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第三十二話 終演‐フィナーレ‐に向けて (どんべえは関西派)

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 「なんで……君たちがここに………」
 「その問いに答える義務はない」
 「さぁその命、天に返しなさい」


 カーサスとヴァイオレットはそれぞれの得物をその準悪魔に向ける。
 彼は地面に伏せ、そのまま動こうとしない。全身が傷だらけで、両腕共にヴァイオレットの矢が突き刺さっているのでもうまともに戦うことはできないだろう。カーサスもあえて自分の能力を使い彼を拘束しようとはしない。
 彼はもう戦えない。
 死者をいたぶる趣味はない。少なくともカーサスには。
 ヴァイオレットは銀の矢の先を向け、いつでもとどめを刺せるようにしている。まだ緊張感を解かない彼女とは対照的にカーサスは浮かない顔をしたまま、今倒したばかりの準悪魔の観察を続ける。


 「しかし、貴様がなぜ生きている」
 「ハハハハハ……君たちがいると知っていれば……もうちょっと警戒したんだけ……ど……ね……」
 「おい、答えろ」
 「それは、別の僕に聞いてよ……」


 それが最後の言葉だった。


 カーサスとヴァイオレットの二人数日前、リザから契約の打ち切る旨を伝えられてから自由行動をとっていた。リザの提示した抹殺対象のうち一人に興味をひかれたからだ。色々と調査をして、隠れ家を突き止めて、こうして抹殺をした。
 普段はここまで執着などしない。だが、今回は話が別だった。
 なぜなら、その対象は過去に自分たちが殺した準悪魔と非常に似ていたからだ。

 今日、戦ってみてはっきりと分かった。
 同じ奴だ。
 カーサスは目を細め、小さな声で呟いた。


 「こいつは一体何者だったのか……分からずじまいか」


 そこに倒れている準悪魔の死体。
 ボロボロに崩壊こそしているものの、装甲を纏い、純白のフードマントを羽織った独特な姿。
 マーリンの死体だった。



 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 天神救世教本部要塞のヘリポート。
 そこに異形の巨体が暴れてた。それは何かというと、マーリンがけしかけたゾンビ・バハムートだ。なぜ彼がそこにいるか、謎は尽きないが、そんなことを考える者はその場にいなかった。
 教徒たちが対応に向かっているのだが、食べ物にたかったハエが容易に払われるようにあっさりといなされてしまう。もしかすると人間とすら思われていないのかもしれない。
 それはそうだ。
 元々装甲三柱の一柱で準悪魔としての能力や知能は少々劣っている物の、ゾンビ化の恩恵で傷の修復及び単純な筋力はより強化されている。単純なる殴り合いだったら有象無象がいくらたかっても負けることはないだろう。
 それが分かっているので教徒の一人がキョータを探しに行ったのだが、どうにも見つからない。
 リザが出るしか無いのか。
 誰もがそう思った時だった。

 乱入者が現れたのだ。
 宙を切り、高速で降り立ったそいつは非正規英雄ではなく、準悪魔だった。


 「ほほほ、醜いのぉ」
 「ウグゥァァァ」
 「言葉も喋れんか……」


 黄衣に身を纏い、不気味な骸骨のような顔をした準悪魔、かの有名な四大幹部序列第一位のハスターだ。
 彼はセバスチャンからここにマーリンが来ているという情報を仕入れ、ここに来ていたのだ。周りに集まっていた雑魚共はさらなる強敵の出現に完全にパニックに陥っていた。バハムートは見た目が変わっていたことと死んだという噂が流れていたため、はっきりとそいつだと分かっていなかったため、まだ大丈夫だったが、ハスターの出現で指揮系統が完全に崩れた。
 なぜなら二体の姿を見たとたんに勝てないと判断し、現場の上司が逃げ出したからだ。
 何とも情けない話だが、ある意味では賢明とも言えた。



 ハスターとゾンビ・バハムートが激しい戦いを繰り広げているそこを人工島の中心にあるビルのような建物の屋上からジッと眺めている人影があった。ノートパソコンを膝に乗せ、右手に携帯電話を持っている。スーツを纏い、渋い顔をしている彼はカイザーだった。
 パソコンには事前に入手した人工島内部の見取り図があり、そして電話は既に侵入している石動健吾に繋がっていた。カイザーはここで外の様子を見守りつつ、石動の潜入を手伝っていた。
 彼は眼下の喧騒を冷めた目で見ながら、小さな声で呟く。


 「陽動にしては派手だな……」


 マーリンがここにきていることは既に確認している。
 おまけに佐奈も一緒だということも知っている。
 カイザーが佐奈に渡した「お守り」。それは発信機の役割がある。彼女が単独で、おまけに隠し通路の一つを通ってここに来るということはマーリンが一緒にいる以外の可能性は考えられない。
 ちなみに石動は佐奈が来ていることを知らない。
 彼には潜入に集中してほしかったからだ。それに彼なら大丈夫だろう。
 それよりも気になることがまだまだある。


 「……しかし、どこに向かっているんだ?」
 『おい、何言っているんだ?』
 「いや、気にしないでくれ」


 カイザーは見取り図と照らし合わせてマーリンが向かっている場所を探る。
 その答えはあっさりと見つかった。
 人口島中心部に当たる部分、そこに謎の空洞がある。どうやらそこに向かっているらしかった。


 「…………この空洞は一体何なんだ……」


 よくよく見ると明らかにおかしい。ここにこの空洞がある意味が分からない。もし自身が起きたりしたらここから崩壊するかもしれないというのに。
 それが皮切りだった。
 カイザーの頭に次から次へと疑問が湧いてくる。この見取り図にはおかしい点が多すぎる。そもそも抜け道がありすぎる。潜入する際はそれが都合よかったので深く考えていなかった。


「………」


 カイザーは手早くパソコンを操り、色々細かいところを見取り図を確認してみる。
 誰がこの設計をしたのか、どこかに書いてあるかもしれない。
 すると隅っこの方に四谷の名前がサインされているのを見つけた。確かにこの見取り図は四谷の置き土産だ。だが自分の物だと証明するために名前を書いたわけではない。これで問題ないと責任者が承認するサインだ。
 見取り図が手に入ってからまだ日が浅く、こういう細かいところを全く確認していなかったのは痛恨のミスだ。今更ながら後悔する。

 なぜ彼がこんな不可解な設計に承認したのだ。
 それ以前に、彼は着工の時点で既にあちら側についていたのか。


 「……どういうことだ」
 『おい、カイザー聞いているか? 次はどっちに行ったらいい?』
 「……あぁ、すまない。ちょっと待ってくれ」



 思わず口に出ていたらしい。
 とりあえず、今は忘れることにし、石動に指示を出すことに専念することにする。


 「いいか、そこから百mほど進めば分かれ道がある。そこを左だ。そこをまっすぐ行けば、目的地に到着だ」
 『分かった左だな。……ところで、そこになにがあるんだ?』
 「それはついてのお楽しみだな」
 『なんだよそれ……』
 「じゃあ頑張れよ、私は私の仕事をこなしてくる」
 『あぁ分かった。あとは任せろ』


 これが最後の会話となった。
 カイザーは携帯をポケットにしまい、パソコンをそっと閉じる。
 そろそろ自分の出番だろう。
 幕が閉じる瞬間をこの目で見れないのは悲しいが、自分にしかできないことがある。


 「さて、急ぐか」



 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 「ここか」
 「そのようですね、堅悟様」


 カイザーの誘導に従いここまで来た。
 長い道のりを歩いて来た彼らの目の前にあるのは一人がギリギリ通れる程度の大きさしかない小さな鉄製の扉だった。パッと見、鍵は無いようなのでノブを回せばあっさりとその奥へと進めるだろう。
 薄暗い通路をゴキブリのように這いずりながらやって来た。ここに何があるのか、もしくは何が来るのか。何一つとして予想が付かないが、鬼が出るにしろ蛇が出るにしろ、やることに変わりはない。
 全力でたたき切るだけだ。
 エクスカリバーを握る手に自然と力がこもる。
 一方で翼ちゃんはどこまでも冷静だった。


 「では行きましょう、堅悟様」


 そう言って扉に手をかける。
 それを見た堅悟はそれを見て「待て」と止める。翼ちゃんは訝しげな顔をして「なぜです」と尋ねる。


 「俺が開ける」
 「……分かりました」


 きっぱりとそう言い切る。
 その言葉の裏に隠れた覚悟を読み取った翼ちゃんは同意すると一歩後ろに下がり、場所を譲る。すぐに堅悟は動きドアノブを握りこむと、ほんの一瞬の沈黙の後にためらいなく扉を開いた。
 すると、不思議な光景が目に飛び込んできた。






 小学校の体育館と同じぐらいの大きさの広い空間。何か物が置いてあるわけではなく、また窓もない、壁の端っこに通気口らしきものがいくつかあるだけのただのコンクリートの空間。天井にはびっしりと蛍光灯が取り付けられており、こうこうと光を放っていた。非常に面白みがなく、何の意味があるのかさっぱり分からない空間。
 だが圧迫感はない。
 いや、そんなものを感じている暇はないと言うべきか。
 二人が来るより先に既に人影があったことと、この空間の中央に当たる位置に不可思議なものがあったからだ。
 それは宙に浮かぶ黒い何かだった。
 球体のようで球体ではないただ黒い穴がポコンとそこに開いているよう。質量があるようには見えないが、はっきりとした存在感がある。この黒い穴、というのか染みというべきなのか分からないが、ともかくそれが何なのか分からない。どこかに繋がっているようにも見えるし、そこが終わりにも思える。
 この黒い穴からは不気味な靄のようなものが漏れ出ており、それがその穴の前に立っている人物の体にまとわりついている。赤銅色の装甲とフードマントが漆黒に染まり、全身にローブを纏っているようにも見える。手にしている杖も以前見た時よりも邪悪な形状になっている。
 彼は堅悟が入って来たことに気が付くと黒い何かの方に向けていた体をくるりと回すとニッと唯一露わになっている口端を上げると話しかけた。


 「やぁ、石動堅悟君」
 「マーリン!!」


 これはマーリンの声に他ならない。
 ほとんど原型を残していないが、この聞いている人間をイライラさせる声音は間違いなく彼だ。


 「こんなところで何をしている!!」
 「なにをしているかって? 見てわかんない?」
 「分かんないから聞いているんだよ!!」


 思いっきり怒鳴る。
 しかし、マーリンはどこ吹く風と言った様子で「これだから野蛮人は」と呟いて肩をすくめる。
 そんな中、翼ちゃんはあるものを見つけた。


 「堅悟様、あそこに佐奈さんが」
 「えぇ!?」


 翼ちゃんが指さすのはマーリンから少し離れたところ。
 そこに倒れている佐奈の姿が確かにあった。肩のあたりが上下していることから死んでいるわけではないようだが、ピクリとも動こうとしない。気絶しているのだろう。心配だがそこに向かうと何をされるか分からない。
 マーリンの戦闘スタイルはトラップを敷き、それを踏んだ敵を殺すというもの。
 もし佐奈の周囲にトラップがあったら何もできず殺されるだろう。そのため、近づくことはできないが死んではいないようなので少し安心する。ほっと一息をついてから再びマーリンを睨み付け話しかける。


 「お前!! 佐奈に何をした!?」
 「何もしてない……というのは嘘だけど、彼女に強制はしていないよ」
 「何をしたと聞いている、さっさと答えろ!!」
 「彼女と契約して邪神への扉を開いてもらっただけだよ。単純な話さ」
 「……どういう意味だ?」
 「それについて話そうか?」


 話してくれ、と言いかけた堅悟だがすぐに思いなおし口を紡ぐ。
 そしてジッと彼を観察する。前にカイザーが言っていた。マーリンと戦うのならしっかりと相手を観察して油断をするな。そして彼の話を聞かず、自分のペースを一切崩すな。そうすればしっかりと戦うことができる。
 いつまでたっても答えを返さない堅悟にマーリンは少しだけ笑みを崩す。これが決め手だった。
 堅悟はゆっくりと口を開くとこう答えた。


 「お前、余裕がないんじゃないか?」
 「え? どうしてそう思うの?」
 「簡単に表情を崩した。お前にしては珍しいな」
 「……あー、ばれちゃった」


 ポリポリと頭の装甲をかきむしる。
 そして今度は諦めの笑みを浮かべてこう言った。


 「いやね、この邪神の力を吸収してるのはいいんだけど思いの外強くて吸収しきれないんだよ。君が来るのがあと一時間遅ければ完全体だったんだけど」
 「……これが邪神……」
 「力だけだけどね」


 堅悟としてはあまりマーリンとの会話を進めたくない。
 だが疑問は次から次へと尽きることなく湧き出てくる。それにカイザーの忠告を聞いていなかった翼ちゃんはそれを抑えることができなかったらしい。強気に一歩前に出るマーリンに話しかけた。


 「確かに、ここには大量の準悪魔から集めた魔力が集中されています。理論上不可能ではないです。しかし、どうしてこう都合よくこんな場所があるんです? あなたはいつからこの計画を進めて……」
 「お、おい翼ちゃん……」
 「いいだろう、その質問全てに答えよう!!」


 マーリンが調子に乗り始めた。
 堅悟は頭を抱える。


 「まず、都合よくここにこんな場所があるかについてだが、答えは単純だ。ここの設計に関わった四谷君が僕だからさ」
 「「え?」」


 あまりに予想外の答えに思わず堅悟も固まる。
 マーリンは隠すつもりが無いのかペラペラと己の秘密を喋りだす。


 「僕は普段、自分がいつ死んでも大丈夫なように、自分自身をいくつも用意している。そして僕が死んでも変わりがいて、再び僕として復活することができるようにしているのさ。。そうして僕はずっと生きてきた」
 「……そんなことができるのか……」
 「でぇ、僕は邪神を吸収する計画を立てる中、君の存在を知った。そして僕は僕としての記憶のない人形を作り、疑似的な能力も持たせて君と接触させた。彼に僕としての意識はないけど、潜在意識にある命令に従って石動堅悟君の観察を兼ねつつこの計画のセッティングを進めていった。知っているかい、ここは彼が作ったんだよ」


 確かに四谷は結構前から天神救世教にいた。
 最初はただの潜入任務として。しかし人工島ができた頃に教徒としてリザに仕えるようになった。
 マーリンの言うことには信憑性がある。
 納得しているうちにマーリンはぺらぺらと言葉を並べ立てる。


 「で、僕はそこにいる佐奈ちゃんと契約してここの魔力を集中させて邪神への扉を開いたのさ。大変だったよ。今日この日までのセッティングはさぁ」
 「お前は……」
 「うん?」


 堅悟はぼそりと小さな声で呟く。
 マーリンはそれを聞き逃すことなく機敏に反応し、続きを促してくる。


 「お前は何者なんだ!?」
 「僕かい? 僕のことを知りたいのかい!! 教えようじゃないか!!」


 さも嬉し気に。楽し気に。
 マーリンは手を大きく上げて先生にあてられた小学一年生のように元気よく答えた。


 「翼ちゃん、君は知っているはずだ大昔に起きた天使と悪魔の大戦争を」
 「……えぇ、知っています。けどそれを……どうして」


 翼ちゃんはまだ生まれていなかったのだが、これは非正規英雄が生まれるきっかけともなった戦争として今でも語り継がれている。
 この戦いの後、創造主の采配により天使と悪魔は原則お互いに、また人間に干渉することができなくなった。その結果、人間を利用しての代理戦争が起こることになった。これが非正規英雄の始まりだった。
 ちなみにこれは堅悟も知っている。前に翼ちゃんから聞いたからだ。
 だが、まだつながりがはっきりしない。それをマーリンが語り続ける。


 「その際、邪神と共謀し天界への通り道を開けた裏切り者の天使がいた。彼はその戦い――邪神の敗北の――後、力を奪われ天界から追放された。そしてこの戦いを長い間観察し続けてきた。その天使……堕天使ルシファー。それが僕だ」


 あまりにも予想外の答え。
 真実。
 しかし翼ちゃんは思いのほか冷静だった。


 「なるほど……だから佐奈さんの魔力を引き出すことも可能だったのですね」
 「やっぱ君は理解が早いねー。さすが」


 一方で少し釈然としない顔をしている堅悟。
 どうやら彼には少し難しすぎたらしい。だが、マーリンが人ならざる者だということは辛うじて理解できたらしい。それに彼の仕事は理解することではない。顔をしかめて少しの間うんうん唸っていたがそれを止めるとエクスカリバーを握り締めた。
 そしてマーリンに向かって宣言する。


 「おk、とりあえず俺のやることはたった一つだ」
 「うん、確かにそうだね」
 「お前をぶっ殺す」


 強気な発言。
 マーリンはそれを全て受け止めた。
 だが、彼は堅悟の思っている以上に焦っていた。
 今日に限ってマーリンの判断ミス、及び予想外の出来事は一つや二つではなかった。まずはゾンビ・バハムートだ。マーリンは陽動でそれをここまで連れてきて、上で戦わせていたのだが、それが殆ど仕事をしてなかった。本当は堅悟が引っかかってくれることを望んでいたのだがセバスチャンのせいでハスターが来てしまった。
 セバスチャン、彼とお嬢様に関しても問題があった。
 純粋なる準悪魔であるお嬢さまをここに連れてくると、どんなことが起きるか分からない。最悪邪神がお嬢様の方に引き寄せられるかもしれない。そうなると自分の計画が大幅に狂ってしまうこととなる。それは絶対避けたかった。
 なので二人にはこのことを秘密にして別の仕事を頼み、少し遠くへ行ってもらっていた。
 もし、カーサスとヴァイオレットがいると知っていたら自身の分身体を護衛させていただろう。だがそれも叶わず保険で残しておいた分身体は死亡してしまった。
 マーリンは普段勝率が六割以下の戦いはしない。最悪五十パーセントを下回る場合は戦いを避けるようにしている。ところがこういったことが重なってしまい、おまけにこの戦いは避けることができない。
 この戦いの勝率は五分五分といったところだろう。
 久しぶりにリスキーな戦い。
 だが、彼はそれを歓迎した。


 「殺しあわなければ理解しあえない仲というものがある」
 「…………」
 「僕は今日、邪神を吸収するために生み出した分身体を一つだけ残して全て僕の肉体に戻した。ところがそれがある非正規英雄の手によって殺されてしまった。つまりどういう意味かというと、今日の僕は死んだらもう復活できないのさ」
 「…………」
 「そ、れ、に、邪神がまだ定着しきってないから、ここでもし邪神とのつながりを断ち切られたり、普通に切り殺されたりしたら僕の死は確定さ」
 「どうして、自分の弱点をそうペラペラと……」
 「対等に戦いたいからさ、そうじゃないと面白くないだろう?」


 不敵な笑みを浮かべる。
 そして大きく腕を上げると両手で宙を抱え込むようにしながら叫んだ。
 

 「さぁ、ともに踊ってくれるかい? 石動堅悟君!! どっちが生きるかどっちが死ぬか!! 誰がこの幕を下ろすのか!! どっちにしろ楽しい結果になるだろう!!」
 「うるせぇな!! ごたごた言ってないでさっさと始めようぜ!!」


 そう言って堅悟は地面を蹴ると前に飛び出す。その手にはエクスカリバーを握り締め。



 今ここに、正規の決戦の火ぶたが切られた。
 どちらが勝つにしろ負けるにしろ、その先を知る者は誰もいない。


92, 91

  


 「派手な陽動ね」


 一番見晴らしのいい教祖室のふかふかの椅子に座りながら、リザは小さく呟く。
 普段は教祖としての派手な服を着ているのだが今はいつものレーシングスーツを着ていた。正直、彼女は教祖の服はあまり好きではなく、この服装の方が落ち着いて事務作業などができる。
 今は下での派手な戦いをじっと観察しているのだ。
 教徒たちが羽虫のように吹き飛ばされ、次から次へと死んでいく。その様子を滑稽というのは死にゆく戦士たちに失礼かもしれないが、何もできず死んでいく様は哀れを通り越してもはや笑えてくる。と言っても本当に笑う訳ではない。彼女の表情はいつも通り変わりない。
 この陽動はあまりにも派手で、芸がない。
 はっきり言って酷すぎる。
 だが、効果的だ。
 なぜならこれを抑え込むにはリザが出撃せざるを得ないからだ。
 今ここに、リザ以外に騒動を抑え込むことのできる非正規英雄はいない。
 雑だが考えられている。


 「…………行こう」


 リザは席を立ちくるりと反転すると扉の方を向く。
 するとそれとほとんど同時にコンコンと扉がノックされる。
 どうやら自分が行く前に誰かが呼びに来たのだろうか。そんな余裕があるとは到底思えないのだが、冷静なのが一人はいたのだろう。立ったまま厳格な声で「入れ」というと、無言のまま扉が開かれた。
 するとそこには予想外の男がいた。
 銀の鎧に身を固め、般若のような面をして、刀を携えた因縁の準悪魔。
 カイザーだ。


 「やぁ」
 「カイザー!!!」
 「久しぶりだね」


 そう言いながら一切油断することなく腰の剣を抜き去る。
 リザは一瞬で神聖武具を顕現すると、ジークフリードの剣先を向ける。目をスッと細め、殺意を真正面から叩きつける。だがカイザーは一切動じない。いつもの事、逆に親しみさえ感じる。だがそんな彼にもいつもと違う点が一つある。
 それはその装甲の様子である。
 普段はただただ美しいだけのそれなのだが、今その装甲は赤く染まっていた。
 鮮血で鮮やかに彩られたそれは、いつも以上にその美しさを増していた。


 リザはより一層苛立ちを増した声でカイザーに尋ねる。
 「殺したの」
 「あぁ、久々に楽しかったよ」
 「……人殺しめ」
 「知らなかったわけじゃあるまい」


 カイザーは仮面の下でいやらし気な笑みを浮かべる。
 カイザーは別に人殺しが嫌いなわけではない。逆に大好きだ。始めてしまうと自制ができなくなるほどに。だから彼は普段殺さない。始めるまでを我慢することはできるが、始めてしまうとどうしようもない。
 殺意の塊へとなり下がってしまう。
 カイザーは手にしていた剣――しかしそれは普段と比べてほんの少しだけ赤く染まっている――を構えると、いつでも戦えるようにする。リザはカイザーが来るのではないかと一瞬警戒するも、彼が動かないのですこし不思議そうな顔をする。
 殺意と殺意が激しくぶつかり合い、ピリピリと肌が焼き付くような空気が満ちる。
 そんな中、カイザーはゆっくりと口を開くと言った。


 「リザ、私には夢がある」
 「はぁ?」
 「それは、全てが終わるその日、君の手によって殺されることだ」
 「なら、それが今日になるわね!!!」


 リザは激昂した。
 ふざけるなという思いと、こらえきれないような怒りが一気にあふれ出てきて、彼女の背中をそっと押した。グングニルを一息で投げつけると、ジークフリードの切っ先を彼の心臓部分に向けながら特攻する。
 カイザーは仮面の下で、ほんの少しだけ表情をこわばらせた後、リザにあわせて突っ込んでいった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 「ういッス、間遠の旦那」
 「キョータ。どうしてここに……」
 「いやまぁ、いろいろあって」


 そう言って頭をポリポリと掻くキョータ。
 天音とその教徒たちと戦っていた和宮。彼はアインスウェラーの能力をほとんど使用することなく、教徒たちを蹴散らしたが、いざ天音を前にすると剣を振るう腕が止まった。それは単純に一度は共に戦った味方を手にかけるつもりになれなかったのだ。
 とはいえ、薬等で殆ど理性を失っていた彼女は情け容赦なく和宮を殺そうとしてくる。
 それに彼女は強い、下手に手を抜くと自分が返り討ちにあってしまう。完全自動攻防は攻撃を完全に避けられるかわりに自動的に彼女を傷つけようとしてしまう。最大限の注意を支払わなければ不本意な結果となる。
 打開策も見つけられず、ただひたすら神経を削る戦いを続けていたのだがそこに突然キョータが乱入してきたのだ。シーシュポスを身にまとい、全力で突進すると彼女を思いっきり吹き飛ばした。そして即座に岩石の鎧を解除すると、力を制御したコモン・アンコモンで彼女の側頭部を思いっきり殴ったのだ。
 それが最後だった。
 天音は「ウッ」と小さく呟いてからそのまま気を失って動かなくなった。
 キョータは彼女を抱きかかえると間遠にぺこりと一礼すると話しかけてきたのだ。


 「いやー、実は彼女を連れてちょっと遠いところに行こうカナ、と」
 「はぁ?」
 「ほらまぁ、彼女の面倒を見つつ、コツコツ働こうかな、と」
 「なんでまた……」
 「インドマンとか変な奴にあって色々と……まぁそれはきっかけに過ぎないんすけどネ」
 「きっかけ」


 キョータは前までの明るい少年とは打って変わって、何か悟ったような雰囲気を纏いながら。
 しかしはっきりとした声でこう続けた。


 「俺ってなんで戦ってたのか、さっぱり分からなくなったんすよ」
 「なんで戦っていたか、か」
 「結局、俺って意味なく戦っていたような気がするんすよ。だから、どれだけ頑張っても、どれだけ強くなってもなんだか、強くなった。それをはっきりと悟りまして……」
 「……そうか」
 「それに、彼女がこんなのになったのは俺のせいでもあるんで……まぁ、贖罪もかねてってことっす」
 「…………」


 何だか何とも言えない気持ちになる和宮。
 なぜか彼の姿が一瞬自分に重なって見えた。どうしてだろう、なぜだろう。その答えを和宮は思考の迷路に探しに行き、見つけようとするがそんなの分かるわけがない。もしくはそれを理解することがまだ和宮にはできないか、だ。
 キョータは少し表情を緩めるとこう言った。


 「ところで、最後にやりたいことがあるんすよ」
 「え?」
 「ここから少し行ったところに火薬庫がありまして」
 「何!?」
 「でっかい打ち上げ花火、見てみたくないっすか?」


 そう言ってキョータは一転、いたずら坊主のような顔をすると、さも楽しげに笑った。



 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ある小さな公園の一角。
 そこにあるベンチに二人の少女が肩を並べて座っていた。一人は鹿子でもう一人は燐。彼女たちはリリアックとして共に天神教の教徒と戦っていていたのだが、一段落して一服しているところなのだ。小さな自販機で温かいコーヒーを飲みながら話をしていた。
 最初、鹿子は燐と共に戦うことに抵抗を抱いていた。
 今まで殺してきた準悪魔と協力することは非常に屈辱的に思えたのだ。
 だがいざ戦ってみるとその不信感は霞の如く消えていった。
 彼女は強く、容赦がない。そしてさりげなくだが自分のことを気にかけながら、しかしほとんど干渉しないように戦っている。邪魔はしないが、危なくなるとさりげなく救いの手を伸ばす。正直そんな器用なことができるとは思っていなかったので素直に驚いた。
 燐も燐で同じような事を思っていたが、彼女が強いとはっきり分かった瞬間に考え方を変えた。一切表情等に出さず、あくまでいつも通りにしていたがそれでもある程度気にかけるようにした。
 そして、戦いの後。
 時間が空いたので休憩がてら話をすることにしたのだ。
 と言っても特に会話が弾むわけでもない。でも、何となく二人にとって珍しく休むことのできる時間であったことに間違いはなかった。
 ふと、鹿子が口を開いた。


 「すごいどうでもいい質問なんだけどさ」
 「…………」
 「これっていつ終わるのかな……それとも、終わらないのかな」
 「…………」


 ごくりと一息で残った分を飲み干す。
 そしてから燐はゆっくりと口を開くとたどたどしく口を開いた。


 「いつ……終わるかなんて…………わからないけど…………」
 「けど?」
 「いつかは終わりが来る………はず」
 「……だよな」


 燐の答えは簡単だが鹿子の頭にしっくりと入って来た。
 二人は飲み終えた缶をぽいっと近くのごみ箱に捨てると、立ち上がり、公園の外を見やる。そこには教徒たちが群がり、こちらを指さしているのが見えた。どうやらまだ仕事があるようだ。
 いつか終わるにしても、それは今ではない。
 戦いはまだ続く。



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