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プロローグ

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「ちょっと!聞いてるの!?」
甲高い女の声が、家中に響き渡る。そしてそのリビングには男女2人の姿がある。
「あぁ、聞いてるよ」
男は面倒くさそうに返答をした。
「仕事だからって、危ないじゃない。もしあなたに何かあったら私たちはどうすればいいの?」
そう、この女はこの男の妻なのだ。
そしてこの男、橋浦 洋二は総務省に勤める、事実上のナンバー2、事務次官である。
妻である祥子とは、大学時代に知り合った。2人とも東京大学を卒業している。
祥子は元ミス東大でもあった。今は夫と妻、そしてその娘の3人で、官舎に住んでいる。
さすがに総務省というほどの一流官省となればその官舎というものもやはり高級であった。
「なぁ、結婚するときにいったろう。もしかしたら仕事が仕事なだけに何かあるかもしれないって。それを承知の上で結婚したんだろう?」
結婚して10数年もすれば、東大を卒業していようが、こうなってしまうのだろうか?洋二は答えなどでるはずもないが、自問した。
「でも・・・それにしたって急すぎるわよ。他の人に行ってもらえないの?」
最早、祥子は哀願に近い状態で洋二に食い下がっていた。
「無理だ」
洋二はきっぱりと言うと、さらに続ける。
「帰ってきてからまた話そう。大丈夫、なにもないから」
洋二はそのまま祥子に背を向け、玄関へと向かう。
すると、廊下で不意にドアが開く。
ドア向こうにはまだ小学生の娘が、目を開けているかいないか判らないようなまなざしで父である洋二を見つめる。
「どこ行くの?」
目をこすりながら、娘が訊ねる。
洋二はしゃがみこみ、娘と同じ目線にすると、寝癖でぼさぼさになった娘の頭を撫でながら返事をしてやった。
「今から父さんは仕事なんだ。すぐ帰ってこられると思うから、早く美紀は寝なさい」
娘の美紀は返事はせずに、何回か縦に頭をふるとすぐに部屋に戻って行った。
洋二はそれを見届けると、立ち上がり、祥子のほうを振り返る。
祥子はテーブルに頬杖をついて、うなだれていた。
「じゃ、いってくる」
玄関で革靴に足をすべりこませると、そのままスーツケースを持ち、家を出た。
いつもなら『いってらっしゃい』の声をかけてくれる祥子の姿が玄関先にはあるはずだったが、今日はそれがない。
ケンカをしたという一件もあったが、他にも今が午前0時を回ったということもあるだろう。
洋二は逃げるようにして家をあとにする。
マンションの外に出ると、黒塗りの乗用車が止まっている。公用車だ。
車の外には、濃紺のスーツに身を包んだ、まだ若い一人の男が立っている。
阿蘇 弘樹。洋二の秘書である。
「遅かったですね。なにかったんです?奥さんですか?」
いつものように世話を焼く阿蘇。この男は面倒見をいいを通り越してあつかましい部類に入る。
確かに、仕事のできはいいし、洋二の右腕としてよく働いてくれている。
しかし、いかんせん世話を焼きすぎる。
「いいんだよ、家庭のことは。お前は仕事にだけ集中していろ」
洋二が軽く叱咤するも、阿蘇は人懐っこい笑みを消さずに反論した。
「そうはいきませんよ、あなたが家庭でなにかあれば少なからずなんらかの支障が仕事にでてくるかも判りません。そういったことを未然に防ぐのも私の仕事でもあります」
洋二はわかったわかったと、さらりと流し、車の中に入った。
それに阿蘇も続く。
二人がシートに体を沈めると、公用車はすぐに発車した。
向かうは羽田空港だ。
ここから空港までは大体1時間前後といったところだろう。
車内は暫く、沈黙が保たれていたが、洋二がそれを破った。
「それで、あれから何か変わったことはあるか?」
阿蘇は唸ると、自分の足元にあるスーツケースから書面をひぽっぱり出す。
そしてそこに目を落とすと、阿蘇は話を始める。
「そうですね、変わったことといえば・・・あれからさらにロシア軍の部隊が増強されたといったところでしょうか」
「そうか。それにしても、なぜ今頃北方に突然として大部隊を派遣してきたりしたんだろうか?」
阿蘇はその質問に間髪いれずに返答する。「異常気象が原因でしょう」
洋二はわからない、といった表情で、眉をしかめ、阿蘇を見た。
「あぁ、簡単に言えば磁気嵐です。あの地域は不定期に磁気嵐というのが起こるんです。確か・・・最後に起きたのは1943年だったと思います。ただ、今回の場合はその規模が大きく、千島列島と連絡が取れなくなったみたいで、いざということを踏まえ、ロシア軍も部隊を増強してきたらしいです」
「じゃぁ自衛隊を北海道地域に派遣する必要もなかったんじゃないか?」
「さぁ、それは防衛省の人間じゃないんでなんとも言えませんが。こちらもいざ、という時のことを考えているんじゃないでしょうか?実際磁気嵐の規模は現在も巨大化していますし、勢力を衰える様子は見せていません」
一拍おいてから、洋二はさらに質問をする。
「北海道が巻き込まれる可能性はあるのか?その場合における被害というものは?」
うーん、と阿蘇が唸ると、手元の書面をパラパラとめくり始めた。
「ここにある書面は70年以上も前のものです。当時の観測機器を考えると、大したデータにはならないでしょうが、当時の磁気嵐の大きさの倍以上はあると予想されます。仮に北海道が巻き込まれたとなると、千島と同じように一時的に本州と連絡がとれなくなる可能性がありますね」
それに、と阿蘇は続ける。
「これも磁気嵐の影響なんでしょうが・・・千島列島が衛星写真から消えているんです」
「ん・・・?どういうことだ?」
衛星から撮られたと思われる鳥瞰図が、書面にクリップで留めてある。
阿蘇はその鳥瞰図のみを取り外すと、洋二に渡して見せた。
それを見た洋二は、絶句した。
文字通り、千島列島がきれいさっぱりと洋上から姿を消していたのである。
「なんらかの影響が衛星に出た以外、考えられませんね・・・。もしも、沈んだと仮定するならば・・・北海道も巻き込まれた場合、さらにひどい被害予想が」
「いや、それはありえないだろう。あってはならない」
阿蘇の発言を洋二が間髪いれずに否定する。
そうしてまた、まとわりつくような嫌な沈黙が車内を包み込む。
洋二は窓の外に目をやる。
反対車線を走る車の量は相変わらずだ。12時を回っていても、まだまだ少なくはない。
窓の外には、独特な球体を上部に抱えているテレビ局の建物がある。徐々にそれが後ろへと流れていく。
あと十数分もすれば空港に着くだろう。


空港へは、そのまま公用車で侵入する。
現在滑走路にある機体は1機のみであった。
午前1時を回っているのだ、とっくに最終便はなくなっている。
さすがに緊急事態ということもあり、政府が急遽、民間航空機会社へとチャーターをしたのだ。
政府専用機はもともと北海道の千歳、第2航空団の基地にあるため、今は飛ばせない。
しかしながら、パイロットまでもを民間の者を徴用するわけにもいかず、パイロットだけは航空自衛隊から引き抜いてきた者達であった。


車は、航空機に接続してあるタラップの前で停止した。
まだエンジンはかけていないようで、あたりは静まり返っている。
二人は車を降りると、タラップを駆け足で上がっていく。
中に入ると、すでに中にはちらほらと人がいるようであった。
みな気象庁の観測員や、一部政府高官などだ。
機内に入ると、キャビンアテンダントが微笑みを投げかけてきた。
どうやら、アテンダントもすべて航空自衛隊の隊員であるようであった。
以前、洋二は首相の外交の時に政府専用機に搭乗したことがあったのだ。
その時の制服がこの、紺と水色の2色で構成されたものである。
アテンダントは二人を席へと案内する。
機体の中部あたりの席に案内されると、二人はどっかりと腰を下ろす。
さすが政府がチャーターしただけはあり、足元がずいぶんと広くなっている。
いわゆるリクライニングシートになっていた。
阿蘇の方はさっそくスーツケースからノート型のパソコンを引っ張り出すと、仕事を始めた。
「次官はおやすみになられますか?」
「あぁ、そうだな」
そうすると、先ほどの案内を担当したアテンダントがいつもの決まり文句を訊いてくる。
「毛布をお持ちしましょうか?」
「ありがとう、そうしてくれ」
アテンダントは、かしこまりました、と一言、すぐに毛布を洋二の元へと持ってくる。
洋二はそれを受け取ると、シートを倒し、文字通り、泥のような眠りについた。
キャノピー越しから見ることのできる景色はあまりに壮観な眺めであった。
ヘッドセットから定期的に送られてくる無線の音がなければ、ここを現世かと疑いたくなるほどである。
パイロットである原田一尉はそう抱懐していた。
既に羽田を出て1時間以上が経とうとしている。
現在津軽海峡上空。
あと数分もすれば、日本北端の防空の要所、千歳基地に到着するだろう。
何もなく順調に着く事を祈るだけである。
「磁気嵐とかいっても、大したことありませんでしたね、一尉」
コ・パイである遠山三尉が話かけてくる。
「しっかりと機を到着させられるまではなんともいえんだろう」
原田は手厳しく返答をした。
遠山はそれでも気にせずに、ヘッドセットをはずし、大きくのびをする。
「さて・・・そろそろ本州の管制から連絡が入ってもいいころなんだが・・・」
原田が壮観な眺めから、こまごまとした機体の計器へと視線を移す。
すると、そこには信じられない光景が広がっていた。
なんと、レーダーが全てブラックアウトしていたのだ。
「遠山!計器に異常がないか今すぐ調べろ!レーダーがブラックアウトしているぞ!」
一瞬の絶句ののち、原田の怒鳴り声がコックピットを支配する。
「こちら7C、千歳応答願う、オーバー」
遠山が計器を調整している間、原田が仕切りに千歳基地、本州双方に無線を送り続ける。
「だめです!レーダー、無線、この2つだけが使用不能です!」
遠山の絶叫に近い報告が原田の耳元に届く。
「幸い飛行に支障はない、高度と速度を落とそう。もう北海道上空のはずだ!」
原田はそう言うやいなや、操縦桿を奥へと押し込む。
機体は前のめりになりながら、降下していく。がくん、という振動とともに、いやな浮遊感が2人を襲った。
民間機の機体といえど、どの機体にも先端には地上を写し取るためのカメラがついている。
鳥瞰図が常に手にとって見えるようになっているのだ。
そして例外なく、彼らの乗るこの機体にもそれがついている。
今現在映し出されている光景はまぎれもなく、北海道上空そのものであった。
「どういうことだ?この機体だけがおかしいのか?」
原田は答えなど出るはずのない質問を投げかけた。
「さ・・・さぁ・・・」
暫くの沈黙が訪れたが、それはすぐに消えることとなる。
レーダーが突如として復活したのだ。
アンノウンの表示とともに。
レーダーには原田の操縦する機体以外に、3つの光点が表示されていた。
いずれも識別反応はなかった。
「今度はアンノウンか!次から次へと!」
原田の顔は紅潮していた。
「一尉!無線が復活しましたが、本州との通信が未だ途絶えたままです!」
「千歳基地に連絡を取れ!」
遠山は了解、と一言返答すると千歳基地へ向け、連絡をする。
「こちら7C!アンノウン機が突如出現!こちらに向かってきます!」
すると、すぐに基地から返答がきた。
「こちらでも確認している。たった今スクランブルをかけた。できる限り接触を避けよ」
管制官の声はあまりにも冷静であった。
原田、遠山両名がレーダーに視線を落とす頃には、アンノウンと表示された3つの光点はすでに本機の真後ろまでに迫っていた。
そのアンノウンのうち、2機が原田たちの機を追い越す。
そしてその2つの機体に二人は目を瞠った。
「な、なんだあれは・・・」
原田は思わず、声を漏らした。
アンノウン2機は、原田たちの機をすれすれでかすめると、すぐに反転してきた。
そしてその機の先端には、プロペラがついていたのだ。
さらに驚くべきことは、その胴体、主翼に刻まれていたマークである。
なんとそこには星のマーク、つまり米軍のマークが刻まれていたのだ。
2人はなにがなんだか理解できないでいたが、わかることがひとつだけあった。
その機体が第二次大戦中の米軍の名機、『P-51』であることを。
深夜の薄暗い中でも、その細身で単葉型の機体は、薄い月明かり映し出され、黒い夜空にくっきりとそのシルエットを浮かび上がらせている。
「ど、どうなっているんだ!?」
原田が絶叫する。
現在、機は着陸態勢に入っていたために、速度を極力までに落としていた。
最大速度ならばジェット機であるほうが明らかに上だが、現在は状況が違いすぎる。
着陸態勢から上空の雲を目指し、機体を隠そうと原田は思い、機体の速度、高度を同時にあげた。
突然の上昇運動に、機体は大きく振動した。
Gが二人を襲い、シートに体をうずめさせる。
客室は想像もできないほどの混乱をきたしているだろう。
しかし、客室にさらなる混乱を招く事象が、すぐに起きることとなった。
なんと、本機の真後ろについていた1機のP-51が発砲をしてきたのである。
P-51の12,7mm弾はみるみるうちに原田たちの機体に吸い込まれてゆく。
客室からは絶叫が響き渡っている。
原田は操縦桿を左に倒し、敵の弾道をさけようとした。
すると、今度は先ほど追い越した2機が反転をし終え、こちらに銃撃をしかけてきたではないか。
P-51の主翼に搭載されているM2は容赦なく火を噴いている。
原田は、操縦桿に突っ伏す形で辛うじて操縦を続けていた。
なんとか雲の中に隠れることができれば、あとは速度をあげ逃げることができるはずであった。
が、突如として操縦桿に重みが増した。それとほぼ時期を同じくして、機体にさらなる振動が襲う。
計器の、エンジンランプのひとつが点滅している。第4エンジンと表示されていた。
敵弾が見事にエンジンに直撃、爆発を起こしたと思われた。
このままでは撃墜されてしまう。原田は焦燥感を抱く。
遠山のほうといえば、今にも泣き出さんばかりの顔つきになっている。
レーダーでは、3つの光点がちょうど並行になり、本機の背後に回っていた。
次に掃射をかけられれば、操縦を続けられるか判らない状態だ。
そんな絶望を感じている原田に、さらなる不幸の知らせが遠山からもたらされる。
「い、一尉!さらにアンノウンが1機!本機直上に!」
「なに!?なぜ気がつかなかった!貴様の目玉はどこについていやがる!」
原田は憤懣のやり場が遠山以外に見つからなかった。
その光点はみるみる接近してきた。
ここまでか、と思った矢先、レーダーの光点がひとつ失われる。
その消えた光点というのは、原田たちの機体ではなく、その真後ろに併走していたP-51のうちの一機であった。





2, 1

  

残った2機のP-51は速度をあげ、原田たちの機を追い越していく。それを追うようにして1機の光点が後を追う。
そして、新たにレーダーに表示された機体が、原田たちの目の前にとうとう現れる。
一瞬、2人はその機体を見たとき、P-51と見間違えた。
しかし、確かに主翼と胴体には真っ赤な円、日の丸が刻まれている。
全体的に細長く、丸みを帯びたフォルムに巨大な主翼。キャノピー前の先端にある一部分だけが黒塗りにされてある。
「ま、まさか三式戦!?」
遠山は驚きと同時に、興奮をしているようである。
「さ、さんしきせん・・・?」
壊れたレコードよろしく、原田は遠山の言った事を反芻するようにリピートした。
「え、えぇ!あれは三式戦ですよ!旧日本陸軍の戦闘機です!」
遠山は説明をしている間、かすかに笑みをうかべている。
「ムスタングに旧軍だとか、いったい全体どうなっていやがる!」
二人が絶叫している間にも、三式戦は1機のP-51に食らい付き、攻撃を開始した。
P-51の背後に付いたものの、三式戦はさらにもう一機のP-51にはさまれる形となった。
すぐに、三式戦の目の前を飛んでいるP-51はたちまちエンジン部から火を吹くと、空中で四散してしまった。
三式戦の背後に食らい付くP-51は、相変わらず弾丸の雨を降らせている。
三式戦は、機体に穴の数を増やしていく。
が、途端にそれは途絶えることとなる。
すぐに三式戦の後方にいたP-51は火達磨となり、木っ端微塵になってしまった。
その爆音というものはすさまじく、原田たちにも聞き取れるほどであったのだ。
P-51の爆発を起こした原因を探ろうと、2人は必死でその空域を目で追う。
すると、一筋の白く細長い航跡を発見する。ミサイルだ。
2人はこれを見ると、全身から安堵感が湧き上がってくる。
さらにその後方を追うと、そこには2機のジェット戦闘機、F-15Jが颯爽と姿を現す。
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