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第二十八話 親愛の末に

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 あるはずのない太陽の光に目を眇め、日和はゆっくりとその方角へ顔を向けた。
「旭兄ぃ…」
「あの野郎、そこまでの相手がいたってのか?」
 大天狗討伐の後、工場街に散らばっていた雇われの武装チンピラ残党をあらかた片付けた二人の退魔師が、それの正体を知り間近に迫った決着を悟る。
 陽向の退魔師が真名と共に与えられる存在の象徴。日和であれば調和、昊であれば活性、晶納であれば星空。
 旭であれば夜明け。
 夜を、黒を、陰を払拭する日の出を象徴に持つ旭にとって、その真価はまさしく魔を退ける者としての在り様を示していた。
 その熱と光は、きっと照らす相手の魔を討ち祓うだろうから。



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 “退魔本式”。
 真名を解放するに足る技量を持ち得る退魔師が発動可能な最後の手であり、文字通り必殺の威力を有する。
 旭のそれは陽玉を用いて相手を焼き尽くす火行の神髄。最大火力は直撃させた相手を塵も残さず消し去るほどだ。
 だから全力で使うわけにはいかなかった。本式に使った陽玉の数は四。
 正確には唱えた文言も発動した銘すらも合わない。あえて強引に歪みを生み出すことで威力を大幅に削いでいた。
 『反転』は不可逆の現象と云われている。一度返った性質は滅多なことでは元に戻らない。
 戻らないのなら、引っ繰り返った性質ごと焼き潰す他ない。そう旭は判断した。
 あの快活な男が宵闇に囚われ夜に墜ちたのなら、夜明けで引き戻すことは彼にこそ可能な手段であった。
 まあ、それも確実性には実に乏しく、

「…ッか、ァア。アアああ!!」

 上手くすれば、の話でしかなかったが。
(気付けには足りなかったか!!)
 薄汚れた羽は焼かれ炎上し、全身をもはや焦げだか瘴気だかわからない何かで黒く染めて。
 まともな形すら生成できなくなったのか剣の欠片のようなものを手に悪魔アルが唸り声を吐き出しながら陽球から跳び出す。
 唄の加護はもう無い。ぶり返してきた激痛に手足が言うことを聞かない。殺さずに勝つ方法を、あと四歩で届く刃の到達までに考えられない。
 殺すしかない。今度は九つ全てを用いて。確実に仕留める。
 あと三歩。
 ここまで来て。頑張ったのは自分だけじゃない。悪魔と転じたあの男だって、抵抗の素振りはあった。でなければあんな辛く苦しい表情で闘うものか。
 くそ、届く…。
 あと二歩―――、

「……、」

 刃が止まった。突き出した腕も、脚も。見開かれた眼すら時を奪われたように静止する。
 一歩と半。正確には旭の体をどかして割り込んできた少女一人分の空間。
「ああ、アアああ!……ギッああ…くカッ……ッッ」
 半ばで留められた右腕の侵攻を、左の貫手が遮っていた。すんでのところで、自らを害してまで攻撃の手を捻じ伏せている。
 左手の五指が貫いた二の腕から血が流れ落ちる。もう右手に力は込められていなかった。
 白銀の少女が彼を見上げる。濁り穢れた悪魔の瞳をじっと見る。

「……アル」

 右手を伸ばす。精一杯の爪先立ちで、焼け焦げ煤けた赤茶色の髪を梳く。

「……どうしたの?」

 あらゆる色を滅茶苦茶に混ぜ合わせたような気味の悪い寒色の頬を左手で触れる。

「……いたいの?それとも、こわい?」

 刃の欠片を手放し、悪魔は何かに撃ち抜かれたように両膝を着く。少女は彼の頭を優しく抱き留めた。

「……だいじょうぶ。きっと、こんどは…わたしがまもるから。アルが、してくれた、みたいに」
「…………あァ」

 正気を思わせる返事を耳に捉え、膝立ちのまま少女に体重を預けていた悪魔は、その背中から生えていた邪気纏う羽をゆっくりと空気に溶かして消し去った。



 効果はあった。抜群に効いていた。ただ、堕ちた心を引き上げるには至らなかっただけ。
 焼き払われた『反転』を、最後に仕留めたのは救いと慈愛。
 旭が夜を朝に変えたように、彼の憎悪を親愛によって塗り替えた。
 結局のところ、この甘ったれな退魔師はどこまでいってもトドメや仕上げに縁遠い男だった。



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 見届けた。
 最期の最後に、満足できた。
 ユニコーンは無事に保護され、そしてあの少女のことは妖精崩れの悪魔に任せておけば安泰だろう。もし守り切れないようであれば、その時はあの世で祟り殺すまで。
 セイレーンはもう歌えない。体力気力共に尽き果てた。
 だけど、どうにか、白銀の煌めきだけは守れた。
 細く薄く開かれていた目はもう開けられない。瞼を持ち上げることすら億劫で。
 でも最後に見れた光景は幸せなものだった。後悔は無い。
 ―――……、



『おい|白《しろ》、本当にいいのか?』
『……へいき。アル、はやく』
『ま、他でもないお前の頼みなら聞かないわけにもいかねぇが。ったく、感謝しとけよクソ魔獣。もしこれで生き残るようだったらまず最初に白に土下座させてやる』
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