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「昨日、姉ちゃんの大事にしている服を汚してしまったんだ。」
 そう言った少年と話しかけられた少女は授業の合間にたまに会話をする程度の間柄だが、その内容はいつもくだらないものだ。
「ふーん、どうして?」
 会話はどちらからともなく始まり、興味がなくても話を聞くのがルールというよりも癖のようになっていた。
「わざとじゃないよ。姉が服を床に脱ぎ捨てていて、そこにうっかりこぼしてしまったんだ。しかも白いセーターにブラックコーヒーだよ。茶色い跡がしっかり付いちゃ

った。」
「へー、ブラックコーヒーが飲めるなんて、大人だね。」
 少女はすかさず、おどけた顔をしてそう言った。明らかに話の本筋と関係ないふざけた返答だが、少年は思わず反応してしまう。
「いや、飲んだことなかったから飲んでみたんだけど苦くてさ。やっぱりミルクと砂糖があったほうがおいしいよ。」
「なんだー、森下くんもまだまだ子供だね。少しずつ砂糖を減らして慣れてみたら?」
 少女は黒板の方へ向けていた体を、隣の席の少年へぐいっと向ける。
「いやいや、ちょっとまって。話題を変えないでよ。相談をしているんだから。」
「え、そうだったの。ごめんごめん、話をつづけていいよ。」
 少女は楽しそうに笑いながら、右手でどうぞどうぞとジェスチャーをする。少年はこういうときの少女が本気でとぼけているのか、わざとふざけているのか未だにわか

らなかった。ただ、こんなに楽しそうに笑う人はあんまりいないから、悪い気分ではない。とにかく話を聞いてほしいので、ふざけたことについては追及せずに話を続け

る。
「ええと、だから、服を汚してしまったんだ。それで、どうしたもんかなと思って。」
「洗って返したらいいんじゃない?きれいになったら逆に感謝されるかもしれないよ。」
 少女は「いいことを思いついた」といった顔をしたが、少年はそれを渋い顔で返した。少女はその顔が面白かったようで、少しだけニヤついていた。
「セーターに染みついた色が簡単に落ちるかなあ。それに、勝手に洗濯して縮んだり形が崩れたらよけいに怒られるじゃないか。」
 それを聞いた少女は、不思議そうな顔をした。それを見た少年は何が伝わらなかったのかわからず、少しあわてて繰り返し説明をする。
「いや、だから、勝手に洗って余計状態を悪くするなら、素直に汚したことを謝ったらいいじゃないか。」
 少女は、ああなるほど、と言ってぽんと手をたたき、今度は少年の顔の前に人差し指を向けた。
「服を汚したことはお姉さんに言ってなかったのね。」
 わかった、という顔の少女に、少年はおどろいた。確かにそのことは話してはいなかったが、当然伝わっていると思っていた。
「そうだよ。確かに見つかってないとは言わなかったけど、もう見つかっているなら相談することないじゃないか。」
 見つかったら怒られてしまう。見つからなくても不審に思われる。だからこそ彼は相談しているので、まだ見つかっていないのは当然だと思ったのだ。しかし、少女は

また不思議そうな顔をして、なんで、といった。
「てっきり怒らせちゃったから、謝り方とかお詫びについて相談したいのかと思ったよ。」
少年はそれを聞いて少し納得したが、なぜ少女がそう思ったのかがわからなかったので聞いてみると「相手に悪いことしたら、まず謝るのはあたりまえでしょ」という
答えが帰ってきて、なんだか負けたような気持ちになった。
「で、何を相談したいんだっけ?」
少女が話を戻すと、少年は「あー」という声を漏らしたながら、目線を外し、もう一度少女の方を見て言った。
「謝り方とかお詫びの仕方について、一緒に考えてくれる?」
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