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吉村「六話目だ!動けデブ!!」

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「ご無沙汰してます。荒井会長の一周忌以来ですね」

 健太郎が慇懃にお辞儀をした。こんな腰の低い健太郎は……気持ちが悪い。

「前田君かー!随分と大きくなったな、久し振り」

 おっさんの顔がにわかに綻ぶ。

「あ、紹介します。こいつは佐々木、俺と同じ野球部の……」やや間を置いて「ファース
トです。シニアでプレイしていたみたいです」俺を紹介した。
「佐々木です……」
「豊、この人はアスレチックスのコーチで……俺がシニア時代に世話になった御手洗さんだ」

 御手洗さんが、ヤニ色に染まった歯を覗かせ右手を差し出してきた。握った掌はバッティ
ングダコ……というよりはコーチのノックダコでデコボコしていて、ちょっと狼狽した。

「という事は……前田君は野球やり始めたのかい?」
「ええ、春大には間に合いそうにありませんが……でもそのためには」
「君の球を捕れるキャッチャーが要る……のだね?」
「はい……フラれちゃいましたけど」

 バツが悪そうな顔で舌の先を出しながら、健太郎はそう答えた。

「ま、ここで話すのもナンだ……そっと、ベンチ裏に行こうか」

 薄暗い校舎裏伝いに俺達は歩き出した。日向に出ればぽかぽかと春の陽気を感じる事が
出来るが、日の当たらない校舎裏では……

「うぅっ、さむっ!」

 未だ季節の移り変わりには追い付いていなかった。

「御手洗さん、なんで桜井は……」
「桜井君がコーチ頼まれてくれて、いやー助かってるよ」

 健太郎の質問を遮って、御手洗さんがそう言った。

「近頃は子供の野球人気も寂しいモンだったから、彼が来る前は子供達も集まらなくてね。
それが去年の冬頃に彼が来てさ、練習メニューをアレンジしたら段々と子供達が集まり始
めたんだ」
「………メニューをですか?」
「冬の間の辛い走り込みを、わざわざ地元のサッカーチームに頼んで合同練習させて貰っ
たり、ジャングルジムを使った筋力トレーニングや……」
「………」
「とにかく彼のアイディアで“つまらない練習”を“面白い練習”に変えていって、練習
量を飽きさせなかったんだ」

 御手洗さんの顔を覗き込めば、そこには誇らしげな表情があった。

「彼みたいな指導者がいれば、きっと子供達はこれからの辛い野球人生にも耐えられるん
でしょうね」

 目を細めて、健太郎がそう言った。




 四球でランナーを出すものの、ピッチャーのマウンドさばき、各野手の動きは慣れたも
ので、進塁してくる走者に囚われずに打球を大事に一塁へと送球して二回ウラを終えた。

「レベル高ぇ……」

 思わず口をついた。そんじょそこらのおっさんの草野球なんかと比べたら、こっちの方
がよっぽど野球になっている。

「ナイピーナイピ!!」
「よっ、和製ランディ・ジョンソン!」
「たとえが古い!」

 まだ声変わりも迎えていない澄んだ声の、笑い声がハモる。
 パイプイスに腰掛けていた桜井が立ち上がると、選手達が脱帽してその周囲に集合した。

「よっしゃよっしゃ!流れ的に二点で抑えたのはデカイよ!これからこれから!」

 特に桜井が技術的なアドバイスをするでもなく、その大きな声は選手達を鼓舞するだけ
だった。代わりに、選手同士で様々な情報交換が行われていた。

「俺達が後ろにいるのに気付いて……ない?」
「そういうのがどうでも良いくらい集中してるんじゃないか?」

 御手洗さんにベンチ裏へと案内された俺達は、試合中の選手達に配慮して父母応援団が
作る人だかりの後方で観戦する事にした。

「よく見ていけば当たるぞ!」
「バッチ練習思い出せ!」

 威勢の良い応援をよそに、相手ピッチャーの角度のある直球に翻弄された打線は、三回、
四回と沈黙を見せた。

「オッケオッケー!ここは根気だよ!こっちも負けてない!」

 桜井の激励の通り、小平アスレチックスも、ピッチャーがヒットを許しランナーを出す
状況に食い下がり、事態を膠着させていた。

「よっしゃ五回!上位からだ!やんぞ!」「オォッ!」

 円陣の真ん中で膝を突くキャプテンの掛け声に、澄んだ声色の雄叫びが応える。

「締まった展開だな……」

 思わず溜息を漏らしてしまう程の試合展開だが、これを去年コーチに就任して間もない
桜井が作りあげたというのは信じ難かった。とは言え、選手達の桜井への信頼を見ている
と、それは納得せざるを得ないのか。

「おぉ!」
 真っ青のゼットのバットを、トップを高めに構えて先頭打者が右打席に着いた。

「初回思い出せ!十分見えるぞ!」

 二塁ランナーコーチの応援を皮切りに、ベンチ内でも千葉ロッテマリーンズばりの、コ
リアンポップを元ネタにした応援歌が始まった。

「オーオオッ・オイ!!オーオオッ・オイ!オーオ・オーオー・リョオタ!!」

 仲間に後押しされた2ナッシングからの三球目

「ナイバッチ!リョオタ!」

 熱烈な応援に力を貰ったのか、リョオタは三つ目で極めに来たキャッチャーが要求した
低めの球を捉えて三遊間を破った。多少に内に入ってきた低めの速球を、しっかりと腕を
たたんで打てていた。

「よっしゃ!良いよ!練習通り!」

 パチパチと大袈裟に手を叩いて、桜井は一塁上のリョオタにエールを送った。そして次
の打者が打席横でベンチを振り向くと、サインを送りだした。

「続けー!トモフミ!」

 ベンチ裏を賑やかにする父母応援団も、特に母親軍団が黄色い声を上げて我が子を応援
していた。
 そして

「走った!!」

 1ボールから二球目、リョオタがキャッチャーからの牽制球を掻い潜り二盗を成功させ
た。ベンチの選手及び応援団が更に沸いた。

「しゃっー!こっからだー!続けよバッター!」

 セカンド上でリョオタが叫んだ。


24, 23

  



 ノーアウト、ランナー二塁。盗塁を助けた空振りでカウントは1-1、七回規定の少年
野球ならば、この回で勝ち越し点を上げて流れを取り戻したいところだ。高校野球であれ
ば、監督の好みによってはここで送りバントの指示を出すだろう。少年野球で、のびのび
野球の匂いの濃い桜井監督となれば、ここは……

「ま、その裏ってヤツを考えるよな」

 健太郎の言う通り、自軍ベンチを一瞥したサードは、ランナーを顎で指してから投補内
の選手に目配せをして、守備位置を多少前進させバントシフトの体勢を取った。打球の様
子によっては三塁上で進塁してきたランナーを刺そうという魂胆か。

「まぁ狙って右方向なんて少年野球じゃーそうそう出来るモンじゃないよな」

 三塁の様子も“一応のバント警戒”に留まっている様子だ。

「とはいえ、このチーム守備もレベル高ぇぞ」

 下手な走塁はまずい。
 ピッチャーの左足が上がる。バッターのスタンスが、打席前方でピッチャーと対面する。
それと同時に、セカンドランナーがスタートした。

「バントエンドラン?」

 健太郎がはにかみながら、それを否定した。

「いや……」

キンッ

 バスターエンドラン!?

 バットを引いてヒッティングにシフトしたトモフミの打球が、前進してきたサードの足
元を抜けた。

「ショート!!」

 三塁ベースカバーに行きかけたショートの左側に打球は転がった。逆を突かれながらも
捕球したショートが、三塁に到達したランナーを一瞥してから一塁へと送球した。

「あぁ!ランナー見なければ際どかったな!」
「ブーン」

 健太郎の口から擬音が発せられ、一塁審の両腕が横に広がる。
 ランナーは一塁三塁、決してミスが招いたピンチとは言い難い。とは言え、むしろそれ
だからこそ守備のリズムに影響が出やすい状況だった。たまらず監督もタイムをかけて選
手達をベンチ前に集めていた。

「少年野球じゃ……あれは責められないね。バッターの脚が速かったよ」
「さ、豊だったら……どうする?」

 早いカウントから二盗を決めて、ランナー二人をスコアリングポジションに置いて……

「どーせ、クリーンアップだろ?」

 俺じゃなくても特に何かを指示したりはしないだろう、少年野球であれば。
 予想通り、一塁ランナーは初球から盗塁をした。キャッチャーが大袈裟なモーションで
右腕を担いだ。三塁ランナーはそれを見ると、一気に上体を前屈みにして、本塁突入を狙
おうと体勢を取った。

「ランナーストップ!ボールショート!」

 そんな三塁ランナーに自重を促すよう、声を張り上げたのは三塁ランナーコーチだった。
ピッチャーの顔の横を、唸りを上げて飛んで行ったキャッチャーの牽制球は、ほぼピッチャー
の背後にダッシュしてきたショートのグラブに収まった。

「おー危ねぇ危ねぇ……」

 桜井が肝を冷やしたような声で呟いていた。三塁ランナーの暴走だったらしい。

「気を取り直して……」二度、かぶりを振って桜井が立ち上がり「よし!クリーンアップ
だ!しっかり応援してやれよお前等!」

 ベンチに並ぶ選手達の方に振り返って、そう言った。特に指示などは無かった。
 勢いのついた応援を背に、三番バッターが打席に入った。打席後方、ラインギリギリの
足場を均すと、改めて右足の爪先で穿つように掘り出した。バットのヘッドを高めにして、
構えた彼の手は、グリップエンドより拳一つ分短めに握っていた。

「さて、ここまで来たけど……」

 意味有り気に、健太郎が呟いた。確かに、ノーアウトで絶好のチャンスだが、相手投手
の勢いがなくなるワケではない。中学でも十分通用しちまうようなピッチングは見ての通
り、少年野球レベルじゃ内野を越すのだって難しい。セットポジションもほぼ一流、先程
の得点は置きにいったボールを見逃さず触れたが……。

「ッシャー!ボールに合わせずに……しっかりフルスイングだよ!!」

 応援の声はあくまで陽気だ。掌メガホンなんて必要ないんじゃないかってくらいだ。
 盗塁の心配が無くなったからだろう、プレートを踏んでからの動作に多少の余裕を持た
せているように見える。勿論、その心中が穏やかになれる状況ではないが。
 第一球、静止してから、ボークを宣告されかねない程に素早く、クイックモーションで
投じられた。コースはど真ん中。

「ナイピー!」
「ピッチ圧してるよ!」

 バッターのリアクションがボールに対応出来ていなかった。予想外のタイミングで投じ
られたようだった。

「……少年野球で……、あんなことってあるんだ。今のは……今までのクイックよりも速
かったぜ」

 シニアでそれなりに野球やっていた俺ですら、少なからず戦慄した。バッターへの牽制
のためのクイックモーションなんて、少年野球じゃ聞いた事がない。

「あれじゃぁほとんどチェンジアップと同じ効果だよ。フォームでの、ね」

 支部にもよるけど、少年野球では変化球を禁止している(まぁ暗黙の了解でナチュラル
な変化と称したボールを投げている選手はいるけど)。
 バッターが一度、打席を外して深呼吸をした。打席の中というのは、一種の結界みたい
なモノで、一度動揺してしまえば、落ち着くのはなかなか難しい。
 バッテリーはツーストライクとバッターを追い込むと、三球目を外へとボール球を投じ
てカウントを整えた。バッターはその間、じっくりと投球を見極めていた。
 四球目、力のある直球が唸りをあげてストライクゾーン高めを目掛け疾った。

カツッ

 重いインパクト音を残して、ボールはバックネットに突っ込んでいった。拳一つ分短く
持ったバットで、バッターがボールをカットした。

「ナーイスカットナイスカット!!ホームラン前のナイスカット!!」

 ベンチではお馴染みの応援チャントを、叫ぶに似た大声で合唱している。

「じっくり見たからか?」

 健太郎に訊ねた。

「かもな。普段から本当に速い球を見て、“どうすれば良いか”を、きちんと教え込まれな
きゃ出来ないかもね」
「ピッチ、キメにきてたんじゃね?あの高めはよ」
「小生意気な配球だ」

 そう評した健太郎の顔は楽しそうだ。
 多分、あのクイックで投じられる速い球も意識していると考えられるが

「あっ!……やっぱり」

 健太郎の苦虫噛み潰したような感嘆。バッテリーが選択した五球目は、初球に放ったク
イックモーションから投げる……スローボールだった。

「巧妙だね……」

 タイミングを見事に外され、開ききった上体でボールを捉えたバッターの視線は、上空
うにあった。

「オッケー!!マイボ!!」

 一応ファーストへと走り出したバッター、投手はフィールド内で小フライをがっちりと
捕球した。

「痛いね、このチャンス……逃したら」




「ワンナウトーッ!」

 ピッチャー自ら、捕球したボールを掲げて宣言した。チームメイトが一斉に彼を称えた。

「バッチ四番!まだまだチャンスだ!」

ベンチから、コーチャーズボックスから、そんな応援がグラウンド中に響く。

「モッさーん!!頼んだぞ!!」

 トモフミがショートの後方で叫ぶ。五回オモテ、ワンナウト、ランナー二塁、三塁。バ
ッターは四番、エースナンバーを背負った……モッさん。

「監督!!」

 ネクストバッターズサークル内でゆっくりと立ち上がって、白線を跨ぎ様にモッさんは
桜井の方に振り返り、そう叫ぶと

「俺……」口の端を釣り上げながら「なんか分かった気がする」

 そう伝えて打席へと向かった。

「しゃぁっす!」

 ヘルメットのツバを摘み、審判、バッテリーに順番に会釈をして、左打席に入り。モッ
さんが構えた。

「思うんだけどさ、この子のフォームってさ……広島の前田そっくりだよな」

 この場面でも、何処かに力んだ部分が見られない。あの速球で難しいコースが来ても、
すんなりバットが出そうだ。
 初球、高めのボール球。下手に低めに外せない状況だからの配球か?

「下手に逃げると逆効果だな」

 健太郎が呟いた。
 二球目、例のクイックだった。ど真ん中のストライクを見逃した。それを茶化す相手ベ
ンチ、良い球だ見逃すなと怒号に似た声がする自軍ベンチ、モッさんがそれを交互に見渡
した。

「健太郎、今の……」
「うん……かもな」

 結果は絶好球の見逃し。だけど今のモッさんの見逃し方に気付いたのは俺だけでは無か
ったようだ。彼は目の前を通り過ぎたボールに対して、構えたバットのトップの位置を崩
さなかった。リアクションがボールを打ちにいったものではなかった。
 桜井も……気付いているのかな?
 三球目、長めのセットポジションをとる彼が生唾を飲み込んでから、テイクバックを取った。

キンッ

 外角のボールに反応した。三塁線上を鋭く飛び、ライン際ギリギリ、レフト守備位置の
横位置に落ちた。

「逆方向なのによく飛ぶなー……うまいうまい」

 健太郎の言う通り、少年野球で逆方向に鋭い打球を打てる選手そういない。今のスイン
グも腰を開かずにしっかりと意識を左方向に向けていた。
 打球の行方を目で追ってからスタートしたランナーが帰塁すると、モッさんがホームベ
ース上に転がったバットを拾って、打席で構え直した。

「あの走り出し……分かってたな」
「流し打ちや逆方向への引っ張りってのは微妙なバランスだからな。経験の浅い小学生じゃー…
ちょっとあれが限界じゃないか」

 健太郎の言う通りで、俺自身リトル・シニアとやってきたがセンターから逆方向への打
撃はイマイチ技術として理解出来なかった部分が大きい。感覚でなんとなくやっているが、
だからといって実戦で使えるかと言えば、信頼には遠い。

「ま、あれが出来るっていう事はボールが見えてるって事だな」

 彼にすればヒットになれば儲けもの、ってところだろう。バッテリーにとっては、追い
込んでおきながらも、アドバンテージが見えない状況だ。

 四球目、ピッチャーがセットポジションから動かない。じっくりと時間を取って……プ
レートから足を外した。

「四番の意地見せろ!ヘイヘイヘイ!!」

 相変わらず表情は能面顔、ライオンズの涌井的なマウンドで隙を見せない投手と言えば
聞こえは良いが、どうも少年野球っぽくなくて変な感じだ。
 五球目、静止したかどうかも微妙な、ほとんどボークのクイックモーションで投じられた。

「速い……」

 球離れも遅い、地面を這うような真っ直ぐ、気合が入っている。内野手としての俺が感
じ取ったイメージは、打者を凡退させたものだった。
 モッさんが、わずかなテイクバックを取ってからスイングしたバットは、ボールを芯で
捉えた。

「センター!バックホーム!」

 ボールの勢いに逆らわない、お手本通りのクリーンヒットはマウンド上を鋭くバウンド
して、センター前へ。いち早くスタートしていたセカンドランナー、トモフミはセンター
が捕球した時にはサードベースを蹴りきっていた。

「リョオタ!ノースライ!」

 モッさんの放り投げたバットを回収した五番バッターが指示を送り、サードランナーの
リョオタがホームベースを駆け抜けた。センターからの素早いバックホームが中継を介さ
ずに一直線にキャッチャーのミットに収まった。トモフミが駆け込んできて、足からベー
ス目掛けて跳び込んだ。クロスプレーだ!

「………」

 周囲の皆が一様に息を飲む。キャッチャーが真っ向からランナーのスライディングをブ
ロックする、小学生のするプレーとしてはかなり危険なクロスプレーの形だった。主審の
右手は上に高く挙がった。


26, 25

  



「セカンセカン!!」

 サードベース上の野手がキャッチャーへと注意を呼びかける。セカンドベースをオーバー
ランしたトコロで、バッターランナーのモッさんが動向を窺っていた。

「タイム!!」

 モッさんが散々守備を掻き回そうと次の塁を狙う仕草をして、渋々塁に戻った後、桜井
が大声でタイムをかけた。肩をいからせている。

「ワロースさんでは子供にあんな危険なブロック教えているんスか!?どういうつもりで
すか!この後のプレーに影響が出る可能性があるでしょう!!」

 呆ける選手達を尻目に、投捕間を横切ってワロースベンチへと詰め寄った。

「おっ……おい!!」

 すかさず御手洗さんが桜井の後を追いかけた。が、ワロースベンチで腰を下ろしていた
監督、コーチ、そして父母会に繋がっている導火線の無事を守る事は叶わなかったようだった。

「ま、そりゃそうだよな。あんなガキに、スンゲー剣幕で……しかも子供達の前で怒鳴り
付けられたら、それが正論でも頭に来るわな」

 涼しい顔で分析した健太郎と、グラウンド上でポカーンとしている選手達の差があまり
に激しい。
 一触即発ムード、まさにそんな時だった。

「監督!!」

 モッさんのバットを担いで、タッチアウトを喰らったトモフミの肩に肘をかけながら、
リョオタが桜井を呼んだ、極めて大きな声で。その声に気圧されたのか、ハッとなった大
人達の視線がリョオタに集中した。

「時間がねぇんだ……後にしてくれよ」隣のトモフミの肩を叩き「コイツなら大丈夫。ズ
ボンの当て布が少し破れただけだってよ」

 そう言った。

「………」

 破裂寸前だった空気が緩み、そして

「あ~……」手で顔を覆い、天を仰いで「やっちまった」

 桜井はそう言うと、ワロースのベンチに向かって深々と頭を下げて、謝罪の辞を述べた。
こうも相手から先に誠意ある謝罪をされると、向こうも言いかけた台詞を飲み込まざるを
得ないだろう。相手は高校生のガキだし、教育的に子供達が見ている前だし。

「おーい監督ぅ!試合中にキレるクセどうにかしろよまったく!」

 ベンチに戻った桜井が、選手達にやりこめられた。こう見ていると、監督に対する態度
というよりは、チームメイトに接するような、そんなノリだ。

「んぁ~!ごめんよごめんよ」

 子供相手なのに本当に申し訳無さそうに、そう言う桜井。そしてトモフミの方へ顔を向け

「熱中するのは良いけど、あのタイミングでキャッチにボールが渡ったなら……そこで挟
まれるか……最悪、諦めて良いよ。固いプロテクター着けたキャッチャーとのクロスプレ
ーはマジで危険だからな」

 キャップに潰されて、汗で湿ったトモフミの頭を掴むように撫でた。

「ストライッ」
「おっと」

 そうこうしている内に試合は再開されていて、五番バッターが凡退した。

「さっ、何があるかは分からねーから気を抜くなよ!行って来い!」


27

桜島ファイアー 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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