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Four Feelings For you(9) -Autumn(3)-

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 ユキみたいな根暗な人間とずっと一緒にいさせられた俺が、明るくて気さくなナツキを好きになったのは至極当然のことだったと思う。
 ナツキは容姿的にも性格的にも、特にクラスの中で目立っている女の子というわけでもなかった。どちらかといえば女子グループの中でも目立たない方で、話題の中心になるようなことも少ない。でも、表情豊かに怒ったり笑ったりしているのが、俺には凄く印象的で魅力的に見えていた。
「え、ナツキ? さあ。ナツキからそういう恋愛の話ってあんまり聞かないけど、D組の清春と付き合ってるんじゃないの? いつも一緒にいるし、凄く仲いいじゃん」
 ナツキが気になり始めてすぐ、ハル――幼馴染みの存在を知った。
 というか、ナツキのことを人に聞くと、必ずセットで耳に入ってくるのだ。
 小さい頃からいつも一緒。今でも仲がいい。ほとんど付き合っているようなもの。っていうか付き合ってるんじゃないの? 他も似たようなコメントばかり。
 同じ中学だったヤツどころか、少しナツキと仲のいい人間なら口を揃えたようにそういう認識を持っていて、俺は心底驚かされた。
 俺の他に、ナツキのことが好きだった人間がいたのかどうかは定かではない。だが、そんな彼氏同然の男がそばにいることを知ったら、よっぽどのことが無い限りは諦めて身を引いてしまうことだろう。
 だが、俺がそうならなかった。理由は単純だ。俺には、恋愛対象とは全くかけ離れた幼馴染みがいたから。
 恋人同然。そんなことを周りがいくら囃し立てたところで、本人の気持ちとは全く関係が無い。そういう場合があることを知っていたから、俺は諦めないでアタックしていくことができた。
 そういう意味では、俺はユキに感謝していなくもない。


「あれ、シュウくん?」
 気が付くと、目の前にナツキがいた。
 一瞬夢かと思ったが、どうもそういうわけでもないらしい。
 屋上を出てからどこをどう通ったのかも覚えていないが、俺は無意識に校内を歩き回って、演劇部の部室の前までやってきていたようだ。
 演劇部の部室は四階。屋上の一つ下で、意図して足が向いたわけではないのかもしれない。
 それでも、無意識に行動した結果ナツキに会えたということが嬉しくて、顔に笑みを貼り付けられるだけの余裕はなんとか取り戻せた。
 俺に気付いて駆け寄ってきたナツキは、ちょうど水でも飲みに来たところのようだった。立ち稽古か何かの途中らしく、上は体操着、下はジャージに身を包み、首にはタオルがかけられている。それだけ見ると、まるで運動部のマネージャーみたいな格好だ。
 俺の様子がおかしいことに気付いたのか、近付いてきたナツキは心配そうな声を上げてくれた。
「どうしたの? 何かあった?」
 あったよ。嫌なことが色々と。
 つい、そう言ってしまいそうになった。もう何もかも吐き出して、早く楽になってしまいたかった。
 ナツキと今日まで付き合ってきて生まれ、ハルと話して形になった不安や疑惑。そういった嫌なもの全部を、真っ向から否定して欲しかった。
「なぁ、ちょっと今時間ある? 話したいことがあるんだ」
 ナツキの質問に答えず、俺はそんなことを口にしていた。『つい』で、出た言葉ではない、と思いたい。それでも、自分が焦っているという自覚はあった。
 何を言うにしても、そんなことは意味が無いと。下手をすれば死ぬほど傷付くだけだと、声を上げている自分は確かにいた。
 だが、逆にこう思ってもいたのだ。ハルの言うことを全部真に受けるのはただのバカだ。あいつは俺の不安をうまく盛り立てただけで、ナツキの気持ちが本当はどうかなんてアイツにも分からないこと。だったら、これでピンチなのはアイツも同じだ。
「うん、今休憩に入ったところだからちょっとなら大丈夫だけど……」
「じゃあ、ちょっと移動しようか。部室の目の前で立ち話って言うのもなんだろ?」
「あ、そうだね。どこにしようか?」
 あんまり離れると今度は部室に戻りづらくなるから、という理由で、俺たちは同じ階の空き教室へ移動した。
 扉を開けた瞬間、思っていたよりひんやりとした空気が俺たちを出迎える。普段使っている教室とは違う、人の気配や痕跡が全く無い場所。窓から差し込んだ光に、キラキラとほこりが舞っているのが見えた。
 ナツキは適当に机の上を手で払ってから腰掛けると、軽く足をぶらつかせながら言う。
「それで、話っていうのは?」
 俺もナツキから少し離れた机に、同じようにして腰掛けた。
「いや、まぁ大したことじゃないんだけど……。俺たちが付き合い始めて、もう三ヶ月経ったのかって思ってさ」
「ん、どういうこと?」
 不思議そうに首を傾げるナツキに、俺は苦笑する。確かに、本当に聞きたいことからは、あまりにも離れた第一声だった。
「『まだ三ヶ月』ってよりは、本当に『もう』って感じでさ。結構いろいろと出かけたはずなのに、あんまり印象に残ってるところがないんだ」
「それは……あたしと一緒にいて、楽しくなかったってこと?」
「ああ、違う。ごめんごめん、そうじゃないんだ。ただ、なんだろうな……」
 今度は不安そうに、ナツキが俺を見つめる。
 俺の言い方が悪かったというのに、笑ってしまいそうになった。そんな顔を俺に対して見せてくれるのかと、ほっとする。
 きっと、今朝までは普通に見ていたはずの表情なのに。
「二人で行動することが、凄く少ないなーと思ったんだ」
「そうかな?」
「うん。だからかな、友達だったときと同じ感覚になっちゃってる気がする。ハルやユキといるのが楽しくないわけじゃないけど、『付き合ってる』って感じじゃないかなって」
 楽しくないわけじゃない。うん、それは嘘ではない。二人きりになりたいという思いは強かったけれど、四人で出かけている時間も、確かに楽しく感じていたはずだった。
 同じ気持ちで同じことをするのは、もう絶対に無理だけれど。
「じゃあ、シュウくんはもっと『付き合ってる』っぽいことがしたいってこと? よく分からないけど」
 自分でも、要領を得ない発言をしてると思う。でも、それを口にするには心の準備が必要だったのだ。
 俺は小さく一息ついて、
「だからさ、今度の夏休みに海にでも行かないか……? 二人きりで、泊りでさ」
 そう、真顔で言い放った。
「えっ、泊まり!?」
 驚いた声に頷いた俺は、たぶん緊張と恥ずかしさでガチガチだった。あまりにも目的が透けて見えすぎる発言は、直接それを言うよりも恥ずかしいのだと身をもって感じた。
 だが、これは当たり前のことなんだと――『彼氏彼女』なら誰でも当然通過することなんだからと自分に言い聞かせて、俺はナツキの顔をしっかりと見返す。
 ナツキはまだ戸惑っているようで、
「でもそれは……えっと、あー……そういう、こと?」
「うん、そういうこと」
 曖昧に溢したその言葉に、俺は再びはっきりと頷き返した。
「そう……だよね」
 ナツキは少し考えるように俯いてしまう。
 すぐに良好な返事がもらえるとは思っていなかったけれど、その顔は若干浮かない様子に見えた。
 この提案が拒絶される=ハルの発言が正しい、というわけではない。でもこれは、ナツキに俺と先に進む気があるのかどうか、それをはっきりと確かめるための問いだった。
 ふっと顔を上げたナツキは諦めにも似た声で、
「そうだよね、もう三ヶ月だもんねー」
 そう呟いた後にこちらを見た。
 目が合って、胸を刺されたようにドキリとする。
 その目が、いつもと違った感じに見えたから。普段、表情豊かにころころ変化していたはずの瞳は、まるで大人の女性のように落ち着きはらった色で揺れている。
 それが何故かさっきの――いきなり態度が豹変したときのハルの目と、被って見えた。
「シュウくんはさ。あたしに触れたいと思ってくれてるんだよね?」
 そのセリフは、誰かと俺を比べているように聞こえた。
 その誰かは、ナツキに触れなかったと言っているように聞こえた。
 それはいつ? どこでの話?
 さっきのハルの話と符合する。その事実を、今の俺は気にしないように勤めるしかない。
 ここで、引き下がるわけにはいかないから。
「思ってるよ。付き合い始める前から、ずっとそう思ってた」
 ナツキは揺らしていた足を止めて立ち上がると、俺の方へ近づいてくる。
「そっか……」
 翳ってきた日の光を反射するナツキの瞳は、怪しく揺らいでいた。
 持ち上がった手が、俺の頬に触れる。その手は驚くほど熱い。
「海になんて、行かないよ」
 その言葉に落胆することさえできない。瞳の深さと手の熱さで、今にも溺れてしまいそうになる。
「だって……」
 そのまま呑まれるように、吸い込まれるように、俺たちは唇を合わせた。
 それはきっと、俺の望んだ形ではなかったと思う。だけど、触れた瞬間に全てがどうでもよくなった。何も頭が働かない。ただ、彼女の方から俺を求めてくれたという事実が、唇の軟らかさよりも嬉しくて。
「シュウくんのしたいことって、そんなところに行かなくてもできることでしょう?」
 その体にはじめて触れた瞬間、唇とは相反する冷たさにドキッとした。
 いや、違う。
 俺の身体が、彼女を超えるほど熱くなっていただけの話。
 そして俺は、彼女に呑まれて満足してしまった。

『ナツキは、俺のこと、本当に好き?』

 一番聞きたかったことを、結局聞けないまま。
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