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番外編1「二〇一三年のドラフト会議」

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 安芸島アイロンズ統括スカウト部長・清水昭徳にとって、今日が一年の仕事納めである。毎年必ず訪れるこの日。一年間の総決算、総まとめ。
 プロ野球ドラフト会議の朝だ。
 二〇一三年シーズン、アイロンズはシーズン三位に喰い込み、初のクライマックスシリーズ進出を果たしていた。
 しかし、まだまだ足りない。戦力は、余りに薄い。カネの力がない以上、アイロンズの戦力補強の比重は、必然的にドラフト会議へと偏る。
 それでも、少し前と比べたら状況は改善された。一部の金満球団が、まだプロで通用するかもわからない学生に多額のカネを渡し、入団を確約させるような悪習は潰えた。
 その頃と比べたら、驚くほどクリーンだ。後は、運否天賦の世界。クジ引きの世界。
 一巡目は、球団として既に決定している。スーパー高校生野手、洗川。十年に一人の、超の三つくらい付く逸材。
 競合になる。間違いなく。
 朝の五時である。清水は、のっそりと起き上がり、着替えた。
 玄関から出ると、まだ朝日も顔を覗かせてはいない。背筋を伸ばし、清水は家を出る。近所の神社へ、最後の神頼みをしに向かうところだった。


『第一巡目選択希望選手、安芸島、洗川雄一、外野手、共立国際高校』
 神頼みが通じたかもしれない--清水は、ドラフト会議の会場にて、心の中で握り拳を作りかけていた。
 望外の状況だった。事前報道では、洗川に四球団程度の一巡目指名が集まると目されていた。しかし実際にフタを開けてみれば、洗川を指名したのはアイロンズと尾張フェニックスのみ。他の二球団は競合を嫌ってか、単独指名が濃厚とされた投手に切り替えた。投手は、どの球団も足りていない。
 ここまでお膳立てされたら、後は、当たりくじを引くのみ。確率二分の一。運命のくじ引きは、洗川の練習風景や試合での様子を三年間観続けてきた関東担当スカウト、三島に託す。
 三島が先にくじを引いた。
 --手繰り寄せろ。
 洗川を、アイロンズの歴史を作る逸材を、お前のその手で自ら手繰り寄せるんじゃ--
 三島の手が震えているのが分かった。清水以上に、このくじを当てたいのは、三島だ。ずっと追ってきたのだから。どの球団のスカウトにも負けないくらいに、雨の日も、雪の日も、嵐の日も、子供が熱を出している日にも、父親が危篤になった日にも、洗川を観続けてきたのだから。
 くじで人生が左右されることは、残酷かもしれない。しかし、これ以上に平等なこともない。人生は思うようにはいかないものだ。時には運に身を任せなければならないこともある。洗川も、三島も、自分も、アイロンズも、抗えない流れの中にある。
『それでは、開けて下さい』
 ドラフト会議も、時代に応じて変わり続けている。今は、各球団のファンも会場入りを許され、くじ引きを行う監督やスタッフへの声援を送ってくれる。清水は、少なくともドラフト会議に関しては、良い方向に変わっているように感じていた。まだ改善点はあるだろうが、逆指名制度というカネで選手を縛り付ける行為が横行していた頃と比べれば、なんと開放的なことか。あの時代にファンを会場入りさせることなど、絶対に出来なかっただろう。
 アイロンズファンの女性が声を枯らさんばかりに大声で三島のことを励ましている。あの女性の気持ちに応えたい。
 三島、頼む。
 スムーズにくじを開封したのは、フェニックスの監督の方だった。中を見て、落胆の色が濃く浮かんだように見えたので、清水は的中を確信したが、それから一秒立ったか立たないかくらいで三島が右手を大きく突き上げたので、そのタイミングに合わせて清水も席から立ち上がって、吠えた。
「よおおおおおしッ!! よくやった、三島ッ!!」
 叫びながら、隣に座る野川アイロンズ一軍監督、そして竹山オーナーとハイタッチする。スカウトが監督やオーナーとこんな風に喜び合えるのは、この瞬間をおいて他に存在しないのだった。
 スカウトにとって至福のとき。この一年の仕事が報われる瞬間だった。何せ、これでアイロンズのウィークポイントだったセンターのポジションが埋まることになるのだから。
 もちろん、高校生に即戦力を期待するのは酷であろう。しかし、二年後、三年後には、必ずやアイロンズの核として機能してくれる選手となる。そう、清水は確信していた。後は、順調に成長してくれることを祈るのみである。


 その後は、三位まで投手を連続で指名した。これも概ねプランどおりの指名であった。アイロンズもまた、他球団と同じく慢性的な投手不足である。野手と比較して、投手は即戦力になりやすい。しかし消耗の度合いは野手の比ではなく、毎年必ずと言っていいほど一人や二人は壊れてしまう。投手は常に補充し続けていく必要がある。
 さて、四位である。清水はここで悩み始めた。
 もうひと枠投手を使ってもいい。しかし、めぼしい選手は大体指名されてしまった感がある。
 捕手は、若手が豊富にいるし、今年に限っては見どころのある選手も少ない。
 内野手は必要だ。ただ、身体能力の高い選手がいい。セカンドとショート、どちらもこなせるような汎用性があればより良い。バッティング技術には多少目を瞑る。
 外野手は、洗川が取れたが、まだ不足している。即戦力が望ましいが……
 清水は悩んだ結果、野川監督に問うこととした。
「監督、四位ですが……内野手か外野手を獲りたいと考えています。打てる選手か、守れる選手か」
「…打てる方がいいですね。とにかく打力を上げなければ、上のチームには対抗出来ないので」
 打てる方、か。
「…この選手は私も観てきましたが、正直即戦力というのは物足りないものがあります。それに、プロでは長距離ヒッターとも言えない。ただ、良い感覚と、良い性格を持っています」
「良いんじゃないですか、それで。何年かして出てきてくれればいい。四位ですからね」
 正直、三位まででどこかが指名すると思っていた。去年の東都一部の首位打者。今年もそれに近い成績を残している。
 ネックは、身体能力が並であること。守備も肩も、プロでは十人並みといったところだ。
 ただ、割と良いバッティングセンスをしているし、何より、グラウンドでの様子や練習風景を観ている限り、姿勢が良い。大差の試合でもいい加減なプレーをしない。練習中は常に真剣な眼差し。こういう選手は、仮に大成しないとしても、その後指導者としてチームの礎となってくれることを、清水は長年の経験から理解していた。
「…東都リーグの首位打者経験者で、山﨑というんですが」
「東都なら、良いんじゃないですか。六大学よりは期待出来ますね。一部でしょう?」
「一部です。キャプテンも務めています。仮に選手としてダメでも、後の指導者として期待出来る素材だと思います」
「それでいきましょう。東都の方が期待できます」
 自らも東都大学リーグ出身である野川監督は、そう言ってテーブルのお茶に手を伸ばした。


「アイロンズですか? 広島ですよね?」
 大学のコーチから指名の第一報を聞かされた山﨑太郎は、まず赤を思い浮かべた。今年クライマックスシリーズにようやく初出場した、若い選手の多い伸び盛りのチーム。球場も出来たばかりで新しい。練習はキツそう、そんなイメージだった。
「…どこに指名されても関係ないと考えていましたからね。自分がしっかりやれば、どこでも結果は残せると思いますから」
 山﨑は、この時点では一軍のグラウンドで躍動する自分の姿をイメージしていた。これより四ヶ月後に春季キャンプにてプロの現実を突きつけられることになるのだが、それはまだ先の話である。無論、数年後に一軍に定着し、プロの舞台でも首位打者を獲得することも、オリンピックに出場することも、全ては先の話だ。
 これが、山﨑太郎のプロ野球での物語の始まりだった。
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