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第十四話 衝突は早々に

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「荷物は大丈夫?退魔の道具も一式ちゃんと持った?あと身だしなみもしっかりしないと…ほら、寝癖が跳ねてますよ。うぅ…着物にも皺が」
「別に、平気。私はぜんぜん気にしない」
「女の子なんですからそれくらいは気にしましょうよ…お外に出るんですから」
 翌日早朝、集落の大門手前で旭と日和は昊に外出のチェックをされていた。そんな三人を、腕を組んだまま煙草をふかす日昏が面白いものを見るように眺めている。
「兄様、日和ちゃんをお願いしますね。あとこれお弁当です。行きの道中でどうぞ」
「ありがとう。まったくよく出来た妹だよ」
 僕にはもったいないくらいだ。そう続けようとした旭の言葉を遮って、昊は鈴を控え目に鳴らしながらおずおずと、それでいてしっかりとした語調で。
「し…将来っ!……兄様のお嫁さんに、なる者として……これくらいは当然、です!」
「…そうだね」
 恥ずかしいのなら言わなければいいのに。耳まで真っ赤にして俯く義妹にふっと微笑むと、その頭をいつものように撫でる。
「それじゃあ行って来る。自分で言うのもなんだけど、退魔のエース三人衆で事に当たるわけだしさほど苦戦はしないと思う。手早く終わらせて晶納と一緒に戻るよ。日昏も、あとはよろしく」
「俺もじき任務で出ることになるだろうがな。まあ、それまでは任された」
 視線を向けると、真上に吐き出した紫煙を中空に浮かばせながら煙草を指で挟み、そのまま親指を立てて見せた。
 そんな日昏へ、ぽーっとしたまま昊に全身身だしなみを整えられていた日和がふと思い出したように草履でとてとてと日昏に近付き、びしと人差し指で煙草を指差し言った。
「|昏《ぐれ》|兄《に》ぃ、副流煙気にして。もし昊姉ぇの肺が悪くなったら腕一本落とすから」
「その呼び方と仮にも兄に対する物言いをどうにか出来んのかお前は。そも、煙草の煙程度でどうこうなるような柔な身体でも内臓でもあるまいて、我ら『陽向』の退魔師は」
「…それもそう。じゃ、いいや」
 あっさりと納得し旭の隣に戻る日和を、携帯灰皿に灰を落としながら見送る日昏の視線には一抹の不安が乗せられていた。
「物騒なことを言う十歳児と、それを連れ回す成人男性か…。旭。頼むから外の世界で『陽向』の看板に泥を塗ってくれるなよ。主に性犯罪者としてニュースに取り上げられることを気を付けろ」
「君は一体何を心配しているんだ!?言われなくたってそんな事態には間違ってもならないよ!!」
「うん、流石にまだこの未発達の身体じゃ旭兄ぃを受け入れるには厳しい。あと二、三年くらい性欲を抑えてくれると……あ。でも昊姉ぇがいるから、いいのかな」
「日和も少し黙っててね!もうさっさと行こうか!」
 おかしな方向に話が向かい始めたので、旭は一刻も早くと日和の手を引いて集落を囲う外壁の門をくぐった。
 先程の話題を引き摺っているのか未だ顔に赤みが差したままの日和と二本目の煙草を咥えて片手を挙げる日昏の二人に見送られて、若き退魔師と幼き退魔見習いは外界へと踏み出す。



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 ギン、ギャイン…!!
 遠く響く剣戟の音。
 青々とした木々花々に溢れた、人の手が一切加えられていない一面大自然で覆い尽くされた地。そこは人ならざるもの、森羅万象を織り成す属性に満ち満ちた力を得手とする者達にとっての桃源郷であった。
 すなわち、妖精達の理想郷。
 そこでは一人の青年が、水の剣を手にして荒げた息を整えながら学んだ型を構え直していた。
「まだ甘いの。それでは届かぬぞ―――レイススフォード、かの女王候補の筆頭騎士よ」
「く……はいっ!」
 五大属性における水を得手とする妖精、現時点で次代の女王筆頭候補と謳われているある姫君の側近を務めている男が、額にかいた汗を藍色の髪ごと拭い掻き上げる。
「もう一度、もう一合……お頼み申す!!」
「よい。幾度でも、鈍らぬ剣先をこの老躯に向けよ。足りぬのはそれよ。模擬とはいえ、敵と定められぬ剣に力は宿らぬ。それを振るう身もまた、な」
 剣術を教えている師である老体は、刀身から鍔、柄に至るまでの全てが薄く透き通った氷の白刃を片手に携えたまま弟子の不足を助言によって補う。
 老体は思う。この仲間想いの青年には模擬戦ですら躊躇いを覚えてしまう過ぎた優しさがある。
 レイスとは別に面倒を見ているもう片方の弟子であれば、こんな躊躇いは絶対にしないはずである、とも。
 そもそも、あれは相手が誰であっても容赦などはしない。妖精の同胞だろうと、老い先短い老骨であろうと、敵であるならば叩き伏せる強い気概があれにはあった。
 あの慈悲なき性格こそが、このレイスとの決定的な剣術の差に結びついているのかも知れない。
「そういえば、ここ数日とんとあれの姿を見ぬな。また外か」
 今まさに斬撃の一手を差し向けようと踏み込んだ一歩を大きく崩し、レイスは体勢を立て直しながら件の者の行方に関し首肯を返す。
「はい。奴は…アルムエルドは…またしても無断でこの世界の外へ。武者修行を称してこそいましたが、あれはただの物見遊山に過ぎません。ファルスフィス殿の剣術指南も放って、一体外で何を遊んでいるのやら…」
「ふむ…」
 死装束のような真っ白の着物の袖から伸びるか細い手で、長い白鬚の生える顎をさする。あの、妖精種にしては珍しい性格と性根をした男は今、人の世で何をしているか。
(武者修行か。あまり大手を振って歩き回られるのも困りものではある。だがあの馬鹿弟子のことだ。粛々と、などとはいかぬであろうな)
「…あの、ファルスフィス殿。そろそろ」
 所在の知れない弟子にふと想いを馳せていた老妖精へ、おずおずとレイスは声を掛ける。剣術指南の続きを促しているのだろう。
「ああ。…確認なぞ取るでない、戦闘は騎士道にも武士道にも則ったものではない。正々堂々とすることが全てではない。不意打ち、奇襲、権謀奇策はいくらでも使えるだけ使え」
「…自分は、あの卑怯者とは違います故に」
 今頃外で遊び呆けていると信じて疑わないあの自堕落妖精との違いを再確認するように吐き捨て、レイスは水の剣を握り直す。
 戦い方やその勝敗にさしたる固執を見せないあの弟子のことを『卑怯者』と謗るレイスは、やはり今一つ実力にしてもあれに届かせるには遠いように、ファルスフィスはそう思えて仕方が無かった。



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「|仙薬《ヤク》に関して知っていること全部吐け。そしたら楽に首を落として終わりにしてやる」
「だから知らねって。てか誰だよお前。もしかして最近噂になってる人外皆殺しを掲げた『滅魔』の一派か?」
 曇天の空模様の下、睨み合う二人がいた。
 マチェットナイフを右手に構え相対する人外から情報を絞り出そうとしていた青年と、それに対し首を捻るばかりの青年。朱色の髪の毛をぐしゃりと潰して、人ならざる色合いの頭髪を持つ青年は面倒臭そうに応じる。
「まあ、なんでもいいや。やんの?いいけど。この辺に巣食ってるっていう人外と喧嘩しに来たんだけど、アンタでも楽しそうだな。何事も経験だし」
 ニィと笑む青年が前傾になり、片手を地面に押し付ける。すると、その掌の内側から吸い込まれるように地面が細く盛り上がり、地中の金属を抽出して鉄を精製し始めた。
 やがて地中から取り出した鉄は一振りの剣と化し、彼の片手に収まった。剣の完成と同時、その背中から薄っすらと視認できる羽が肩甲骨付近から伸びて広がっていく。
「『|薄羽《うすばね》』……なるほどテメェ妖精種か。意外と可愛らしいトコに分類されてんだな、喧嘩っ早そうな外面とは大違いだ」
「よく言われるぜ。流石に『滅魔』の掌握する人外図鑑にゃ俺程度の存在も載ってるかい」
「こちとら退魔師だっつの、あんなクソイカレ野郎共と一緒にすんじゃねぇ。『陽向晶納』の名前を憶えてくたばりやがれ雑魚人外」
 互いに武器と能力の間合いを測りつつ摺り足で位置を細かに変動させていく。先手を打つばかりが優位性を保つ方法ではないと、双方共に理解していた。
 『陽向』という退魔師の名を受け、朱色の髪を持つ人外は剣を持つ手に添えていた片手の親指で自らを指し、
「アルムエルドだ。雑魚かどうかは、交えてみてから決めろや雑魚退魔師」
 ナイフと剣の軌跡が交差し、甲高い金属音と衝撃が連続して曇り空に響き渡る。

 集落より出立した二名の退魔師が合流するより先に、現地では既に大きな騒動の一端が巻き起こり始めていたことを、まだ旭と日和は知らない。
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