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3:鬼の落し娘、獅子なる娘

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ルトガー=ゴルトハウアーは娘アリエルにある決断を強いた。
このまま御家断絶を迎えるか、それとも丙家の男子と結婚して御家再興をするかと。ゴルトハウアー家は、いまや没落寸前だった。長男が生まれることがなかったゴルトハウアー家が潰えることは目に見えている。ゴルトハウアー家を存続させるには、他の鬼家の一族の男子との縁談しかなかった・
だが、同じ鬼家の者は一切縁談を持ちかけることはなかった。
これも、父ルトガーの反抗心剥き出しの生き様が招いた自業自得の結果なのだろうが…いずれにせよ、ゴルトハウアー家は鬼家の方針に歯向かった反逆者一族である。反逆者を放置することなど鬼家の掟の乱れに繋がる。

アリエルは鬼家の者たちを恨んではいなかった。むしろ、恨むべきはこの父ルトガーであった。
父は一族の掟に逆らった。彼は己の生き様を押し通すために多くの同家の者を手にかけた。
当然の報いである。失われた同家の者の命の償いは父の命一人で済む問題では無い。残された私たち母と子にも背負って当然だ。
アリエルは父が奪った同家の者たちの墓参りを欠かしたことは一切ない。無論、門前払いされるか
恨みつらみを吐かれてきた。そのことで、彼らの言葉や態度に傷つきはすれど怒りを覚えたことはなかった。
むしろ、哀れでならなかった。彼らは掟を忠実に守っただけなのである。
掟を破った父に命を奪われる筋合いなど無かったはずなのだ。

こうなるのも父は分かっていたはずだったのだ。
いずれ、牙を向けばその牙はいずれ自分の首を貫くと……なのに、父はそれを無視して多くの人々を不幸に陥れた。
そんな父の言葉に私は何度も怒りを覚えた。
一度も怒りをぶつけたことはなかったが、父もそれを察してはいたのだろう。
惨めに目線を下に向け、私の顔色を伺っていた。
だから、多くの人々が言う父ルトガーは本当に牙を剥くほどの野望に満ち溢れた男だったのかと
成長していく中 疑問に思ったものだ。惨めで、私にすら心から目を据えて話そうとしない。
こんな惨めな人生の敗北者が、私たちに己の生き様が招いた代償を私たち 母と娘に押し付けている。
私は心の中で最も父を軽蔑すべき人間として思っていた。
だからこそ、心のこもった言葉など一度も投げかけたことなどないし
父が病床に臥せっても 駆けつけようとなどとは思わなかった。

父の晩年……私は丙家の陸軍直属の全寮制の国際通訳官学校に留学していた。
閉鎖的だった鬼家の方針も、目立たずに他の家と接していくという条件下のもとでなら
他の一族との交流をしても良いという方針へと軟化した。
おそらく、父のような跳ねっ返りの出現を警戒してのことだったのだろうか……

私は元から語学が得意だったこともあり、国際通訳官としての人生を歩もうとしていた。
学校の暮らしは楽しかった。同期のシュエンとは年齢こそ違えど、互いの境遇を打ち明け合う仲だった。

暗殺者としての才能がなく、暗殺教会から弾き出されたシュエン……
父親の業のせいで、鬼家から弾き出された私アリエル……

成功者としてのレールから外れた私たちの生き方は傷の舐め合いに思えたのかもしれない。
でも、2人で互いの境遇を分かち合うこの暮らしは本当に……本当に幸せだった。

シュエンの言葉は今でも忘れない。
「泣いて敗北の味を舐めた者じゃなければ勝利の美味しさは分からない。」

正直 鬼家のレールから外れた私の生き様は惨めだと内心思っていた。
人生の敗北者として惨めな生き方を強いられているのだと思い込んでいた。
だから、今の楽しい筈の国際通訳官としての日々を楽しめない自分が居た。
今もどこかでこの私の人生を陰で侮辱している人たちが居るんじゃないかと……
だけど、このシュエンの言葉で敗北者だった私は幾度となく救われたのだ。
いつしか私はシュエンに惹かれていたのだ。年下で華奢で、この骨大陸で理想とされる筋骨隆々の
骨魂のある男子像とはかけ離れてはいても、私はこのシュエンを愛したのだ。

私はこの秘めた想いをいつか打ち明けようとした。そんなある日だった。
今でも忘れない。雪の降る肌寒い晩だった。骨の神ダヴの石像の前で
私はシュエンに想いを打ち明けた。
後で知ったことだが、かつて父も母に骨の神ダヴの石像の前で告白したらしい。

私の告白を前に唖然とするシュエンの返事を聞く前に
私は実家へと連れ戻されることとなる……
そう、晩年の父ルトガーの最期の遺志を聞くために……
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