生きるとは選ぶこと
俺は羨ましかったのだ、とヴェムコットは思う。
この蒸気船で目覚めてから――狭山新二を自分は追いかけ続けていた。彼の一挙手一投足に目を配り、その口が次にどんな言葉を放つのか、肩をすくめて待ち侘びていた。叱られるのがわかっていながら、父親に悪戯を打ち明ける子供のように。おまえは間違っている、惜しかったな、俺ならもっといいやり方を知ってるぜ。だが、おまえはやめておけ――そんなガラじゃあないだろう?
自分は人形であり、被造物であり、誰かの目的を達成するための道具でしかない。それが抗えぬ宿命であり、同時に存在理由でもあった。ぬるま湯の地獄の船で、自分は見ているだけでよかった。絶対に届かないと思った――あの生き方、あの寂しさに。
賭博師――いったいなぜ、どうして、自分はその存在に憧れたのだろう。運命に身も心も削り取られ、退路は断たれ、負けるとわかっていても進むしかない。そんな存在に惹かれる理由が思いつかない。ずっとそう思っていた。なぜか――
それが今、ほんの少しだけわかった気がする。
二人は席に着くと、目配せをしたわけでもなく、どちらからともなく――もしかすると、それはリザナがわずかに早かったほどかもしれない――配られたカードに手を伸ばした。それを見るわけでもなく、綺麗に五枚揃えてから、破いた。数分前に切札を選択した瞬間に時間が巻き戻ったように。だが、もう勝負は始まっている。後戻りはできない。できるわけがない。
ディーラーに断りもせず、二人とも、勝手に自分の山札から、さらに五枚を引いた。
エンプティが耐えきれずにクスクス笑う。ヴェムコットは笑わなかった。ただ、肩をすくめるくらいはした。
さらに、その五枚を二人は破く。
斜向かいの席に挟まれた、スポットライトの闘技場には、すでに電貨がうず高く積まれている。見る者が見れば、それが1ゲームに賭けられる最高額を、双方が積んでいるのだと気づいただろう。
真嶋慶も、リザイングルナも、一言も喋らない。
ただ、目の前にあるカードを破いては、青く輝く充電されたコインだけを重ねていく。もうすでに二度、同じ光景が繰り返された。
もちろん、賭金は『次戦へ引き継がれ』ていく。
勝負に、もう邪魔者はいない。
だが、二人の間に流れている、視線も、指も、言葉もない時間には、最後の勝負を前にした緊張も、決意も、焦慮もない。それはどこか穏やかな――けれども誰かに強いられたような、よるべない二人が生きるためにわずかな労働と対価を稼いでいるような、そんな不安定な充足があった。真嶋慶はカードを破る手が拙く遅く、リザナはコインを何度か数え間違えては積み直していた。お互いに、何も言わない。
ひたすらに、四度同じドローゲームが繰り返され――
五度目の初手も、二人とも破棄。
掃除夫が集めた木の葉のような紙片が、カウンターの上に小さな山を築いている。その山を慶が手の甲で丁寧に整えていた。
そして、電貨を積み、カードをチェンジ。
最後の五枚が、二人の前に並ぶ。
もうそれを破けば、次はない。
すでに電貨を全額賭けた二人に、次のゲームはなかった。
ここでドローすれば、次戦の参加費(アンティ)が支払えない。
そして、ゲームは凍結する。
それは、この蒸気船の時間が永遠に止まることを意味している。
この船底にあるゲーム・バーで、二人の賭博師と、二体の奴隷人形が、暗闇の中に灯り続ける。それはそれで、一つの幸福な結末なのかもしれない。答えを出せば、勝負をすれば、誰かが傷つく。何かが壊れる。護りたかったもの、維持したかったもの、取り戻したかったもの、そのすべてが掌からこぼれ落ちる。掴めたかもしれない一瞬の手触りだけ残して。煽るように、傷つけるように、苦しめるために。踏み出してはいけない一歩がある。それを選べば、もう戻れない。
二人は、その一歩を選んだ。
一枚ずつ、丁寧に、手札を開けていく。
一瞬遅れて、ヴェムコットは二人が何をしているのか気づいた。
ショウダウンしているのだ。
一枚ずつ、一枚ずつ、
まるで、自分たちの過ちを数えるように。
二人は手札を開けた。
リザナ、
頭部、頭部、左腕、左腕、左脚(2-2-1)
慶、
胸部、胸部、右脚、右脚、右脚(2-3)
勝負は、ここから始まる。