。俺がこのアパートを選んだ理由は二つある。一つは家賃が格安なこと、そしてもう一つの理由は、窓から小学校の校舎がよく見えることである。特に後者は最優先事項だった。
 初夏の涼やかな風が顔を撫でる。俺は、置いてある双眼鏡を手に取って覗いた。するとちょうど、体育の授業が始まるところだった。真新しい校舎の中から、はしゃいだ児童たちが駆け出してくる。男子は皆とふざけ合って、女子はいくつかの島になってお喋りしている。快晴の空からは太陽が差す。光は、校庭を囲む木々から影を落とし、運動場の砂と子どもたちを輝かせている。
 なんて美しい光景だろうか。あの場所は聖域だ。邪なものをはねのけ、世界のあらゆる尊さを守っている。いま俺がいる、こんな、家賃を払う価値もないアパートとは大違いだ。多幸感は俺の胸を締め付けた。同時に、下腹部に潜んでいた獣欲が頭をもたげる。
 水曜日のこの時間は……五年三組の体育のはずである。このクラスは平均レベルこそ高くないものの、とびきり可愛い容姿をした女子が何人かいたはずだ。俺は双眼鏡のレンズを絞って、めぼしい女子に焦点を移していく。
5, 4

  

 一番小さいあの子は、高学年にしては発育がなっていなくて、関節の浮き出た体が背徳感をそそる。日焼けした肌もイイ。お、長い髪のあの子は、短パンの腰がずり下がって、水玉のパンツがはみ出している。胸も膨らんできているというのに、自覚のないだらしなさはこの時期に特有の趣だ。胸と言えば、女子がブラジャーを付け始める過渡期は、この学年あたりからである。少数だが中には付けている子もいて、白い体操着の上から形が確認できる。顔は不細工だが真面目そうな、あの眼鏡の子。彼女は体操着を短パンにしっかり入れているものだから、カップの形がありありとわかる。同年代に比べて早く雌になった彼女は、恥じらいなんて感じているだろうか?
 目移りしている間にも、俺は竿を握って、激しくしごいていた。射精の兆しが見えはじめたところで我に返る。
「あっぶねぇ」
 早々に終わらせてしまうところだった。体育は45分もあるのだ、時間をぜいたくに使おう。俺は押し入れからDVDを取り出し、デッキに入れた。
 画面に映し出されたのは、白いマイクロビキニの少女。プールサイドに寝そべっている。小さな水着には、乳首と陰部を隠す以外の働きはない。凹凸の少ない身体の輪郭が、露わにされている。少女の肌に散りばめられた水滴が、日差しを浴びて光っている。表情は硬く、わざとらしい笑顔だが、用があるのは身体の方なので問題ない。
 俺は以前から、ヌける条件として素人感を大事にしている。だからこういう、ジュニアアイドルの映像を使うことは好まなかった。長いこと、町にいる小学生を目に焼き付けてオカズにしていたのだが、どうしても段々と、刺激が足りなくなってくる。そこで思いついたのが今やっている方法だ。露出の多いアイドルの映像を見てから、校庭の児童たちに目をやる。すると、体操服で覆われている内側に、裸体を幻視することができる。
 踵から上る曲線は柔らかい。ふくらはぎ、腿、尻のどこにも無骨な筋肉は邪魔していない。細い脚には丸い肉が実る。視線を登らせれば、腹はなだらかに膨らんでいる。浮きだした肋骨を経て、乳房は地続きのまま円錐の丘をつくり、鎖骨への道を谷に残す。
 少女の身体は、すべてが一繋ぎなのだ。肥大した尻や胸で隔たりをつくることがない。皺のないすべらかな肌で、総体としての美を生み出している。一見平坦で、欲を掻き立てないと指摘されることもあるが、それは違う。少女の身体には、同年代の男子と比べて異なる、秘められた性の予感がある。慎ましい乳にのった桜の蕾、絹のような髪と隠されたうなじの細やかさ。わずかな兆しから、俺はこれ以上ないほど淫靡な雌を見出すのだ。
 千里眼がごとく、体操着の上から女子たち視姦していると、射精感がこみ上げてくる。フィニッシュにふさわしい子は誰か。俺の子種を、小さな胎に飲み込ませる相手。吐精に急き立てられるように、双眼鏡を操作する。
 極上の幼妻を見つけた。縦隊の中ほどで膝を抱える女子。髪は耳の後ろで二つに束ね、化粧など一切していないにも関わらず、目鼻立ちが恐ろしく整っている。日焼けをしていない細長い手が、髪を掻き分ける。その所作一つに気品を漂わせている。きっとあの子は、上流の生まれに違いない。号令に合わせて、彼女が立ち上がった。動作には隙がなかったのに、短パンの裾から、俺にだけ見える絶妙の角度で、白い下着がチラリと見えた。
「あああぁぁぁ~」
 俺はオナホを捨て、壁に向かって射精していた。なおも竿をしごきながら、少女の腹を凝視する。彼女は澄ました顔をしているが、今この瞬間、子宮には俺の汚い精液が流れ込んでいる。固い壁に、亀頭を目いっぱい押し付ける。精液が飛沫になって飛び散った。孕めっ……孕めっ……。脳内に描き出された少女の膣内を、白濁が侵食していった。


「……ふう」
 放心から戻ってくる。校庭ではまだ体育が続いているが、俺は双眼鏡を放り出して寝そべった。畳のささくれを目にすると、急激な気だるさが体を覆い、眠気に引き込まれる。このままもう一眠りしてしまおうか。どうせ、なすべきことなどないのだし。ああでも、オナホは洗っておかなければなあ。生ぬるい葛藤に揺られながら、瞼を閉じようとした。そのとき、錠の外れる音がした。
「和樹くん、起きてるー?」
 玄関を開けて入ってきたのは見知った顔だった。
「…………結衣奈」
7, 6

  

 薄手のセーターを着た背の高い女。胸がでかく、垂れ下がった目元から、いかにも包容力がありますと押し付けがましい風貌。なにからなにまで、俺の好みから外れる。
「あ、まーだ寝てるー。もう、和樹くんはだらしないなあ」
 結衣奈はなぜか嬉しそうに言うと、散らかった部屋を片付け始めた。「寝てねーよ」と呟いた俺の小声は無視され、キッチンから床から、見る見るうちに整頓されていく。カップめんの汁を雑巾で拭くと、結衣奈は微睡む俺に顔を近づける。
「またオナニーしてたでしょ」
 匂いを嗅いで指摘する。彼女は横に転がっていたオナホを拾い、洗面台の方へ向かった。水音に紛れて、声が聞こえてくる。
「やりすぎると体に悪いらしいよー。……あれ、中があんまり汚れてない?」
 汚れは壁にぶちまけたからな。結衣奈が戻ってくる前に、ティッシュで精液をふき取っておく。体を起こすと、部屋はすっかり片付いている。
「それに、溜まってるんだったら私に言ってくれればいいのに」
 ハンカチで手をふきながら目の前に座る結衣奈を、俺は睨んだ。
「言ったろう、俺は高校生以上の女は相手にしない。いいか、女の魅力っていうのは、小学校高学年辺りを頂点として下り坂になるんだよ。白状してみろ、お前は今、何歳だ?」
「そんなの知ってるでしょう? 和樹くんとおんなじなんだから、25歳だよ」
「ふっ」俺は鼻を鳴らす。「女としての消費期限はとっくに切れてる」
「でも和樹くん、私が家に来ると二回に一回くらいの頻度で押し倒してるよ?」
「お前が押し倒してるんだよっ」
 この女、人畜無害そうな顔をしておいて、意外に侮れないのだ。護身術だか柔道だかを習っていたらしく、油断をするとあっという間に布団に引きずり込まれる。今日も、いつ技を仕掛けられるかわかったものではない。俺が身構えると、結衣奈は破顔した。
「ねえ和樹くん、私の家にお婿さんにくるって話、決めてくれた?」
 悪びれない顔をして、のたまう。
「バカを言え、お前みたいな年増に婿入りするなんて、神が許しても俺のプライドが許さない」
「もう、強情なんだから」
「大体、俺とお前は付き合ってもいないだろうが」
「なに言ってるの? 大学のときに付き合い始めてから、一回も、喧嘩すらしてないのに」
「お前の中ではそうなんだろうが、こちとら、とっくの昔に別れたつもりなんだよ」
 そもそも、俺がこんな女と付き合ったという事実すら、受け入れがたいのだ。大学時代、確かに形の上で結衣奈は愛を告白し、俺は受け入れた。しかし、交際に至る経緯の裏には、この狸女による外堀埋めと、既成事実のねつ造が数多あるのだ。思い出したくもない過去なので、ここでの詳細は省くが。
「私のお父さんとお母さんも、大歓迎だって言ってるよ?」
 突っぱねられるのを意にも介さず、結衣奈は目を輝かせる。
「嘘をつけ、嘘を」
 俺はフリーターだぞ。自慢じゃないが将来の安定など、一切保証できない。大事な一人娘をプー太郎みたいな男にやりたがる親などいるはずがない。大方、結衣奈が悪条件をはぐらかして伝えているのだろうが。
「とにかくっ! お前と結婚なんてありえん。小学生に戻って出直してこい」
 中途半端にあしらうと長引きそうなので、ハッキリ言ってやる。すると、結衣奈は口元を吊り上げて目を細める。
「ふーん、そっかあ。ところでさ和樹くん」
 唐突に話題を変え、脇にあったバッグの中を探る。
「今月の生活費、いる?」
 白い手で封筒を取り出した。封筒の表面には、幼児向けキャラクターの絵柄が印刷されている。笑った結衣奈が差しだす絵面はさながら、年末のお年玉イベントだ。
「余計なお世話だ。施しは受けない」
「でも、和樹くんちょっと痩せたよ、ちゃんとしたもの食べてないんじゃない? 食費が足りないのは困ると思うんだけどなあ」
「ぐっ……」
 図星を突かれた。実はつい先日オナホを衝動買いしてしまったから、ひもじい思いをしていたのだ。
「金をよこす代わりに結婚しろと言うんだろう。その手には乗らないぞ」
「ううん。私、和樹くんにそんな卑怯なこと言わないよ」
 結衣奈は眉尻を下げたあと、すぐに笑顔になる。
「だから、生活費を渡してあげる代わりに……私とエッチして?」
 言って、しなだれかかってくる。俺の肩に顔をうずめて、抱擁する格好で体重をのせられる。包み込む体の熱さと柔らかさはギョッとするほどだ。長い髪からはバニラのような香りが漂ってきて、その中に、わずかな女の体臭が混ざっている。
「和樹くんは小さい女の子が一番好きだけど、私とするのも嫌じゃないよね?」
 耳元で囁かれる。吐息が耳朶をかすめて、首筋が粟立つ。さっき射精したばかりだというのに、ペニスには血が集まっていた。
 流されるな。この性欲は悪の性欲だ。年増の薄汚れた体なんぞ抱きたくない。俺はロリコンだ、ロリコンのはずだ。抵抗するのに、厳然とある女体は、暴力的なまでに官能を刺激する。
「いいじゃん、お金が貰えて、二人とも気持ちよくなれるんだし、しちゃお?」
 唆してくる声に揺らぎながら、結衣奈が後ろ手に持っている封筒を注視する。あの金だ、あの金を奪って逃れてしまいさえすれば、すべてがうまくいく。
 覚悟を決めて、一息で力を入れる。奥にある封筒に手を伸ばそうと前のめったとき、身体を支えていたぬくい感触が離れた。
「うわっ」
 支えを失った体が放り出される。無様に畳の上に投げ出された俺の頭上から、結衣奈が語りかける。封筒をヒラヒラとはためかせながら。
「私の提案を受け入れてくるってことだよね?」
 頭の上に、巨乳でのしかかられる。敗北感が胸いっぱいに広がって、俺は口にしていた。
「わかったよ……」
「よかった」
 結衣奈は、今日一番の笑顔を見せた。


「舐めてあげるから立って?」
 戦意を失った俺は、諾々と指示に従う。
 言われた通りに脚を開いて立つ。すると、結衣奈がズボンの股ぐらに顔を寄せ、ジッパーをくわえた。
「うごからいれね」
 俺の腰に手を掛け、口だけで器用にペニスを取り出す。勃起していた肉棒が下着に引っかかり、弾かれる要領で飛び出す。
「うわあ……」
 むき出しの亀頭を、結衣奈は恍惚として見つめる。
「もうこんなに固くなってる。私に触っただけでこんなになっちゃったの?」
「うるせえ」
 この女はいちいち癪に障る。
 悪態は無視されて、鈴口に、端正な鼻先が近づく。
「ん、出したばっかりだからすごい匂いするよ」
 言うが早いか、結衣奈はそれを口に含んだ。口内は唾液で満たされている。温めたローションの溜まりに突っ込んだような感触で、摩擦は少ない。擦られる刺激を待ちわびていると、いきなり、結衣奈は俺の腰を抱え込む。そして、ペニスを咥えた口を根本まで押し込んできた。
 喉奥に竿の先端が触れる。「んっ」と呻きが上がるもののためらうことなく、限界まで飲み込まれた。
9, 8

  

「ぐおぉ……」
 カリ首のあたりが強く締め付けられて、声が漏れる。結衣奈は上目づかいにこちらを見つめると、ゆっくり前後し始めた。ペニスが喉奥から引き抜かれ、裏筋を舌がなぞり、亀頭に唇が触れる。そして、再び喉奥まで飲み込まれる。たったの三往復しただけで、俺は耐え難い射精感に見舞われた。
「ちょ、ちょっとまて」
 慌てて腰を逃がす。
「どうしたの?」
 未だ、上目づかいで見つめる結衣奈。
「出るところだったぞ」
「出していいよ。遠慮しないで」
 諭すように言われる。
 別に遠慮などしていない。ただ、膣内にも入れていないのに、早々に射精するのが情けないだけだ。俺の憮然とした表情から悟ったのだろう。結衣奈は慈しむように、掌で陰嚢を包む。
「大丈夫。すぐにイっちゃうのも、お口で射精するのも恥ずかしくないよ。男の子だもん」
 言うと、結衣奈は再び、おいしそうにペニスを頬張る。
 今度は口の中をいっぱいに使って、性感を弄ばれる。竿のあらゆる場所をぬめった舌が這う。頬の内側で亀頭を擦られる。緩やかな刺激に身もだえしていると不意に、固い感触がペニスを挟んだ。
「つっ」
 歯で甘噛みされた陰茎には、痛みとも快感ともつかない痺れが残る。
 結衣奈は悪戯っぽく顔を見上げた。痛んだ場所を、癒すように舐められる。快楽から痛みまでを支配されると、感情の手綱まで握られているような錯覚がする。なにもかも結衣奈の思い通りならば、身を任せてしまってもいいのではないか。どうせ、最後には満足させてくれるに決まっているのだから。
 玉を揉み解されながら、俺はだらしなく口元を緩める。屈服した様子を見て、結衣奈はトドメとばかりに、根元まで吸い付いた。
「で、出るっ……」
 言葉に返答はなく、口淫の奉仕で応えられる。いよいよ精液がこみ上げた。喉からペニスが引き抜かれると同時に、尿道を吸い上げられる。結衣奈の頬がすぼまって、下品な空気音が鳴った。抜けそうな俺の腰に追いすがって、一心不乱に貪ってくる。
 意識が遠のき、一瞬の浮遊感の後、俺は射精していた。
「ぐぅっ……」
 奥歯すり合わせて、快楽を受け入れる。湯のような唾液の中に、精液を吐き出す感覚が紛れていく。
 ようやく波が過ぎる。下を向くと、結衣奈が口を開けている。精液を見せつけたいらしい。
「いっはいれたね」
 出した白濁の、あまりの量に面食らう。俺の表情を見ると、満足して精液を飲み下した。生々しい音とともに喉が上下する。すべて飲み干して、結衣奈は再び口を開けて見せた。
「はあっ……おいしかった」
 とろけた様な目元、紅潮した顔。発情した女が、口から雄汁の匂いを立ち上らせている。普段は穏やかな結衣奈のはしたない姿に、俺はまた股間を固くしていた。
「あれぇ、まだすっきりしてないの?」
 上気した顔のまま、結衣奈は立ち上がった。
「またしたくなっちゃったんだ。私、和樹くんの好みと全然違う年増なのに。これってやっぱり、和樹くんが嘘ついてるってことなのかな」
 問い詰められ、俺は後じさる。ついに壁際まで追い詰められたとき、足元には布団が敷かれていた。
「ふふ……えいっ」
 結衣奈は嬉しそうに笑ったあと、俺に足を掛けてくる。
「おわっ」
 射精の余韻があだになった。脱力していた足はあっさり転ばされる。次の瞬間には、布団の上だった。起き上がろうともがくと、腹の上に結衣奈が乗った。豊満な尻が俺の腹をつぶして、自由を奪う。
「うぶ……ど、どけ、重い」
「え、嘘、本当? 最近太ってないし、普通くらいだと思うんだけどな……」
 これまでとうってかわって、深刻そうな顔で上を退く。常人らしく、体重は気にしているらしい。成人が腹に乗っかったら、誰だって苦しいわ。
「あ、ごめんね。すぐにスるから、そのまま寝ててね」
 結衣奈は言って、いそいそと服を脱ぎ始める。
 いまなら隙を見て逃げ出すこともできるのに、もう逃亡の気勢は削がれていた。セックスに臨む女の気持ちなどよくわからないが、結衣奈はやたらと楽しげに準備をしている。鼻歌まで歌って服を脱いでいるのに、俺が土壇場で拒否しようものなら、こいつはひどく落ち込むだろう。本気で拒絶すれば強引に犯されなどしないことを、俺は重々承知している。結衣奈はまともな人間だ。その事実がかえって、苛立ちを起こさせる。なぜなら、結衣奈を肯定的に捉えるほど、俺の甘えた心が浮き彫りになるからだ。
「よぉし、それじゃあするね?」
 呆けていると、いつの間にか裸体が目の前にある。服の上からでも十分な迫力があったが、脱ぐと更に圧倒される。どの部位も曲線で縁取られた身体。朱く熟れた乳首と開いた骨盤が、いずれ母になる彼女を想起させる。
「腰、浮かせてね」
 指示されるまま従うと、ズボンと下着をはぎ取られた。
「しょっ……と」
 結衣奈は俺に体重を掛けないよう中腰になり、穴に狙いを定める。位置を決めると、慎重に降りてきた。
「はいっ……たあ」
 膣内に入ると、全神経が局部に集まる。
 熱い。しとどに濡れて、迎える準備を済ませていた蜜壺は、蒸すように熱かった。結衣奈は背筋を反らせて、亀頭を奥まで導く。尻が落ちきると固いものが当たる。子宮口まで到達したらしい。
「はあぁぁ……」
 ポルチオの性感帯を刺激され、結衣奈は歓喜の息を漏らした。快楽に捉えられて、身動きができなくなっている。反撃のチャンスだ。俺は腰を引き、勢いをつけて突き上げる。
「ひゃあうっ」
 頓狂な悲鳴を上げて、結衣奈がくずおれてくる。
「ずるいよぉ……」
 目を細めた顔が胸板に落ちて、すぐ近くにある。結衣奈は俺の得意な表情を見咎めて、飛び掛かかってきた。
「んむぅ」
 唇に吸い付かれる。油断していた俺は舌の侵入を許し、口内をねぶられた。好き放題に蹂躙される。数十秒も口を塞がれ、呼吸が困難になったところで、ようやく解放された。
「ぷはぁ……和樹くんは動かないで。私がしてあげるから」
 結衣奈はうつぶせの体勢のまま、腰を上下させる。厚みのある肉壁が俺の分身を包んだ。ほぐれているため強い刺激ではない。が、絞るような蠕動は徐々に快感を持ち上げる。
「はあ……はあ……」
「ふう……んぅ……」
 二人の、吐息を漏らすリズムが重なる。目線が絡み合い、触れているところから体温を分け合う。行為が惰性的になるにつれ、互いの境界は失われ、一体になっていく。
「気持ちいい?」
「……ああ」
 何も考えず、俺は返答していた。
 二人して、茹ったように赤くなっている。部屋にはエアコンもついていない。したたる汗が脇腹を伝う。体をぶつけ合う音も湿っている。一定の間隔で刻まれる卑猥な音が、酩酊さえ引き起こしていた。俺はもはや射精感すら忘れ、柔らかい膣内を貪り続ける。
「もっと気持ちよくしてあげる」
 朦朧としながら、結衣奈が言う。すると、不規則に唇を啄んでいた彼女の舌が、首筋をつたい、胸板まで降りてくる。焦らすように周辺を舐めながら、乳首に近づく。むずがゆい。我慢しきれず、結衣奈の乳房を掴んで急かす。
「ふふ、触ってほしいんだ」
 結衣奈は勝利の笑みを浮かべると、乳首の先端を噛んだ。瞬間、電撃を流されたような感覚。にわかに、身を潜めていた性感が押し寄せる。
「うあぁ」
 気をよくした結衣奈は、もう片方の乳首を指で責めたてる。訪れた快楽の波濤は凄まじい。一気に精液が昇ってくる。結衣奈も予兆を察知した。腰の動きが速まり、膣内の締め付けがきつくなる。
「イっていいよ、和樹くん。イってっ!」
 乳首から口を放した結衣奈が、全身を摺り寄せる。射精の許可を与えてくれた。親に許しを得た子どものごとく従順に、俺は何度も頷く。
「出すっ……イく……結衣奈ぁ……」
「うん、うん。受け止めてあげるから、全部出してっ」
 俺は遮二無二腰を振り、子宮口を突きまくる。結衣奈は置いて行かれまいと、俺の身体にしがみついた。その行動が、肌の表層に幸福を呼び起こす。より密着することを望み、両脚で結衣奈をホールドした。筋肉の緊張とともに、俺は精を放っていた。
「うっぐぅぅ……」
 全身の毛孔から汗を吹き出していたために、液体を吐き出すことに違和はない。俺の中にあるなにもかもを、目の前の女に出し切る。精液はその一部に過ぎない。ひどく動物的な原理を、俺は理解した。結衣奈の方はといえば、雄を受け止める衝撃に悶えている。唇を噛んで顔を伏せ、小刻みに身体を震わせる。しばらくの間、互いの時間が滞っていた。
「……っはああぁぁぁぁ。気持ちよかったあ」
 ようやく、結衣奈が快楽の淵から抜け出す。清々しい顔をして、俺の腹を撫でている。どうして女というのはどいつもこいつも、セックスの後に元気になるのだろうか。こっちなんてのは、起き抜け三回目の射精となる。いい加減、頭にのしかかる気だるさも異常の域だ。精液を搾り取られると同時に、命までも吸い上げられているような気がしてならない。思考の片隅に『腹上死』の文字が踊る。まさかな。
「和樹くんも気持ちよかった?」
「ぼちぼち」
 気のないように言っておいた。
「そっかあ。あ、後始末しないとね」
 結衣奈は肉棒を穴に挿したまま身を捩り、箱ティッシュに手を伸ばす。
「あふん」
 動きの拍子にペニスが刺激されて、情けない声が出た。
「どうしたの?」
「こそばゆいんだよ。まずはマンコを抜け」
「気持ちいいんじゃなくて?」
「こそばゆいんだよっ。もうセックスはうんざりだ」
「ほんとかなあ~」
 結衣奈は意地悪く微笑む。同時に、膣に力を入れて、死に体になったペニスを刺激する。
「あーもう、やめろやめろ」
 理性と口では拒絶を示すのに、反して、ペニスは固くなってくる。これは単なる生理現象だ。刺激されれば血が集まる。それだけのこと。なのに、結衣奈はしてやったりと勘違いして、鼻を伸ばす。
「ほらほら和樹くん、下の口はこんなに正直だよー」
 口じゃねえよ、どっちかと言えば鼻だよ。調子に乗りやがってこのアマ。
「ほーら、これは気持ちいいでしょ」
 結衣奈は思い切り膣内を締め付けながら、腰を持ち上げる。茎に残っていた子種が全部持っていかれた。
「うぉぉ……」
 脳の中にまで痺れが走る。空っぽになっていた性感の容器に、新しい欲望が注がれた。まずい、このままでは本当におかしくなる。廃人になりかねない。
「だあああっ! もうやめろっ。チンチン痛いのっ、擦り切れちゃうのっ! めっ!」
 手元にあった尻を引っぱたいて制止する。乾いた音が部屋に響いた。
「きゃんっ」
「大概にしろ」
「はあい……」
 結衣奈はやっと股から退くと、俺の隣で布団に包まる。
「ねえだったら、次に私が来たときもエッチしてね」
 俺の方にも掛布団を半分寄越して、結衣奈は懇願する。万年床でつくったかまくらの中には、二人分の体温が篭っている。触れる柔肌とだらしない笑顔に、毒気を抜かれてしまう。
「しょうがねぇな。気が向いてたらな」
「うん」
 陽気な声を聞き届けて、俺は微睡みに飲み込まれていった。


 目を覚ますと、寝顔が間近にあった。結衣奈が安らかな寝息を立てて横たわっている。季節は夏になろうというのに、一つの布団で密着していた。汗をかいている。暑さから逃れようと立ち上がるが、結衣奈が足を抱えて離さない。ええい、うっとうしい。俺は絡みつく腕を蹴飛ばして逃れた。
 布団から出ると、今度はひどく寒かった。冷たい風が、濡れた体から温度を奪っていく。何かと思えば、窓が開けっ放しになっていた。俺は急いで部屋を閉め切って、失った水分を補給しにかかる。
 水道から流れる水をがぶ飲みすると、やっと落ち着いた。畳に立ち、窓を通して見える空には、三日月が光っている。カーテンのない窓。その奥には、夜の帳。虫が鳴き出すこの時間になると、アパートの住民たちは皆、静かになる。
 今日もまた、無益な一日を過ごしてしまった。朝起きてオナニー、結衣奈が来てからはくたびれるまでセックス。ジャングルに住む猿だって、もう少し文化的な生き方をしている。最低な一日をもたらした張本人は、布団に潜って身じろぎをしている。相も変わらず、平和な顔をして生意気な。これでいて、翌朝にはスーツを着て仕事に出るのだから不思議である。こいつの精神は一体、どうやってバランスを保っているのだろう。
 そういえば今日も、避妊具を付けずにセックスしてしまった。もし子どもができていたらどうしようか。仮にそうなれば、結衣奈が持ちかけた通りに責任を取り、婿入りする羽目になるのか。ヒモのフリーターが取れる責任など、役所で籍を入れるくらいである。家庭を持ちながら、結衣奈に養われる未来を想像する。俺は主夫になるだろう。結衣奈は外でバリバリ働きつつ、家では俺と子どもを甘やかす。すべてが結衣奈の思惑通り。眠る彼女を見て、俺は空恐ろしくなった。
 家庭といえば、子育てについて『男は断ち切り、女は飲み込む』という話がある。この話は男女それぞれの、わが子への接し方を対比するものだ。つまり、父性は子どもに対し、「成功できれば、褒めてやる」と、条件付きの愛情を与える。すると突き放され、目標を見出した子どもは奮起するという寸法だ。対照的に、母性は「どんなことがあってもあなたを愛している」と、無償の愛を捧げる。これは、父性愛を受け取る下地に必要なもので、より原始的な、自己肯定感を育てる。
 父性愛、母性愛のどちらも、行き過ぎてはならない。突き放され過ぎれば子どもは孤独になり、甘やかされ過ぎれば生涯にわたって自立できなくなる。特に恐ろしいのは母の愛である。一見情緒的で、美しいものに思える愛情は、ときに猛毒になる。
 女は蛇だ。目を付けた獲物を捉え、離さない。緩慢になった相手に密着し、どこまでも堕落させる。人間を丸ごと喰らう、ウワバミ。結衣奈がウワバミだという役付けは、やけにしっくりきた。俺はさしずめ、コイツに睨まれて身を竦ませるカエルか。
 彼女に甘えるのはこれっきりにしなければいけない。強く思う。でなければ、俺は人生で果たすべき事柄を、何一つ実現できないだろう。
 俺には、死ぬまでに必ず実行するべきことが、一つある。それはつまり、小学校高学年の女子児童を拐かし、二度と社会復帰できないまでに、性的調教を施すことだ。この計画は、俺が齢60を超えてから発動する予定だった。現状、地位も責任もないフリーターをしているとはいえ、俺には両親がおり、未来にはわずかな希望がある。これらは、誘拐の罪で警察に捕まれば、すべてが台無しになるだろう。ならば、望みを果たすのは人生の終局でいい。負債は払わず寿命で死ぬという、堅実で狡猾な選択をする、その予定だった。今までは。
 結衣奈に絡め取られた俺の胸には、焦燥の炎が燃えている。俺は健康体である。体が使い物にならなくなるのは、まだ先のことだろう。しかし、心の方も同じとは言い切れないのだ。近いうち、俺は若さという情熱を失って、安寧の鎖に繋がれる。期限は刻一刻と迫っている。
 俺は窓を挟んで、月に正対する。夜空に星はない。光をもたらすのは、欠けた、不完全な月だけだ。

『なあ和樹、オレは成すべきことを成すぜ。お前も同じようにしろよ。オレたちがそうしてやらなくちゃ、この世界はまるごと全部、退屈になっちまう』

 古い友人で、一等バカだった男の言葉。口を歪めて、不敵に笑う三日月に、俺は笑い返した。わかっているとも。女には女の、熟女好きには熟女好きの、ロリコンにはロリコンの、生き様ってものがある。
 深呼吸。拳を掲げて、夜空に誓う。俺は必ず――幼女をこの手に収めて見せる。
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