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あの世の王様

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 船内が何か騒がしかった。デッキへ続く廊下に出たアルクレムといづるは顔を見合わせる。

「なんかうるせーな。おーい、何かあったのか……って」

 声をかけた方から、騒ぎの中心が文字通り塊となって動いてきた。
 誰かがあの世の兵隊たちを弾き飛ばしながらずりずりと進んでくる。

「なんだアレは……」

 塊が叫ぶ。

「ふざけんなっ、俺は認めねぇぞ、あんなのは無効だ!」
「おい待てよ兄さん、さっきまでおとなしかったのにどうしたんだ、いいかここは勝負師として潔くだな……」
「うるせえっ! こんなもんゴネられて当たり前だろーがっ! あれはゲーム外の札だろうが、なんで燃えなかったんだ!」
「そりゃあこの船が決めることだから……お、おいやめろ落ちる! 落ちるっ!」

 船の縁からまとわりついた兵士を落とそうと暴れるアッシュグレーのスーツを着たバラストグールに、全員で手を焼いているようだ。
 そんな男が、ふいにいづるを見つけると、ずんずんずんと歩いてくる。

「おい、お前!」
「はい?」
「お前がアタマか!」
「違います」

 いづるはアルクレムの肩を持つ。

「この人です」
「やめろォッ! 俺は関わりたくねぇっ!」
「……違うって言ってんぞ!」
「うーん、バレちゃしょうがない」

 いづるはパーカーのポケットに手を突っ込む。

「そう、僕がこの騒ぎの発起人。この船を沈めたボス。それで、君は何が不満なのかな?」
「俺はこいつと約束したんだ」リコーズが胸倉を掴まれて「ぐぇ」と呻く。
「リザナが勝ったら、俺をあんたに会わせて、最後の部位を賭けて勝負をすると。そう計らうと。
 だが、肝心要のボディ・ポーカーがあのざまだ。ルール外の札を真嶋が持っていて、それでレイズ・デッドを達成した。ああ、確かに俺は負けた。だが、俺も部位を五つ集めた。はいそうですか、これでおしまいですとは言えねぇ。暴れる理由があるうちは暴れてやらァ」
「……なるほどねぇ」

 いづるがジト目でリコーズを睨む。リコーズは海に落とされそうになりながらも片手拝みに謝っている。
 アルクレムがため息をつく。

「とはいえ、実際に勝負は真嶋の勝ちだったんだ。それに難癖をつけるのは違うんじゃねーか。なァいづる」
「そうとも言えない」
「は?」

 予想外の返答に唖然としているアルクを置いて、いづるが一歩踏み出す。

「確かに、あれは限りなくグレーな結末だった。カードそのものはルール内だと蒸気船が判断したとしても、リザイングルナが断固として無効だと唱えれば、真嶋慶にも言い訳のしようもない。前回以前のカードを隠し持っていたわけだからね。リセットされているはずだとリザナが言い張れば、最悪、あのレイズ・デッドはキャンセルされていてもおかしくなかった」
「お、おい、いづる……」
「それでも、リザナはあのカードを拒絶せず敗北を受け入れた。それは、あの二人が勝負の最中に決した二人の決断だ。外野の僕らがどうこう言える立場じゃない。
 とはいえ……
 真嶋慶には、もう一つの道があった。
 それは、最後に『頭部』ではなく切札の『左腕』を山札から引いていた場合だ。もしそうなっていたら、懐刀の『左腕』はなんの意味もない。残った『右脚』5枚の破棄とオープンカウントの『左腕』で、ファイナルドローするしかなかった。
 それでも『頭部』を引けていたか、それは誰にもわからない。
 運否天賦の結末も、このゲームには残されていた。
 だから、この勝負は無効だという君の気持ちはよくわかる」
「……だったら、どうしてくれるんだ? お前が最後の部位を賭けて戦ってくれるのか?」
「残念ながら、僕にそれはできない。君を生き返らせる権限なんて、僕にはないよ。命はたったひとつしかないんだ。大切にすべきだったね」
「てめえ……」
「だから、代わりに」

 いづるは自分の首を親指で示した。

「その恨み、僕の首に乗せてくれ」
「は……?」
「馬鹿野郎!」

 アルクレムがいづるの後頭部をひっぱたきいづるが少しよろける。

「お前っ! またそんな面倒なことを!」
「痛い」
「撤回しろ! いますぐ!」
「やだ」

 いづるはバラストグールに向き直る。

「僕はこれでも偉いんだ。あの世の王様でね、退屈だから君が気に入るかはわからないけど……
 君を生き返らせることはできない。でも、僕の椅子は賭けられる。
『向こう』に戻ったら、僕ともう一勝負。
 それでどうだい?」
「…………」

 力を抜いたバラストグールから、へばりついていた兵隊たちがぶざまにボトボトと床にずり落ちていく。そんなものは気にも留めずに、男は言う。

「あんた、名前は」
「門倉いづる」
「門倉……いいぜ、わかった」

 ニヤリと笑い、

「あんたの勝負、乗ってやる」
「よかった。これで船を降りてくれるね?」
「船は降りるが、諦めないぜ。生き返る方法が一つはあったんだ、他にもあるに違いない。それを探すために、とりあえず、お前をぶっ飛ばすことにする」
「凄いガッツだな、気に入ったよ」
「余裕だな?」
「そうでもないさ……」

 いづるは手首を軽く鳴らして言う。

「“本気”は久しぶりだからね」
「ふん……おい、リコーズ! 救命艇に案内しろ!」
「いてて……ああ、なんか厄介なことになったなァ……」

 何か言い合いながら船を降りていく二人を見て、いづるがため息をつく。

「懲りないねぇ、みんな」

 それを横目にアルクは肩をすくめる。まさかここからもう一勝負とは。

(だけど、ま、いいか)




 コイツの笑った顔、久々に見たしな。




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