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第二十話 協力関係

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 耳元で騒ぐ誰か達の声に、半ば無理矢理に意識を覚醒させられた。瞼を開き、自分が仰向けに寝転がっていることを自覚する。

「テメェ!さっさと殺さねえから起きちまったじゃねえかどうすんだクソ!」
「だから、なんで殺すこと前提でものを言うのさ君は!人外だからって全部が全部悪だって決めつけるのは良くない」
「…もう、いい。旭兄ぃどいて。私が黙らせるから」
「ああ!?クソガキが一丁前にほざきやがったな!来いよ、ガキでも同胞でも容赦しねぇぞこっちはよ!」
「あーあーもう!!落ち着けったら!日和も煽らないのっ!」

(…うっせぇ)
 二日酔いのように痛み重い頭に片手を当てて起き上がる。吐き気、倦怠感、気を失う前と同様の症状が残っているが、今はそれでも随分と楽になっている。毒の効力が切れたのだろうか。
 目に痛い光に、開けたばかりの瞳を細める。どうも朝日が昇っているようだ。となれば既に気絶してから数時間は経過している。
 三者三様に喚き散らす喧しいそれらへ視線を向けると、温厚そうな顔立ちを疲れと呆れに疲弊させた青年と、左耳につけたピアスとワックスで固めたオールバックが気性の荒さを示すような同年代の男とが顔を突き合わせ怒声をぶつけ合っている。
 両者の間で鬱陶しそうにピアスの男を見上げていた朱色の着物少女が、起き上がったアルへと歩み寄り感情の読めない両眼を真っ直ぐ向けて来る。
「大丈夫?」
「…ああ、たぶんな」
 まさか具合の調子を訊かれるとは。軽く面食らったアルはひとまずそれだけを返し、改めて自らの全身の様子を確かめる。
 あの蛇のような人外に受けた毒の影響以外には特段目立った外傷は無い。
 確認を終え、立ち上がったアルは再び警戒心を露わに眼前の少女を見下ろす。
 起き抜けの頭では一瞬気付くのが遅れたが、あのオールバックの男。この地で最初に闘った退魔師で間違いない。となれば他の仲間らしき二人も同様に、退魔の血統。
 敵だ。そう認識付ける。
 そんなアルの敵意(あるいは考え)を読んだのか、眼下の少女はふるふると首を左右に振って降参するように小さな両手を上げて武器と敵意の皆無を示す。
「私達は何もしない。最初に襲ったのは、あの男の勝手な単独行動で、『陽向』の意思じゃない」
 宥めるようにそう言われ、思わずアルは少女を、そして次にあの粗暴な男に視線を移す。交差したそこに宿るのは明確な殺意。
「やっぱ敵だろアイツ」
 地面を強く踏み、足元の地中から金属を抜き出し剣を生成する。
「待った待った!ごめん謝るからちょっと待って!」
 剣の柄を掴み掛けて、大慌ててやって来る温厚そうな青年の制止の声に体勢を留める。
「なんだよ。そもそもお前ら、俺を殺しに来たんだろ。じゃなかったら何をこんなとこに来る用が」
 言葉の最中で、アルは思い出した。
 自分はこの地を根城にしているという大物の人外に仕合いを申し込みに来た。そこで偶然にもあの柄の悪い退魔師と出会い頭で戦闘になり、そのまま面倒になって逃げ、それで。
 その道中で出会ったのは。
 意識を失う寸前まで傍にいたあの子は。
「…ッ」
 素早く周囲を見回すが、どこにも姿は見当たらない。
「いや本当にすまない。あの馬鹿…晶納っていうんだけど、あいつが君に襲い掛かったのは何も理由が無かったわけじゃなくて、もしかしたら君『仙薬』っていう言葉に聞き覚えがあったりしないかなって思っうぇぇえ何なに!?」
 必死に仲間の弁明を行っている最中だった男の胸倉を掴み上げ、アルは唾を散らしながら怒鳴る。
「あの子をどこにやりやがった!!いやどこへ行った!?なんか知ってるんならとっとと吐きやがれ、じゃねぇと力づくででも!」
 決して好意的ではないその行為に対し、晶納以外に怒りの感情を覗かせた少女の眼光が鋭く奔る。
「…旭兄ぃに、手を出すな」
「どけ旭!殺されてえのかテメェは!」
 最早まったく収拾のつかない状況。誰しもが誤解を誤解と理解もせずしようともしない混沌の場で、
「……いい加減にしろ、お前ら」
 静かで冷たい、氷のような一声が鎮めた。
 旭を掴むその腕を両断してやろうと袖の内で貫手を構えた日和はぴくりと動きを停止し、背後でナイフをかざしていた晶納はその場に両脚を縫い止められる。
 もっとも至近でその一言を受け止めたアルは、胸倉を掴み上げている自らの拳が僅かに震えていることに数秒遅れてようやく気付いた。
「落ち着いて、話をしよう。僕達にはそれが出来る。暴力だの殺意だので片付けるのは言葉を持たない畜生のやり方だ。僕達は持たざる者じゃない。対話で片を付けよう」
 そっと両手で胸倉を掴む手から指を解き、先程の冷たい声を発した者とは到底一致しない笑みを浮かべて、退魔師の男が告げた。
「僕達は『仙薬』について、あるいはそれに関連する事柄が知りたい。君は、誰かを探しているんだろう?互いに情報が欲しい。だから話そう、君の探し人を教えてくれ」
 至って冷静に判断し繰り出された最適解に、アルも昂っていた感情を抑え込む。そうだ、今はこんな所で退魔師なんかと言い争いをしている場合ではない。
 あの子を探さねば。その為に利用出来るものはなんだかって使う。
 守ると決めた。突っ込んだ首を中途半端に引っ込めるつもりは毛頭無い。



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 それから、未だに納得のいっていない晶納は放っておいて退魔師と妖精は互いの情報共有にいくらかの時間を割いた。
 見たもの、聞いたもの。個人の主観や予想、判断を織り交ぜられた確実性の薄いものまであらかた全てを共有し終えて、見えて来るものを判別する。
「その、ウニオン?とか名乗った女の子が彼らの執心する存在なのだとしたら、まず間違いなくその子は『仙薬』に絡んだ事情で捕らわれているとみるべきだ。どう思う、アルムエルド」
「お前らの事前情報が正しけりゃ、この地域一帯に巣食うあの連中がその『仙薬』とやらを扱う犯罪者共ってことになる。その野郎共があの子を連れ去ったってんなら確かにその結論が一番分かり易い答えなのは確かだ」
 既に明朝鎮火した工場を取り囲む消防警察の集団を遠目に見やりながら、アルが腕組みしたまま落ち着きなく指をタンタンと組んだ二の腕に叩いて頷く。早くその白銀の少女を助け出したくて仕方が無いのだろう。
「ぶっちゃけた話、そんな答え合わせはどうでもいい。俺は連中が連れ去った、あの子の居所を知りたい」
「それはすぐにでも。でもまずは敵の戦力を把握することも大事だってこと。…相手は武装したチンピラみたいなのが相当数、さらに異能力者の人間とも交戦した。中々厄介だったけど…晶納!君が相手したのは何だったんだい?」
 一緒に居るのが忌々しいとばかりに妖精アルムエルドから距離を取った位置で壁に背を預けていた晶納が端的に、
「天狗だ。それも文字通りの大物級」
「うあ、大天狗と来たか…こっちの方がより厄介だなあ。それと、君を襲った毒使いの人外か」
「これ」
 言って、日和が千切れた腕をべちゃりと地面に放り捨てる。まだ持ってたのか、と不衛生なそれを触っていた日和の手をハンカチで念入りに拭いてあげている中、アルは若干身を引いて幼い少女を胡乱げに眺めた。
「その小娘何モンだよ…おっかねぇな」
「ま、まあこの子も結構特殊だから…」
 フォローになっていないフォローを引き攣った苦笑いで行っている旭の隣で、日和は動じることなくいつも通りのマイペースっぷりにとある名を口にした。
「|七歩蛇《しちほだ》」
「え?」
「戦って分かった。あの毒使いの人外の真名。たぶん、七歩蛇」
 その、とある妖怪の名前を耳にして。
「しちほだ?」
 と集落での勉強を大半寝て過ごしていた晶納は首を傾げ訊き返し、
「あー、…なるほど」
 退魔師としての勉学にしっかり勤しんでいた旭は得心がいったように大きく頷いた。
 それは東洋に伝わる妖怪種の一つ。
 元はとある僧が紆余曲折の末に書き綴った怪異小説集に登場する妖怪の真名。怪奇物の祖として後の世に多大な影響を与えたこの一作による内容の伝播度合いは相当のものであったのは言うまでもない。
 その作中にて七歩蛇は京都東山に現れた奇怪な蛇として描かれているが、何より特筆されている特徴が名の如く示された毒性。
「一度侵されれば七歩の内に死に絶える猛毒の蛇、だったっけ。よく無事だったね君」
「……」
 感心したように向けられた言葉に、アルは黙って視線を落とし広げた右手の掌を見た。
 その表情は優れない。自力で成し遂げられた偉業ではないと知っているから。他でもないあの子に、救うと決めた少女に救われてしまったから。
 そして旭もまた、先の言葉を本心から言ったわけではなかった。
 古き歴史を持つ七歩蛇は存在そのものが強固な厚みを持つ人外であり、身に宿りし毒性も並大抵のものを数十倍も数百倍も凌駕する害毒。
 多少戦いの心得がある程度の妖精種では、お世辞にも七歩を越える抵抗力を持つとは思えない。
 アルムエルドが保護したという、白銀の少女。おそらくは彼女がその毒を打ち消したのだろう。きっとそれが少女の人外たる本質、由来、出自。
 思考はさらに巡る。
 この地で生成されているという、あらゆる病を癒す万能の霊薬。凶悪な毒性を中和…いや、浄化してしまえる人外。
 今度こそ断言できる、白銀の少女と『仙薬』との関係性。
 そして少女が自らを名乗った、呂律も回り切らぬ『うにおん』という自称。
 ことここに至り、退魔師は白銀の真名を看破する。視線を向けた日和も、分かり切っていたことを口に出すのは憚られるといった様子から見るに、もう理解しているのだろう。
「彼らの潜伏場所を見つけ次第仕掛けるよ。そこに連れ去られた女の子もいるはずだ。晶納、君はどうする?望むのであれば、君には」
「大天狗を殺す。能力者と小娘はテメェらで勝手にやってろ」
「…わかった」
 一方的な物言いに、旭はただ頷いた。
 実際、任せようとしていた仕事と晶納が第一優先としている目標は同一なのだから問題ない。七歩蛇はもちろんのこと、敵の最大戦力に位置するのは三大妖怪が一角に座す天狗の上位個体。
 これを止める、あるいは打倒することは今回の依頼における難所となる。であれば、こちらも火力に特化した晶納をぶつけるのが妥当だと判断した。
「…私も、中途半端に逃がしちゃったから。だから七歩蛇は仕留める。人間の異能力者とかチンピラとかは、任せてもいい?旭兄ぃ」
「もちろん。日和も、出来るだけ僕から離れないで。…まあ、無理だと思うんだけど」
 半ば諦めかけの旭も妹に仕事の一端を任せ、最後に背中を向けて遠方を眺めていたアルに話を振る。
「というわけで。アルムエルド、僕らは退魔の任務を果たしに行く。その道中で君の求める女の子に遭遇する確率は極めて高いと思うよ。単身で潜るよりは、互いに協力し合った方がより依頼も救出も難度は下がるはず」
「敵は倒す。道は切り開く。『仙薬』とやらに興味はねぇが、行き着いた先にあの子がいるんなら是非もねぇ」
 皆まで言わせず、アルは振り返る。
「手を貸す。だから力を貸せ。俺はあの子を助けたい」
「うん。僕も全力を尽くす」
 短く交わした結託の意思を、握手によって結ぶ。
 迅速に見つけ出し、突撃、鎮圧。企みを諸共叩き潰す。
 時間は掛けない、依頼は今夜の内に完遂させる。
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