Raise Dead ②
処刑室の中央に設置された鋼鉄の椅子に、慶は縛りつけられた。
両手首、両足首が枷に繋がれ、ハーネスのようになっている鎖で胴体を拘束される。
最後に、噛み輪のある口枷をつければ、死刑囚の完成である。
ただし、もう死んでいるが。
「慶様……」
傍で控えているエンプティが、枷に繋がれた慶の手を握ろうとしたが「やめろ、ママかおまえは!」と抵抗され渋々引き下がっていく。
「まったく、緊張感のないやつだ」
「……おまえが言うか?」
ヴェムコットも流石に呆れている。これから行われることの為に、電貨を発電機に流し込んでいる。小型のドリンクサーバーのようなそれの横から出ているスロットレバーを引くと、蜂の羽音のような充電音がし始めた。電気椅子と一体化している慶を振り返り、
「座り心地はどうだ。滅多にできない体験だろう」
「座布団くらい敷いてくれ」
「……次からは考慮する」
「真に受けてどうするんですか」とリザナが指摘する。
「あなたも、最後の最後まで、人をひっかき回すんですね」
「最後?」と慶。
「ええ。だって、これで終わりでしょう」
「いくらなんでも、頭部が切札じゃないってだけで、俺の本命が見抜けるはずがない」
慶は椅子の上で胸を張った。
「情報を漏洩しないための短期決戦。これで読まれたら泣くぞ」
「泣けばいいと思います」
「……強気だな。四点賭け、ま、確かに当たる確率は高いけどな」
「四点? ……そんな必要、ない」
リザナはスチールブーツの底を石畳に叩きつけるように歩き、慶の手から口枷を奪うとそれを彼の口に問答無用で押し込んだ。抵抗されたが、ロックをかける。手足をバタバタさせて抗議する慶から距離を取ったところで、発電機のモーターが自動停止した。ヴェムコットが開放された機械から、携帯電話ほどのサイズをしたバッテリーを取り出し、リザナに放る。
それを受け取り、砲身のない拳銃のような処刑器の底に装填した。
「あなたは私を誤解している」
その処刑器からは六条の鎖が下僕のように垂れ下がり、それぞれが慶の六部位を拘束している枷へと続いている。リザナは処刑器を構えた。汚れた白に似た銀瞳を細める。
「確かに私には記憶がない。戦っても戦っても、このボディポーカーの経験は蓄積されない。……教えましたっけ? それもあやふやです。ですが、だからといって、たかが雑魚と見下されるのは心外です」
リザナの指が、処刑器のリールを一段目から回していく。右腕、左腕、右脚――
真嶋慶、とリザナが呼ぶ。
「……あなたは、四回戦で追加ドローしませんでした。なぜです? あの状況、最後の2万点を積み上げていたのに、あなたが追加ドローしない理由がない。あなたの手はツーペア。私の手はスリーカードでしたが、あなたにとっては、勝とうが負けようが抵抗してみせないわけにはいかないはずでした。どれかを引いて私より強いスリーカードか、スリーペアか、いずれにしても、あなたはなんとしても手役を強くする必要があった。崖っぷちだったからです。でも、……あなたは最後、引かなかった。そして今、ここにいる」
慶はすでに身じろぎするのをやめていた。
興味深そうにリザナを見返している。
「あなたのカウントは、右腕、左腕、右脚、左脚、すべてドローカウントを満たしていた。初戦で五枚を破棄したからです。満たしていないのは、切札ではない頭部を除けば、……一つしかない」
リールが四つ、回転していく。すべて同じ絵柄へと。
胸部、胸部、胸部、
――胸部。
「あなたは引かなかったんじゃない。引けなかった。そして、そんな綻びにまさか私が気づくはずがないとタカをくくって余裕を見せていた。――誰かが言っていました。自分がやったことは、相手もやると思わなければならない。違いますか?」
口が利けない相手に問いかけを重ねながら、リザナは帯電している銃の引鉄に指をあてがう。処刑されるべき罪人の昏い瞳を見つめながら、
「私はあなたに破れるために存在しているわけじゃない。その現実を噛み締めながら、自分の罪をその身で贖うといい。……電貨200枚の超過電流(オールブリッツクリティカル)を本命に撃ち込まれて、消滅しない魂なんて、ない。だから」
せめて、一撃で。
次の瞬間、青白い閃光が、その場にあったすべての眼球を灼いた。
「……まっぶしいなァ」
真嶋慶が、呟いた。