vs ヒトガタ その②
ほどなく、アリスは気が付いた。
魔力の反応が大量に感じられる。それも地面から。
「!?」
アリスは驚き地面を見る。
その瞬間、ドンッという軽い音がすると薄汚い白い箱が一つ地面からひょっこりと生えてくる。ちょうどアリスの目の前に現れたので、少し驚き一歩後ろに下がってしまう。宙を飛んでいる魔法少女達もそれが何か分からず不穏な顔をする。
が、戦闘に入っていこうはしない。
アリスが本気になっている間は下手に手を出さない方がいい。
邪魔になるだけだ。
アリスは剣を振りかざすと、その箱に突き刺そうとする。
その時だった。
バンッという激しい音と共に四角い箱がパカッと開き、中から妖怪が飛び出した。それはおかっぱ頭の女の子だった。手にはすっぽんを握り、悪鬼のごとき顔をしてその先をアリスに向けて突き出してきた。
その速度は驚くほど早く、またいきなりの事で反応の遅れてしまったアリスは回避することができなかった。ただし、剣をかざしてその一撃を防ぐことには成功した。だが予想外のことが一つあった。力が思いのほか強かったのだ。
剣にひびが入り、アリスは吹き飛ばされてしまう。
「―――ッ!!」
「お姉ちゃん!!」
「大丈夫……ッ!!」
距離は開けたがその程度で済んだ。
すぐにでも体勢を立て直せば戦闘に戻れる。
あまり危惧していなかったアリスだが、そこでまたまた予想外のことが起きた。
離れていく白い箱の扉がバタンッと激しい音をたて閉じたのだ。すっぽんを持っていた女の子の姿もその裏に隠れて見えなくなる。不審に思ったがあまり気にすることなく重力干渉波を放つとすぐにでも姿勢を戻そうとする。
だが、その前に敵が動いた。
また背後から鈍い音がする。
アリスは即座に床の能力を使うと背後に視界を得る。
すると、さっきの四角い箱――はっきりわかった。あれはトイレだ――がもう一つそこにあったのだ。
「――ッ!!」
トイレの花子さん。
おそらく今回のラスボスはこいつだ。
アリスは即座に判断すると、瞬間移動能力を発動。後ろから出てきたトイレのさらに後ろに座標を設定すると、即座に移動する。そのおかげで背後からヒトガタの一撃を避けることには成功した。
アリスは地に足をつけて息を吐き、一休みいれる。
それを知ってか否か、すぐに敵が動いた。
ボコンッボコンッという音が何度も起きて、地面からいくつもトイレが生えてくる。その数十から二十。いや、それ以上。まるで墓のように立ち並び、アリスのことを逃がさぬように囲んできている。
アリスは体をくるりと回して辺りを見渡して、そのトイレ一つ一つを目に刻み込んでいく。
よくよく見てみると、一つだけ――具体的に言うとさっきまで花子さんがいたトイレだが――それにだけ不自然に魔力が集中している。どうやらそこに花子さんが潜んでいるらしい。
このトイレの中から中へと瞬間移動のようなことをして奇襲を仕掛けてくる戦闘スタイルらしい。
そこまで分かったら対処法はいくらでもある。
さっきは不意を突かれたが、二度目はない。
「ふぅ…………」
小さく息を吐いてから、ふと顔を上げる。
剣の先を地面につける。
風もないのに髪がふわりと巻き上がると、アリスの顔を覆い隠す。
その瞬間だ。
アリスの頬がグニャリと歪み、そこからいびつな声が漏れ始める。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!! ハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
マリアは突如笑い出したアリスの姿を見て、小さな声で呟く。
「あ、やばい」
「どうした」
「お姉ちゃん。本気出すよ」
「え?」
まだ本気じゃなかったのか、その言葉がでるより先にアリスが動いた。
冷たい風が一陣駆け抜ける。
その瞬間、地面が凍り付いた。
詩音の能力だ。だがその範囲は規格外。
目に見える範囲の全てがその薄氷に覆いつくされてしまった。
あまりに一瞬のことに誰もどうやって凍らしたのかさっぱり分からなかった。
全てのトイレの扉が封じられる。これでは花子さんは出てくることができない。あとはゆっくり調理するだけだ。アリスは爆笑を続けながら、まるで万歳のように両腕を高く上げる。するとその暗い空すべてを覆いつくすほどの剣が顕現される。
それらは赤い魔方陣のようなものが刻み込まれている。
爆破付与だ。
アリスは、このままトイレを一層して一気にこの戦いを一瞬で終わらせるつもりなのだ。
雨のように大量の槍が氷の大地に降り注ぐ。
それらの鋭い切っ先が氷の先にぶつかるとほとんど同時に、美しい赤い炎が巻き上がる。それは一気に凍り付いた地上を飲み込んでいく。それは圧倒的で美しい荘厳な光景だった。宙を舞う魔法少女達も呆気にとられた目でそれを眺める。
業火に包まれて氷は一気に解けると、大量の蒸気が発生して爆煙と共に巻き上がる。
それは悪夢のような光景で、魔法少女達もそれに巻き込まれ視界が奪われる。
だが即座に遥香や照が動くと空間を削除したり、光弾で爆発を起こしてそれらを完全に消し去った。
マリアは視界が開けてすぐ目を凝らすとアリスの姿を探す。
するとすぐに見つかった。
彼女は何もかもが無くなった大地の上で、ジッと佇んでいた。
「終わったわね」
その通りだった。
大量に生えていたあのトイレたちはすべて跡形も無く消えていて、地面はまっさらの状態になっていた。
アリス一人でこれだ。
味方だと本当に頼もしいのだが、仮に敵にすると考えると絶望的だ。勝てる気がしない。
宝樹は額から冷や汗を流しながらマリアに話しかける。
「あなたの姉。おっかないわね」
「それを言わないでよ。宝樹さん…………」
「でも、遥香も思うよ」
「まぁ、私も…………」
確かに恐怖を覚える。
あまりにも人間離れしている――というよりは自分達とは全く違う。――
なぜだろう。
どうしてアリスはあそこまで強いのだろう。
マリアがそんなことを考えていると、戦いを終えたアリスがマリアの方を見て話しかけてきた。
「マリア」
「ふぇ!?」
「どうしたの」
「ううん、別に」
「怪我はない?」
ほんの少しだけ心配そうな顔をした――ただしマリアとユウキぐらいにしかわからないのだが――アリスが声をかけてくる。それを見たマリアは何となくほっとすると、はじけんばかりの笑顔を見せて答えた。
「大丈夫だよ!! お姉ちゃん」
「ならよかった」
またまたほんの少しだけ口端を上げる。
アリスはアリスだ。
それ以外の何物でもない。
こうして一方的な殲滅を終えた魔法少女たちは、結界から抜けていった。