誕生日 その②
「さてと、アリス、夕飯にしようか」
「…………」
無言。
だがアリスはコクリと小さく頷くとそのままテレビを眺め続ける。時刻は七時半少し前、いつもより少しだけ遅いが、予想の範囲内。達也は持って来ていたパソコンをそっと閉じると席を立ち、玄関の方へと向かって行く。
いつもなら、真っ直ぐ台所へと向かった行くのだが、今日に限ってそうではない。
それに少し驚いたアリスは、ほんの少しだけ目を丸くして達也の方を見る。
それに気が付いたのか、達也は振り向くとこういった。
「仕込んできたんだ。ちょっと待ってて」
「………別に」
「すぐ持ってくるよ」
一旦部屋から出る達也。
アリスはほんの少しだけ、安心するとほっと息を吐いた。
数分後
達也は大なべを抱えて持ってくると台所にドカッと置いた。
「これで良し」
「……それは何?」
「ビーフシチュー」
「多い」
「大丈夫」
何が、とは聞けなかった。
達也は手早く火をかけるとシチューを温め始める。いつもなら適当に作るのだが、今日のは奮発した。いい肉を買ってじっくりと時間をかけて作った。味付けもだいぶこだわったので、いつもよりよくできているはずだ。
温まるまでまだ少し時間がかかるので、その間に一緒に持ってきたパンを机に置き、皿やコップ、飲み物を用意していく。やはりアリスは何もしない。せっせと働いている達也のことを眺めているだけだ。
達也はそれでも一方にかまわない。
アリスが楽しそうだからいいのだ。
夕食の準備を終えた達也は、いつも通りアリスの対面に座るとシチューをより分けポットからコップへと水を注いでいく。フランスパンもしっかりと切り分けてある。最後にスプーンを置いて完成だ。
「さ、アリス食べようか」
「ん」
「どうした? なんかある?」
「ちょっと待って」
アリスはそう言って席を立つと、自分の前に並べられていた皿を全て移動させる。
そして最後に達也の隣に座りこむと、無言のまま食べ始めた。
「え?」
「…………」
「アリス?」
「食べないの?」
「いや、食べるけど」
「文句ある?」
「いや、どうしてこっちで」
「そんな気分」
よく分からないがそういうことらしい。
気にせず食べることにした。
二人の食事は無言だ。
めったに喋らない。一応テレビはつけているものの、ニュースしかやっていないので大して面白くない。さすがの達也もこういう時は静かに食べる方が好きなのだ。しかし、今日はアリスの様子が少しおかしかった。
そわそわしているのだ。
何を考えているのかははっきり言ってダダ漏れだった。
しかし表情一つ変わらないあたりさすがだった。
見ていて可愛かったのだが、いい加減ネタ晴らしをすることにした。
「さてと、アリス」
「何」
「誕生日おめでとう」
「知ってたの」
「そりゃね。可愛いアリスの生まれた日なんだから」
「…………」
「そこで、誕生日プレゼントなんだけどさ」
「……何?」
「デート行こう」
「え?」
聞き間違えじゃないかと一瞬疑う。
それに気づいてか達也は念押しするように言葉を続けた。
「デートに行こう」
「え? え? え?」
「ほら、最近全然行ってないじゃん、たまには二人っきりでゆっくりしようよ」
「…………」
「あれ? 嫌だった?」
「…………」
すごくうれしい。
だが、顔に出したりそう言ったら負けなので我慢する。
顔を伏せてシチューを口に運ぶ。
その様子を見て達也はにやりと笑うと言った。
「嬉しいんだ」
「…………別に」
「もー照れちゃって、アリスはかわいいなー」
「――ッ!! 頭をなでるな!!」
顔を赤くして怒るアリス。
なかなかの威圧感があるが達也はそんな事は一切気にしない。ワシワシと乱暴にアリスの頭を撫で続ける。はっきり言って腹立たしいが、嬉しいことには嬉しいので無理矢理振りほどこうとはしない。
達也もそれが分かっているのだ。
「で、どこに行きたい?」
「……え?」
「ほらだってアリスのためのデートじゃん、どこか行きたい場所はない?」
「別に」
「あ、映画とかどう?」
「好きにすれば」
「そう? じゃあ好きにするわ」
「…………」
「今週の土曜日でいいかな」
「いいよ」
どうせ予定などない。
達也はニコリとアリスに微笑みかける。
なんだかそれを直視できず、アリスはほんの少しだけ赤くなった顔を背けた。