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最終話 奇跡の島

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 戦いは終わった。こちらの世界と向こうの世界を繋ぐその歴史上に現れたある意味奇跡のような架け橋を渉は自らの手で完璧に塞いだ。
 渉は島をぐるりと見渡す。そこには蹂躙の跡があった。洋館以外の建物はぐじゃぐしゃに倒されてしまっていたし、草原はあちこちがめくりあげられている。森の木々は倒されて、冗談のように大木すら横たわり死んでいた。被害を直視したくないほどに生命は冒涜され、奪われていた。渉はそれを見て悲しくなった。他の子供達も自分が今まで育ってきて変わらなかったもの、大いなる自然であった、愛着をもった故郷の凄惨な変化を目の当たりにして、やはり心が揺れ動いた。

 渉は世界改編をした。真っ白い風が吹き抜けた。腐った植物の下から新たな植物が芽生えた。それは大地が風に触れたところから次々と起こっていった。大木の下の地面からやがて大木となるかわいらしい二つの葉の植物が発芽した。死の下から新たな小さくても宇宙のように可能性がぎゅっと詰まった生命が生まれる。度重なる世界改編の中で渉はこの世界改編が1番すっきりと清潔な気がした。めくれた大地や倒壊した建物は直さなかった。自然の力に任せるところは任せようと思った。

 天気も世界改編中に変わってきて晴天となった。澄み切った青。渉達はこの気持ちのいい景色を見ていた。

 それから、みんなと洋館にもどった。

「さって!」

 藍子が気を取り直すように言った。喜色満面だ。

「みんな!…………お腹は空いてないかい?」

 きゅぽぽん!というような擬音が聞こえて来そうな感じで藍子が言った。

 ───藍子さん??

 渉は思った。

「「お腹が空きましたーー!!」」

 元気よく笑顔で答えるのはやはり春秋と真歌だった。

「んん~~?声が足りないな~。お腹は空いてないかい?」

 藍子が芝居がかった口調と動作で言った。

「(あ、コレなんとかお姉さんとかいうやつだ。)」

 藍子なりの空気の入れ替え方なのだろうと渉は思った。戦いは本当に終わった。藍子や春秋達の様子を見ているとだんだんと実感が湧いてくる。

「(ええい)」

「「「お腹が空きましたーーー!」」」

 二度目の合唱には俺も笑って大きな声で参加した。他のみんなも、特に神威や、黒繭はあんまり大きな声ではなかったが、ニコニコして言っていた。逆に真下や未来や春日井は声が大きく、ポーズも勢いがよかった。彼らはリアクションで感情が表現できるタイプだった。

「(俺?俺はまぁ中間ってトコさ)」

 誰しもに共通していたのはとても幸せそうな顔をしていたということだった。誰もがはちきれんばかりの笑顔だった。それは輝かしく、素敵なことだった。

 ───ああ、やってよかった。
 渉はみんなの中で笑いながらそういう想いで心を自由にしていた。みんなのはちきれんばかりの笑顔を見ていると渉は胸がいっぱいになった。

 その後は渉と真下の提案で、外の庭でピクニック風にご飯を食べることとなった。その提案にはもちろんみんなが賛成した。それは上妻家の宴だった。主役はもちろん渉だ。

  完全にどんちゃん騒ぎとなった。子供組も今日ばかりはちょっとだけ大人の飲み物を飲んだ。酔っ払った久尊寺がワハハハハハハと笑い続け、うわごとのようなトークを炸裂させた。ドラゴンは正にうわばみのように酒を飲み続けた。 外に敷いた絨毯の上にはたくさんの料理が並んでいる。 厨房で料理ができる組が調理をしたものをじゃんじゃん運んでくる。

「ぼく前からやってみたかったことがあるんだー」

 紫色の肌のドラゴンであるシュラが酔っ払いの目とろれつで言った。

「ねー咲夜ーあれ試そ!」

 シュラが咲夜に言う。

「そうですね。やりましょう!」

 そして咲夜はみんなに宣言した。

「私、飛びます!いえ、翔びます!」

「(なぜ言い直したし)」

 咲夜がシュラの腕を握った。バッサバッサと羽ばたくシュラ。シュラが咲夜と手をつないだまま咲夜の頭の上まで飛んだ。咲夜の両腕が上にピンと伸ばされた格好だ。小さなパープルドラゴンはさらに勢いを増して羽ばたく。
 すると、なんと咲夜の足が地面から離れた。
 うおお、という歓声があたりから上がる。

 咲夜がどやぁという顔をしている。

「(かわいい)」

 さらに飛び上がりみんなの頭上をシュラと咲夜はぶーんと一周した。

「まるでティポコプターだな」

 うひゃひゃと春秋が笑う。ぴーぴーとさらにこの色男は口笛を鳴らす。周囲も湧いている。

「すげー」

 渉も小学生並の感想を言う。


  上着を脱いでノースリーブのシャツを着ている状態になっている未来が両手で大皿を持って厨房から現れた。

「あーいい汗かいたー!」

 ほかほかと湯気の立つ炒め物をどん!外に敷いた絨毯の上に置いた。新鮮な野菜と肉を各調味料を使って炒めたそれは見ているだけで食欲をそそる。

「うまっ」

 渉がそれをよそって食べて、舌づつみを打つ。未来がそれを聞いてにへら、と喜ぶ。
 渉の食べっぷりに次々と他のみんなも手を出す。みんなが実に旨そうに食べるので渉も食が進むし、作った側も嬉しそうだ。
 みんながうまいうまいと絶賛しながら食べているので、未来はえへへ。と頬に手をあて嬉しそうにしている。
 
「いつにうまい!ここまで、」
 もぐ、
  「たべすずけたくなるりょうひは」
 もぐもぐ
「初めてだ」
 アリーシャがもぐもぐさせながら、喋った。実にうまいここまで食べ続けたくなる料理は初めてだと言ったらしいと渉は思う。

「こら精霊の王。行儀が悪いぞ」

 渉は笑って言った。

  渉達はお腹がいっぱいになるまで食べた。渉はさらに食べ続けて、お腹がいっぱいになっても食べ続けた。女性陣も割とそういうのが多かった。なにしろ美味しくて美味しくて止まらなかったのだ。
 四大精霊もこの宴を見守っていた。
 微精霊達も祝福している。
 宴会は夜まで続いた。飲んで、食べて、騒いだ。オレンジの蛍光灯の光や、微精霊たちのざわざわする声と緑色の光。幻想大宴会が催されていた。料理と酒の匂いに引かれて精霊も魔物も寄ってきた。
 普段間近で見ることや触れたりすることができない精霊や魔物と共存した。
 渉はみんなと肩を組んで騒いだり、歌ったりした。

 


 翌日

 渉は洋館のバルコニーにいた。
 手すりに肘をつきながら日向ぼっこに興じていた。目の前に広がるのは蘇った美しい風景。自分が生命を復活させたのだが、生命の複雑さがそこにはあった。小川がキラキラと太陽の光を反射させていた。

 庭では洗濯物が風で揺れている。それを畳んでかごに入れていく藍子と美優。渉がこちらの世界でいつも見ていた風景だった。その左の方では春日井達が奇想天外な遊びをしている。

「渉も来いよ!」

 春日井が言う。未来もこちらに手を振っている。

「ああ。すぐいくよ」

 渉は手を口にあてて身振りを伴わせて返事をした。
 渉は不思議に思った。昨日の庭と今も庭。昨昨日の島と今日の島。同じ島なのに、こうも違うのが不思議だった。同じところでも昨日の宴会とこの昼下がりではまったく違うように感じる。

「(人がいるからこんなに変化があるように見えるのかな)」

 ざざぁと木が風で揺れる。物事というのは最初はどんなに面白くても同じ事を繰り返したらやがて飽きてくるものだ。

「(この世界もまた、向こうの世界と同じように俺にとっての牢獄になってしまうのか……?」

 美しい景色を見ながら考える。

 カツ、と後ろで音がした。

「アリーシャ」

 渉が驚いたリアクションで言う。本をどこかで読もうとしているのか、脇に厚い本を抱え、彼女がこの場所にやってきた。

「悩み事か?」

「ああ……俺は向こうの世界でずっと閉じ込められていた。どこにでもない、自分自身の体に。手の指先から足の指先までまったく自分の意思で動かすことはできなかった。肉体が牢獄になってしまってた。今は解放的な気分だけど、これは一時的なものじゃないのかなって思ってしまうんだ。今度はこの島が俺の牢獄になってしまうんじゃないかと思って、それが怖いんだ」

 アリーシャはこちらに歩んできて、隣で渉と同じようにバルコニーの手すりに肘をかけた。

「この島以外にもこの世界は広がっているぞ」

「えっ」

「この世界には八大大陸と呼ばれる大陸があってな。」

 ほら、とアリーシャは自分の持っていた本に挟まれていたこの世界の世界地図を渉に見せた。
 さぞかし俺は間抜けな顔をしているだろう。

「それにみんなもちゃんと変わってゆくのだ。万物は流転する。ゆるやかな変化、その全ての移り変わりは私の楽しみのうちの一つだ。みんなちゃんと歳をとる。もちろん君も」

 渉が食い入るように地図の上の大陸をなぞった。 夢中になって本の情報を取り込もうとしかけたが、違和感のようなひっかかりのようなものを覚えて、顔を上げた。それは少しの不安の匂いのするものだった。

「(彼女は歳をとるのかな。もし歳をとらないんなら、それってすっごく寂しいことなんじゃないか)」

 上妻家のみんなの墓の前で花を抱え寂しげに佇むまったく年齢の変わらないままの彼女を想像した。何十年経っても彼女の美貌は全く変わらず、しかしそれがかえって寂しい。渉の想像にすぎないが。
 渉の上げた顔を見て精霊の王は口を大きく開く。

「まだまだ世界には私が知らない事でいっぱいだ!面白くて面白くてたまらない。旅に出ねば!世界は私の知的好奇心を刺激されることで満ち溢れている!………と久尊寺が言っていた」

 アリーシャが久尊寺のモノマネをした。明朗快活なところとかがとてもあの異常なエネルギーを持つ久尊寺に似ていた。

「噂ではまだ未発見の大陸もあるらしい」

 アリーシャが続ける。渉の目を見ながら淀みなく言った。アリーシャはここで話を切り、空の方を見る。意図的に沈黙をつくり、再度口を開く。

「少し、残念なお知らせもあるな。この島にいる時は今日みたいな力が発揮できる。今日の神がかり的な莫大な、な。しかし湯水のように力を使えるのはこの島の加護あってのものだ。加護の外に出たら君も、我々も力は大幅に弱体化する」

 彼女が神という言葉を口にするのは渉には不思議な気がした。

「ふーん、この島限定のブースターみたいなもんか」

「なんだ。特に残念そうでもないな。もう少しがっかりするかと思っていたのだが。人間、特に男の子はそういう風に思うものだって教わったのだが」

「ハハ。解ってないなぁ。冒険っていうのは成長する事も楽しさの一つなの。最初っから誰も勝てないぐらい強くて、一人でも何でもできても面白くないってこの上妻渉は考えるのさ」

  今日は黒霧との戦いで大勝利を収められたし、これから何が来ても、どんなことが起ころうともみんなの力があって乗り越えられないことはないだろうと渉は自信を持って思う。

「うむ。成長することも変化の一つ、だな」

 アリーシャが得心のいったいい笑顔で言った。噛み合ってるのかなんだか分からなかったけど渉は訂正も説明の追加もしないでいいと思った。

「渉ー!こいよー」

「今行くよ!」

 庭先で遊んでいるみんなに返事をして、渉はアリーシャに言った。

「この本読み終わったら貸して欲しいんだけどいいかな」

「ああ。君に渡すために持ってきた」

「さすがアリーシャ!ありがとう!」

 渉はアリーシャから本を受け取り、走って自分の部屋に行き、本を机の上に置いて、みんなの遊びに加わるため、勢いよく三段飛ばしで階段を駆け降りた。




 《おわり》
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