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エイリアンアタック

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「その日、その時は、だれも知らない。天の御使たちも、また子も知らない」
マタイ24.36

2007年9月
湾岸エリア

僕が学校へ行くことを止めたのは、15才のときだった。
それから一体、何年たっただろう。
2年、あるいは3年だろうか。
ずっと僕は、自分の部屋の中にいた。
学校に行くのを止めて以来自分の部屋から、一歩も出たことはない。
絶望したわけでは無かったが、希望がある訳でも無かった。
なんだろう、多分僕は途方にくれていただけなんだと思う。
生きることは、いつも途轍もなく困難なことのようだ。
それでも、日々をおくっていれば、辛うじて生活のリズムによって身体が動いていく。
さあ、もう一日だけ。
じゃあ、もう一日だけ。
そんな感じで、なんとか生きる試みを続けられた。
でもある日、ストンとそんなリズムが抜け落ちてしまったんだ。
理由は、よく判らない。
気がついたら、僕は空っぽになっていた。
もう、何も残っていないように思う。
まるで何十年も、こんな日々を繰り返してきたかのようだ。

僕の部屋は、殺風景だ。
窓は閉ざされ、ブラインドを降ろしている。
その向こうを見ることが無いのは、その向こうには廃墟しかないと思っているからだ。
実際にどうなのかは、知ったことではない。
窓の向こうへの興味を失って、もう随分になる。
だだ、それは無人の部屋にある時計のように、時間の経過を刻んでいる気がした。
日は昇り、また沈む。
夜と昼は、交互にくる。
僕は生きる意志さえ希薄になったのに、世界は僕の存在におかまいなく動いているのかもしれない。
でも、ただただそんなことには、興味を持てなかった。
部屋にあるのは、大きな鉄製のベッド。
それに、無愛想なワークデスクと椅子。
そして、鏡だけだ。
ああ、机の上には、もうひとつものがある。
電話だった。
それは、この閉ざされた部屋で唯一外へ繋がるものだ。
時折、電話はかかってくる。
僕は、決して出ることはない。
それでも、電話は容赦なく部屋に言葉を送りつけてくる。
あれは、誰が言った言葉だったっけ。
耳には、瞼が無い。
だからこちらの意思には関わり無く、その言葉はぼくのこころへ入り込む。
電話をかけてくるのは、いつもおんなのひとの声だった。
とても落ち着いた、優しい声だ。
けれど、その柔らかな調子の下に鋼の強靭さが、隠されているような気がする。
そんな、声だった。
電話線をとおってきた声なので、声からではそのひとの年齢を見当つけることができない。
でも、落ち着いたしゃべり方は、間違いなくおとなのひとのものだ。
僕の年齢を倍にしても、届かない歳のひとかもしれない。
彼女は、僕のことをよく知っているようだ。
そして、なぜか僕もそのひとのことを、知っているような気がしている。
そのひとが言っていることなんて、さっぱり判らないのだけど。
彼女は多分、世界中を旅している。
彼女はいつも、自分がどこからかけており、どこに向かおうとしているのかを報告してきた。
ヨーロッパから、中東へ。
中東から、アフリカへ。
驚くべきことに、アフリカから南極へといく。
自己申告だから、信じていいかは判らないけれど、嘘をつく理由も思い付かないので僕はそれを受け入れる。
そして今彼女は南米経由で、ニューメキシコについたはずだ。
そしてもうそろそろ、今日の電話がかかってくる。
僕のこころをよんだように、電話が殺風景なその部屋に着信音を鳴り響かせた。
無機質な電気音がひととおり鳴り終わると、唐突に彼女の言葉がはじまる。

「ここは砂漠、見渡す限り何もない」

とても静かな調子で、ただ事実だけを語っているようだ。

「真っ直ぐな道を、真っ直ぐに走っているの。もうネバダに入ったわ。目的地までもう少しかかる」

いつもと同じ、優しく力強い意思を感じる声。

「多分、わたしは見つける。そう、あの本を。もうひとつの、聖書。ねえ、ジョー、聞いているかしら」

僕は、名前を呼ばれ身体が一瞬震えるのを感じる。
耳には、瞼が無い。
彼女の声を拒絶する権利は、僕にはないのだろう。

「もうすぐ終わる。もうすぐ知ることになるのよ。わたしたちがどこから来て、どこへ行こうとしているのか」

始まったのと同じように、唐突に電話は切れた。
僕は、また世界との繋がりを喪失したようだ。
静寂が優しく、僕を抱き締めてくる。
僕たちがどこから来て、どこへ行こうとしているのか。
できうることなら、そんなこと知らぬままここで朽ちていきたい。
こころの底から、切にそれを願う。
でも、それが叶わないことを知っていた。
彼女の声は、きっと全てをこじ開け解き放つに違いない。
そしてそうなるまで、もう少しということなのだ。
きっと。
1947年2月
南極

空は、果てしなく澄んでおり、かつ青い。
天頂では宇宙まで繋がっているのではと思わせるほどに、凄みのある輝きを放っている。
彼の生まれ故郷であれば真冬であってもここまで凍てついていないが、けれど今は真夏であった。
夜は忘れ去られ、悽愴なまでに青い空がずっと世界に君臨し続ける。
指令官である彼が自ら極地に向かうことに対して難色を示すものもいたが、18年前にこの空を飛び征服した英雄である彼を留めることができるものは、結局いなかった。
ブリーフィングを終え、氷のように凍てついた飛行甲板を歩みR4Dのタラップへと向かう。
C47を寒冷地用に改造した双発の軍用機は、鈍重な姿を寒風に晒しフライトを待っていた。
タラップを上がり洞窟のような機内を通りすぎて、機首にある操縦席へと向かう。
コ・パイロットシートで既に待機している少佐に笑みを投げ掛けると、自分も操縦席につく。
二機のレシプロエンジンは起動済みであり、排気の熱が機体に行き渡っている。
夏とはいえエンジンの排熱による暖房がなければ機体が凍りつき、コントロールを失うことになる。
隣に座る若い少佐は、空を見上げ笑みを浮かべた。
「飛ぶにはうってつけのいい天気です、バード司令」
彼は機器をチェックしながら操舵輪を握り、笑みを返す。
「古い友人に、会いに行く気分だよ」
チェックを終えるとエンジン出力を上げ、R4Dを雪の女王が持つ瞳のように青く輝く空に向けて飛翔させる。
鈍重な機体は、凍てついた空気をこじ開けるように上昇した。
かつて彼が極地に到達したフォード4AT以上に安定した、力強い飛行だ。
R4Dが持つ1200馬力の双発エンジンは獰猛な唸りをあげ、凍りついた空気を食い破っていく。
彼は、自分がかつて制覇した白銀と蒼白で造られた世界へと戻っていくのを感じる。
彼が、自らこの静寂と凍てついた輝きに満ちた世界にもう一度戻る理由は本当はないはずだ。
けれど、彼は確かめたかった。
あの時に見た夢が、本当に夢であるのかを。

彼は、光の中で意識を取り戻す。
そこがR4Dの機内では無いことに驚愕し、さらに自分が無傷で生きていることに深い驚きを感じる。
そこは、光に満ち溢れとても暖かい。
南の島にいるような甘い花の香りや、シルクのように優しい手触りの風を感じた。
彼は、自分が機内で着ていた分厚い革製で裏にボアがついた防寒ジャケットを着ておらず、BDUだけを身に付けていることに気がつく。
その時彼はふと、自分は本当に生きているのかと疑問を感じた。
とてもではないが今の状況は、リアリティがあると言うことはできない。
眩い光に目が慣れて、あたりを見回す余裕ができる。
庭園の中にある、東屋のような場所にいるらしい。
四方には光を練り上げたように、色鮮やかに咲く花々をつけた蔦の絡んだ柱がある。
天井からも、花を咲かせた蔦がいくつか垂れ下がっていた。
壁がなく見渡すことができるその庭園は、欧州で見るような整然としたものではなく、むしろ南国の密林が持つ熱と密度を備えている。
彼は、木製の椅子に腰をおろしていた。
四肢に気だるさがあるわけではなく、意識を失っていたようだが薬物やその他の暴力的な衝撃が与えられたような形跡がないため、その理由の見当がつかない。

「ようこそ、リチャード・バード准将」

彼は、いつのまにか自分の目の前にひとが立っていることに気がつき、衝撃を受けた。
とても奇妙なひとが、目の前に佇んでいる。
身長は子供のように低く5フィートもないと思えた。
しかし、落ち着いた眼差しや、穏やかな笑みを浮かべる表情はおとなのものだ。
切れ長で少しつり上がったアーモンド型の瞳や、小さく薄い鼻や唇から東洋人ではないかと思う。
けれど発した言葉は、とても滑らかな彼の母国語であった。
その奇妙で小さなおとこは、少し皮肉に唇を歪める。
「あなたの聞きたいことは、見当つくよ、准将」
おとこの声は少し高音ではあるが、落ち着いて穏やかなものだ。
「ここがどこで、わたしが誰か。まずは、そんなところだろうね」
彼はその言葉に思わず頷き、おとこは満足げに微笑んだ。
「ここはシャンバラ、そしてわたしは、そうだな、まあグレイと呼んでくれ。ちなみにこの場所は、南極の極地からそう遠くないところにある」
驚きで目を見開いた彼に、グレイと名乗ったおとこは押し止めるように手のひらを向ける。
「納得できないかもしれないが、一応ひととおり説明するからまずは聞いてくれ。ちなみに君はここにきたことがあるのだよ、18年前にね」
彼の脳裏に、夢の記憶が浮かびあがる。
霧の奥深くに隠された景色が、一瞬垣間見るように忘れられていた記憶がほんの少し甦った。
それはむしろ、デジャビュに近いものかもしれない。
しかし、彼はこの景色を一度見たということに、確信を覚える。
グレイは、彼のこころを見透かしたように頷いた。
「さて、わたしが何者であるかの説明をしようか」
グレイの口許には、微笑のようなものが浮かんでいる。
グレイのように奇妙な種族でも、笑うということがあるならばではあるが。
「わたしたちは、モノポールを求めてこの極地にきたんだ。2千年ほど前のことに、なるかな」
目を見開き問いかけるような表情になった彼に、グレイは頷きかける。
「ああ、モノポールとは、磁気単極子のことだよ。宇宙から飛来するそれは、地磁気が最大化する極地に落下するからね。わたしたちは、それを利用してエネルギーを産み出し、重力制御もする」
ますます困惑し、眉間にシワをよせる彼を無視して、グレイは言葉を重ねる。
「このシャンバラは、モノポールを使った重力制御によって南極の地下に造り出した閉鎖空間だ。モノポールは人工太陽のエネルギー源としても、活用されている」
彼は、グレイの表情から、今語ったことが彼に理解される必要は無いと思っていることを読み取った。
とすれば、ようやく本題にはいるはずだ。
改めて彼は、グレイの目を見つめる。
グレイは、それに応えるように切れ長の目を少し細めた。
「わたしたちは2千年前にこの地下世界を造った時から、地上で何が起ころうとも不干渉の方針をとるつもりだった。ああ、君らの国で言うところの、モンロー主義みたいなものだね。しかし、その不干渉主義は、揺らぎつつある。君たちは、反応兵器を使用しただろう」
彼は、片方の眉をあげる。
もしかすると、あの極東のファシストに使用した新型爆弾のことか。
「君たちが地上で殺しあうのは、わたしたちには関係の無いことだ。しかし、反応兵器は別だよ。それは、実質的に回復不可能なまでに地上を汚染してしまう。わたしたちは、それを許容しがたい」
グレイの切れ長の目が、一瞬冷酷な光を宿したような気がして彼は息をのんだ。
グレイは、そんな様子を気に止めず語り続ける。
「ただわたしたちは、事を急がない。わたしたちが君たちの文明を破壊し、反応兵器を使用できないレベルへ退行させる決断を下すまで、50年は議論を重ねるはずだ。一部の強行派は、もっとこと急ぐかもしれないが今のところ、そいつらは少数派なんでね」
彼は、グレイがそっとため息をついたような気がした。
「さて、これで話は終わりだ。君の脳から、必要な情報の収集は終わったんでね。残念なことに、わたしが今語ったことは、君の記憶には残らない。そして、君にもう一度あうこともないだろう」
グレイはそういい終えると、驚くべきことを言った。
「その日、その時は、だれも知らない。天の御使たちも、また子も知らない」
グレイの笑みに、どこか悪戯っぽさが宿ったような気がする。
彼は、このひとであるとすら断定できない目の前の存在が、聖書を諳んじたことに戦慄を覚えた。
「マタイが語ったとおり、その日、その時がいつかはまだ、誰も知らないんだ。でも、わたしたちは、いずれ君たちに知らしめるだろう。その日、その時をね」
彼は、掠れた声を出す。
「では君たちは、神だと言うのか」
グレイは、おそらく笑ったのであろう。
ひととは、違うやりかたで。
「わたしたちは、むしろ『神と戦う』ものだよ」
そして、グレイはぽんと手を叩いた。
「目覚めたまえ、准将。そして帰るがいい、君の国へ」
2, 1

  

1947年7月
ニューメキシコ州ロズウェル

長閑な風景であると、言えた。
初夏の空は真っ青に澄みわたり、緑なす草原を穏やかな風が吹く。
バスケットにパンとワイン、それにハムでも積めておけばそのままピクニックでもできそうだ。
けれど、それをゆるさない厄介な存在が目の前にいる。
「少佐」
彼は、背後でトンプソンSMGを構える兵を手で制止すると、前へ進み出る。
簡単な、仕事のはずだった。
墜落した軍用Nクラス・ナン・シップの船体を回収し、基地に持ち帰るというのが彼の任務だ。
ナン・シップとは言え、成層圏の下層部を巡航し、そこから地上を調査可能な特殊レーダーアンテナを装備する、軍用哨戒飛行船である。
機密事項が、満載ではあった。
しかし、ニューメキシコの片田舎、牛や馬しか通らないようなこの牧場で、機密もなにもあったものではないはずだ。
彼は、思わず呟いてしまう。
「なぜ、事を厄介にするんだ」
目の前にいるのが、ひとであるという確信が持てない。
銀色の与圧服らしきものを着て、球形のヘルメットを手に下げているそいつは、身長5フィートほどに見える。
剥き出しになった頭部には、どこか東洋人風にも見える顔がついていた。
「クロキ軍曹、じゃあないよな」
ナン・シップのパイロットは死体が見つかっておらず、行方不明と聞いていた。
「やあ、マーカス少佐。手をかけてすまないね」
その銀色の小人が流暢な英語を話したことに驚愕し、彼は目を丸くする。
「質問は判ってる。わたしがどこから来て、何者かというのだろう」
銀色の小人は、切れ長で大きな目を少し細める。
気のせいか、とても顔色が悪い。
今にも倒れて、死にそうにも見える。
「わたしは、シャンバラから来た。名前は、そうだね、グレイとしておこうか」
グレイは、苦しそうに口を歪める。
「お察しの通り、わたしはもうすぐ死ぬ。君たちの飛行船、モーグル4号機の残骸と一緒に、是非わたしの死体も回収してくれたまえ」
彼は事態が自分の手にはおえない状況になりつつあることを感じていたが、かといってどうしようも無かった。
彼に十分な情報を与えないまま現場に送り出した軍の上層部を、こころの中で罵る。
「さて、時間が残り少ない。要件を、手短に言っておこう」
グレイは、苦しげな表情をしてはいるが、それでも鋭い目で彼を見つめる。
「わたしは君たちに、警告を告げにきた。君たちのモーグル4号機を借用してニューヨークまで行くつもりだったが、残念ながらここで撃墜されてしまった」
彼はこころの中で、撃墜とは穏やかじゃあないなと思う。
グレイは彼のこころを読んだように、頷く。
「わたしたちシャンバラの民は君たちの文明を滅ぼすことに、決定した。もしかすると、明日にもわたしたちの軍勢が襲来するかもしれない。ただ、それは50年後になる可能性も、ある」
彼は呆れたように、口を開きまた閉じる。
グレイの言うことを、全く理解できない。
グレイは、そっと切れ長の目を細める。
「もちろん、死にかけの小人が言うことを信じるほど、君はいかれてはいない」
彼は、苦笑する。
グレイが言うことがどうこう以前に、この状況を受け入れること自体がまともな神経では無理だと思えた。
グレイは、頷いてみせる。
「これから君に、ビジョンを見せよう。それを見て、判断するがいい」
グレイの、楕円形をした大きな瞳が彼を見つめる。
一瞬、その瞳が銃火のように鋭い光を放ったような気がした。
眩い光を受けたため、彼は一瞬目を閉じる。
再び目を開いたとき、そこには驚くべき景色が広がっていた。
先程まで見ていた、長閑な牧場は消え去っている。
彼は、空に浮かんでいた。
水色の絵の具で塗りつぶしたように鮮やかで青い空が、頭上を覆っている。
足元には地上があったが、そこは楽園であった。
少なくとも彼には、そう見える。
もし聖書に記述されているエデンが本当にあるとすれば、多分今足元に見えている世界なのであろう。
彼は、そう思う。
緑の木々に、宝石の鮮烈な色彩を宿した花々が咲き誇る庭園。
それらの庭園が、幾何学的な配列で建物が並ぶ都市の回りに、配置されている。
都市を構成している建物は、皆それなりの規模を持っているが、それらは彼の知るどのような建築様式とも合致しない。
流麗な曲線が組み合わせて造り上げられており、風や雨が岩を長い月日をかけて削り形作った自然物のようにも見える。
しかし、それらが人工のものであるのは疑う余地はない。
明らかに、都市全体が調和を持つように個々の建物が造られているのが判ったからだ。
彼は、空の上で目眩を感じる。
一体これは、麻薬の幻覚なのだろうか。
もしかすると、ここの空気はナンシップの残骸から漏れた薬物に満たされていたのかもしれない。
知らない間に、その薬物が混じった空気でも吸っていたのかとも思う。
けれどもその景色は、幻覚の持つ混沌とした異様さを、持っていない。
むしろ、非常に高度な知性によって造り上げられたものであろうと思える。
さらに、驚くべきものを彼は見ていた。
それは、太陽である。
その太陽は、彼の知るものとは別の、宙空に浮かぶ球体であった。
その気になれば、太陽の上を飛ぶこともできそうだ。
実際、その世界の空を何隻もの飛行船が航行していたが、太陽の上を通りすぎていく船もある。
この景色を見て、彼に想像できる答えはひとつしかない。
その太陽は、人工的に造られたものだ。
極東のファシストが支配する国へ、二発の新型爆弾が投下され街を破壊したときく。
その新型爆弾は、地上に太陽をもたらすようなものだと聞いた気がする。
もしかすると、その新型爆弾を炸裂させる原理を制御して、あの太陽を造り上げたのかもしれない。
もし、そのようなことが可能であるのならば。
彼らの世界を破壊し、文明を滅ぼすなど容易いことだろう。
彼がそう確信した瞬間、彼の視界を再び眩い光が満たす。
彼は、一瞬目をとじた。
彼はもう一度、目を開く。
そこには長閑な牧場が、広がっていた。
その景色に、何も不思議なところはない。
身長5フィートの、死にかけた小人がいる以外は。
グレイは、本当に苦しそうである。
先程のビジョンを彼に見せることで、力を使い尽くしたようだ。
彼は、長いため息をつく。
「ひとつ、教えてくれ」
グレイは、苦しげな顔をしつつも彼に眼差しを向ける。
彼は、言葉を続けた。
「あんたは、宇宙人なのか?」
彼は、一瞬グレイが苦笑を浮かべた気がする。
「わたしたちは皆、同じ宇宙に住む宇宙人さ。そうじゃあないかね」
それが、グレイの最後の言葉となった。
銀色の与圧服を着た小人は、緑の草原へ沈んでいく。
グレイが倒れるとき、その手からこぼれ落ちたものがある。
ひとつは、ヘルメット。
もうひとつは、金属の箱だった。
彼は、足元に転がってきた箱を、半ば無意識のうちに拾い上げる。
手にしたとき、箱は自然に蓋を開いた。
あたかも、彼に拾い上げられるのを待っていたかのように。
彼は、その箱を覗き込む。
そこにあるのは、本だった。
重厚な革の表紙を持つ、部厚い本。
彼は、聖書のようだと思う。
エイリアンズ・バイブル。
彼は、こころの中でそう呟いた。
2007年9月
テキサス州エルパソ

少年は、ガレージの中に足を踏み入れる。
エルパソのオールドタウン、そこの片隅にあるこのガレージはとても雑然としていた。
一応、バイクショップとしての看板は表に出ているが、中はただのジャンクヤードにしか見えない。
分解された車体や、取り外されたエンジン、色々な工具や部品が整理されずに並んでいるだけではなく。
アフリカの呪いに使うような仮面や、インディアンの精霊を顕しているような人形。
東洋のものであるらしい衝立に、ヨーロッパのどこかからきたような木製家具。
ここの主が、世界中を巡って収集したガラクタも放置されているような気がする。
少年は、足元に気をつけながらガレージの奥へと入っていく。
褐色の肌に黒い髪、黒い瞳、しかし顔の形は彫りが深くメスティーソのように見えた。
少年は、奥の事務所に向かって声をかける。
「セニョール、セニョール・ジェット」
奥にある事務所の扉が開き、長身のおとこが姿を現す。
青い瞳に白い肌で、アングロサクソンらしく鼻が高く彫りの深い顔を持つおとこだ。
身につけたデニムのジャケットは作業着として使っているらしく、ところどころにオイルの染みがついている。
頭にテンガロンハットを載せており、白くなった髪はその帽子に隠されていた。
老いたというほどに年はとっていないように見えるが、顔に刻まれた皺は決して若いとはいえないことを示している。
しかし年の割には気さくな性格らしく、穏やかな笑みを少年に向けた。
「よお、ホンダの修理なら終わっているぜ」
ジェットと呼ばれたそのおとこは傍らのシートをめくり、その下にあるホンダのオフロードバイクをむき出しにした。
少年は、嬉しそうに微笑む。
「ありがとう、セニョール・ジェット」
「それにしても」
ジェットはポケットから煙草を取り出すと、唇に咥える。
「このあたりでこんな小さなバイクに乗ってるのは、お前くらいだろう」
少年は、苦笑した。
「大人になって稼げるようになったら、デカいバイクを買うさ。その時セニョールの店がまだあれば、ここで買うよ」
ジェットは苦笑を返しながら、煙草に火を点ける。
「ああ、店を潰さないようせいぜい頑張るよ」
少年は、バイクに跨るとエンジンをかける。
ホンダは、快調なエンジン音を響かせた。
「おい、どうやってここまで来たんだ? 歩いて来たわけでもないだろ」
「ヒッチハイクだ。道を教えるついでに、車に乗せてもらった」
ジェットは、驚きと共にガレージの外へ目を向ける。
外の光を背に受け、逆光で黒い影となっているひとがいた。
シルエットから判断すると、おんなのようだ。
ジェットは、少し目を細めた。
おんなは数歩進み出て、ガレージの蛍光灯に身を晒す。
ジェットは懐かしそうに、笑った。
「よお、フランソワーズ。久しぶりだな」
銀灰色のロングコートを纏ったそのおんなは、笑みを浮かべてうなずく。
幅広の帽子に隠されているが、その顔にはジェットと同様に深い皺が刻まれている様だ。
老いたというまではいかないが、若さはとうの昔に置き去りにしてきた年齢にみえる。
「またね、セニョール」
少年はジェットに向かって手を振ると、ホンダを発進させる。
ジェットは、その背に叫んだ。
「今度は転ぶんじゃねぇぞ」
少年はギヤを入れ前輪を多少浮かしながら、表へ飛び出す。
ジェットは、それを見送るとゆっくり煙草の煙を吐きながらフランソワーズを見る。
「車を、中に入れなよ。路駐のままにしておくわけにも、いくまい」
フランソワーズは頷くと、ガレージの外へと消える。
入れ替わりに入ってきたカブリオレを見て、ジェットは軽く口笛をふく。
貴婦人が持つ優美で美しいボディラインを描いた、スポーツカーであった。
ワインレッドの赤いボディは、気品を漂わす。
美しい外見にはそぐわない、獰猛なエンジン音を響かせている。
「シトロエンD21じゃないか、まさかオリジナルじゃないだろうな」
オリジナルであれば、70年代ごろに作られた車ということだ。
30年以上の月日を生き抜いた、老戦士ということになる。
自分ならそんなメンテナンスが面倒そうな車は、ごめんだなと思ってしまう。
フランソワーズは、エンジンを切って車を降りると涼しげな笑みを浮かべた。
「言っておきますけれど」
フランソワーズは、腰に手をあて少し悪戯ごころを含ませた笑みを浮かべる。
「メカニックのメンテナンス技術は、あなたより上だと思うわよ」
ジェットは、苦笑した。
「なんにでもコンピュータを組み込めばいいと思っている今の時代は、どうも好きになれないんだよな」
ジェットはわれながら、なぜこんな言い訳をしてるんだろうと思いつつ、フランソワーズを手招いた。
「とりあえず、中に入りなよ。コーヒーでも入れよう」
奥の事務所は、ガレージと違いとても片付いている。
殺風景な部屋といっても、いいくらいだ。
無造作に長い事務机が置かれ、その奥にデスクトップコンピュータの設置されたワークデスクがある。
ジェットは、事務机のそばにある椅子を指さす。
「まあ、座ってくれ」
腰を降ろしたフランソワーズの前に、ジェットはマグカップを置く。
そして、パーコレーターからコーヒーを注いだ。
こころを落ち着かせる香りが、部屋を満たしていく。
「豆はメキシコ産だが、フルシティローストで焙煎した。味は、悪くないと思うぜ」
フランソワーズは、マグカップを手にする。
ジェットは、彼女の眼差しがコーヒーに向けられていないことに気がつく。
ワークデスクの後ろにある壁にかけられた写真、フランソワーズの目はそこに向けられている。
とても古い、写真のようだ。
カラー写真を引き伸ばしたもののようだが、既に退色してしまいセピア色に近づいている。
古い思い出にふさわしい、色褪せぶりだ。
そこには、8人のコンバットジャケットを纏った兵士が写っている。
コンバットジャケットはマルーンレッドに染められており、いわゆる軍装とはおもむきが異なっていた。
皆、首に山吹色のマフラーを巻いていた。
まだ若い、少年少女といってもいい年齢にも見える兵士たちである。
そして、少年のひとりはジェットの面影を持つ。
また、フランソワーズの面影を持った少女もいた。
フランソワーズは、まだ乳飲み子のように見える子供を胸に抱いている。
そして、中央にはひときわ目立つ少年がいた。
少女のように、繊細な顔立ち。
少年らしく、凛々しい眼差しを持っている。
顔の形は東洋人のようだが、髪は亜麻色で瞳はブラウンだ。
人種は様々な少年少女たちであったが、その写真からチームとしての一体感のようなものが感じられる。
そんな写真だ。
ジェットは、少し苦笑する。
「この写真だけは、どうにも捨てられなくてね」
フランソワーズは、マグカップに口をつける。
「おいしいわ、ジェット」
フランソワーズは、悪戯っぽく笑う。
「多分、あなたバイク屋より喫茶店をしたほうがいいわよ」
ジェットは再び、苦笑する。
「悪い知らせがあるんだな」
ジェットの言葉に、フランソワーズは目を見開く。
ジェットは、少し懐かしむような目をする。
「フランソワーズ、君はいつも悪い知らせを言う前に、戯れ言を言うくせがあった。変わってないよな」
フランソワーズは、そっと笑みを浮かべ壁の写真を見つめる。
そして、投げ出すような調子で言った。
「チャンが死んだわ」
ジェットは新しい煙草に火をつけ、ゆっくり煙を吐き出す。
「そうか」
「香港で、交通事故にあったの」
「ああ」
ジェットは、少し眉をしかめる。
「PLA・GSDの第二部だな」
フランソワーズの眼差しは、写真に向けられたままだ。
「チャンは、協力を拒んだのよ」
ジェットは、長いため息をつく。
「ピュンマは、ダルフールで。ハインリヒは、チェチェンで。ジュニアは、イラク。皆、戦場で平和維持活動に従事して、死んだ」
ジェットは、青い眼差しを曇らせる。
「PLA・GSD・第二部、スペツナズ・アルファ部隊、CIA」
ジェットは、ため息をつく。
「やつらにしてみれば、冷戦時代の遺物ともいえるおれたちは目障りなんだろうな」
フランソワーズは、投げやりな眼差しを投げ出している。
「グレートは、違うわよ」
「ああ」
ジェットは、苦笑する。
「浮気がばれて、恋人の雇った殺し屋に殺されたんだな、やつは」
ジェットは、眉間にしわをよせた。
「どんな色男にも変身できるってのは、おとこにとって危険な能力だぜ」
フランソワーズの目に、苛立ちの色が浮かぶ。
「誰も殺される必要は無かったはずよ、うまく立ち回りさえすれば」
ジェットは困ったように、微笑む。
「まあ、そうだな。君のように生きれば、殺されることはない」
フランソワーズの瞳に、冷たい炎が宿っているように見えた。
「ジェット、チャンは紛争をなくすために、動いていたわけじゃない。彼は、ただの中華料理屋だった。それでもPLAは放っておかなかった。判るでしょ」
ジェットは冬の空を映したように青い目で、フランソワーズを見る。
「君のクライアントは、ロスチャイルドだったかな」
フランソワーズは、頷く。
「まあ、面倒くさいということだ、そういうやり方が」
フランソワーズが口を開こうとするのを、ジェットは目で止める。
「殺されるつもりはない、うまくやるさ。おれなりにね」
フランソワーズは一瞬だけ寂しげな目をしたが、結局は頷く。
もう彼らは、写真に映っている少年少女ではないし、チームでもない。
どのような決断であろうと、変えることはできなかった。
「生き残っているのはおれと君、それにジョー、そしてイワンか」
ジェットは、フランソワーズの目を見る。
「そう言えば、イワンはどうしているんだ」
「いるわよ」
フランソワーズは、自分の足元を見る。
そこには、影があった。
床に零れた黒い液体が、広がっていく。
影は、そんなふうに動きはじめた。
やがて影は平面から解き放たれ、空間の中へと浮上していく。
ジェットは、雲が湧き上がる様を連想した。
瞬く間に黒い影は、形をとりはじめる。
そこに出現したのは、黒い犬だ。
黒い毛並みは濡れた液体の輝きを、放っている。
ジェットは、感嘆の吐息を漏らす。
黒い犬は、ジェットの頭の中に直接語りかけてきた。
(やあジェット。久しぶりだね)
「やれやれ、なんでそんな姿になったんだい、イワン」
黒い犬は、満月の金色に光る目をすっと細める。
ジェットは、イワンが笑ったように感じた。
(サイコキネシスはあっても、乳幼児の身体は少々不便なのでね)
ジェットは、肩をすくめる。
「歩ける身体があるなら、影の中に潜むことはないんじゃないのか?」
ジェットの問いに答えたのは、フランソワーズだった。
「犬の身体で動き回ることはできるけれど、結局起きている時間は一日に数時間なのよ。だから眠っている間は、ディラックの海に沈んでいる」
「なんだって?」
ジェットは、眉をあげる。
今度は、イワンが答えた。
(量子化して、虚数空間に溶け込んでいるんだ。簡単にいえばね)
いやいや、どこが簡単だよと思ったが、ジェットは口にださない。
イワンは脳のナイトヘッドと呼ばれる未使用領域を活性化する能力を、サイボーグ化によってえた。
そのことによって、テレパシーやサイコキネシスといったサイキック能力を使えるが、その代償として一日の大半を眠って過ごしている。
また肉体も、サイボーグ化手術を受けた一才児の時点から、成長することはなかった。
犬の肉体をえても、そこは変わらないということだ。
多分、影に潜むのはテレポーテーションの能力を応用しているのだろうが、ジェットにはよく理解できないし理解する気もない。
ジェットは、少し首をふる。
「何にしても、その姿じゃコーヒーをすすめるわけにも、いかないな」
(ミルクなら、歓迎するよ)
ジェットは立ち上がると深めのスープ皿にミルクを注ぎ、机におく。
犬の姿のイワンは、前足を机にかけ器用にミルクを舐めていった。
「それで、ジョーのやつはどうしているんだ」
ジェットの問いに、フランソワーズは目を細める。
「相変わらずよ」
「やつはまだ、17才の姿で記憶を封印したままなんだな」
かつて9人のひとびとが、サイボーグ化手術を受けた。
それは、非合法組織による人道を無視した、人体実験である。
イワンもフランソワーズも、それにジェット、また既に死んだチャン、ハインリヒ、グレート、ジュニア、ピュンマ、彼らもサイボーグ手術を受けていた。
彼らは半ばひとであり、半ばサイバネチック・ウェポンである。
しかし、ジェットやフランソワーズはまだひととしての部分が大きく残されていた。
だから年齢に応じて、老化していく。
ジョーは、違った。
彼は最後にサイボーグ化実験手術を受けたので、それまで踏み込まなかった領域まで改造されている。
ひとの部分は、ジェットやフランソワーズ以上に削られていた。
フランソワーズは表情を見せたくないとでもいうかのように、少し目をふせる。
「彼のサイボーグ化は、あまりに深すぎる。だからひととして、老いることもゆるされない。ジョーの精神は、彼の肉体を許容することはできないの。だから、そのこころは封印したまま。多分。これからもずっと」
(僕が彼の精神をコントロールして、永遠に17才の時をループするようにした。その精神制御を解除するのは、とても危険だ)
ジェットは、少し口を歪める。
かつてひとつのチームとして共に戦った友のことを考えると、いつもこころを抉られるような気持ちになった。
イワンの判断が正しいのは、もちろん判っている。
素手でT90戦車を破壊し、F22戦闘機を撃墜できる戦闘機械に狂った精神が宿るのは、とてつもなく危険だ。
メルトダウンした原子炉なみに、やっかいな存在といえる。
殺さないという選択をするのなら、精神制御をするしかない。
けれど、それが残酷なことのように思えてならない。
ジェットはイワンを見つめ、フランソワーズを見つめる。
拳を握って、また開いた。
言うことは色々あるような気もするが、言葉にしようとするとそれは思考から逃れていく。
4, 3

  

ふと、フランソワーズが目をあげた。
耳をすませて、いるようだ。
「招かれざる客が、近づいているわ」
ジェットは、方眉をあげる。
「おれはちゃんとしたUSAの市民で、税金も滞りなく払っている。ラングレーやペンタゴンに難癖つけられる覚えはないぜ」
フランソワーズは、首をふった。
「あなた、バイカーズギャングと付き合いがあるの?」
ジェットは、呆れ顔になる。
「そんな連中に、マシンを売ったおぼえはない」
ジェットのその言葉に応えるように、獰猛なエンジン音が轟いた。
金属の捕食獣たちが、ガレージにたどりついたらしい。
ジェットはやれやれと首をふると、事務所の外へ出た。
大排気量バイクに跨った、ギャングたち。
人種、年齢は様々である。
白人、黒人、スパニッシュ、東洋人。
共通しているのは、6フィートを越え200ポンド以上にはみえるごつい身体と、髑髏が描かれた革のライダースジャケットを身につけていることだ。
ヘルメットをとった白人のおとこが、ジェットの前にたつ。
太股に鉈のように大きなコンバットナイフを、さげていた。
背後でひとりのおとこがポンプアクション・ショットガンを、かまえる。
レミントン870をソードオフして、振り回しやすくしたタイプのようだ。
ハンドグリップを動かし、チェンバーへ弾を送り込む。
ジェットの前に立ったおとこが、くちをひらいた。
「ダグラスを、知ってるな。このサバーカめ」
悪態は、どうやらロシア語ようだ。
だとすると、ロシア系だろうか。
ジェットは煙草に火をつけ、ゆっくり吸い込むと煙を吐き出す。
ロシア系のおとこが苛立つのを見ながら、少し笑みをうかべる。
「元帥にも旅客機にも、知り合いはいないが」
「マッカーサーじゃねぇ」
くすりとも笑わず、ロシア系のおとこは凄む。
「バイクを売ったろう。ダグラスは、てめぇから買ったバイクで事故って死んだ」
ロシア系のおとこは、太股からコンバットナイフを抜く。
「整備不良だったと聞く」
「ほう」
ジェットは煙草を咥えたままた、顎に手をあてる。
「だったらなんで、シェリフがおれのところにこない。この街のシェリフは、テキーラでも飲みすぎて昼寝をしているのか?」
ロシア系のおとこの目が、つりあがる。
「知るかよ、てめぇ」
「第一」
ジェットは、口を歪めて笑う。
「おれの客は、老人か子供ばかりだ。金があってまっとうな客は、もう少しちゃんとした店にいくがね」
意外にも、失笑がおきたのは彼の後ろからだ。
「ちゃんとしてない、て。認めたらだめでしょうに」
フランソワーズの言葉を背中で聞いて、ジェットは肩をすくめた。
「すまんな、バイク屋よりカフェの店長が向いてるおとこで」
「ふざけてるんじゃねぇぞ」
ロシア系のおとこが怒号し、のこりのおとこたちもナイフを抜いた。
「とにかく、一緒にこい。いろいろ、聞かせてもらう」
「よかったな、ボーイズ」
ジェットは煙草を吐き捨て、大きく笑う。
「今日は、ひとを殺したい気分じゃないんだ」
バイカーズギャングのおとこたちは、自分の目を疑った。
ジェットの姿が一瞬消え去り、残されたテンガロンハットだけが床に落ちる。
幻影のように、ジェットの姿がロシア系のおとこの背後に出現した。
ロシア系の大きなおとこは、朽ち果てた木が倒れるように床へ沈んだ。
いつの間にか、ジェットの右手には山吹色の布が巻かれていた。
ジェットの意識は、高速の世界へと入り込んでいる。
時間加速装置。
脳内に埋め込まれたナノマシンが意識を操作し、ミリセカンドが分に思えるほどの思考速度がジェットに与えられていた。
ナノマシンは身体各所に埋め込まれており、肉体の反応もひとのレベルを越えている。
加速装置を使って戦うとき、ひとを殺さずにすますのは面倒だ。
けれどジェットは自ら口にしたとおり、今はひとを殺す気分ではなかった。
ジェットはジェルのように重く纏わりつく空気を縫って、動いてゆく。
深海を歩く感覚にも、似ていた。
山吹色のスカーフを巻いた右手で、バイカーズギャングの顎先をこするように殴る。
パンチの速度が時速100マイルを越えないようにするのには、とても骨がおれた。
やれやれと、思う。
フランソワーズは、ジェットが移動するのを音で察知しながら、無造作に前へ踏み出す。
「テキサスでは、見通しの悪い交差点ではショットガンを空に向かって撃つ、ていう都市伝説を聞いたことがあるんだけど」
フランソワーズは小首をかしげながら、ショットガンをかまえたおとこに話しかける。
「あれは、本当だったのかしら」
「おんなだからといって殺さないと思ってんなら、間違ってるぜ。ばあさん」
フランソワーズは、穏やかに笑う。
「見た目が老いたおんなだから無力だと思うなら、間違ってるわよ。ボーイ」
フランソワーズは、そっと歌う。
可聴域を越え、かつ指向性の高められた空気の波動がショットガンのおとこに襲いかかった。
その歌は、頭蓋骨の内側をシェイクする。
おとこは、自分が意識を失ったことに気がつかないうちに、床へ沈む。
加速装置を切ったジェットがショットガンのおとこの背後に出現し、床に沈む前にショットガンを取り上げる。
ジェットは木の枝を折るようにショットガンをへし折ると、フランソワーズに笑みを投げた。
礼をするように、軽く手をふる。
「余計なことだっかも、しれないけれど」
「いや、銃声がしたらいくらテキサスといえ、少し面倒くさい。助かったよ」
フランソワーズはバイカーズギャングがのびているガレージを見渡すと、少しうんざりしたような笑みを浮かべる。
「この有り様、あなたはどう思うの、ジェット」
ジェットは、軽く肩を竦める。
「まあ、ラングレーあたりが、しかけてきたんだろうな。揉め事で、抜き差しならなくなったあたりで、取引を持ち出すつもりだろう」
フランソワーズは、頷いた。
「それで、どうするつもりなの」
ジェットは、気楽な笑みをみせる。
「そうだな、今夜あたり国境を越えるよ。フアレスあたりの下街に潜り込む」
フランソワーズの瞳が少し、つり上がった。
「今のあなたは、死ぬ前のチャンと同じ状況。判ってないとは、言わないでね」
ジェットは、口元を少し歪めた。
「フランソワーズ、君は今、幸せなのか?」
フランソワーズは、軽く舌打ちする。
「そういう問題では、ないでしょう」
ジェットは、首をふる。
「そういう問題なんだ、おれにとっては。おれは、十分に生きた。飼われて生きるくらいなら、野垂れ死ぬよ」
フランソワーズが口を開こうとするのを、ジェットは手で止める。
煙草を取り出すと、火をつけた。
ゆっくりと、紫煙を吐き出す。
「少し、昔の話をしよう」
フランソワーズはあきれたように目を開いたが、ジェットは無視して独り言のように語る。
「1967年、ヴェトナム。おれたちは、ブラックゴーストから武器を受け取り戦場で実験を行っていたカーツ大佐の基地を探し、カンボジア国境付近にいた」
フランソワーズは、口を閉じ昏く目をひからせる。
ジェットは、たんたんと話を続けた。
「君やジョーは、ジャングルの奥へと進んでいったが、おれは戦闘で深手をおって途中でリタイアした。君たちはカーツ大佐との戦闘を終えてヴェトナムを引き上げたが、おれは傷が癒えてなかったので、サイゴンにしばらくいたんだ」
フランソワーズは、何も言わない。
ジェットは気にすることもなく、言葉をつむぐ。
「そもそもおれが傷をおったのは、ひとりの少女をブラックゴーストの兵器から救うためだった。その少女は、別れ際にサイゴンへ帰るといっていた。なんとなく、その娘が気になってサイゴンで無事でいるのを見届けようという気持ちも、あったかもしれない。だが実際のところは、米軍基地の近くにあるバーで、飲んだくれていただけなんだがね」
ジェットは笑みを浮かべたが、フランソワーズは表情を変えない。
「バーには、米兵たちがたむろしていた。みんな、ただのガキだったよ。おれがサウスブロンクスでつるんでいた仲間と、おなじようなガキばかりだった。おれはそんなガキどもと、毎晩ばか騒ぎをして過ごしていた」
なぜか、とても静かである。
まだ真昼のはずだが、真冬の深夜が持つ静けさをがあたりを支配していた。
その奇妙な静寂の中でひとり、ジェットは語り続ける。
「おれはそのバーで、自分が助けた少女と再会することになる。彼女は、バイクに乗ったままバーに突っ込んできた。荷台にはたっぷりとプラスチック爆弾が、積まれていたんだ。その爆弾には、起爆装置がつけられている。エンジンが切れると同時に、爆発するように設定されたものがな」
ジェットの口元には、笑みが浮かんだままだが、目には何の表情も浮かんでいないように見える。
「あのころヴェトコンがよくやってた、自爆テロというやつさ。今だからこうして話すこともできるが、あの瞬間は何がおきたのか全く判らなかった。ただアホのようにバイクが突っ込んできたのを眺め、一瞬だけドライバーの顔を見たというわけだ。その直後、視界が真っ白になり轟音が鼓膜を破り、意識が闇にのまれた」
ジェットは、肩を竦める。
「本当におれは、油断していた。加速装置を使うことを、まったく思い付かなかったほどにね。まあ、実際たかが数十キロのプラスチック爆弾の爆発で、おれは死んだりしない。サイボーグだからね。ただ一緒にいたガキどもは、違う。おれが意識を失ったのは、多分ほんの数秒だ。意識を取り戻した時に見たのは、血まみれで焼け焦げた死体だった。おれ以外の生存者は、ゼロだ」
フランソワーズは、全く表情を変えない。
いや、少しだけ同じ話をさんざん繰り返して聞かされたひとのみせる、うんざりした気配を漂わせた。
しかしそれもほんの僅かで、口元には昼下がりに世間話をする有閑マダムの笑みがはりついている。
「それで」
フランソワーズは、感情を感じさせない声でいった。
「それがどうかしたの」
「どうもしない、どうもしないんだが」
ジェットは、少し眉間にシワをよせる。
「決めたことが、ひとつある」
フランソワーズが、問いかけるように片方の眉をあげる。
ジェットは、笑みを浮かべた。
「おれはおれの敵としか、戦わない」
ジェットは気楽さをよそおっているが、目には揺るがない意思が見える。
「今のところおれの敵は、ブラックゴーストだけだ。やつらが消えた今、戦う理由はない。だから誰かに雇われて、誰かの敵と戦うなんてことはしないんだよ」
フランソワーズは、長いため息をつく。
とてもつまらなそうな、ため息だ。
あまりにつまらなそうだったため、思わずジェットが罪悪感を感じてしまったほどである。
「では、わたしはもう行きます」
立ち去ろうとするフランソワーズに、ジェットは思わず声をかける。
「なあ」
振り返ったフランソワーズに、ジェットは躊躇いがちに問いかける。
「君はまだ、信じているのか。カーツ大佐のいったことを」
フランソワーズは、当然だというようにうなずく。
ジェットは、混乱した表情になる。
「だが、あれは戯言だろう」
少し、沈黙が続く。
ジェットは、苦労して言葉を引きずり出した。
「エイリアンズ・バイブルのあるところに、ソロモン第三の神殿が出現するなんて」
迷い子のようなジェットの顔と対照的に、フランソワーズは穏やかな笑みを浮かべている。
しかしそれは、貴婦人の仮面であった。
ジェットには、造られた表情にしか見えない。
「あなたは」
フランソワーズは、笑みを崩さずに言った。
「カーツ大佐に、会っていないから」
ジェットは、ゆっくりと首をふる。
「会っていないから、冷静な判断をくだせるのさ。判るだろう」
ジェットの表情が、少し歪む。
「ソロモン第三神殿のもとにサイボーグが集められ、サイボーグの王国が築かれる」
ジェットは、重々しく宣告する。
「そんなこと、あるわけが、ない」
ジェットは、それきり口を閉ざした。
自分の放った言葉が全くフランソワーズに届いていないことを、知っている顔だ。
そしてフランソワーズは、仮面じみた表情を全く崩さない。
「ジェット、あなたは」
フランソワーズは、録音を再生するようにいった。
「カーツ大佐に、会っていないから」
1967年9月
ヴェトナム

ジャングルは、何もかもが濃かった。
輝く月のした、生い茂る植物の緑も咲き誇る赤い花も銀色に輝く河の水面も。
すべて子供が原色の絵の具で塗りたくった濃い色に、染め上げられている。
そして虫や動物たちの音や気配、溢れかえる匂いもまた、濃い。
空気の色を真紅に変えたとでもいうかのような血の匂いもまた、濃厚にあたりを覆っている。
ジョーは、無造作に川岸から密林の中へと踏み込んでゆく。
彼のまとったマルーンレッドのコンバットジャケットも、首にまかれた山吹色のスカーフも、月明かりの下でとても目立っていた。
目立つことは、彼らサイボーグにとってそう大きな問題ではない。
ひとりでも、装甲連隊並の戦力を持っているのだ。
相手側がどのように迎撃しようとも、撃破するつもりである。
むしろ、陽動しておびき出しているといっていい。
ジョーは水の中にある水のように、滑らかな動作で闇を移動していく。
とても自然な動作であり、自分の街を散歩しているかのようだ。
ジョーの後ろに続いているフランソワーズが、高速言語で色々な情報を送り込んでくる。
もう彼らは、敵地に入り込んでいた。
カーツ大佐の、支配区域にいる。
ジョーたちは、米軍のLCVPに同乗してここまできた。
しかしその船は、撃沈されている。
同乗していた海兵隊の特殊部隊に所属していた兵たちは、全滅した。
彼らは、カーツ大佐の部下であったものたちだ。
カーツ大佐は、米軍から見れば裏切り者かもしれない。
しかし、カーツ大佐にそんな意識はないだろう。
彼は米軍、ヴェトコンどちらに味方することもなく、積極的に敵対することもなかった。
彼が協力していたはずのブラックゴーストですら、カーツ大佐にとって利用する対象でしかないように思える。
彼は、ヴェトナムのジャングルの奥、カンボジア国境付近に独自の王国を造りあげた。
その王国は、サイボーグ兵器によって守られた、ある意味東アジアのどの国家にも匹敵しうる戦力を持っている。
ジョーたちは、そのカーツ大佐から招かれたのだ。
刺客を送り込まれるという、物騒な招きではあったが。
ジョーは、さらにジャングルの奥へと踏み込む。
月明かりの下、幻想的な緑が支配するジャングルで、サイボーグ兵器たちがジョーへの迎撃体勢を整えていく。
その情報は、ジョーから少し離れたところにいるフランソワーズから、高速言語によって送り込まれている。
ジョーたちサイボーグは、脳の一部をナノマシンによってブーストをかけ、高速で駆動していた。
だから、普通のひとにはノイズにしか聞こえないような高周波パルス音もデコードし、情報として読み取ることができる。
高周波パルス音によって語られる高速言語を通信に使うことによって、大量のデータを彼らは送受信していた。
ジョーは、フランソワーズがメーザーレーダーで把握したサイボーグ兵器の位置座標を共有していた。
サイボーグ兵器は、巨大なアナコンダの姿をしている。
金属質の輝きを持つ鱗に覆われたアナコンダたちは、月明かりによって夜の虹のように輝いていた。
全長5メートルを越えるサイボーグの蛇たちは、12体いる。
口内にプラズマ砲を装備しており、直撃されればジョーたちでも無事ではすまない。
ジェットはそのプラズマ砲で片足を破壊され、戦線を離脱している。
動物の身体にナノマシンを埋め込んだサイボーグ兵器は、自律的に戦闘ができるわけではない。
それをコントロールしている兵士が、いるはずだ。
フランソワーズはその兵を探していたが、まだ見つかっていない。
やはり、ジョーが囮として動かねばならないようだ。
ジョーは、緑の洞窟となっていたジャングルの奥で、歩みをはやめる。
そしてジョーは、少し開けた場所へと出た。
そこは、サイボーグ兵器たちの、射程圏内でもある。
ナノマシンが埋め込まれたアナコンダたちは、一斉にその首をジョーに向けた。
ナイフのように尖った牙を曝けだして口を開いたアナコンダたちは、口腔の奥を赤く光らせる。
ジョーはフランソワーズから高速言語で蛇たちの情報を受けとると、加速装置のスイッチをいれた。
時間が凍りつくのを、ジョーは感じる。
静寂が、夜のジャングルに訪れた。
揺れていた木の葉も、蠢いていた夜の生き物たちも、流れていた河の水も全て停止する。
全ては、写真の映像となったかのように、動くことはない。
ねっとりと液体の重さを持つようになった空気の中を、ジョーは移動する。
亜音速となり、ジェット戦闘機の速度で移動しているのだが、ジョーの意識では水中を移動するようにゆっくりと動いている。
ジョーが移動することによって、ソニックブームが発生し、木々が揺さぶられ木の葉が舞い凶悪な風が暴走する悪霊のようにジャングルを駆け抜けていく。
ジョーの意識の中では、それらも水に絵の具を溶かしたときにおこる色の波紋のように、とてもゆっくりしたものだ。
ジョーが加速装置のスイッチを入れる前にいたところに、アナコンダたちが発したプラズマ放射が集中し、真紅の爆炎が沸き起こる。
ジョーの意識の中では、それもまたゆるやかに赤球が膨らんでいくだけであったが、実際には地獄の火焔が噴出したような爆発であった。
ジョーの意識では1分以上は経過していたが、現実にはまだ加速装置の使用をはじめて1秒もたってはいない。
そのとき、水中にものを投げ込んだように、空気にゆっくりと螺旋状に渦巻く波動が起こった。
7.62ミリ弾が、液体と化した重い空気をこじあけていく。
ジョーには、その様が見える。
7.62ミリ口径の機銃弾が、アナコンダに着弾し破壊していく。
ジョーの時間加速装置を使った感覚をもってしても、数10秒に一体は破壊されていくのでかなりの早業だといえる。
ジョーは、背後で茂みからハインリヒが身を起こすのを見た。
その右手の先に、重機関銃の銃身が見える。
アナコンダたちは全滅し、ジョーはフランソワーズから受けた情報のとおり、ジャングルの奥へと入り込む。
そこには、黒いコンバットスーツを着たおとこがいた。
アナコンダのような動物に、ナノマシンを組み込むことによってサイボーグ化したとしても、それら知能のない動物ではナノマシンを制御することができない。
だから、遠隔から動物型サイボーグを制御する必要がある。
だが、そうした多数の動物型サイボーグを制御するには、ひとの脳をフルに使用する必要があり、その時に脳は自身の身体制御まで手が回らなくなってしまう。
そのため、黒いコンバットスーツを着たサイボーグのおとこは、自身の身体を制御するための呼吸装置や外骨格マニュピュレーターを装着している。
その姿は、深海で作業するダイバーにも似ていたため、ジョーたちは彼らをヘルダイバーと呼んでいた。
ジョーは加速装置のスイッチを切り、ヘルダイバーの背後で停止する。
ソニックブームが風を巻き起こし、ヘルダイバーは驚きながら後ろを振り向こうとした。
ジョーは、腰のホルスターから拳銃を抜く。
スタームルガーMK1のように見えるその拳銃は、見た目と異なり装填されたカートリッジがプラズマ放射を行うビームガンであった。
ジョーはトリッガーを引き、ジャングルを閃光が貫く。
プラズマビームを放射したカートリッジは、通常の拳銃弾と同様に排出される。
深紅の熱線が空気を焼き焦がしながら、放出された。
放射熱が小さなトルネードを、巻き起こす。
ヘルダイバーの脳が判断するより先に、装着している外骨格マニュピュレータが動いたが、熱線は正確にバックパックを貫く。
小さな爆発が生じ、バックパックは内蔵されている生命維持装置ごと停止した。
生命維持装置が停止したヘルダイバーは、立ち上がったまま黒い墓標と化す。
それを見届けたジョーは、無造作に先へと進んでいった。
フランソワーズが、オールグリーンであると高速言語で伝えてくる。
いつのまにかハインリヒが横に並び、左手に装着した高周波ブレードでジャングルの繁みを切り裂いてゆく。
ジョーが、ぽつりとつぶやいた。
「奇妙だね」
ハインリヒが、ちらりとジョーのほうに眼差しをなげる。
「なんだか僕らは、招かれているような気がする」
ハインリヒの瞳が、鋼の輝きを放つ。
「罠だってのか?」
ハインリヒは、少し口の端を歪める。
「かまいやしねぇよ。罠だったら喰い破ってやるだけさ」
ジョーの後ろを歩む、フランソワーズが言った。
「地上には、サイボーグの存在が感じられないわ。罠なら、カーツ大佐の基地に入ってから仕掛けてくるということね。でも」
フランソワーズは、そっと目を細める。
「罠ならなぜ、あんな攻撃をしかけてきたのかしら」
ジョーは、少しフランソワーズのほうを振り向く。
「多分、カーツ大佐は僕らサイボーグだけを招きたかったんじゃないかな」
ハインリヒは、嘲るように笑った。
「何だってそんな面倒なことを、するんだ」
ジョーは、首をふる。
「判らないね。いずれにしても、行ってみるしかなさそうだ」
6, 5

  

三人は、再び河辺沿いにでる。
河幅が広がり、岸辺に開けた場所があった。
そこに繰り広げられる景色に、三人は息をのむ。
河の浅瀬に、いくつもの十字架が立てられている。
その十字架には、死体が磔けにされていた。
半ば朽ち果てた死体は、それぞれ異なる色に塗られている。
あるものは深紅に、あるものは漆黒に。
また別のものは蒼白、そしてまた別のものは黄色。
USAの兵士だけではなく、ベトコンの死体も混じっているようだ。
内臓は食い荒らされ血も流れ終わっているそれらの死体は、ひとの廃墟にみえる。
何かの生け贄か、宗教的なモニュメントか、全く意図が想像つかない。
ジョーが、呟く。
「十体の死体か」
ジョーは、物憂げにため息をつく。
「僕らを全滅させる、ていうのなら一体多いな」
「狂ってるぜ」
ハインリヒは、吐き捨てるように言った。
「頭のいかれたやつがしでかすことを、いちいち真面目にうけとるこたあないぜ、ジョー」
ジョーは、苦笑してうなずく。
敵の戦略について考える必要はあるが、その内面に思いを巡らすのは危険だ。
特に、相手が怪物的であればあるほど、危険度はます。
今目の前にある光景はカーツ大佐の内面を表現しているような気がするし、それは十分に怪物的である。
ジョーは、首をふりそれ以上考えることをやめて、歩きだした。
フランソワーズとハインリヒも、それにならう。
孤独に輝く月の下で、無惨な廃墟と化した死体を吊るす十字架を横目でみながら、サイボーグ戦士たちは河沿いの道を歩む。
夜のジャングルは、狂気に陥った画家が描く風景画である。
金色の月影が照らす河面は、銀色の道となってのびてゆく。
その左右に繁る木々は、生命が燃焼する緑色の炎であった。
極彩色の血を撒き散らしたように、その炎を花々が彩る。
三人のサイボーグは冥界を歩む亡者のように、蒼ざめた月影を浴びて歩いていった。
そして三人は、また開けた場所へとでる。
そこには5メートルほどの高さから流れ落ちる滝があり、滝の下には小さな滝壺があった。
フランソワーズは、その滝をみてうなずく。
「あの滝の向こうに、カーツ大佐の基地への入り口があるわ」
ジョーは腕組みをして、瞳を曇らせる。
「さて、どうしたものかな」
元々の作戦では同行した海兵隊特殊部隊が陽動の攻撃を行っている隙に、侵入するつもりであった。
けれどその海兵隊の兵は装備ごと、河の底だ。
ハインリヒは、大きく笑う。
「なあに、深く考えることはない。派手にいこうぜ。どっちみち、おれたちは罠に飛び込むんだろ。それに」
ハインリヒは、円筒形の物体を手の上で弄ぶ。
「おれたちには、これもあるしな」
ジョーは、憂鬱げにその物体を見た。
全長10センチほどのそれは、電磁パルス弾である。
作動すると、強力な電磁パルスを発して一時的に全ての電子兵装を作動不能にすることができた。
しかし、ナノマシンも動作を停止するのでサイボーグにとっては諸刃の武器である。
その使用には、それなりのリスクがともなった。
何にしても、やるしかなさそうだ。
ジョーの肩に、フランソワーズが手をかける。
高速言語で、ジョーの脳にメーザーレーダーで把握した基地の内部情報を送り込む。
接触できるほど近くにいたほうが、情報の密度があがる。
フランソワーズの顔が息のかかるほど近づいたため、ジョーは少し頬を染めた。
情報を送り終えたフランソワーズがすっと離れ、ジョーはハインリヒに頷きかける。
ハインリヒは、口を歪め不敵に笑う。
「じゃあ、ひとつぶちかまそうか」
そしてハインリヒは、片膝をつく。
立てた膝から、66ミリ・ロケット砲の砲身が出現する。
ハインリヒの身体に内蔵されているように見える各種の武器は、実際にその身体へ仕込まれているわけではない。
各種武器は、ディラックの海に量子状態となって沈んでいる。
サイボーグ戦士の体内に埋め込まれたナノマシンが、ディラックの海から装備を浮上させ局所実在化させるのだ。
ハインリヒの体内で、ディラックの海から浮上させられた66ミリHEAT弾が装填される。
タンデム構造となったHEAT弾は一撃めで装甲に穴を穿ち、二撃目で対象の内部を爆破する仕組みだ。
ハインリヒは、太ももに突き出たレバーを操作して照準をあわせる。
フランソワーズは高速言語で基地の入り口についての情報を、ハインリヒへと送り込む。
月の光を浴びて蒼ざめた輝きに包まれている滝の奥を、ハインリヒは掌握し照準を調整した。
閃光と爆煙がハインリヒを包み、光の矢が夜の闇を裂く。
それと同時に、太ももの後ろから放出されるバックファイヤが竜の吐息となって、ハインリヒの背後へ赤い帯を描いた。
ほぼ同時に、ジョーが跳躍をしている。
ロケット弾の後を追うように、マルーンレッドのジャケットに身をつつんだジョーは放物線を描いて滝へ向かう。
基地の入り口に、ロケット弾が命中する。
破砕されたガラスの破片となり、滝の水が月光を浴びて銀色の煌めきを見せながら撒き散らされた。
その直後に、タンデム構造の二撃目が炸裂する。
ジョーの目の前に、真昼の光が炸裂した。
ジョーは、巨大な拳となって襲いかかる爆風と火焔を貫いて基地の入り口へ飛び込んでいく。
通常の装備であれば焼け焦げていたはずだが、ジョーの戦闘服は不燃性繊維と金属繊維を混合して作られたものであったため、爆風を浴びても無傷のままだ。
爆風と炎で視界を奪われたが、フランソワーズがナノマシンを使用した量子通信で情報をジョーの頭に送り込んでくる。量子通信は高周波パルスより情報精度は落ちるが、事前にインプットされていた情報に補完され、着地点の情報を正確に把握できる。
ジョーは、まだ爆煙が消えていない基地内へと着地した。
まだ視界は回復していないが、フランソワーズが高速言語で送り込んでくる情報で、その内部構造をジョーは正確に把握できている。
ジョーは着地すると同時に、時間加速装置を作動させていた。
ジョーは、爆煙が凍りついて動きを止めた世界の中で、スタームルガーMk1を抜く。
炎すら深紅の結晶と化して凍りついた基地の中を進み、敵の戦闘サイボーグを位置を把握する。
基地内を警備している戦闘サイボーグはジャングルで出会ったものと同じで、動物をサイボーグ化したものたちだ。
ただここにいるのは蛇ではなく、黒豹のサイボーグであった。
ジョーは、入り口を通り抜けたエントランスエリアで四体の黒豹を確認する。
アナコンダサイボーグと同じく、口腔内にプラズマ砲を装備しているが、加速装置を作動させているジョーの動きには追い付いていない。
ジョーは深海の水並みに重くなった空気を押し退けながら動き、黒豹に向かってビームガンを発射する。
高エネルギーを持ったプラズマ放射が黒豹の頭を貫き爆破して、漆黒の身体に赤い火焔の花を咲かせた。
エネルギーを放出しきったカートリッジが、スタームルガーから排出される。
加速された時間の中で金色に光るエネルギーカートリッジは、宙に浮いたままだ。
ようやく残りの黒豹たちがジョーの動きを追って、プラズマ砲を撃つ。
強力なエネルギーがジョーに襲いかかったが、ジョーは既に身をふせていた。
背中を棍棒で殴られたような衝撃が走り、エネルギーが擦過する。
床に身をふせるとともに、ジョーは二連射した。
さらに二つの花が、闇に咲く。
最後の黒豹が跳躍し、ジョーに襲いかかっていた。
加速装置は装備していないが、人型のサイボーグと比べるとけた外れの速度で黒豹は動作している。
ジョーは横に転がりながら、最後の黒豹の頭もビームで粉砕した。
爆炎と漆黒の死体がジョーの横を通りすぎ、黒豹が墜落して床に叩きつけられる。
ジョーは、加速装置を切って立ち上がった。
とたんに世界が、動き出す。
音と風が、もどってくる。
轟音と爆風が、ジョーを翻弄した。
天井で基地の消化用スプリンクラーが作動し、スコールとなって火に降り注ぐ。
やがて人工の雨が止み、ロケット弾が巻き起こした炎もおさまる。
ジョーは、静寂と非常灯の赤い光にみたされた基地内で、オールクリアのサインをフランソワーズに送った。
ジョーは、夕闇に沈む廃墟の気配を纏った、基地の内部を眺める。
奇妙なほどに、ここは静かだ。
この基地を守護しているサイボーグは、四体の黒豹だけではあるまい。
その倍以上はいても、不思議はなかった。
そしてジョーたちを招いたのであれば、どこかで待ち伏せているはずなのだが。
基地の内部は、静かすぎる。
もちろんフランソワーズのように深部まで探索メーザーで調べることはできないが、ジョーとてサイボーグとしての超感覚はあった。
動くものがいれば、察知できる。
しかしここは、太古の墳墓が持つ静寂に閉ざされていた。
ジョーは、気配を感じ入り口のほうを振り向く。
ハインリヒとフランソワーズが、入ってきたところだった。
ハインリヒは右手から7.62ミリ口径の銃口を露出させたままの状態だ。
そしてあたりを見回し、舌打ちをする。
「なんだ、ジョー。全部かたづけちまったのかよ。おれにも残しておいてくれても、いいじゃあねえか」
ジョーは苦笑して、肩をすくめる。
フランソワーズは、そっと眉をひそめた。
「静かすぎるわね」
ハインリヒは、笑いとばす。
「賑やかな罠なんざ、ないぜ。奥ではもうパーティの準備を終えて、カーツ大佐は待ちくたびれているだろうよ。行くしかない」
フランソワーズも苦笑を浮かべ、壁にむかう。
ツールキットを取り出すと、壁の一部を操作する。
魔法のように隠し扉が開き、暗い地下への入り口が開いた。
ジョーが感心して、呟く。
「フランソワーズ、君はなんでもできるなあ?」
フランソワーズは、少し紅い唇を歪めた。
「わたしに言わせてみれば、あなたがたは何でも力任せ過ぎて、サイボーグとしての性能を半分も発揮できていないわ」
ハインリヒとジョーは顔を見合わせ、苦笑いをする。
すまし顔のフランソワーズは、隠し扉の向こうを手でしめす。
「さあ、レディファーストなんて言わないでしょうね」
ジョーはスタームルガーを構え、闇の中へと踏み込む。
その後ろにフランソワーズと、ハインリヒが続いた。
ジョーたちは、螺旋階段を下っていく。
闇は深く、ジョーのナノマシンによって暗視能力を付与された目でも、おぼろげにしか見渡せない。
フランソワーズがメーザーでスキャンした情報をたよりにして、下っていく。
地下へと続くその縦穴も、静寂に閉ざされたがらん堂である。
ジョーたちは、建物であれば十階ぶんになるであろう距離をくだった。
サイボーグの身体能力を駆使したため、その距離をくだるのにものの数十秒しか、かかっていない。
地下の底で、再びフランソワーズが壁のパネルを操作し扉を開く。
ジョーたちは、神々しい光に満ちた場所へでた。
そこは、礼拝堂を連想させられる場所である。
壁は剥き出しのコンクリートであるが天井は高く、上方は清浄な光に満ちておりなぜか神聖さを感じた。
高い天井の下には細長い広間があり、もしここが礼拝堂であればその先に十字架があるだろうと思う。
けれど、細長い広間の突き当たりは、銀灰色の壁を背負った舞台があるばかりだ。
そしてその舞台の中心には、玉座と呼ぶに相応しい重厚な椅子が置かれている。
その玉座には、ひとりの人物が座っているようだが、舞台の背後から浴びせられる照明が強力であるため漆黒の影につつまれ正体は判らない。
その空間には独特の威圧感が満ちており、ジョーたちはひどく心理的なプレッシャーを感じる。
ジョーたちは、葬儀の参列者かと思えそうな重い足取りでその玉座へと向かう。
ジョーの頭にはフランソワーズがスキャンした結果が、次々に送り込まれていた。
礼拝堂の壁の奥には、二十体の黒豹型サイボーグが待機しているらしい。
しかし、フランソワーズのメーザーが把握した結果によれば、黒豹たちはみなスリープ状態であり攻撃をしかけてくるようにはみえなかった。
壇上で、黒い影が立ち上がる。
立ち上がったひとは、壇上の影から歩み出ると、高みから降りてくる清浄な光に身をさらした。
フランソワーズは物憂げな瞳で、ハインリヒは面白がっているように、そしてなぜかジョーは懐かしむような目でそのひとを見る。
そのおとこは、死者のようであった。
瞳は虚ろで肌は蒼ざめており、口は呆然と開かれ呼吸していない。
ヘルダイバーと同じように、生命維持装置がそのおとこを駆動しているようだ。
おとこを包んだ外骨格マニュピュレーターが機械音と共に動作し、壇上からおとこの身体を運んでゆく。
ロボットのような、ぎこちない動作であった。
表情はあくまでも虚ろであり、それはかつてひとであったかもしれないが、今やものにしか見えない。
かつて、カーツ大佐と呼ばれたおとこ。
そのおとこが人体の廃墟となって、ジョーたちを迎えている。
「ようこそ、よく来てくれた」
生命維持装置につけられたスピーカーが発するカーツ大佐の声は、予想外に快活で表情豊かである。
どこか別室にいるカーツ大佐が、死体につけられたスピーカーを通じて話しているとでもいうかのようだ。
「気に入ってもらえたかな、あの十体の十字架に吊るされたクライストは」
「一体なぜ」
ジョーは、小首をかしげ問いかける。
「十体なんですか? 聖書に登場する救い主は、ひとりだけだというのに」
ジョーは、なぜか死体が笑ったように感じる。
笑い声が、スピーカーから漏れていたわけではないのだが。
「わたしたちは、シャンバラから迎え入れるのだよ。十の部族をね」
カーツ大佐は、高らかに歌うがごとく語る。
「かつて地上から去ったイスラエルの部族は、十だった。だからソロモン第三の神殿にディアスポラから戻ってくるのは、十部族なんだよ。わたしはその十部族に、生け贄を捧げたわけだ。それと、ジョー、君は聖書の話をしたが君の読んだ聖書は間違っているよ」
ハインリヒが、後ろで舌打ちをしている。
ジョーがカーツ大佐と話をすることが、気に入らないらしい。
それはもっともなのだが、ジョーは魅いられたように話をやめることができなかった。
「聖書に、偽典や外典があるのは知ってるけれど」
「それらも含めて、ひとつにしてもいい。わたしの言っている真の正しい聖書は、それらと別物だ」
ジョーは、奇妙な感覚にとらわれている。
デジャビュとでも、いうのか。
この会話を、かつてかわしたような気がしている。
しかし、間違いなくそんなことはない。
カーツ大佐とは、初対面であった。
けれど、おそらくはジョーに組み込まれたナノマシンが、なにかを記憶している。
「エリア51、ネバダ州の砂漠奥深くにあるその場所で、保管されている。それは、エイリアンズ・バイブルと呼ばれる」
エイリアンズ・バイブル。
その言葉を聞いた瞬間、ジョーの身体がぴくりとふるえた。
彼に組み込まれたナノマシン、それが彼の中でその言葉を聞いた瞬間ざわめいた気がする。
「そこにこそ、真理が書かれている。イスラエル、神と戦うものたち。そのものたちは、十二の部族からなる。地上に残ったのは、二部族のみ。残りの十部族は、シャンバラに行ってしまった。ジョー、君の言う聖書、グーテンベルクの機械がこの世界に行き渡らせたその書物は、わずか二部族のために書かれたものだ。そしてその二部族は、神との戦いを放棄したがゆえに地上へとどまった。そいつらは、偽りのイスラエルだ。真のイスラエル、神と戦うものたちはシャンバラにいる」
「神と戦うもの」
ジョーは、夢見るように呟く。
「一体、どういうことなんだろう」
再びジョーは、カーツ大佐が笑ったように思う。
その声にならぬ笑いは、世界から色を奪い輝きを消し去るような気がした。
「ナノマシンを身体に組み込み、ひととしての領域を越え、神の域へとふみこむこと。すなわちサイボーグとなることこそ、神との戦いではないかね」
ジョーは、ぞっとするような気持ちを味わう。
そして、自分の中でナノマシンがカーツ大佐の言葉を肯定するようにざわめくのを感じる。
カーツ大佐は、ジョーの内面に起きているゆらめきを見透かしたように、軽く頷きかけた。
「わかるだろう、わたしが何をしようとしていたのか」
ジョーは、カーツ大佐がこれから何を言おうとしているか、大体は判っているつもりだ。
そして、それが自分を魅了しつつあることも、知っている。
ジョーは、背後から突き刺さってくるようなフランソワーズの視線も感じていた。
彼女の表情は、見なくても判る。
不安と怯え、そしてその底に薄い怒りが沈んでいる眼差し。
そんな瞳を、フランソワーズはジョーに向けているはずだ。
「ソロモン第三神殿とは、サイボーグの王国を築くための中心となる場所のことだ。そして、それが築き終われば」
カーツ大佐は何かを迎え入れるかのように、大きく両手を天に掲げる。
ジョーは、磔にされた死体を思い出す。
「シャンバラから、イスラエルの十部族が帰ってくる。その日、その時が、とうとう訪れるのだ。それは裁きの日であるとともに、栄光の日でもある」
カーツ大佐の、死びととなった身体に埋まっている瞳が、ジョーに向けられている。
ジョーは、死の向こう側にある深淵が、自分を見据えているように感じた。
「ジョー、我がソロモン第三神殿へよくきた。さあ、共にシャンバラから帰還するサイボーグたちを迎え入れようではないか」
ジョーの中でナノマシンは、かつてないくらいにざわめいていた。
しかし反対に、驚くほどジョーのこころは澄んでいる。
ジョーは、一片の迷いもない瞳で深淵を見つめ返し、スタームルガーMK1をカーツ大佐へ向けた。
「あなたは敵です、カーツ大佐」
ジョーは、穏やかと言ってもいい口調でカーツ大佐へ話かける。
ジョーは背後で、フランソワーズがそっと安堵のため息をついたことを、感じていた。
「投降してください。でなければ、撃ちます」
カーツ大佐は、夜の沈黙につつまれた。
生命維持装置に接続されたその身体は、完全な死者と化したかのようだ。
ジョーは、思う。
まるで、どこかでおこった過ちが糾されるのを待っているようだ。
あるいは、理解の遅い生徒が正解にたどり着くのを、待っているというべきか。
カーツ大佐は、沈黙したのと同じくらい唐突に、語りはじめる。
「ジョー、君はなぜ十体であるのかと聞いたね」
「ええ」
ジョーが頷くのを、死者の瞳が見つめていた。
「むしろ君は、こう思うべきではなかったのかな。なぜ、君たちは九体なんだと」
ジョーは、驚いたように目を見開く。
「僕らは、十体であるべきだというのですか?」
「そう思わない理由は、なんだろう」
ジョーは、困惑した目でカーツ大佐を見る。
死者の顔からは、何も読み取ることができない。
「戯れ言はもう、十分だ」
ハインリヒが叫ぶと、7.62ミリ口径の銃身がつきでた右手をカーツ大佐に向けて一歩踏み出す。
それと同時に、礼拝堂奥の隠し扉が開き、二十体の黒豹型サイボーグが姿を現した。
黒豹たちは、獰猛な唸り声をあげる。
ハインリヒは、楽しげな笑みでそれに応えた。
「ハインリヒ、わたしを殺すのは容易いことだろうがね」
カーツ大佐は、天気の話をしているような穏やかさをもって語る。
「わたしが死ねば、黒豹たちは一斉に攻撃をしかける。君とジョーは、生き延びるかもしれないが、フランソワーズは無理ではないかな」
「そうかしら」
フランソワーズは、微笑みをカーツ大佐になげかける。
フランソワーズは平然としているが、ハインリヒは彼女をかばうような動きをして、銃身をひっこめた。
ハインリヒは、口を歪めて笑う。
「カーツ大佐、これではステルメイトになっちまうぜ。ひとつ、ゲームをしようじゃないか」
「ほう」
カーツ大佐の声に、面白がっているかのような響きが宿る。
「どんなゲームだね」
「おれとあんたが、銃を使って一騎打ちをする。あんたの故郷でカウボーイがやったみたいな、ガンファイトだ」
ジョーとフランソワーズが呆れ顔でハインリヒを見たが、ハインリヒは笑みを口元に張り付けたままだ。
「おれが勝ったら、黒豹たちは停止しろ。おれが負けたら、攻撃するがいい」
「面白いね」
ジョーが困った顔をしてハインリヒを見るが、ハインリヒは楽しげな笑みを浮かべたままだ。
ジョーはハインリヒのやろうとしていることを理解し、肩をすくめる。
「どうやって、一騎打ちをするのかね、ハインリヒ」
カーツ大佐の問いかけに、ハインリヒは答える。
「西部劇みたいに、背を向けあって十歩あるく。そして撃ち合う。それでどうだ」
死者の顔をしたカーツ大佐は、頷く。
そして、外骨格マニュピュレータが動作し、ハインリヒと背を向けて立つ。
カーツ大佐の腰には、大型のビームガンが吊るされていた。
「ジョー、合図をたのむぜ」
ジョーは、頷く。
そして、歌うように聖書の一節をそらんじた。
「汝は顔に汗して食物をたべ、最後には土に帰らん。そは、その中より取られたればなり。汝は塵なれば、塵にかえるべきなり」
ジョーの言葉が終わると同時に、ふたりのサイボーグは歩きはじめた。
その足音は、同じ時を刻む時計のように正確に同じ間隔で響く。
ふたりは、示し合わせたように同じ歩幅で歩いていた。
そして、十歩め。
カーツ大佐の外骨格マニュピュレータが、甲高い音をたてる。
時間加速装置とまではいかないが、ひととしての反応速度を遥に越えた動作で振り向き大型のビームガンを撃つ。
対するハインリヒは、振り向くことなくカーツ大佐から逃げるように全力で前方にダイブした。
その背を、熱放射が擦過しマルーンレッドのジャケットが焼け焦げる。
ハインリヒは、身体を回転させ背中から床に落ちた。
そして手にした電磁パルス弾のスイッチを、入れる。
一瞬、世界が真っ白な光につつまれた。
ジョーは、電磁パルスの衝撃が全身を襲うのを感じる。
体内に組み込まれたナノマシンが、停止していくのが判った。
それは、土の中へ生き埋めにされてしまうような感覚である。
おそらく、カーツ大佐はそれではすまなかったであろう。
彼の生命を維持している装置を内蔵した外骨格マニュピュレータが、停止している。
カーツ大佐は二撃目をハインリヒに向かって放とうとした状態で、フリーズした。
ジョーとフランソワーズは、スタームルガーMK1の弾倉を抜き、通常弾の入ったものに交換する。
電磁パルスによって、ビームガンも使用不可能になるためだ。
通常弾で、ジョーとフランソワーズは黒豹型サイボーグたちを撃つ。
22口径という小口径の銃弾ではあるが、内部に炸薬が仕込まれているため、命中すると小規模な爆発がおこり黒豹型サイボーグは破壊される。
電磁パルスの効果は、数十秒であったが二十体の黒豹型サイボーグは全て破壊された。
全てが終わり、ナノマシンの機能が回復してくる。
ジョーは深海から浮上するような感覚を味わい、ため息をつく。
その時、地の底から響くようなカーツ大佐の声が轟いた。
「ジョー、エイリアンズ・バイブルを手に入れるんだ」
ジョーは、驚きをもってカーツ大佐を見る。
一度停止した生命維持装置が回復したとしても、カーツ大佐の脳は破壊されてしまっていた。
だから、それはシステム内に記録された音声の、再生にすぎない。
しかし、その言葉は重々しくジョーのこころに響く。
「ソロモン第三神殿は必ず復活する。そこへ行くんだ」
ハインリヒは、無造作にビームガンを撃ちカーツ大佐の死体を破壊する。
カーツ大佐の死体は外骨格マニュピュレータごと炎上し、炎の柱となった。
ハインリヒは、吐き出すように言う。
「ジョー、気にするんじゃねぇぞ。狂人の戯言なんざ」
ジョーは蒼ざめた顔で頷く。
ハインリヒは、口の端しを歪めて笑う。
「フランソワーズ、イワンに連絡だ。カーツ大佐の基地を確保したとな」
フランソワーズは、笑みを浮かべ頷いた。

8, 7

  

2007年9月
湾岸エリア

僕は、夢から目覚める。
夢の中で僕は、ジャングルの中にいた。
それは夢の中にふさわしい、極彩色であり幻想的な空間だ。
シュールレアリストの描いた夜の森を思わせるような世界を、僕は旅をする。
まわりには僕の仲間がいたようなのだが、そのあたりは記憶に残っていない。
そのジャングルでは、死者が動き回っていた。
そして、十字架に磔にされたひとびともいる。
そこは、現世と冥界のはざまであったのだろうか。
僕は多分、死者に招かれてジャングルに入り、滝壺の底にある死者の国へと入った。
そこがどう呼ばれていたかは、朧げな記憶が残っている。
ソロモン第三神殿。
そう、呼ばれていたようだ。
僕は、夢の中の世界に魅入られていた。
全てが常軌を逸しているが、すべてがこころに突き刺さってくるような鮮烈さを持っている。
今、この部屋で過ごしている全てこそがむしろ夢なのではないだろうかと、そんなふうにすら思えていた。
そんなことを考えていると、僕の頭を頭痛が襲ってくる。
激しい眩暈をともなう、強い頭痛が僕を襲う。
僕は、苦痛の檻に閉じ込められているようだと思った。
僕は、痛みをこらえながら、夢の中で死者が語っていたことをぼんやりと思い出す。

「ジョー、エイリアンズ・バイブルを手に入れるんだ」

エイリアンズ・バイブル。
それは、一体なんだろう。
僕には、見当もつかない。
けれど、奇妙な確信めいたものが僕にはある。
もうすぐそれは、僕の元にくるのだろう。
全く根拠がないにも関わらず、揺らぐことのない確信だった。
その時、電話が鳴る。
いつものように、僕はそれをとることはない。
けれど僕は、知っていた。
いつもの彼女からかかってきた、電話だ。
しばらく呼び出し音が続いた後、留守番電話の録音がはじまる。

「ここはネバダ州、リンカーン郡、グルーム乾燥湖の近く」

彼女は、いつものように語る。

「あと少しでエリア51に着く。ここにあるの、もうひとつの聖書。そう」

僕は、その後の彼女の言葉を聞き、衝撃を受ける。

「エイリアンズ・バイブルと呼ばれる本。それが、ここにある」

そして、録音が終わった。
静寂が、戻る。
何か、目の前の景色が揺らいでいるような気がした。
ここの全てが芝居の書き割りに過ぎず、この向こうに真の世界、例えば夢の中に出てきたジャングルがあるような気がする。
僕はゆっくりと首をふり、身体を丸めてベッドに横たわった。
もう一度、眠ろうと思う。
今度は夢のない、眠りへといこう。
そう思った。

2007年9月
エリア51

月の明るい、夜であった。
エリア51のゲートを警備するそのおとこは、一台の車がゲートへ向かってくるのを見る。
おとこは、M4自動小銃の携帯とそれを警告無く発砲することが許されていた。
しかし、今手にした自動小銃を発砲する気はない。
夜の闇をヘッドライトで切り裂いてくるその車は、優雅なボディラインを持つスポーツカーであった。
おそらく民間人のものであろうが、マスコミの取材も許すことが無いこのエリア51に民間人がくるとすれば何かの間違いだとしか思えない。
テロリストである可能性もあるだろうが、それにしては車が派手過ぎるし真っ正面からくる理由が無かった。
ゲートの前に、ワインレッドに塗装された流線型のボディを持つ車が、止まる。
シトロエンD21であった。
貴婦人のように美しいボディを持つそのスポーツカーのドアが開き、ドライバーが降りる。
鍔広の帽子を被り、銀灰色のコートを羽織ったおんなだった。
帽子でかくされた顔は、美しいが若くはなさそうだ。
口元に深い皺が刻まれているのを、見ることができる。
おとこはM4自動小銃を手にしたまま、おんなの前に立つ。
「ここは立ち入り禁止ですよ、マダム」
「ロズウェルからきたのよ、ムシュー」
おとこは、苦笑する。
少しフランスの訛りがある英語をしゃべるおんなに、再度警告をした。
「ここは軍の施設です。これ以上進むと、法律で罰せられます。引き返してください」
「随分、長い旅をしてここについたの」
おとこは、肩をすくめる。
本当にラズウェルから来たのであれば、確かに長旅といってもいいだろう。
「マダム、本当は軍の機密なのでしゃべってはいけないのですが、特別に教えてあげます」
おんなは、少し驚いた目をしておとこを見た。
おとこは、笑みをかえす。
「ここには宇宙人の死体も、宇宙船も存在しないんです」
「あら」
おんなは、顔をあげた。
青く美しい瞳が、まっすぐおとこを見つめる。
おとこは何か、違和感を感じた。
気品ある美しさを保っているこの年嵩のおんなに、なぜか危険なものを感じる。
おんなは、ふっと薔薇色の唇を開いた。
虹色の何かが、その唇から零れたような気がする。
いや、色などはない。
それは、歌だ。
彼女は、歌をうたったのだ。
一瞬、気が遠くなる。
気がついた時には、目の前に満足げに微笑むおんながいた。
謁見する女王のように落ち着き払ったおんなは、手にしたプレートをかざしてみせる。
それは、取材許可証である。
「もちろん、わたしは宇宙人に会いにきたわけではないのよ」
彼は、気がつくと頬笑みながら頷いている。
なぜか、全てが夢の中での出来事のように感じた。
さっきの、歌だ。
あの歌が、彼の脳に入り込み疑うことをできなくしている気がする。
そんなことは、現実にありえるはずはないのだが。
しかし、おとこは映画を見ているように目の前でおきている現実を眺めていた。
「本当に、こんな遅い時間の到着になってごめんなさい」
「ロズウェルからこられたのでは、仕方ありません。ジャーナリストも大変ですね」
彼は、自分でも理解できないまま詰所に入ると、いくつかのセキュリティシステムを停止させる。
そして、おんなにICカードの通行許可書を渡していた。
「ロイ・ブッシュネル博士は、セクション7でよかったかしら」
彼は、おんなの問いに頷く。
「セクション7、B5棟です」
おんなは、会釈をしてシトロエンD21へと戻った。
エンジンがかかり、シトロエンがゆっくりと動き出す。
おんなは、笑みを浮かべながら軽く彼にむかって手を振った。
おんなはもう一度、ふっと歌をうたったような気がする。
彼はまた、一瞬意識がくらくなった。
気がつくと、彼はひとりであった。
いつもと変わらぬ砂漠の景色が、夜空の下に広がっている。
夢を見たような、気がしていた。
戦場で受けた精神的外傷による、後遺症なのかもしれない。
何にしても異常はなかったと判断し、彼は交代までの長い時間を待ち続けることにする。
そこは、巨大な倉庫のような場所であった。
いや、おそらくは実際に格納庫であったのだろう。
けれど今そこに格納されているのは戦車や戦闘機ではなく、無数のコンピュータ群である。
高い天井間近に開いた窓から差し込む月明かりによって薄く照らされたその場所には、立ち並ぶ図書館の書架を思わせるコンピュータたちが黒く配置されていた。
金属で組み上げられたラックに格納されているコンピュータは、前面につけられたLEDランプを輝かせている。
その様は、地上に降りてきた星空のようだ。
天井近くを排気ダクトが張り巡らされており、ところどころで冷気を吹き降ろしてコンピュータの冷却を行っている。
稼働しつづける空調の轟音があたりから音を無くし、死の静寂をもたらしていた。
機械が造り上げる夜の迷路となったこの場所は、気温も低く光も少ないためひとの活動できる場所ではなさそうだ。
けれど、夜空を閉じ込めた金属の箱に囲まれているその一画に、そのおとこはいた。
デスクトップコンピュータを配置したワークデスクの前に、そのおとこは座っている。
大きな、そして老いたおとこであった。
鋭い目をして、蒼い光を放つディスプレイを見つめている。
この場所の寒さをしのぐためか、コットンパイルの入ったワークジャケットを来ていた。
ディスプレイには数字と文字が流れてゆき、時折停止する。
おとこはその度に、キーボードを操作していくつかのコマンドを打ち込む。
そして、またディスプレイに数字と文字が流れ始める。
おそらくおとこは何か巨大なデータを、解析しているらしい。
ふと、おとこは操作する手を止めた。
LEDランプを瞬かせているコンピュータに挟まれた暗い通路の向こうを、じっと見つめる。
そこには、気配があった。
立ち上がった影となった、ひとがいる。
老いたおとこは、口を笑いの形に歪めた。
それは、魔術師の笑みである。
おとこは、通路の向こうに佇む影に声をかけた。
「やあ、君はフランソワーズだね」
コツリと、ヒールの音を響かせておんなが姿をあらわす。
老いたというには、少しだけまだ年齢がたりないおんなだ。
鍔広の帽子で表情を隠しつつも、薔薇の花が持つ紅を宿した唇を笑みで歪めている。
銀灰色のコートが、その一画だけ灯されている照明を受けた。
「わたしをご存知だとは、光栄ですわ。ブッシュネル博士」
老いたおとこは鋭い目を、少しだけやわらげる。
「なに、わたしは君の父親みたいなものさ」
フランソワーズは、帽子の下から驚きの眼差しをあらわした。
老いた科学者は、魔的な笑みを浮かべたままだ。
「君たちに改造手術を行ったギルモア博士がここにいた時には、一緒にナノマシンを研究したものだよ」
フランソワーズの瞳は、一瞬くるおしい輝きを宿す。
「ではやはり、わたしたちは1947年ロズウェルで見出されたエイリアンズ・バイブルに記された知識と、グレイの死体に組み込まれていたナノマシンから造り上げられたのですね」
ブッシュネルは、ゆっくりと頷く。
「もちろん、そうだ。我々は、グレイのもたらしたナノマシンを実験するために君たちゼロゼロナンバーを造り上げた」
フランソワーズは、静かに頷く。
「九人のゼロゼロナンバー。それは、イスラエルの十部族と対応するはずだった。だから十人めが、いるはず」
ブッシュネルは、歪んだ笑みを浮かべている。
「そうだよ。けれど、十人めはゼロゼロナンバーではない。実験体ではなく、完成体として造られたからね」
フランソワーズの目が、昏くつりあがる。
「聞いていないわ、そんな話」
ブッシュネルは、そっとため息をつく。
「なんだ、カーツ君はその話をする前に、君たちに殺されたのか」
ブッシュネルは、軽く肩をすくめた。
「サイボーグ・アルファ。対シャンバラの最終兵器。リチャード・バード准将が南極で接触を受けた時から、偽りのイスラエルであるロスチャイルドがずっと開発を続けていた存在」
ブッシュネルは、魔物のように笑い続けている。
「アルファが、完成すると共に冷戦が終わった。なぜならもう、実験の必要が無くなったからね。ブラックゴーストも君たちによって、排除された」
「それでは」
フランソワーズの声には、少し怯えが含まれている。
「ジョーは、アルファではないということなの」
ブッシュネルは、残酷な笑みを浮かべて頷く。
「彼は、あくまでもゼロゼロナンバーでありアルファではない。それでも」
フランソワーズは、狂おしい表情でブッシュネルを見つめていた。
「ジョーは、特別な存在だ。我々にとって。そして、君にとっても」
フランソワーズは、そっとため息をつく。
「アルファは、完成した。では、ソロモン第三神殿も造り上げられているということですね」
ブッシュネルは、誇らしげに笑う。
「そうだよ、シャンバラから帰還する軍団を迎え撃つ要塞、ソロモン第三神殿は完成した」
フランソワーズの瞳は、真冬の星が放つ光を宿す。
「それがどこにあるのかを、わたしは聞きにきました」
急にブッシュネルの顔から笑みが消え、途方にくれた表情となる。
「それは、知らない」
「まさか」
フランソワーズは、侮蔑の笑みを浮かべた。
「当然、あなたはソロモン第三神殿の建設に関わっていたはず。それに今もそうやって、エイリアンズ・バイブルの解析を続行しているということは」
老いた科学者は、疲れた目をしてフランソワーズを見つめていた。
「まだ本当はソロモン第三神殿の建設は、続いている。ロスチャイルドも、知らないところで。違うかしら」
ブッシュネルは、死人のように蒼ざめた顔で首を振った。
「帰りたまえ、フランソワーズ。君は、ソロモン第三神殿へ行ってはいけない」
「あら」
フランソワーズは、小首を傾げてみせる。
「そこは、サイボーグの王国の中心となるのでは?それなら、わたしのことも、迎え入れてくれるべきだわ」
「そうではない」
ブッシュネルは、憂鬱な口調で語る。
「ソロモン第三神殿は様々なサイボーグが集積して造られた、ひとつの巨大なサイボーグだともいえる。つまりフランソワーズ、そこにいけば君は要塞の部品として、組み込まれてしまうだろう」
フランソワーズは、朗らかな笑みを浮かべた。
「でもわたしは、アルファに会いたいのよ」
ブッシュネルは、さらに言葉を紡ごうとした。
しかしその時、フランソワーズは歌をうたう。
彼女の歌は、ひとの可聴域を越えた音波によって構成されている。
それは、ひとの身体の内部へも浸透していく。
そして、ひとの身体内部、任意の箇所に共振動を起こすことができた。
フランソワーズはサイボーグ化手術によって得た聴力を使い、音によってものの内部を「視る」ことができる。
今、フランソワーズは歌を使ってブッシュネルの脳を透視していた。
彼女は、脳のどの部分に共振動で刺激を与え、どこの機能を一時的に麻痺させることができれば、ひとが意志というものを失うのかを知っている。
フランソワーズは、音でロボトミーを行うことができた。
ブッシュネルの目から、光が消える。
少し痴呆的な笑みが、浮かび上がってきた。
フランソワーズは、老いた科学者の脳を操ることに成功する。
フランソワーズは、静かに言った。
「ソロモン第三神殿へ行くには、どうしたらいいの」
ブッシュネルは、穏やかな口調で応える。
「ヨコスカベース、グランドゼロへ行ってみたまえ」
「それと、もうひとつお願いがあるの」
ブッシュネルは、虚ろな目でフランソワーズをみる。
「何かね」
フランソワーズは、ブッシュネルにメモリスティックを渡した。
「これに、エイリアンズ・バイブルのデータを入れて欲しいの」
ブッシュネルは無言でメモリスティックを受け取り、機械的な動作でそのメモリへデータのダウンロードを行う。
ブッシュネルは、歪んだ笑みをうかべてメモリを差し出した。
フランソワーズは、満足げに頷きメモリスティックを受け取った。
彼女がそれを手に入れるためにたどった遠い道のりを考えると、手にしたスティックはとても軽く頼りない。
それでもその小さなスティックには、彼女をはじめとする全てのサイボーグを造り上げるための設計図が納められているはずだ。
もちろん、サイボーグ・アルファの情報も含めて。
フランソワーズがその状況に気がつかなかったのは、単に物思いに耽っていたためだけとはいえない。
フランソワーズは、ブッシュネルの眼差しに気がつき後ろを振り向く。
薄闇の中から、唐突にロボットのような兵器が姿を現した。
二体の、ヘルダイバー型サイボーグが迫っている。
光学迷彩フィルムを装甲板に貼りつけていたようだが、今は停止させ姿を現していた。
さらに稼動音を、自身で発生させるノイズに紛れ込ませて消し去る、ステルス機能も持っているようだ。
形体こそフランソワーズがベトナムで戦ったヘルダイバーたちと同じで、外骨格マニュピュレータを死体が装備していたが、性能はレベルが違うらしい。
二体のヘルダイバーは、グリースガンのような形状のレーザーをフランソワーズへ向けていた。
「投降したまえ、フランソワーズ」
フランソワーズの与えたロボトミーの効果が消えたらしいブッシュネルが、後ろから語りかけてくる。
「もう、ロスチャイルドとも話はつけてある。われわれが独自に研究したことも、彼らに開示することになった。抵抗しなければ、君の身柄は無傷でひきわたすよ」
フランソワーズは、手にしたメモリスティックをかざす。
「これは、どうなるのかしら」
ブッシュネルは、笑い声をたてる。
「それは無理だ、判ってるだろう」
フランソワーズは、ため息をつく。
「判ったわ。投降する」
フランソワーズは、両手をあげた。
その瞬間、彼女は全開にした歌をはなつ。
メーザー砲と同じパワーを与えられたフランソワーズの歌は、ヘルダイバーたちの顔面を叩く。
それはほんの数秒、時間を稼げたようだ。
一瞬ヘルダイバーが動作を停止させた隙をついて、フランソワーズはブッシュネルの背後に回り込む。
その行為には、全く意味がなかった。
ヘルダイバーは、ブッシュネルを無視してレーザーガンを撃つ。
ビームは、あっさりブッシュネルの身体を貫通してフランソワーズの肉を抉る。
左の脇下と、右の腰に決して癒えるこの無い傷を与えられたフランソワーズは、ブッシュネルの死体を捨てて後ろへ飛ぶ。
ヘルダイバーには、加速装置が装備されているわけではない。
しかし、脳に身体維持の機能を放棄させ、演算能力だけで脳を使用しているヘルダイバーは短時間だけならスーパーコンピューターを装備しているような、性能を示す。
フランソワーズは、レーザーガンが自分をロックオンしているのを感じた。
二撃目は、彼女の手か足を奪うだろう。
そうなるともう、逃げることはできない。
フランソワーズは、死を覚悟した。
その瞬間、頭上で轟音が響く。
屋根の部品や破壊された空調ダクトが、落ちてきた。
ヘルダイバーたちがフランソワーズか目をそらし、上方を向いたとき直線の雷撃となったレーザービームが発射される。
背中に収納されている機関部を破壊された一体のヘルダイバーが、炎につつまれた。
天井から、真紅のジェット噴射で闇を駆逐しながらひとりのおとこが降りてくる。
マルーンレッドのスーツに身を包み、山吹色のマフラーを靡かせてそのおとこはヘルダイバーの背後へ着地した。
フランソワーズは、目をみはる。
ジェットで、あった。
(逃げろ、フランソワーズ)
加速装置を使用して高速の時空にいるジェットは、一瞬だけ速度を落とし高速言語で語りかけてくる。
(なんて馬鹿なの!)
高速言語での返答を聞いたジェットは、苦笑で口を歪める。
しかしすぐに高速の時間へ移行し、姿を消した。
フランソワーズは、歌をうたう。
彼女の歌は周囲の空気を振動させ、陽炎のように景色を歪ませた。
光学迷彩を使用したように、フランソワーズは姿を消す。
ヘルダイバーは、歪んだ景色に溶け込んだフランソワーズを追尾することをあきらめジェットのほうへ向かう。
ジェットは高速で移動しながら、ねっとりと液体の重さを持つ空気を縫ってスタームルガーMK1型のビームガンを撃つ。
ヘルダイバーが、一瞬高速で動きビームをかわしたことにジェットは驚愕する。
ヘルダイバーは、加速装置を装備していない。
にもかかわらず、外骨格マニュピュレータは音速を越えて動作する。
そのなかに格納されているひとの頭脳が、極限まで酷使されているためだ。
その反応速度は、ジェットの想像を遥かに凌駕している。
もう三十年前とは、違うということらしい。
ジェットは、もどかしい思いでカートリッジが排出され装填されるのを待つ。
至近距離まで、近づいて撃つしかない。
ジェットはジョーほど深くサイボーグ化されていないので、高速の時間にいてもあまり速く動けば五体が砕けてしまう。
しかし、そうもいってられないようだ。
ヘルダイバーは鈍重な装備を持っているため、脳の処理速度をあげても移動速度には限界がある。
数メートルのところまで近づけば、かわすことはできない。
ジェットはスタームルガーにカートリッジが装填されたことを確認すると、音速を越えてヘルダイバーへ突っ込む。
ソニックブームが巻き起こり、地上に落ちた屋根の破片が吹き飛ばされた。
ジェットは、ヘルダイバーが避けようがない距離へと飛び込みながらビームガンをかまえる。
その瞬間、ヘルダイバーの背後に翼がひろがるようにアナコンダ型ビームガンが展開されていくのをみた。
ビームガン8機が放射状に展開され、死角のないように狙いをつけられる。
8つの銃口が、太陽の輝きを宿す。
8つの輝きが強さをましていくのを見ながら、ジェットは天使が光の翼を広げていく様を連想する
ジェットは、ふっと笑った。
(おんなのために死ぬのであれば、そう悪くはない)
ジェットは、トリガーを絞る。
視界が、真っ白な輝きにつつまれた。

フランソワーズは、全身を陽炎のような歪んだ空気に包んで夜の闇をかける。
一瞬、背後で建物のひとつから閃光が放たれるのを見た。
少しだけ、フランソワーズの瞳がくもる。
夜の闇を貫いて、声にならない歌が悲鳴のようにかけぬけていく。
フランソワーズはまた無表情に戻ると、シトロエンを停めた場所へ向かう。

2007年9月
湾岸エリア

僕はもう、自分が夢の中にいるのか現実と向き合っているのか、よく判らなくなっている。
どういうわけか、僕は窓にブラインドがかかっているのに、その向こうの空を見ていた。
窓を覆うブラインドの向こうにあるはずの空は、ひどく青く見える。
それは、海の底はきっとそんな色だろうと思える青だ。
とても濃く澄んでいるけれど、深い色で輝いてもいる。
僕は、自分が海底に沈んでいるような気もした。
そう思うと、まわりの空気がとても重いような気がしてくる。
そして僕の身体も重みをまして、深く深く沈んでいくようだ。
あるいは、無限に上昇していってるのかもしれない。
ここは時間を失っただけではなく、空間も崩壊してしまったんだろうか。
僕は、いつしか電話がかかってくるのを待つようになっていた。
全てが曖昧で幻想と現実の区別がつかなくなっているようなこの部屋で、彼女からかかってくる電話だけが唯一の外との繋がりだ。
果てしない奈落に落ちようとしている僕を、境界にかろうじて繋ぎ止めている命綱とでもいうべきか。
僕がその日、青い海を漂い夢と現実の間をさ迷っていたときに、電話が呼び出し音を鳴らしはじめる。
僕は、ベッドに横たわったまま、その呼び出し音が鳴り止むのを待った。
それが終わるとともに、彼女の声がはじまるはずだからだ。
数回のコール音が終わると、留守番電話の録音がはじまる。
けれど、今日は声が聞こえてこない。
沈黙。
いや、違う。
僕は、驚愕する。
歌を、電話機は奏でていた。
けれど、それは聞くことのできない歌のようだ。
聞くことができないのに、僕はそれが歌であるということが判ったばかりか、その歌が僕の脳に入り込んでゆくのを感じている。
妄想なのだろうか。
そうかもしれないが、でもそれはさっきまで漂っていた夢とは全く違う現実の鋭利さと残酷さをそなえている。
つまり、その歌は僕の脳をあちこち切り刻み分解しながら奥へと入り込んでゆくようなのだ。
僕は、死ぬんだろうかと思う。
不思議と、恐怖はなかった。
闇が、あたりを覆っていくのを感じている。
濃厚で、深海の水のような闇があたりを満たしていく。
僕は、ひとごとのように自分の脳が切り刻まれるのを感じる。
意識が、断片化していった。
僕は、読んでいた本を閉じるように唐突に意識を失う。

10, 9

  

2007年9月
ヨコスカベース、グランドゼロ

空はどこまでも青く、突き抜けている。
空気は乾いており、風は穏やかだ。
透き通った空気に満ちている秋の日、その街は空白である。
道の両側に立ち並ぶビル、その一階に設けられたショウウインドウ、街角に開かれたオープンテラスのカフェ。
どこにでもあるような平凡な街並みであったが、ひとつだけ決定的に違うことがある。
その街は、無人であった。
道にも建物にある窓の奥にも、どこにもひとの気配は無い。
そして、死に絶えているかのように無音であり、動くものもなかった。
道端にはいくつもの自動車が停車されているが、エンジンがかかっている車はひとつもない。
フランソワーズは、その静寂が君臨する街の道路をゆっくりと歩く。
車道の真ん中を歩いても、クラクションがなることもないというのは不思議な気もする。
フランソワーズは、まるで写真の中に入り込んでしまったようだと思う。
誰も動くことはないその場所は、時のとまった写真の中のようだ。
フランソワーズは、メアリー・セレスト号の伝説を思い出す。
食事の支度や洗面器に髭をそった後を残したまま、乗員が全て姿を消して海を漂っていたというメアリー・セレスト号。
この街は、メアリー・セレスト号と同じくひとびとが生活の痕跡を残したまま消え去ったようにみえる。
ただ、メアリー・セレスト号と異なるのは、ひとびとが消えた理由がはっきりとしていることだ。
ちょうど、一年前のこととなる。
この街の港に寄港していた原子力空母に対して、爆破テロがしかけられた。
空母は内蔵する原子炉の冷却装置に損傷を受けたため、原子炉を停止する。
しかし、炉の停止と同時に排出された燃料棒が高熱を発し、冷却水から酸素を奪い水素を生み出した。
その水素が爆発を起こし、半径5キロ圏内に放射性物質をまき散らしたという。
放射能に汚染された区域は、グランドゼロと呼ばれ立入禁止となった。
ただ、この街が属する島国の政府は、直接グランドゼロを調査したわけではない。
全てをコントロールしたのは、原子力空母が所属する、ユナイテッド・ステーツの軍隊であった。
だからこの島国の民は、誰も本当にテロによる事故がおこったのか、放射能がまき散らされたのか、真相を知ることはない。
とはいえ放射能がまき散らされたというステーツのアナウンスを疑うものもいなかったため、グランドゼロに指定されたヨコスカベース10キロ圏に立ち入るものはひとりもいなかった。
今、フランソワーズはそのグランドゼロを歩いている。
彼女は、歩きながら歌をうたっていた。
ひとの可聴域を越えた音によって奏でられるその歌は、誰にも知られず街を満たしていく。
フランソワーズの歌は、無人であるその街の様子を逐一彼女に伝えていた。
この街で動くものがあればそれは、歌をつうじてフランソワーズに把握されることになる。
そして今、ふたつのチームが彼女を補足するために動いているのも、判っていた。
いわゆるフォーマンセルのチームが二つ、八人からなる部隊が彼女の前後に配置されている。
たったひとりのおんなを相手に十六人とは過剰なようだが、エリア51から情報がいっているのかもしれない。
だとすれば、逆に少なすぎるともいえる。
おそらく彼らは、威力偵察をしかけてきたというところなのだろう。
そしてフランソワーズの前面に、四人の兵士たちが姿を現す。
残りの十二人は、フランソワーズからは見えない位置で待機していた。
フランソワーズは、立ち止まる。
四人の兵士は、NCBスーツに身を包んだものものしい姿であった。
顔は、大きなバイザーのついたガスマスクに隠されており表情がよめない。
彼らの手にした四丁のM4カービンはなんの躊躇いもなく、フランソワーズに向けられている。
従わなければ、容赦なく発砲するというのだろう。
兵士のひとりが、フランソワーズに声をかける。
使っている言語は英語で、あった。
「ここは放射能に汚染された、立入禁止区域だ。すぐに引き返しなさい」
いつものように銀灰色のコートを纏い、鍔広の帽子で表情を隠したフランソワーズは紅い唇を笑みの形に歪める。
兵士たちは、まるで有閑マダムが散歩にきたようなその風情に、少したじろぐ。
「おかしいわね」
おとこたちが応える前に、フランソワーズはかってに言葉を続ける。
「わたしのガイガーカウンターが、壊れているのかしら。ここの放射能は、東京以下なんだけれど」
「当然、場所によって汚染濃度は異なる」
兵士は、落ち着いた口調で応えてきた。
「ここより先に進めば、命の保証はしかねる」
「それは、撃たれるってことかしら」
兵士は、肩を竦める。
「もちろん被爆によって、死ぬってことだ。ただ、指示に従ってもらえないなら、あなたの身柄は拘束する」
「なぜ? この先には何かがあるのかしら」
フランソワーズは、平然とした口調で問いかける。
兵士は、静かに言った。
「軍の機密に関することで、応えられない」
フランソワーズは、そっと微笑んだ。
「この先に、軍の機密とされているものが、あるということなのね」
おとたちは、正確にフランソワーズをM4カービンの射線上にとらえている。
しかし、いきなり撃つようなことはしなかった。
拘束して排除することを、試みるつもりらしい。
三人の兵士がM4カービンで狙っている状態で、ひとりの兵士が近づく。
フランソワーズが探る限り、スナイパーはいなさそうだ。
しかし、目の前の兵以外に、十二人の兵が彼女に照準をあわせている。
兵士は無造作に、フランソワーズの腕をつかもうとした。
ひとの耳には聞き取れない歌が、少し密度をあげる。
兵士は、腕をつかもうとしてあげた手を途中でとめていた。
バイザーで顔は見えないが、立ったまま意識を失ったかのようだ。
不振に思った残りの三人が、フランソワーズに近づこうとする。
しかし、その三人もマネキンのように動作の途中で凍りつく。
フランソワーズの周囲だけ、時間が止まったようだ。
異変に気がついたらしい四人の兵士たちが、前方の建物のかげから姿を現す。
また、後方の八人も姿を現していた。
フランソワーズは、満足げに紅い唇を歪める。
前方の兵士たちは、M4カービンを撃つつもりらしく肩付けをしていた。
フランソワーズは、叫ぶ形に口を開く。
無色透明でかつ無音の爆発が、起こった。
道路からは砂塵が巻き起こり、小規模な竜巻が起こる。
前方の建物は窓ガラスを打ち砕かれ、光の破片を撒き散らす。
四人の兵士は、カービンを撃つことなく地面に倒れ臥した。
フランソワーズは銀灰色のコートを翼のようにはためかせ、跳躍する。
サイボーグ化の深度が深くないフランソワーズではあったが、普通のひとと比べると遥かに速い跳躍であった。
その速度は、野生のガゼルを思わせる。
残った八人の兵士が、一斉にM4カービンを撃ったがフランソワーズの速度に追い付かない。
フランソワーズは跳躍しながら空中で身を反転させると、もう一度叫ぶように口を開く。
もう一度爆風がおこり、透明の力が兵士たちに襲いかかる。
路駐されていた自動車のボンネットが、吹き飛んだ。
見えない腕に薙ぎ倒されたように、八人の兵士は倒れる。
フランソワーズは着地すると同時に、走りはじめた。
身体の動きは最小限であるが、短距離走者なみの速度があるため宙を飛んでいるように見える。
走るフランソワーズの影から、黒い犬が姿を現した。
黒犬は、フランソワーズと並んで走りはじめる。
(何体いるんだい、フランソワーズ)
頭の中に語りかけてきたイワンに、フランソワーズがこたえる。
「四足歩行ロボットが、四体。5.56ミリの自動ライフルと、20ミリの対人用榴散弾を装備している」
(思ったより、貧弱な装備だね)
フランソワーズは、苦笑した。
「ハインリヒやジョーなら平気でしょうけど、わたしならかすっただけで動けなくなるわよ」
黒犬は、ちらりとフランソワーズを見る。
(意識をもった兵士は苦手だけど、ロボットなら僕のサイコキネシスでなんとでもなる。まかせて)
イワンの言葉が頭で響き終わると同時に、前方で閃光がはしる。
灰色の廃墟となった街を切り裂く四本の光が、フランソワーズたちのほうへ向かっていた。
対人用榴散弾である。
四本の赤い光は、緩やかな放物線を中空に描きつつ向かってきた。
黒犬の瞳が、一瞬黄色い輝きを宿す。
四つの光は、目に見えぬ壁に弾かれるように軌道を変えた。
フランソワーズは、イワンのサイコキネシスが上手く働いたことにそっと安堵の吐息をもらす。
50メートルほど先の道路に、四体の四足歩行ロボットが姿を現したのを認め、フランソワーズは道からそれるよう進路を変えた。
三発の対人用榴散弾は、フランソワーズたちから逸れてビルの壁にあたり爆煙をあげる。
四足歩行ロボットは、フランソワーズたちをめがけ自動ライフル撃ってきた。
しかし一発の対人用榴散弾が、軌道をロボットたちに向けたのを認識したらしく、射撃を停止し回避運動をはじめる。
対人用榴散弾はロボットたちの近くに路駐していた、大型セダンに命中した。
ガソリンタンクに直撃したらしく、派手な爆音が響き炎が吹き上がる。
爆風がセダンの部品を吹き飛ばし、近くにいた二体の四足歩行ロボットを薙ぎ倒す。
二体のロボットは、道路に沈みそのまま火焔に巻き込まれた。
それでもまだ、二体のロボットはフランソワーズたちに向かって走ってくる。
フランソワーズは、黒い犬をつれて横道にそれた。
路駐されている、ワンボックスカーの影に隠れる。
二体のロボットは獲物を追う猟犬のように道路を駆け、フランソワーズたちの前に姿を現した。
その瞬間、突然路駐されていた大型バイクがエンジン音を轟かせながらロボットの一体に襲いかかる。
前輪を浮かび上がらせて金属の野獣となったロボットに襲いかかったバイクは、ロボットを道路に沈めた。
衝突の衝撃で火花が散り、それがバイクのガソリンに引火したらしくロボットはバイクごと炎につつまれて動作を停止する。
最後に残った、一体の四足歩行ロボットはフランソワーズたちの前まできた。
しかし、ロボットは攻撃することなく、フランソワーズたちの前に佇んでいる。
(そのロボットを、ネットワークから切り離して孤立させた。こいつのスタンドアロンシステムを、ハックできるかい、フランソワーズ)
フランソワーズは、馬鹿にしたように鼻をならす。
「そんなの、とっても簡単」
フランソワーズはポケットから取り出した携帯端末を、ロボットのメンテナンス用ポートにLANケーブルで接続する。
フランソワーズは、携帯端末を操作した。
ロボットは一度停止し、動きを止める。しかし、すぐに再起動し動き始めた。
歩き始めたフランソワーズの後ろをついいて歩いてゆく。
黒犬と金属でできた犬、フランソワーズは二頭の猟犬をつき従えた狩猟の女神となる。
フランソワーズたちは、メインストリートへ戻ると再び走り出す。
(これで終わりというわけでは、無いだろうね)
イワンの言葉に、フランソワーズは皮肉な笑みをみせる。
「前菜すら、出てきてないと思うわ」
やがて、ゆくてに巨大な建物が見えはじめる。
おそらく、巨大な塔の基礎となる部分のようだ。
通常のビルであれば二十階分の高さをもった城壁のような構造物が、円形を成している。
その円は、半径が百メートル以上はありそうだ。
まだ建築中らしく、上部からは巨大なクレーンが幾つもつき出している。
その建物をみたフランソワーズは、バベルの塔という言葉がこころに浮かび上がった。
もし完成するようなことがあればとてつもない高さになりそうだが、そうなるまで何十年もかかるのではないかと思う。
その「バベルの塔」に向かって道路は真っ直ぐのびているが、直前で封鎖されている。
バリケードで封鎖した道路の警備を行っているのは、四足歩行ロボットだ。
十二体が、存在している。
先程フランソワーズたちを襲った四足歩行ロボットより、一回り大きい。
犬というよりも、虎かライオンほどの肉食獣のサイズだ。
頭に相当する部分に、自動ライフルが装備されているのは同じだが、背中にはミサイルキャニスターがつけられている。
サイズから見て、ジャベリンのような対戦車ミサイルが四機格納されているようだ。
(あれは、僕の手にあまるな)
フランソワーズは走るのをやめ、歩きだす。
サイコキネシスでものを動かすと、手でものを動かしたときと同じくらいの体力を消耗する。
裏返していえば、腕力以上の力が必要とされるものは、動かすことができない。
対人用榴散弾ではなく、推進剤を使用して赤外線センサーで追尾するミサイルの軌道を変えるのは無理がある。
しかも、サイコキネシスで複数のものを同時に動かすのは限界があった。
せいぜい、五つくらいが限界である。
十二体が同時に対戦車ミサイルを発射すれば、避けようがない。
フランソワーズは、それでも顔色を変えず平然とロボットたちに向かって進む。
黒犬と、金属の犬もそれに従う。
間違いなく対戦車ミサイルの射程には入っているのだが、ロボットたちは撃ってこない。
フランソワーズがロボットたちの手前十メートルまで近づいたとき、ロボットたちは礼をするように前足を畳み頭を垂れた。
(君の仕業だね、フランソワーズ)
イワンが、称賛するような調子で語りかける。
フランソワーズは、穏やかに微笑んだ。
そして傍らを歩む金属の犬に、手を触れる。
「この子をネットワークに接続して、センターシステムをハックしたのよ」
フランソワーズは、くすくす笑いながらロボットたちの間を通り抜ける。
「USアーミーのシステムは、相変わらずセキュリティホールだらけだわ」
フランソワーズと黒犬は、バリケードも通り抜け「バベルの塔」の正面に立った。
「さて」
フランソワーズは、そっと首をかしげる。
「この塔に入るための審査に合格していれば、いいのだけれど」
フランソワーズの言葉に答えるように、「バベルの塔」の正面の扉が開いた。
(オーディションには、合格したということかな)
フランソワーズは、くすりと笑う。
「そうであることを、祈るわ」
フランソワーズと黒い犬は、「バベルの塔」へと続く階段を昇っていく。
その階段を昇りきったところに、開かれている巨大な扉があった。
金属で造られた重厚な扉を通り抜け、塔の中へと入り込む。
フランソワーズは、目の前に開けた景色に目眩をおぼえる。
彼女は間違いなく、この景色をみたことがあった。
あの日。
ベトナムの、カーツ大佐が支配していたブラックゴーストの基地。
そこの地下でみた景色と、全てが同じであった。
高い天井の下、細長い広間がある。
その場所は、礼拝堂にとてもよく似ており荘厳な空気に満たされていた。
とても高い位置にある窓から、清浄な光が降り注ぐ。
壁には装飾はなく、無愛想な剥き出しのコンクリートは太古の神殿の壁を思わせる。
フランソワーズは、全くひとの気配がない広間をゆっくり奥に向かって進んだ。
突き当たりの礼拝堂であれば十字架があるべき場所は、ベトナムの地下と同じで空のステージがあるだけだった。
ベトナムの地下では、そのステージにカーツ大佐が待ち構えていたが、ここは影につつまれておりそこに誰がいるかは見ることができない。
もちろんフランソワーズであれば「歌」をアクティブソナーとして使って、影の中をみることもできた。
しかし、彼女はそうしない。
そうするまでもなく、そこにいるのが誰か知っていたからだ。
フランソワーズがステージの前にたどり着き、その前に立った瞬間ステージへ光が差し込む。
そこには、ひとりの少年が立っている。
その少年の、栗色の巻き毛が額にたれ少女のように薔薇色の唇をした顔は、彼女がよく知るひとと瓜二つだった。
フランソワーズの知るひと、ジョー・シマムラの顔を少年はもっている。
少年は、喜びに満ちた笑みを浮かべた。
「ようこそ、よく来てくれましたね。お母さん」
声もジョーと、同じである。
その言葉を聞いたフランソワーズは、眉間にシワをよせた。
「見ず知らずのひとから、母親と呼ばれるのは不愉快だわ」
「それは失礼しました」
少年は悪びれずに、謝罪する。
「でも、僕が誰かは知ってるのでしょう。フランソワーズ」
フランソワーズは、挑むような眼差しを少年へ向ける。
「ええ、サイボーグ・アルファ」
アルファと呼ばれた少年は、満足げに頷いてみせた。
「ではフランソワーズ、君はサイボーグ・アルファの意味を理解していると思っていいのかな?」
フランソワーズは、皮肉な笑みを浮かべて頷いた。
「わたしたちゼロゼロナンバーは失われたイスラエルの十支族に対応している。なぜならロズウェルでグレイが人類に託したナノマシンは、十支族の遺伝子に適合するように造られていたから。あなたは十支族のうちひとつと、残りの全ての支族に対応したナノマシンを身体に組み込んだサイボーグの完全体」
アルファは、上機嫌に笑った。
「正解だね」
フランソワーズは、刃の輝きを宿す冷たい瞳でアルファをみつめる。
「ひとつ、聞いていいかしら」
アルファは、頷く。
「何かな」
「あなたは、ブラックゴーストを影で操っていたロスチャイルドに協力して、そのサイボーグとしての完全体を手に入れた。なぜ、ロスチャイルドを裏切ったの?」
アルファは、一瞬驚いた顔になった。
その後、突然はじかれたように笑い出す。
アルファはひとしきり笑い終わったあと、真顔にもどった。
「フランソワーズ、君は子供のころ君に牛乳を与えてくれていた牛を殺したとして、牛を裏切ったというのかい?」
フランソワーズは、軽く肩をすくめた。
「サイボーグとひとは、同じレベルではないから、そもそも契約も成り立たないというのね」
「僕らは、イスラエル。神と戦うもの。モータルという神から与えられた宿命と抗い、それを超えて自らを産み出そうとする」
アルファは、少し遠くを見る目をした。
「その日、その時は、だれも知らない。天の御使たちも、また子も知らない」
そして、再び笑みを浮かべる。
「今こそ、その日、その時がきたのですよ。フランソワーズ」
フランソワーズは、薄く笑う。
「シャンバラの民が、ひとを滅ぼすために地上へ戻ってくる。それが、その時」
フランソワーズは、嘲るような輝きを目に浮かべた。
「で、あなたは、何をするの。シャンバラの民と戦うというの」
アルファは、目をみひらく。
「シャンバラと戦う?とんでもない。彼らは僕らと同じイスラエルであり、サイボーグだよ」
フランソワーズの目が、昏くひかる。
「では、彼らと一緒になってひとを滅ぼすの?」
アルファは、肩をすくめる。
「それもナンセンスだなあ。僕とシャンバラのひとびととの間には、見解の相違がある」
フランソワーズは、苦笑を浮かべた。
「へぇ?」
「彼らはひとが互いに争って、核兵器を使った戦争をおこし地上を取り返しのつかないほど汚染してしまうことを、おそれている。そして冷戦体制が崩壊することによってパワーバランスが崩れて危機が深まったと思っている」
フランソワーズは、そっと頷く。
「その通りだと、わたしも思うわ」
アルファは、やれやれと首をふる。
「核戦争なんて、おこりはしないよ。だって、この僕がいるんだよ」
朗らかに言ってのけたアルファを、フランソワーズは呆れたように見つめる。
「あなたがひとの王となって、支配するっていうわけ?」
アルファは、小バカにしたように指をふってみせる。
「いやいや、むしろひとという子羊の群れを、導くと言ってほしいな」
フランソワーズは、うんざりした顔になった。
「つまりあなたは、ひとを家畜として飼育するといいたいの?いくらサイボーグだって」
「君はさ、フランソワーズ」
アルファは、上機嫌な笑みで彼女の言葉を遮った。
「歌でロボトミーを、することができるよね」
フランソワーズは、口許に悪意を浮かべる。
「全人類に、歌を聴かせ続けるとでもいうの」
アルファは、顔を得意気な笑みで満たしている。
ジョーと同じ顔がそんな表情を浮かべることに、フランソワーズはおぞましいものを感じた。
「僕はイワンと同じように、ナイトヘッドと呼ばれる領域を、使うことができる」
黒い犬の瞳が黄色くひかり、頭の中にイワンの声が聞こえてくる。
(サイキックで歌を伝達するのは物理的な歌より効率は、いいだろうけれどね。世界中に響かせるのはとても無理だ)
アルファは、楽しげな笑みを崩さない。
「全人類に聴かせる必要は、ないね。この世界を実質的に支配しているのは、ほんの数パーセントのひとびとだ。そいつらをまず、支配下におければいいさ」
(それにしても)
イワンは、落ち着いた声を響きかせてくる。
(数万人はいるのだろう。ロケーションも地球上のいたるところに、散らばっている)
「判ったわ」
フランソワーズは、陰鬱な声で語る。
「このバベルの塔が、人工的なナイトヘッドというわけね。そしてそれをフル稼働させるために、全てのサイボーグを部品として組み込もうとしている」
アルファは、子供のように無邪気で楽しげに笑った。
フランソワーズは、ジョーの顔をした少年が笑うのをこころが踏みにじらるような思いで、みつめている。
「で、君はなぜここに来たんだい。フランソワーズ」
フランソワーズはこころの内をみせない、怜悧な瞳でアルファを見つめた。
「わたしは、ロスチャイルドと契約している。彼らは自分たちが巨費を投じて実現させたサイボーグ・プロジェクトを、自分たちの手に取り戻したいと思っているわ」
「嘘は、よくないな」
アルファは、無邪気な笑みを浮かべている。
「少なくとも、簡単に見抜けるような嘘はつくべきじゃないね」
フランソワーズは、ため息をつく。
「では、何が真実だというの? アルファ」
アルファは、大きな笑みを見せた。
それは魂を手に入れんとする、悪魔の微笑みでもある。
「なぜ、ジョー以上に深くサイボーグ化された僕が、狂わずにいるのか。それを知りたいのだろう、君は」
フランソワーズは、うんざりするように応える。
「あなたは、わたしに教えてくれるの?」
「もちろん」
アルファは、受け入れるように両手をひろげる。
「君が、僕に協力してくれるなら、よろこんで教える」
「わたしはあなたと決して、考え方が相容れることはない。だから」
フランソワーズは、鋼の光を瞳に宿した。
「あなたと戦って、奪い取ることにするわ」
アルファは、声をあげて笑った。
とても楽しげで、ナイーブな笑い声である。
「フランソワーズ、一体どうやって僕に勝つというんだ。君は、戦闘用ではないんだよ。それに、イワンの力と同等以上のサイキックを僕は、操れる」
「嘘は、よくないわね」
フランソワーズの言葉に、アルファの顔から笑みが消えた。
「少なくとも、簡単に見抜けるような嘘はつくべきじゃないわよ。あなたのサイキックは、せいぜいイワンと同レベルかそれ以下。だからあなたは、わたしたちの協力を必要としている」
アルファの瞳に、はじめて酷薄な光が宿った。
「まあ、確かにそうだね。ソロモン第三神殿は、未完成だ。でもね、フランソワーズ」
アルファは、一歩進み出た。
彼に浴びせられていた光より前に出たため、アルファの身体は影につつまれる。
しかし、その瞳だけは凶星の輝きを帯びて光っていた。
「君とイワンを力でねじ伏せるなんて、とても簡単なことだよ」
「いつわたしたちは、ふたりだけで来たといったかしら」
フランソワーズの言葉に、アルファの瞳が大きく広げられる。
その瞳は、フランソワーズをとおりこして入り口のほうを見つめていた。
フランソワーズは少し俯いて、そっと微笑む。
アルファの顔を、複雑な表情が通り抜けた。
それは怒りとも悲しみとも、あるいは喜びとも妬みともとれるような、不思議な表情である。
やがてそれらの表情は全てすぎさり、もとの笑みが戻ってきた。
アルファの瞳には、ひとりの人影が映っている。
入り口から差し込む光を背にうけ、影に包まれたそのひとの表情はうかがうことができない。
けれどそのひとが、マルーンレッドのコンバットスーツに身を纒い、山吹色のマフラーを靡かせているのは判る。
マルーンレッドの人影は、次第に近づいてきた。
アルファは、パーティを主催するホストのように楽しげな声でそのひとを迎える。
「ようこそ、よく来てくれました、お父さん」
人影は、光の中に姿を現す。
フランソワーズは振り向いて、そのひとを確かめた。
亜麻色の髪が額にかかり、栗色の瞳が物憂げな光を宿す。
少女のように繊細な顎の線の上、薔薇色の唇がどこか悲しげな笑みをみせた。
「久しぶりだね、フランソワーズ」
12, 11

  

ジョーの声に、フランソワーズは笑みを返す。
フランソワーズはその顔がアルファと同じでありながら、全く違うものであるように感じる。
ジョーはアルファのほうに一瞥も与えず、フランソワーズの瞳を見つめていた。
「僕は、夢の中でずっと君の声を聴いていた。そして、僕を目覚めさせたのは君の歌だった」
フランソワーズは、ジョーに頷く。
彼女が、エイリアンズ・バイブルから組み上げたプログラムは一時的にでも効果をあげたらしい。
ジョーの精神は、安定している。
それがいつまで保つものなのかは、判らないが。
「ここは僕の神殿だよ、ジョー」
無視され続けているアルファが、不機嫌な声を出した。
「君を完成させた存在である僕に、何かいうことはないのかな」
ふたりは、鏡に映った像のようによく似ている。
ジョーは、ようやくアルファへ目を向けた。
「僕は、君のプロトタイプであり、君のバックアップでもあるようだ。けれど」
ジョーは、穏やかな笑みを浮かべる。
「僕は君が、僕の影のように思えてしまうんだよ、アルファ」
アルファのひとみが、昏くつりあがる。
「あんたは僕のほうこそが、不完全だと言うつもりなのか、ジョー」
ジョーは、落ち着いた眼差しでアルファを見つめる。
「もちろん、君のほうが優れているさ、アルファ。なにしろ僕は、もうすぐ狂って自滅してしまうだろうからね」
ジョーは、ふうとため息をつく。
「でも、不思議なことにね」
アルファの表情が、ぴくりと動く。
「君が僕を見る目には、なぜか妬みがあるんだよ」
アルファの顔から、表情が消えた。
フランソワーズは驚きを持って、ジョーを見る。
アルファはある意味、ジョーのクローンに近い。
だからジョーにしてみれば、アルファはもうひとりの自分なのだろう。
きっとジョーは、アルファのこころの中を見通すことができるのだ。
「アルファ、君はひとびとを家畜として蔑み、世界を破壊することさえ望んでいるようだ。でも結局のところそれは、自分の手に入らないものを貶めようとしているだけなんじゃあないのかな」
フランソワーズは、仮面のように無表情となったアルファを見つめた。
アルファからしてみれば、自分と同じ孤高の存在となるべきジョーが仲間を持っているというのは、許しがたいことなのかもしれない。
だからこそ、彼女やイワンを自分の手の内に取り込もうとしたのではないのだろうか。
「やっぱりあなたは、目障りだな。ジョー」
アルファの呟きは誰かに向けたものではなく、独り言のように聞こえた。
「あなたは、僕が完成するまでのリスクヘッジとして存在した、リザーバーにすぎない。僕が完成した今、あなたの存在に意味は無い。消え去るべきだ」
ジョーは、困ったように微笑む。
「そうは言っても僕は、はいそうですかと消えるつもりになれないな」
アルファの瞳が、冷酷にひかった。
「戯れ言は、十分だ」
フランソワーズは、一歩下がる。
大気が引き裂かれたように風が巻き起こり、ふたりのサイボーグは加速装置による超高速の世界へとはいった。
フランソワーズは見ることはできなかったが、二人が移動するときに発するソニックブームの轟音を聞く。
彼女は辛うじてジョーの発する音と、アルファの発する音を聞き分けることができた。
ただふたりが閃光のように、通りすぎていくのを感じるだけであったが。
フランソワーズは、スタームルガーMK1の形をしたレーザーガンを抜く。

ジョーは加速装置を作動させた瞬間、いつものように空気が固体化し海底にいるような重さを身体に感じた。
世界は結晶化して、静寂の海に沈んでいる。
ジョーは、高速化した意識の中で身体を動かす。
音速を越える速度であっても、今のジョーにとってはとてもゆっくりに感じられた。
ホルスターからスタームルガー型のレーザーガンを抜き、アルファのほうへ向けてかまえようとする。
アルファもまた、音速を越える速度で動いていた。
アルファの動く速度は、ほぼジョーと互角である。
どんなに加速装置の性能をあげたとしても、ひとの身体という形態をとる限り移動する速度には限界があった。
ジョーとアルファは、その限界のところで動いているため互いに相手を速度で凌駕することはできない。
しかし、アルファは人工的ナイトヘッドとして構築されたソロモン第三神殿のサポートを、受けている。
おそらく思考速度はジョーを上回っており、使用可能な武器も遥かに多いはずだ。
アルファの回りの空間が揺らめき、明けの明星の輝きを持った光が幾つも浮かび上がってくる。
アルファの脳内でナノマシンが動作し、ディラックの海に沈んでいたレーザー砲を浮上させつつあった。
十三門のレーザー砲が、ソロモン第三神殿からエネルギーの供給を受け、砲口の放つ輝きを凶悪なまでに高めてゆく。
対するジョーのレーザーガンは、高速で移動しているため狙いをつけることさえままならない。
ジョーは、死を覚悟する。
その時、突然声がした。
(ジョー、こっちだ)
ジョーは、声のした方向へと移動する。
ジョーのいた空間を、光の柱となったプラズマ放射が貫く。
衝撃波は、少し遅れてやってきた。
重たい波がジョーの身体を揺さぶり、山吹色のマフラーがちぎれそうになびく。
ジョーは、いつのまにか隣にジェットがいることに気がついた。
(よう、ジョー)
ジョーと同じように、マルーンレッドのコンバットスーツを身にまとったジェットが隣に立っている。
その姿は、かつて共に戦ったころの18才の姿であった。
ジェットは、高速言語でジョーに話しかけていた。
「ジェット、君は」
(そうだ。おれは死者であり、君が見ている幻影に過ぎない)
ジェットは再び、ジョーに行く先の指示を出す。
再び、プラズマ放射がジョーの身体を掠めて床を焦がした。
アルファは、少し怪訝な顔をしている。
おそらくアルファには、ジェットの姿は見えていない。
そしてなぜかジェットは、アルファがどこを狙っていつ撃つのかを理解していた。
そのことから導き出される結論はひとつだけだと、ジョーは思う。
(そのとおりだ、ジョー。おれは、ソロモン第三神殿の人工ナイトヘッドを構成するシステムの一部だ)
ジョーは、驚いた顔でジェットを見る。
「一体どうやって」
(フランソワーズだ)
ジェットは、にやりと笑う。
(彼女が戦闘ロボットを通じてセンターシステムをハックした時に、さらにその奥にあるナイトヘッド・システムにもウィルスを感染させたんだ。フランソワーズは全く、天才ハッカーだぜ)
ジョーは今度はアルファの近くに、ハインリヒが出現したことに気がつく。
ハインリヒは不敵な笑いを浮かべると、アルファの近くを指差す。
ジョーは、その地点めがけてレーザーガンを撃った。
それと同時に、アルファがレーザーの射線のほうへ身体を動かす。
ビームが、アルファの肩を掠め衝撃でアルファは片膝をつく。
アルファのジョーを見る眼差しには、驚愕の色があった。
ハインリヒは、嘲るような笑みを見せた。
(おれたちは死んだあと、その意識をこのナイトヘッド・システムへ吸収された)
ジョーは、高速で移動する。
(今はジョー、おまえとナイトヘッド・システムを接続するための中継役というわけだ)
ハインリヒは、苦笑めいた笑みになる。
(まあ、柄にもない役だがね)
ジョーを追って、十三門のレーザー砲がジョーの頭上に展開していく。
距離は、さっきよりも狭まっていた。
ジョーは、レーザー砲の狙いからのがれるため、さらに速度をあげようとする。
個体化したような空気が重く全身にのしかかり、ジョーの身体は軋みながら悲鳴をあげた。
その時、黒い手がジョーに触れる。
突然、ジョーは身体が軽くなるのを感じた。
ジョーは空気の壁を切り裂きながら、前方へ飛び出す。
背後にレーザー砲による光の柱が出現し、爆風がゆっくりと追いかけてくる。
ジョーは、傍らに黒人の少年がいるのを感じた。
ピュンマである。
(ジョー、君の身体に深海を移動できるだけの強度を与えた)
ピュンマは、ウィンクしてみせる。
ジョーは、ピュンマに笑みをなげるとさらに先へと進む。
レーザー砲は、さらに距離をつめてきている。
ジョーの頭上、2メートルほどの地点でジョーの動きを追尾していた。
この距離になると、避けようがない。
(ジョー、こっちね)
足元から、声がする。
チャンであった。
ジョーは、足元にむかって手を差し出す。
手の先から熱線が放射され、床の一部を蒸発させて穴をあけた。
ジョーは、その穴へ飛び込む。
背後で再び、爆炎が湧きおこる。
(危機一髪あるね、ジョー)
地面の中で、丸々と太って柔和な顔をしたチャンが話しかけてくる。
ジョーはチャンによって与えられた、熱放射能力で床下を移動する。
床下にある機材や鉄筋コンクリートを溶かし歪めながら、鉄筋の狭間を縫うように移動していく。
行く先に、頭をスキンヘッドに剃り上げて、猛禽のように大きな目をしたおとこがいた。
グレートだ。
(ジョー、光学迷彩を展開する能力をおまえに付加した。暫くはアルファの目を眩ますことができるぜ)
ジョーは、床下から空中へと飛び出す。
アルファが鋭い目でジョーを睨み、再びレーザー砲がジョーのまわりへと集結する。
ジョーは光学迷彩を使い、周囲の空気を揺らめかせ光を屈折させていく。
ジョーの姿は、歪んだ空気の中へと消えていった。
アルファの顔が、一瞬驚愕でつつまれる。
ジョーは、アルファに向かって走りながら、傍らから語りかけてくる大きなおとこの存在を感じた。
ジュニアである。
(ジョー、おまえの右手を鉄の装甲で覆った)
ジョーは、光学迷彩で身体覆って跳躍し、アルファに向かって突撃をした。
アルファの瞳が、驚愕で見開かれる。
ジョーは、ソニックブームを起こしながら装甲で覆われた右手をアルファに向かって差し出す。
音の壁が粉砕され、高周波の悲鳴をあげながらソニックブームがあたりを覆っていく。
アルファは、慌てて腕をあげジョーの右手を受けた。
アルファの身体は、右手をあげたガードごと吹き飛ぶ。
音速を越えて吹き飛ばされたアルファは、壁に激突した。
壁はミサイルを受けたように粉砕され、爆風がまきおこる。
アルファもジョーも、加速装置を停止した。
ジョーは、フランソワーズとイワンの側に立つ。
広間は、廃墟のように崩れ爆炎に覆われていた。
ジョーは、今や自分がひとりではなく、フランソワーズとイワンの三人でもなく、かつてのように八人の仲間と共にあることを感じている。
ジェット、ハインリヒ、ピュンマ、チャン、グレート、ジュニア、六人の仲間たちが自分たちともに並んでいるのを感じていた。
ゆらりと、廃墟と化した広間のステージからアルファが立ち上がる。
その顔には、既に笑みは浮かべられていない。
凍りついた無表情の仮面を、つけているかのようだ。
アルファは凍てついた瞳を煌めかせながら、ジョーのほうを向く。
「どうやらかつての仲間が、あなたに手を貸しているようだが」
アルファは、少し皮肉な笑みを浮かべた。
「所詮そいつらは、幽霊に過ぎない。それに、その能力は君だけのものではないよ、ジョー」
フランソワーズが、後ろから声をかける。
「気をつけて、ジョー」
アルファの周囲が、歪みはじめた。
どうやら、アルファも光学迷彩を使うらしい。
アルファは再び加速装置を作動させ、歪んだ空気の中へと消えていく。
ジョーも加速装置を作動させると、高速の時間流へ意識を推移させる。
しかし、光学迷彩に身を包んだアルファを見つけることができない。
「ジョーを、わたしの耳を使って」
高速言語を使うフランソワーズの声が、耳元でする。
ジョーは、レーザーガンをかまえながら意識を研ぎ澄ます。
フランソワーズの聴覚がジョーの意識へと流れ込み、ジョーは音を「視る」ことができるようになった。
アルファは、亜音速で移動することによって生じる音と逆位相となる音波を発して、衝撃波を相殺し、ノイズを最小限に抑えようとしていた。
それでも、アルファの移動することによって生じる微小な音を、ジョーは把握できる。
そして、移動する先も容易に予測できた。
ジョーは、自分の身体をもう一度光学迷彩で包むと、アルファの進行方向へと照準を合わせる。
アルファもおそらくは音でジョーの位置を把握するだろうが、光学迷彩によってレーザーガンの照準を合わせていることまでは判らないはずだ。
ジョーは、アルファを捉えたと思う。
そして、レーザーガンのトリッガーを絞る。
強烈な光の矢が、空間を切り裂く。
ふわりと雪片が舞う速度で、バッテリーが排出された。
ジョーは、生じるであろうと予測した爆発が起こらないことに、驚愕する。
アルファは、消滅していた。
イワンのテレパシーが、頭の中で響く。
(アルファは、テレポテーションを行った。君の後ろに、出現するぞ)
アルファはサイコキネシスで空間にディラックの海を出現させ、自分自身の身体をそこへ沈めたのだ。
ジョーは背後にサイキックの力が展開されていくのを感じて、身体を方向転換させようとする。
高速の時間流のなかで移動速度が亜音速に達しているジョーは、身体を翻すだけで個体化した空気の壁を粉砕する力を必要とした。
ピュンマによって与えられた、深海で活動できる強化状態であってはじめて可能となることだ。
ジョーは、視界の隅にディラックの海から浮上するアルファの姿をとらえる。
とても、近かった。
アルファの強化された拳が、繰り出される。
避けることは、できそうにない。
ジョーは、腕を鋼鉄の装甲で覆い、アルファの拳を受けた。
ジョーは、風に舞う木の葉となり、広間の中を吹き飛ばされる。
背中から激突した壁が崩れ落ちるのを、ジョーは感じ取った。
爆風が、ジョーの全身を包む。
一瞬、意識が闇にのまれる。
ジョーは、瓦礫の中で意識を取り戻す。
おそらく、ほんのコンマ数秒意識を失っていた。
だが、加速装置を使った高速の時間流にいれば無限に等しい長さといえる。
ジョーは、加速装置が解除された状態で立ち上がった。
ジョーの正面に、アルファが立っている。
アルファは、侮蔑したような笑みを浮かべていた。
「つまらないな。あなたはやっぱり、不完全すぎる」
ジョーは、苦笑した。
「だったら僕を殺して、さっさと終わらせることだね」
アルファは、すっと目を細めた。
アルファは、フランソワーズがトラップを仕掛けているのではないかと疑っていたようだ。
だが、今の攻撃でその疑いがはれたらしい。
「もちろん、そうするさ」
再びアルファは、加速装置を起動する。
ジョーも、同時に高速の時間流へと移行していた。
ジョーは、傍らにジェットの気配を感じる。
ジェットの持つ機能を作動させ、ジョーは両足からジェット噴射を放出しアルファの上へと飛翔する。
そして、ハインリヒから受け取ったモジュールを駆動させて、右手から7.62ミリ口径の銃口を突き出す。
ジョーは、アルファに向かって7.62ミリの銃弾をばらまいた。
アルファは、冷たい笑みを浮かべるとジョーと同じ高さへと浮上していく。
その周囲には、レーザー砲が凶星の光を放っている。

フランソワーズは、ジョーとアルファが姿を消したのを見届けるとイワンに高速言語で語りかける。
「わたしは、今ジョーと繋がっている。ジョーの視ているものが、見える。わたしの指定した場所にサイコキネシスのネットを展開してほしいの」
(やってみよう)
フランソワーズは、あえてさっきはトラップを仕掛けなかった。
アルファに油断させるためと、いえる。
しかし、それがどれほどの効果があるのかは判らない。
なんにしても、賭けである。
負ければ、死ぬ。
そういった類の、賭けだった。
フランソワーズは、空間の一点に狙いを定めスタームルガーの形をしたレーザーガンを、かまえる。
フランソワーズの思考は一部、ジョーと繋がっていた。
高速の時間流での思考は、断片のみしか読み取ることができない。
その断片ですら、理解するには彼女自身の脳をフルに稼働させる必要があった。
フランソワーズは、今まさに無数に飛び交う木の葉に混じる、たった一枚の花びらを特定する行為をしようとしている。

ジョーとアルファはドッグファイトを行っている戦闘機のように、互いの距離を保ちつつ高速で円を描いていた。
しかし、ジョーはアルファがサイキック能力を展開していることに、気がついている。
次のテレポートの瞬間は、近い。
その瞬間が、最後の戦闘になるであろうと思っていた。
ジョーは高速で機動しながら、ハインリヒがかつて使用していた66ミリのロケット砲をディラックの海に待機させている。
ソロモン第三神殿のナイトヘッドにアクセスしながらジョーは、サイキックが発動されるのを待つ。
ナイトヘッド経由でイワンの能力を駆使可能となったジョーは、アルファのむかう空間の一点が歪んでいくことを感じとっていた。
場の性質が変動してゆき、神殿の広場に虚数空間であるディラックの海が出現しつつある。
アルファは、時間加速装置を作動させたまま、そのディラックの海へと飛び込んだ。
それは、テレポーテーションと呼ばれる能力である。
ジョーはナイトヘッドが持つ演算能力を全開にして、アルファの出現ポイントをわりだす。
そして、そのポイントに向けて66ミリのロケット砲を放った。
計算どおりの位置にアルファは、ディラックの海を出現させる。
高速の時間流に意識をおいているジョーにとって、ミサイルの動きは蝸牛なみに遅く感じられた。
しかし、それは確実にディラックの海に照準が合わされている。
アルファが虚数空間であるディラックの海から、再び通常空間へ出現したときミサイルが炸裂した。
炎の球体が出現し、アルファを包み込む。
ジョーは、その火焔球にレーザーガンの照準を合わせる。
しかし、アルファは炎の中から出てこない。
ジョーは不吉な予感を背後に感じて、後ろを向く。
そこに、ディラックの海が出現しつつあった。
アルファは、ジョーの攻撃を予期していたのだ。
そして、十三門のレーザー砲も同時に出現しつつある。
ジョーは、身を翻そうとするが、既によけることが可能なタイミングではなかった。

フランソワーズは、思考を極限まで高速で作動させている。
ナイトヘッドにアクセスすることで、それはぎりぎり可能となった。
フランソワーズは、一種のトランス状態となっている。
身体の制御は失われており、顔は死人のように硬直していた。
ヘルダイバーとよぶサイボーグと似たような状態となっている。
脳の全ての機能を、ジョーたちの戦いを把握するために使用していた。
フランソワーズは、ノイズに近い情報の海に沈んでいる。
その中に稲妻となって浮かび上がる断片的な情報を瞬間で解析し、アルファの位置をつかんだ。
フランソワーズは、高速言語を使ってイワンに位置情報を送信する。
イワンは、神殿の広間にサイコキネシスのネットをはった。
そしてフランソワーズは、虚空に向かってレーザーガンを撃つ。

ディラックの海から再度出現したアルファは、後退しレーザー砲を避けようとするジョーを追尾していく。
しかし、一瞬だけアルファの動きが止まった。
その直後に、レザー砲が光の柱を出現させる。
爆風と轟音を巻き起こす光の柱から、ジョーは辛うじて逃れた。
しかし、バランスを崩し床に叩きつけられる。
アルファが、獰猛な笑みを浮かべながら追撃体制に入った。
その瞬間、光の矢がアルファの身体を貫いた。
アルファは、身体を切り裂かれる苦痛で絶叫をあげる。

フランソワーズは、自分の放ったレーザーガンの射線からアルファが出現するのをみた。
全身を炎に包まれたアルファは、よろめきながらフランソワーズに近づこうとしている。
アルファは傷つき、時間加速装置を作動し続けることができなくなっていた。
フランソワーズは、満足げに微笑んだ。
その瞬間、ジョーの絶叫に近い叫びがフランソワーズの耳にとどく。
「逃げろ、フランソワーズ! イワン!」
それが無意味であることは、フランソワーズには判っていた。
制御をほぼ失ったアルファのレーザー砲が、無差別の攻撃を開始する。
光の奔流が、神殿の広間を縦横無尽に駆け巡った。
至る所に、爆発と火焔が巻き起こり、広間は地獄の様相へ転じる。
凶悪な真紅の花が、漆黒の爆炎を纏っていくつも出現していく。
フランソワーズとイワンは、逃げる間もなく無差別にまき散らされるレーザー砲のビームに身体を貫かれた。
イワンは、身体を両断され炎につつまれる。
瞬く間に黒い犬の身体は、灰となっていく。
フランソワーズも、自分の胸に穴があくのをみた。
そして、意識が暗闇へ飲み込まれる。

フランソワーズは、ジョーの腕の中にいた。
こうしてその腕に抱かれてみると、彼女にとって自分がいるべき場所がここ以外にあったなどととても信じられない気持ちになる。
ああ、ようやく自分の居場所に戻ってきたのだという安堵の気持ちが、身を引き裂かれた激痛を和らげるような気がした。
遠くでジョーが、自分の名前を呼んでいるような気がする。
なぜあなたは、わたしを呼ぶの。
わたしはもう、どこへもいかない。
だって、ここだけがわたしの場所なのだから。
そういって、フランソワーズは微笑んだつもりになる。
現実には、苦痛で口を歪めただけなのかもしれない。
でも、そんなことはどうでもよかった。
そして、なんとか呟きをもらす。
「これからは、ずっと一緒なのよ。ジョー」
フランソワーズの意識は、闇に飲み込まれていった。

ジョーは静かにフランソワーズの遺体を床に横たえると、立ち上がる。
ジョーは、炎の中からゆっくりと歩み出てくるアルファに向かい合う。
その身体は、驚異的な速度で再生されつつあったが、戦闘力が回復するまでには至っていない。
もう、アルファはジョーの攻撃を防ぐことはできなかった。
アルファは、ジョーの前に立ち止まると真っ直ぐジョーを見つめる。
「ジョー、君は僕が君を妬んでいると言ったね」
アルファは、そっと首をふる。
「そうではないな。そうではないと思う。僕は、ずっと不思議に思っていただけなんだ」
アルファは、とてもナイーブな表情でジョーを見つめていた。
「君はなぜ、醜く愚かで不完全な存在である人類を、憎まないのだろうかと」
ジョーは、そっと微笑んだ。
「かんたんな、ことだよ」
ジョーは、独り言のようにそっと呟く。
「僕は自分が、人類以上に醜く愚かで不完全であると知っていたんだ、なぜならね」
ジョーは悲しげな目で、アルファをみる。
「僕らは完全であることを求めてしまう。神と戦うもの(イスラエル)の宿命として。でも人類は、不完全であることで、完成されているんだ。未来に向かってね」
アルファは、少し苦笑した。
「ジョー、どうやら僕は君の影らしい。だから、僕を殺すことは、君を殺すことに等しいんだ。それでも僕を殺すかい?」
ジョーは、無言のままレーザーガンのトリッガーを引いた。

14, 13

  

ジョーは、彼以外に動くものがいなくなった、神殿の広間を歩いている。
瓦礫の積み重なるその場所は、廃墟と化していた。
墓地の静寂と、荒野の寂寥感がその場を満たしている。
ジョーは、積み重なる建物の破片を踏み越えて、広間の奥へと向かった。
かつて聖壇のように見えた広間の最奥にあるステージは崩壊しており、崩れ去った壁の向こうに通路が見える。
断崖の狭間にある洞窟にもみえるその通路へと、ジョーは足を踏み入れた。
その通路には、神秘的ともいえる静けさがみちている。
ジョーは、通路を歩いていくうちに、さらにその奥にある階段を見出した。
その階段には、天井からの日差しが光の柱となって聳え立っている。
ジョーは、ゆっくりと階段をのぼりはじめる。
階段は緩やかなカーブを、描いていた。
その階段は、大きな螺旋をつくっている。
ジョーは、この階段がバベルの塔にも似たこの神殿の、最上階へと向かっていることを知っていた。
ジョーは、とても穏やかな気持ちで階段をのぼっている。
アルファが死んだ今、ジョーはより深くナイトヘッドと接続されていた。
もともとジョーの精神が安定しなかったのは、ナノマシンによってサイボーグ化された身体を脳が制御しようとして過負荷状態になっていたためだ。
本来であれば、ヘルダイバーのようにサイボーグ化されると何かを犠牲にする必要がある。
だからジョーは、精神の安定を欠くことになった。
けれど、今はナイトヘッドが脳の制御しきれない部分をサポートしている。
ジョーは、ようやく自分自身に戻ることができたのだ。
ジョーは、落ち着いた気持ちでひとり階段をのぼっていった。
いつしか、ジョーは傍らにフランソワーズがいることに気がつく。
フランソワーズは、ジョーと同じ十代の少女となり、腕には赤子の姿となったイワンを抱いている。
ジョーが向けた眼差しに応え、フランソワーズはやさしく微笑む。
彼女もまた、ジョーが意識の中でつくりだした幻にすぎない。
とはいえただの幻だともいえず、彼女の意識はソロモン第三神殿の一部であるナイトヘッドの中でエミュレートされている。
いうなればフランソワーズは死と同時に肉体を捨て、ナイトヘッドの中へ意識を移し替えたのだといえた。
ジョーは、フランソワーズとイワンを従えて階段をのぼってゆく。
いつしか、彼の後ろにはジェットとハインリヒも続いていた。
さらにその後ろには、ピュンマとジュニア、それとチャンとグレートもいる。
気がつけば、かつて共に戦った仲間たちが皆、幻の身体を携えジョーとともに階段をのぼっていた。
彼らが幻にすぎないことは、よく判っている。
しかし、ジョーは自分のこころがかつて仲間とともに戦ったときに、戻っていくように思えた。
ジョーは、仲間たちとともにソロモン第三神殿の最上部へと向かう。

そしてジョーは、ソロモン第三神殿の頂上へとたどりついた。
そこからは、真っ青な空を見上げることができる。
ジョーは、真っ直ぐ空を見上げた。
そこに広がるのは、異様な光景である。
青い空全体を、円盤状の飛行物体が覆い尽くしていた。
それは、かつて空飛ぶ円盤としてひとびとを騒がしたものとよく似ている。
けれど、ジョーはそれがナン・シップであると知っていた。
シャンバラから、やってきたものたち。
人類を滅ぼすため、南極の地下から地上へ出てきたものたちである。
(こいつはまるで、エイリアンアタックだな)
ジョーは、背後でジェットの発した声を聞き、少し振り向く。
ジョーの仲間たちは、ジョーと同じように神殿の頂上に並んでいた。
皆、一様に空を見上げている。
ジョーがふと気がつくと、目の前にアルファが立っていた。
そのアルファもまた、幻でありジョーの意識から生み出された幽霊のようなものだ。
(ジョー、君は僕を殺したわけだから)
アルファの幻は、ナン・シップに埋め尽くされている空を指し示す。
(僕のかわりに、この事態を収拾する義務があると思うんだ。そうじゃあないかな)
ジョーは、幻のアルファに対して頷きかける。
そして、背後に立っているフランソワーズとその手に抱かれているイワンのほうをみた。
フランソワーズはジョーにうなずき、イワンをジョーのほうへ向ける。
幻の身体として赤子を選んだイワンは、ジョーに向けて微笑みかけた。
「イワン、僕はシャンバラへ行きたい。テレポーテーションを頼む」
イワンは、フランソワーズの腕に抱かれたまま少し身体を動かす。
(エイリアンズ・バイブルには、シャンバラの座標位置もしるされていた。君を、送り出すことはできるが)
イワンの瞳が、青く輝いた。
(では、ジョー。君には、覚悟ができているというのだね)
ジョーは、みんなを見回す。
フランソワーズ、ジェット、ハインリヒ。
それにピュンマとジュニア、チャンとグレート。
幻となった彼らの瞳にもまた、決意を読み取ることができる。
これが最後の日、最後の時なのだと。
不思議と穏やかで、晴れ晴れとした気持ちにジョーはなる。
ジョーは、みんなに微笑みかけた。
そして、ゆっくりうなずく。
「では、やってくれ。イワン」
ジョーの意識は、闇の中へとのみ込まれていった。

そこは、広々とした部屋であった。
意識を取り戻したジョーは、自分が真っ白で伽藍堂の部屋にいることに気がつく。
何も設備や備品が置かれていない部屋であり、完全な白で塗りつぶされているため、どれほどの広さがあるのか判らない。
無限の広さを持つ部屋のようにも思えるが、随分と狭い閉ざされた部屋のようにも思う。
ジョーは、そこではひとりきりであった。
ここからは、神殿のナイトヘッドには接続できないらしい。
ジョーは、少し途方にくれたようにあたりを眺める。
部屋の中を眺め渡し、再度前方に視線を戻した瞬間、自分の前にひとりのおとこが立っていることに気がついた。
部屋に入り込んだ気配は全く感じなかったので、忽然と虚空から出現したのかと思える。
そのおとこは、小さなおとこであった。
身長は、子供程度だと思う。
目は大きく切れ長で、アーモンド型をしている。
そして、灰色の肌をした身体を、銀色のスーツに包んでいた。
ジョーが語りかけようとしたその瞬間、小さなおとこが語り始める。
「判っていると思うが、あまり時間はないんだ。さっさとはじめよう。ああ」
小さなおとこは、ため息をついた。
「そうだな、わたしのことはとりあえずグレイと呼んでくれ」
ジョーは、それが名前というよりは何か役職のようなものかとも思ったが、黙っていた。
「さて、ジョー・シマムラ。君がわたしたちのナン・シップによる人類への攻撃を中止させたいと思っているのならば、そうすべき理由をわたしたちに説明しなければならない」
ジョーは、うなずく。
「あなたがたシャンバラの民は、冷戦体制は安定しており核戦争はおこらないと考えていた」
グレイは、少し苦笑する。
「あまりに単純化しすぎているが、結果的にはそうだ」
ジョーは、笑みを浮かべる。
「では、もう一度冷戦状態と似た世界システムを構築すれば、もう少し猶予を与えてもいいという理屈にはならないかな」
グレイは、侮蔑的に唇を浮かべる。
「どうやってやる?」
「僕らは、人類に宣戦を布告します」
グレイは、馬鹿にしたように笑った。
しかしジョーは動ずることなく、真っ直ぐグレイを見つめている。
グレイは、皮肉な輝きを瞳に宿す。
「君たちが敵となれば、全人類が団結するというわけだな。でも、君たちは、全人類の憎悪と恐怖の対象となる」
ジョーは、微笑み続けていた。
そこには一抹の哀しみも、怯えも、そして迷いもないようにみえる。
それらを奥底に埋めることができるほどに、決意を固めていたということだ。
グレイは、そっとため息をつく。
「君の申し出は、馬鹿馬鹿しく検討に値しない」
ジョーの瞳に、一瞬緊張が走った。
グレイは、手をあげジョーを止める。
「しかし、君自身は尊敬に値する。君のくだらない申し出は、無かったことにするが、我々シャンバラの攻撃も凍結することにした。これは、我々の君個人に対する敬意の表明といっていい」
ジョーはそっと、ため息をついた。
「ありがとうごさいます」
グレイは、手をふる。
「いつまでも凍結というわけではない。君の今後の行動によっては、攻撃を再開する。こころして君は君の世界へ戻れ」
そして、ジョーの意識は再び闇にのまれた。

青い空のした、空虚な静寂に沈んでいる廃墟の街が広がっている。
ジョーは、神殿の上からその廃墟を見下ろしていた。
空を覆っていたナン・シップは、姿を消している。
テレポーテーションにより、ジョーはシャンバラからヨコスカベースのソロモン第三神殿に戻っていた。
彼のまわりには、シャンバラへ向かったときと同じように八人の幻影が佇んでいる。
神殿に戻ると同時にジョーの中にある、シャンバラであった出来事の記憶は、ナイトヘッドに同期をとられ書き込まれていた。
八人の幻影たちも、その記憶を共有している。
(で、どうするんだ、ジョー。やるのかい)
ハインリヒが物騒な笑みを浮かべているのをみて、苦笑しながらジョーは首を振る。
「君の思っていることは、しないよ」
ジョーの隣にたつジェットが、両手をひらく。
(しかし、行動しなければシャンバラの連中は戻ってくるんだろ。やるしかないんじゃないのか?)
ジョーは、肩をすくめた。
「まあ、結果的にそうなるかもしれないんだけれど。まず、やることがあると思う」
ジョーは、フランソワーズのほうを向く。
「君の歌をテレパシーにのせて飛ばしたとして、こころをコントロールしたりはせずただ単に聞かせるだけであれば、どのくらいのひとに歌はとどくだろう」
フランソワーズは、少し首をかしげる。
(そうね、ナイトヘッドに取り込まれてみてはじめて判ったのだけど、ここのパワーは思ったより強いわ)
フランソワーズは、笑みをうかべる。
(多分、全人類に届かせることができると思う)
「そうか、それなら決まりだな」
ジョーは、八人に向かい合い笑みを浮かべた。
「では、はじめようか」
フランソワーズは、イワンを抱いて歌を広げていく。
かつてノアが箱舟を用意した時代、世界を沈める大洪水をおこせるほどに雨が降ったという。
その世界を水に沈める雨のように、神殿のナイトヘッドによって増幅されたフランソワーズの歌は世界じゅうに満ちていった。
それが大気のように世界を覆い尽くしたときに、ジョーは語りはじめる。
ジョーの言葉は、世界を覆った歌にのって、全てのひとびとの耳へと届いた。
「みなさん」
そして、全人類が同時にジョーの言葉を聞いた。
「みなさんに、お伝えすることがあります。その日、その時がついにきたのだと」
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