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第十二話 敗走から

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「おーおー。天下の魔神様が何お空を眺めてんのよ。…マジで何してんだ、マルティム?」

 ガシャリと地面に降り立ち、銀鎧の戦士然とした男は赤いマントを翻して隣で仰向けに倒れる同志を見やる。
 落馬し横倒しになった転移の使い手たる魔神マルティムは、その黒い肌を貫いて一本の青白く白光する杭に貫かれていた。
「ああ。サレオス、見ての通りさ」
 見ようによっては致命傷にも思えるそれをまったく無視し、むくりと起き上がったマルティムは顔の上半分だけを覆う仮面の奥で瞳を細めた。
「してやられた、と言うべきか。ふ、ふふっ」
「いや笑ってる場合じゃねえから。見ろよアレ、もう外からじゃ下手につついても出てこねえぞ」
 蛇の尻尾を揺らし、サレオスと呼ばれた銀鎧が顎をしゃくって視線の先を示す。
 そこにはグリトニルハイムの王城があった。あったはずであった。
 現在それを目視で確認することは出来ない。
「ありゃ妖精共だけで成せる業じゃねえ。大精霊が手ぇ貸しやがった」
「…ふむ」
 巨大な岩のドーム。そう呼ぶのがもっとも近いか。
 よくよく目を凝らして見てみれば、それはいくつもの花弁形の岩壁が内に折り重なり蕾のように王城とその周囲を丸ごと囲っているのがわかる。
 そしてその岩壁を這いまわる無数の蔦や樹木がさらに強度を上げている。
「ここは精霊達にしてみれば理想の土地、聖域のようなものだ。本来特定の勢力に加担するようなことはしないにしても、精霊種の祖からしてみればお気に入りの場所を荒らされていい迷惑なのだろうね」
「めんどいんじゃねえの。大精霊が被害ガン無視の全力で出張ってきたら|神格種《おれら》といい勝負するだろ」
「いや」
 緩く顔を左右に振るう。左手で胸に刺さった杭に触れ、そのまま握り潰した。
「大精霊は踏み込んだ干渉はしない。力を貸すにしてもこれっきりだろう。そもそもあんな力を扱えるのは妖精の王二体程度だ。問題はない」
 青白い燐光が手の中から散っていくのを見届け、ふと思い出したようにマルティムは隣の銀鎧に問う。
「君こそ妖精王はどうした。単身向かっていたようだが」
 不味いことを訊かれたというようにほんの僅かに肩を跳ねさせて、サレオスは居住まいを正すように頭の金冠を被り直す。
「あの結界が張られる寸前に逃げられた。あんな大見得切っておいてあっさり逃げ出すとは思わなくってなあ」
「軍勢で相手取ったのだろう?」
「八万削られた。野郎はほとんど無傷だ」
 同志の悲報を受け、マルティムはゆっくりと顎に手を当て小さく唸る。
「少し侮り過ぎていたかもしれない、ね」
「まったくだ。仮にも神格持ちが揃って情けねえ」
 兜の上から頭を掻くサレオスに苦笑を返しながら、岩壁に覆われた王城内部への転移を試みる。が、結果は失敗。
 強い抵抗を感じ、転移の魔術が弾かれる感覚。
 物理的な防御措置であるあの岩のドームとはまた別の、転移対策の界域結界が起動していた。
「さてさて。それで、どうする。アレを破壊するのはやや骨だが」
「ブエルに炙り出してもらおう。物理防御も結界も、空気までは遮断できないからね」
 後方からゆっくりとこちらへ進軍を続けている魔神ブエル。彼もまた何者かの阻害を受けて進軍速度を著しく落とされていたが、それに関してはマルティムもサレオスも責めることはできなかった。
「あるいは彼女なら力押しでも突破できるやもしれないが」
「…できりゃ出て来てほしくはないけどな。アイツのぶっ放されたらこっちのほうがやられちまう」
 未だ轟雷鳴り渡る東方の空で命令通り様子見を続けていた残る最後の魔神。
 あの魔神がどこまで正気を保ったままで言うことを聞いていられるか。待ちくたびれて動き出した時がこの国の正真正銘最後の時となるだろうことは間違いない。
「まあ慌てることはない。籠城も長くは続けられないことはすぐ察するはず。それまで我々は我々の軍団を配置して気長に巣穴から出て来るのを待っていればいい」
 既にグリトニルハイムは王城とその周辺を除く全域が魔神の蹂躙によって荒れ果てている。破壊された家の中からイスを一脚持ち出し、マルティムはサレオスに着席を促す。その間にも彼自身は自慢の巨馬を再度転移で呼び出し騎乗していた。
「そんなに呑気でいいのかねえ」
 一つ息を吐いて、大剣を地に突き刺したサレオスがどっかりとイスに腰を降ろす。
「随分と気を張るじゃないか。君らしくない」
 捉え方によっては嘲っているようにも取れる物言いに、しかしサレオスは憤りを覚えはしない。
「……いや妖精だけなら雑魚の集まりってだけで終われたが…いたろ、人間」
「いたね。…私が不覚を取ったのがそんなに堪えたかい」
 この屈強な戦士はその外見とは裏腹に妙なところで臆病な面のある魔神だった。謙虚であるとも言えるが、それ自体が力ある最高位神格を宿す彼ら魔神種の中にあって殊更に変わり種ともされている。
 そんなサレオスはぽつりと愚痴をこぼすように、
「一番弱いはずの人間を他の何よりも強かったはずのヤツが一番警戒してた。で、もっとも弱い種であるはずの人間種に負けたのも、そいつだったろ」
「…腐肉を啄む『死と破壊の公爵』か。確かに彼もまた変わり者ではあった」
 戦事において並ぶもの無しとされていた強大無比の権能を持つ最強の魔神。そんな武勇を誇る魔神が人に討たれた話は今でも真偽を疑われている。それほど信じ難い事態だった。
「だから嫌なんだよ。|人間《ヤツら》が絡むと不吉な感じがする。撫ぜる程度の力でも粉々になっちまうような虫けらのクセに。背筋を震わせて来る」
 腕を組んで訥々と語る同志の表情は銀の兜に隠れて見えない。人のような大きな感情の揺れ幅を持たない魔神にはそれを笑って流す気遣いも同調しようとする心の動きもありはしない。
 ただ自身の尺度と認識の下にそれを『サレオスという魔神の個性』として処理した。
「君は自分の軍勢を呼び出して包囲に回ってくれればそれでいい。もとより君は真っ先に飛び込むような率先した行動は今までもしてこなかったろう」
 元々、当初の予定通り転移の使い手である自分が迅速に制圧を始めていれば起こらなかった状況だ。責任の所在を問われれば自分にあると言い切れる。
 なればこそ失態を帳消しにする働きは必要だ。
 そしてなによりも。
「我らの大願成就の足掛かりとしてここを落とすことは必成目標だ。その為に過剰戦力と知りながら私達四の魔神が来たのだから」
 その意思に応じるように大きく嘶いた巨大な怪馬が足を前へ運び主を運んでいく。
「まあな…」
 マルティムの言葉にはサレオスも文句は無かった。
 そう。その為に。
 彼ら魔神は徒党を組んだ。
 共に同じ出自を持つ、同じ起源の魔神達。彼らが待ち望む大願。
 魂に刻まれた宿願とも呼べる。成さねばならぬ悲願とも取れる。
 ただひたすら成就の日へ向けて。
 魔神は障害となるモノを殺し壊し、屍山血河を築き上げる。
 ひとまず妖精、精霊、人間。
 漏れなく皆殺し、余さず生を摘み取り。
 必ず目的を果たす。

「…して。どうされますかな。女王よ」

 玉座の間を支配する沈鬱な空気を読んでか読まずか、古き妖精たる老翁ファルスフィスはそう切り出した。
 界域結界及び五法障壁の展開によって一時的にではあるが魔神の干渉は退けた。既に王城内部とその周囲結界内に残存していた屍兵は殲滅している。ひとまずの安全は確保されている。
 ただしそれも僅かな時を稼いだだけのもの。問題そのものは依然として解決に至ってはいない。
 『聖殿』を出て、妖精女王ルルナテューリは二つある玉座の一つ、妖精王の空席を一瞥して思案に耽る。
 今この間に集っているのは先の言葉を放ったファルスフィスを含むティト・ラバー・ラナの『イルダーナ』達と数十の重鎮達。『八賢』は未だに王城地下にて感知と索敵を続け魔神の動向を探り続けている。こちらへも通信を開いてはいるが、あれから有益な続報はまだない。
 近衛兵団及び側近の騎士達は全て王城周辺に集った市民妖精達の保護と治療、それと混乱の鎮静化に出払っている。
「どうするもこうするも、ありませんから」
 王権の半分を所持する夫が不在の中でも、女王の瞳に不安の色はなかった。玉座に背を向き、ファルスフィスへ向き直る。
「徹底抗戦ですから。妖精らしくないと言ってしまえばそれまでですが、仕掛けてきたのは彼ら。そして言葉を尽くして退いてくれる相手ではない。さらに言えば彼らは我が臣民と領地を傷つけ踏み躙った」
 淡々と妖精界を蹂躙された事実を語るルルナテューリの声は冷え切った玉座の間によく響き渡った。
「何を目的として来たのかはこの際置いておきますから。今この場で、なによりも、必要なことは」
 カツッ!と、高く踵で地を叩き女王は視線を落とす妖精達に意志を示す。
「…覚悟です。戦う覚悟、倒す覚悟、守る覚悟。この世界を生き長らえさせる為に、全てを賭す覚悟!ですから」
 例え親が死んだとしても、我が子は生かす。
 例え王が死んだとしても、我が民は生かす。
 花が枯れても種を残すように。少しでも未来への枝を伸ばせるように。犠牲を強いるとしても、種の存続の為に我が身を用い可能性を残す。
 あらゆる理不尽に抗う覚悟を女王は問うていた。
「「「―――……!」」」
 絶望の箱に押しやられても心を折らない女王の威容に、他の妖精達が顔を上げる。
 直後、背後から轟音と共に応じる声。

「ハッ。ちょっとくらいは弱気で涙ぐんでるかと思えば、なんだよ」

 誰よりも早くその発破に答えたのは、玉座の間へ続く大扉を蹴り開けた巨漢の妖精。
「ちゃんと女王様やってんじゃねえか。流石は俺の女だ」
 大剣を担ぐ妖精王・イクスエキナが傷だらけの妖精と人間を伴って現れ、この場この状況にそぐわぬ大笑を上げた。



     -----

「オイ」

 あの時。
 突然の呼び掛けに驚いて振り返った守羽とすれ違うように、妖魔アルは空中で留まった邪気の球体へと二振りの武器を手に跳び掛かっていた。

「お前じゃねえよ旦那の倅。―――合わせろ」
「黙れ。貴様の指図なぞ受けるか」

 アルの突撃と同時にもう一人、水の羽を広げて飛び上がった妖精が両手の内に青白い火花のようなものを纏い掌底を引き絞る。
「ッそらァあ!!」
 剣と刀を十文字に交差させ、一薙ぎにて邪気の塊を斬り飛ばす。不意の視覚外からの斬撃に背を裂かれた由音が空中から落下した。
「…!?」
 同じく死角よりの一撃に肩を斬られた魔神マルティムが晴れた邪気の中から一瞬の困惑を見せる。
 その短い間隙の中、青白い火花にいくつかの文字を刻み込んだ妖精レイススフォードの掌底が魔神の胸部を捉え、爆光。
 鋭い杭と化した光がマルティムに突き刺さり、内部に付与したルーンが効力を発揮する。
 氷々爺の得意とする遅延と停滞の|術紋《ルーン》が魔神の持つ転移の術法を阻害し、さらなる一手は間髪入れずに大剣と絶風という形で割り込まれる。

「覚えてやがれクソ転移野郎。あとで必ずぶっ飛ばしてやるからよ」
「よくわかんにゃいけど今吹っ飛んじゃえ!」

 妖精王渾身の一撃と大精霊の加護を持つシェリアの風撃。その二つをまともに受けて、数秒とはいえ転移を封じられた魔神に出来ることは、ただ突如現れた数名の妖精達の強襲に目を見開き遥か後方へ飛ばされることだけだった。



「なんだおめーら仲良いんじゃねえか。タイミングばっちりだったぞ」
「怖気の走ることを仰らないでください。私はただ外へ飛んで行ったシェリアを連れ戻しに向かったらこの状況に立ち会っただけで…いえ、妖精王!それより何故こんな場所に…!?」
「どうでもいい話してる場合か近衛騎士様よ。とっととトンズラしねぇと結界完成しちまうだろうが」
「ん、ねーシュウ!ユイはどうしたの、だいじょうぶ?」
「気絶してる!〝再生〟も間に合ってねえし…マジかよこいつがこんなやられんの初めて見たぞ!」



 いがみ合うレイスとアル。それを楽しげにからかう妖精王。心配そうに気を失う由音を見やるシェリア、そんな由音の手足が欠損したまま戻らない体を担ぐ守羽。
 それぞれが多様な反応を示しながらも、全速力で王城へ向けて逃走(あるいは帰還)するという行動自体は誰一人違えることなく一致していた。

 そうして結界発動寸前に滑り込みで内部に戻ることに成功した面々が勢いそのままに王城へ向かい玉座への扉を蹴り開けるまで十分と掛からなかった。
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「長くは保たねぇぞ。わかってるとは思うが」
 由音を王城の客間にあるベッドへ寝かせてから玉座の間に戻ると、妖精女王直々に治癒を施されていたアルが最大の問題点を挙げているところだった。
「北の魔神。どういう理屈か知らんが草木を腐らせてクソ強烈な毒を生み出してやがる。軍勢自体からも胡散臭ェ瘴気噴き出してっし、殺すと死骸が秒で腐敗してそれも毒霧になる。アレがあの魔神の持つ権能ってことなんだろうな」
 権能。
 人外の持つ本能やそれに連なる固有能力。出自・由来より具現化される生きた現象。
 神格を宿す人外はそれらの上位互換としての力と行使の資格を持つ。
「お、戻ったか。どうだったよ、悪霊憑きの小僧は」
 俺を見つけ、話途中だったままアルがこちらを振り返る。
「駄目だ、まだ起きない。おそらくは異能を使い過ぎたことによるオーバーヒートみたいなもんだとは思うんだけど…」
 妖精として最高位であるルルさんの治癒を受けても、由音の欠損した手足は戻らなかった。それ以外の外傷内傷は全て完治したというのに。
 過死傷とも呼ぶべき怪我をあの短時間で数百と食らい続けたせいで、脳への負担が尋常ではなかった。異能は思考する生物にしか宿らない。使用するにあたり精神力のようなものを必要とすることは同じ異能力者でもある俺にも分かるところだ。
 普段の戦闘からして凄惨な肉体損傷を受ける由音ですら、あの魔神を押さえ付ける為にノーガードで受け続けたダメージは甚大だったということだろう。
 とはいえ自前の〝再生〟は出力が弱まっているとはいえ問題なく機能しているらしく、眠っている由音をよそに千切れた手足は末端から少しずつ再生を始めていた。おそらく由音が起きる頃には戻っている。
 念のため静音さんを呼んで〝復元〟を掛けてもらえるようお願いしたから問題はないはずだ。シェリアも客間で眠る由音に付き添っている。目が覚めたら連れて来るよう頼んでいるし、しばらくこちらへあの三名が来ることはない。
「やべーな。六人掛かりだぜ?それなりに戦える面子が六人も揃って、結界外に弾き出すのが精一杯とは、魔神ってのはマジ頭おかしい強さだよな!」
 けたけたと無邪気に笑うアルの頭の方がおかしいとは思うが今更なので口にはしなかった。
 代わりとばかりにアルの胸倉を掴んだのは、怒りの表情を浮かべるレイスだった。
「貴様はどこまで能天気なんだ、裏切者の妖魔。北の大軍勢を押し留めたことは良いが、何故シェリアまで駆り出した?」
「だーから言っただろ?野郎は軍勢もそうだが何より毒の侵攻が一番厄介だ。|大精霊《シルフ》の加護もらってるシェリアくらいじゃねぇと押し返せなかったんだよ。それすらも勢い吹き返して絶賛|王城《こっち》に進行中だがな」
 界域結界や五法障壁とやらも、空気までは遮断できない。そんなことをすれば籠城しているこちらが先に死んでしまう。
 汚染された大気が徐々にこの結界内にまで押し寄せてくれば、抵抗力の低い妖精は次々と倒れていくだろう。
 現在その対策として音々に出張ってもらい、唄の強化で毒への免疫を高めてもらっている最中ではあるが、いくらなんでも国中の妖精に効果を付与することは不可能。精々が子供や老体に掛けられる程度と本人も出る前に話していた。
「それこそルーンの出番じゃねえのか。アルはそれで毒を防いだんだろ?」
 大剣を杖替わりにして寄り掛かっていたイクスエキナがレイスに提案すると、非常に渋い顔をしてレイスが視線を落とす。
「確かにこの妖魔に比べればルーンの練度も適性も高い自負はありますが……やはり私程度の力量で国民全員を覆えるほどのものは…」
「儂がやろう」
 それまで黙して話を聞いていた老翁、氷の妖精ファルスフィスが一歩前に出てそう名乗り出た。
「集中できる状況と環境さえ整っていれば、ルーンの陣を敷き毒の緩和は容易い。半日は持ち堪えられよう」
「ま、ルーン文字の術法をアルとレイスに教えたのもお前だしな。適任か。…だがなぁ…」
 妖精王の懸念はわかる。
 今は一人でも多くの戦力を対魔神に向けたい。大鬼戦のあとでボコられた苦い思い出しかない俺には無いが、このファルスフィスという妖精の実力は確かなものだ。それを戦力として数えられないのは痛い。
「いらねーよそんな老骨。てかせっかくの神殺しの機会だぜ?譲るわけねェだろ俺が」
「貴様!」
 またしてもアルとレイスが衝突する。そんなことしてる時間が無駄なんだが…。
 アルはどうにもファルスフィスに対する風当たりが強いように思う。何故そこまで敵意を向けるのか、妖精界事情を知らない俺にはよくわからない。
「おら遊ぶんなら外行ってやれ。今は大事な大事な魔神対策委員会のお時間だっつの」
 いやそんな名称ではなかったんだが。
 この異常事態の中でもイクスエキナは平常運転だ。これが王の器なのだろうか。
 本来こんな国の一大事を外から来た俺達みたいな連中が口挟んでいいわけないはずだが、逆に重鎮らしき妖精達は玉座の間から叩き出されてしまっていた。国の運営をする上では有能なんだろうが、これまで争いとは無縁の中で生きていた妖精は戦事に関し本当に門外漢だ。一応、二十年くらい前には父さんを筆頭とした組織が攻め込んだ事件もあるはずなんだが、あまりその経験は活かされていないのか。
「まず最優先すべきは北の魔神だ。おい八賢」
『ここに』
 イクスエキナの呼び掛けに応じ、周囲から八つの光柱が現れる。声はそこから放たれた。
「北はどうなってる。もう来るか?」
『進軍速度自体は他の三方のどこよりも遅く、未だ城壁にも到達しておりません』
『毒の方が来るの早いね。津波みたいになって城壁超えてきた。結界内まであと数刻』
『結界近傍に魔神の気配が二。東方の魔神は動かず』
「北の魔神ぶっ殺そうとすれば必ず転移使いも動くぞ。もう一体もな」
「だろうな。まずそこを越えなきゃならん」
 出番を控え、二振りの刀剣の手入れを始めたアルの意見にイクスエキナも頷く。
 軍勢を馬鹿正直に全て相手にしていたら必ず負ける。最短で軍勢を召喚している魔神の首を獲るしか勝機はない。
「魔神二体を止める為の人員が必要だ。俺は毒を無効化する術がねえからこっちに回る。アルはルーンで抑えた実績があるからそっち行け。『イルダーナ』も俺と一緒に来い」
 妖精組織の総員が恭しい礼で応じるのを確認し、残りの戦力配分を考える。
 そんな中場違いに思えるほど幼い声が割り込む。
「じゃあわたしもイクスと同じとこ行きますから」
「馬鹿かお前。『聖殿』引き籠ってろ」
「言い方ってものがありますから!?」
 爪先立ちになって精一杯に怒りを表すルルさん。妖精王もそうだがこの人も大概肝が据わってるな。
「お前が出たら結界の維持どうすんだよ」
「もう自動で常時力の供給は行えるようにしてありますから。よほどのことが無ければ磐石に機能し続けますよ」
「余程のことになるから『聖殿』にいろっつってんだよ」
 小首を傾げるルルさんに意地悪い笑みを浮かべて、イクスエキナがそのままこっちを向く。
「おう守羽。使っていいぞ」
「え?」
「『神門』の力だったか?つまり全力出せってことだ」
 『アーバレスター』としてこの国を攻めた時、全力で止められた術の行使。一体どういう心変わりか。
「いいのか?妖精界の均衡を崩すから駄目って言ってたろ」
「ああ。その力、人界ならともかく妖精界で使われると地盤から揺らぐから下手すりゃ具現界域自体の維持に影響する。だが『聖殿』で妖精界全体と接続された|妖精女王《ティターニア》がいれば話は別だ」
「その為にわたしを!?」
 仰天するルルさん。聖殿だの接続だのと言われてもさっぱりだが、あの力が使えるとなれば少なからず魔神への勝算も見えて来る。
「死ぬ気でやらないと勝てない戦だ。使えるなら是が非でもお願いしたいところではある……けど、それルルさん大丈夫なんですか?」
「死ぬほど疲れるし終わったら寝込むかもしれませんけど、いけると言えばいけますから!」
 ぐっと両手を握り力説される。聡明で理知的な|妖精《ひと》だと思っていたけど、案外脳筋なとこもあるんだな…。
「あとこの世界の精霊種に呼び掛けて守羽への元素封印も解除してやれ。使えるモンは全部使い尽くさなきゃ勝てん」
「あ、それはもうやっておきましたから。守羽さま、今後は妖精界でも属性の行使はできますのでご安心を!アルは……自力でやったみたいですね。精霊達も憤慨してましたから」
「こんな状況だってのに手ぇ貸さない|精霊《バカ》どもが悪いだろ。強引に引き摺り出してやったわ」
 ここにも脳筋が。
 ともあれ毒に対抗する為の新たな結界構築、対魔神への役割分担、それと極短時間での行動にはなるが魔神への対抗策。それと、ほんの僅かでも休息。
 魔神種襲来より完全なる敗走を喫したものの、まだ終わっていない。まだ負けてない。
 ここからだ。

 これより妖精・人間による神殺しを遂行する為の戦いを始める。
 
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