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日直

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「行ってきまーす」

 朝。今日は私が日直の当番だったのでいつもより少し早く家をでる。そのため、いつも途中で合流する明石萌とは今日は会わなかった。
 誰だってそうだろうが、日直はあまりやりたくない。この学校での日直の仕事は、朝と帰りのホームルームの司会、号令、教室の花瓶の水の取り替え、それと学級日誌を書くことだ。
 花瓶の水換えや号令はともかく、他の仕事は気が進まない。とりわけ学級日誌をかくというのが嫌だ。評価をするという行為に抵抗がある。苦手というか、まぁ出来るが気乗りしない。
 得意なことと気乗りすることは別だ。私は半ばやむを得なく表面上愛想を振りまいているが、それが出来ない人もいる。出来ない人間からすれば羨ましいのかもしれない。
 私も野本徹のように周囲に無頓着に生きたい。彼が羨ましい。だが私には出来ない。孤独への恐怖がそれをさせない。
 彼は何故あのように振る舞えるのか。もしかしたら何も考えていないのかもしれない。だが。
 昨日、野本徹の言っていた独り言を思い出す。

 ──自分の望む自分なら、他の誰かが自分を望んでくれることが嬉しいかもしれない。

 彼は自分の在り方が望まれる可能性を見ている。そのように受け取れる。
 私には到底思えない。消極的な受け入れならわかる。そういう人も居る、そういうふうに居場所を残されることならわかる。だが、それは望まれることとは違う。

「自分のしたい姿が他の誰にも望まれないのなら……」

 気付けばまた独り言を口走ってしまっていた。
 どうにも私にはネガティブな思考になると独り言を言う癖があるのかもしれない。
 周囲を見る。今日は日直で早めに来ているので人はまばらだ。
 なのに、何故か野本徹はそこにいた。また独り言を聞かれたと思って恥ずかしかったが、極力平静を努める。

「あっ、野本くんおはよう。野本くんって朝早いんだね」
「……」

 無視かよ。だんまりを決め込まれ作っている笑顔が若干引きつるのを感じる。自分の愛想には少しばかり自信があったので、ちょっとだけショックを受けた。
 彼のほうが極僅かに歩くのが早いが、声をかけた手前、こちらも引っ込みがつかなくなり歩調を合わせる。何故私は彼と一緒に登校しているのだろうか。自分でも若干訳がわからない。
 「今日は日直なの」とか「野本くんも徒歩なんだ」とか話しかけてみるも、まともな反応は帰ってこない。彼は少し顔をこっちに向けてなにか言いかけてやめるか、「うん」だとか「そう」だとか言って終わる。
 話しかけず気付かないふりをすればよかったと後悔した。人が居ない所で愛想を振りまく必要はない。
 学校へつくと、彼は教室とは別の方向へ向かっていった。一々聞かなくてもいいかなとは思ったが一応行き先を訊ねる。

「あれ、どこいくの?」
「多分一緒に教室入るの見られたくないと思うから。あと無理して僕に話しかけてくれなくていいよ」

 多分違った。話しかけて”あげて”いるわけではない。
 自分の世間的な立場の都合上、そういう態度を取らざるを得なかっただけで、相手のことなんて何も思ってはいなかった。
 もしかしたら、彼は私に話しかけられるのが嫌だったのかもしれない。彼のことは分からないが、昔の自分だったなら、話しかけられることが嫌がったかも知れない。
 もし彼が嫌がっていたのなら、私は他の人のために、いや、他の人と扱いを変えないことで周囲からの自分の評価を守る目的で、彼を犠牲にしていることになる。
 私は自分の個を望まれたいと思いつつも、標準化された受けの良い態度をそのまま個人に押し付け、それが受け入れられることを強要している。
※↑ちょっとこの辺り自分で何書いてるのかよくわからなくなってきたので脳内補完お願いします。
 私がしていることは、自分の首を絞めていることに他ならなかった。
 自分の望む自分なら、他の誰かが自分を望んでくれることが嬉しいかもしれない。
 それは言いかえれば、私は私が嫌いだから、自分が望まれることが嫌だということだ。
 だからというかなんというか、彼には申し訳ないが、彼の素っ気ない態度は、正直言って少し嬉しかった。


 帰りのホームルームが終わり、みんな各々に下校を始める。
 席に座ったままペンを回しているといつもの様に明石萌が話しかけてくる。

「さっちん、帰ろ」
「うん。あ、でも私日誌書き終わってなくて。先帰ってて」

 私は日直の学級日誌に書く内容を決めかねていた。前の人の日誌を参考にするにも先には萌の意味不明な怪文書が書き綴られているだけだ。だが、参考になるものが無いから書けない、というわけではない。去年も書いたことがあるし、その程度のことは参考にするものがなくても卒なくこなせる。
 書けない理由は、他にある。野本徹だ。自分でもよくわからないが彼のことが書きたい。他人に見られるのは恥ずかしいし、学級日誌に書くことでもないし、もしかしたら彼も迷惑がるかもしれない、書かない理由ばかりで書く理由なんて一つもないのだが、ペンを紙の上に乗せるとどうにもちらつく。
 求められようとする自分に対する僅かばかりの抵抗。
 わけがわからない。
 教室の時計を見てみると、既に帰りの号令から30分ほど経過している。
 早く帰りたい。帰りにコンビニに寄って牛乳プリンでも買って食べるんだ。
 脳は現実逃避を始めていた。もうダメだ。埒が明かない。
 半ばヤケクソでペンを走らせる。もはや私の脳みそは正常な機能を失っていた。

   野本くんといっしょに登校した。

 うん、いい。これでいい。よくない。よくないけどもう知らない。知らん。帰る。
 帰り道、提出した日誌を思い出して脳内で叫んだり走りだしたりした。牛乳プリンは買わなかった。
 というか夕食の時も夜布団に入ってからも始終、頭のなかで「殺せ殺せ殺せ殺せ」だの「ぎえええええええええ」だの喚いていた。
 死にたい。
2

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