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脱獄犯ゲフェングニス/青い服の甲国兵 2

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思わず半歩身を引き、ガーターヴェルトは言葉を失った。
まさかここまで堂々と自分達は他国人間の為に無償で働きます等と宣言されるとは思ってもいなかったからだ。
そのままガーターヴェルトは剣を構えなおす事も無く、ただ茫然としている。

「聞いてください、今この村に重大な脅威が迫っています。…アルフヘイムに囚われていたモンスター使いが脱走し、この周辺に潜んでいる可能性があるのです」

ダークは視線をガン少年村長に戻し、語り始めた。
対するガン少年村長も少し落ち着いたのか、初老の男性の後ろからダークに応答する。

「魔物使い…ですか?」
「アルフヘイム史上最悪と言われている魔物使いです。この村の子供が狙われるかもしれない」

史上最悪の魔物使い、という言葉に、村人達の間に不安が広がり、その表情が一気に曇って、場がざわつき始めた。
ガーターヴェルトもダークの言葉に一瞬狼狽えたが、すぐにある事に気づき、一歩前に進み出る。

「いや、待て、何で子供が狙われるんだ?肉食獣か何かなのかよそいつは?」
「それは…」

ダークは一瞬、返答を詰まらせた。
言いにくそうに一度視線をそらした後、ガーターヴェルトの方を向いて、喉に物がつまった様に喋りだす。

「…魔物使いの性癖だ」
「え?」

予想だにしなかった回答に、思考が一瞬止まり思わず再度尋ねるガーターヴェルト。
周囲の村人達もざわめくのをやめ、固まった。
その様子に、ダークはあーっ…と虚空に向けて意味のない声を出した後、気まずげに説明し始める。

「魔物使い…ゲフェングニスと言うこの魔物使いは……子供を捕らえて性的な暴行を加えるのを趣味にしている」

とてつもなく変態的な魔物使いに、固まっていた周囲は先ほどよりもざわめき、ガン少年村長は戦慄してその場にへなへなと腰を抜かした。
この少年にもミシュガルドで冒険するにあたり、そういった行為をしてくる輩の存在は教えられている。
だが、口頭で説明されただけではそれを明確に理解する事はできない。
理解する事ができない未知の恐怖であるが故、少年村長は余計に恐怖し、自然と腰が抜けたのだ。

「性的に暴行して…その……その時に出る……汁で溺れさせて殺す……らしいです」

らしい、と言っているのは、ダークが実際にその有様を見たわけではなく、そしてダーク自身もそれが信じられないからだ。
彼にゲフェングニスの凶悪性を説明したアルフヘイムの担当者がその部分を真実として強く強調していたので、まず間違いなく真実であるのだろう。
だが直接説明を受けたダークが信じられないのだから、村人達がそんな物を受け入れられるはずもない。
皆理解が追い付かず、ただ固まり続けている。

「アルフヘイムの村落や街で…1420人の子供がこいつの犠牲になって死んでいます。男女問わず」
「せんよ…」

膨大な犠牲者の数に、ガーターヴェルトが思わず復唱した。
ロントフの全人口の10倍以上の数の人間である。
それが、たった一人の亜人、しかもその精液で殺されたというのだ。
ダークが話し終わった後も村人達は少しの間呆然としていたが、やがて誰かが口を開いた。

「あ…亜人ってそんなに出せるもんなのかよ」
「いやいやいや、無理だろ、それ」
「嘘じゃねえのか?」
「いや…でもそんなウソついてどうすんだよ」
「誰かアルフヘイム出身の奴はいねえか?」

一人の声をきっかけに、ざわめきだす一同。
ダークはその間に腰を抜かしているガン少年村長に近づき、再び彼に手を差し伸べた。

「そのゲフェングニスがミシュガルドの奥地で強力なモンスターを従えて、この村の子供を狙って村を襲ってくる可能性があります。この村に巡視隊を一個小隊配置させてください」
「えと…」
「いや、駄目だ駄目だ!!」

返答が出るより早く、ガーターヴェルトがダークとガン少年村長の間に割って入り、村長の腰に手を回して彼を強制的に立たせると、ダークの方を向き、彼を睨みつけた。

「この村には俺達自警団がいる!例えどんな化け物が相手でも甲皇国何かの世話にはならない!なあ!皆!」

高らかに宣言するガーターヴェルトだったが周囲は余り気乗りした様子は無く、顔を見合わせたり、目をそらしたりしている。
しかし、それに構わないのか気づいていないのか、ガーターヴェルトの宣言は続く。

「自分達の村は自分達の手で守る!!何企んでるかわからない奴等の力なんか借りるもんかよ!」

無言でガーターヴェルトの言葉を聞いていたダークは、眉をひそめた。
自警団員の持っている武器は粗雑な物ばかりであり、とてもミシュガルドの奥地から現れるモンスター…甲皇国の最新鋭の銃火器を弾き返す様な怪物達に通用する様なものではない。
更に先ほどから見ていれば、ガーターヴェルトは兎も角、他の自警団の団員達の練度はさほど高いとは言えない様子だ。
これでは猛者揃うアルフヘイムの騎士や戦士の追撃をかわし、あるいは返り討ちにしてきた凄腕の魔物使い、ゲフェングニスに勝てるはずがない。
だが、口で説明してもガーターヴェルトは納得しないだろう。
ガーターヴェルトからは甲皇国に対する強い不信感が感じられる。
その明確な理由はわからないが、甲皇国のこれまでの悪事や狼藉の数々を考えれば、そういった不信感を持たれていても何ら不思議はない。

「我々は本当に無償で戦います、契約書を書いてもいい」
「そんな物平気で反故にすんだろお前ら!」

再度述べてみるも、意地になっているのだろう、全く取り付く島の無いガーターヴェルト。
仕方なくダークは彼の説得を諦め、ガン少年村長に改めて視線を向けた。

「ガン村長、あなたはどう思いますか?」
「そうだ!村長からも何か言ってくれ!」
「ええっ!?そんな…」

突然話を振られ、驚いてびくんとなるガン少年村長。

「この村の防備能力だけでは厳しい、お願いします、小隊の配備を認めてください」
「こいつらの卑劣さは知っているはずです!村長、騙されちゃいけない!」
「その…あの……」

二人の大人から厳しい視線を向けられながら決断を迫られ、ガン少年村長はただただ狼狽えている。
ダークもこの少年がこういった決断ができそうにない事は見て取れていたが、自分の説明が人を納得させられるという自信があった。
だからこそ、ガン少年村長から何らかの好意的な返答か、譲歩が得られると思っていたのだが、彼は震えるばかりで何ら決断しようとしない。
いや、どう動いていいのかもわからないのだろう。
何故こんな少年が村長をしているんだ?
今更ながらダークは思った。
アルフヘイムやSHWには特別に優れた人間が多くおり、彼もその類の人間だとダークは思っていたが、どうも違うらしい。

やがて、戸惑って動けなくなっている少年村長を見かねて、再び初老の男性が前に出た。

「この件に関しては…とりあえず一度預からせて頂けないでしょうか?他の村の者にも話をしなきゃなりませんし…」

初老の男性の言葉に、ダークは頷くしかなかった。
巡視隊に駐留を強行する権利が無い以上、ここは村人達に任せるしかない。

「……明日の朝、また来ます」

ダークはそう言うと、部下を連れ、その場を後にしていった。

ーーーーーーーーーーー


「やはり、我々は信用されていませんね」

村を出て、外に停めておいた車についたダークに、後ろから部下の軍曹が声をかけてきた。
彼はこの小隊の副隊長であり、アルフヘイムとの戦争にも参加していたベテランで、ダークが巡視隊全体の指揮を執る時は代わりにこの小隊の指揮も任されている。
ダークは振り返り、軍曹に頷く。

「仕方がない事だ、甲皇国のこれまでの行いを考えれば信頼しろ、というのは無理がある」
「奴は…ゲフェングニスは動きますかね?」

軍曹の問いかけに、ダークは考える。
凶悪犯脱獄の通達をアルフヘイムから受けたのが一昨日、アルフヘイムが自国だけで何日かゲフェングニスに対処しようとしていたと考えると、脱獄犯がミシュガルドの奥地に行き、強力なモンスターを使役していてもおかしくない。

「もし敵が強力なモンスターを使役していたとすると、もういつ動き出してもおかしくない、今夜あたり村落を攻撃してくる可能性もある」
「ロントフは最外殻に位置する村です、ここがその襲撃のポイントになる可能性が高い、周辺の森に巡視隊員を交代で潜ませておけないでしょうか?」
「一人二人配置しても各個撃破される可能性が高い」
「しかし時間稼ぎ位はできますし、何より周囲の部隊へ襲撃を知らせる事が出来ます。何なら私が」
「自分を過信するな、無駄に隊員を失いたくない。ゲフェングニスの襲撃には必ず小隊規模で対応する」

提案を否決され、軍曹はもう少し食い下がろうとしたが、断固としたダークの態度にすぐに諦めた。

「ではどうします?広いエリア一帯を巡視隊が分散せずカバーするのは難しいですよ」
「そうだ」

ダークは足を止めると、話を聞いていた隊員達全員を見回す。

「難しい、ただそれだけだ。できないわけではない。そして村人も貴様らも命に代わりはない。できないわけではないのであれば、我々はやらねばならない。それが我々に求めれている事だ」

そう言って、ダークは無線機を持った兵を呼ぶ。
ロントフの周辺に派遣できる第一巡視隊の人数は、ここにいる一個小隊で精一杯だ。
周辺のエリアには同じ中隊の別の小隊が散らばっているが、彼等も遠いエリアに配置されている中隊も基本的に自分達の警戒区域を離れる事はできない。
甲皇国の他の部隊は対立する丙家の部隊がほとんどである為巡視隊の要請を聞き入れはしないだろうから、ここは同じ乙家から派遣された第二巡視隊に助けを求めるのがセオリーだろう。
比較的平和なガイシや交易所で任務を行っている第二巡視隊なら、応援を派遣してくれるかもしれない。
だが、第二巡視隊は自分達第一巡視隊よりも隊員の総数が少ない為、応援が来ても精々1小隊だろう。
たった2小隊で広いロントフ周辺のエリア全域をカバーするのはやはり難しい。
どの道、厳しい任務になりそうだ。
と、軍曹は思った。

「こちら第一巡視隊、こちら第一巡視隊…~~調査~~師団駐屯所、応答願います」

しかし、ダークが応援を要請したのは、第二巡視隊ではなく、前大戦の古いセオリーでは考えられなかった部隊だった。
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