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再会

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◆ボルトリック

「皆さん!ご紹介しましょう!ボルトリック・マラー氏です!」

ボルトリックは壇上に上がり、500人からの拍手の雨に答えた。
この日のために新調した光沢ラメ入りのタキシード姿でビシッと決めている。
彼は咳ばらいをして、マイクを手繰り寄せた。

「私の数か月の努力、汗と涙の結晶を、今夜皆さんにお届けする事が出来てとても嬉しく思います」

今夜は上映会だった。
3作品目は、ダンジョン最下層から脱出し、悦びの湯で淫行し、甲皇軍とイザコザを起こしてから、年齢差のある男女がこれでもかとエッチしまくり、リーザーベルに打ちのめされ、SHW交易所の広場に痴態を晒して伝説となるまでのストーリーだ。
「女優を変えろ」以外のほぼすべての要望に応える結果となっていたし、編集で何度も見た映像であるにもかかわらず、ガモを呼んで通しで一緒に見た時は画面を指さして爆笑しながら何度も射精した。ガモも射精した。

自信作だった。

前2作は無料で公開中であるが、今作品から10YENの視聴チケット制を導入した。
10YENあれば、実際の性交渉まで持ち込める性サービスもある中、この「見るエロ」に対して500人が訪れたのだ。
それだけではない。今日は都合6回の上映を予定しており、前売りでチケットは完敗し、半日で36,000YENの収益をあげていた。

部屋の明かりが落ち、スクリーンに映像が流れ出す。

── ボルトリック・フィルム プレゼンツ ──

若い兵士たちは手に汗を握ったり、そうでないものを握ったりしながら、何度も「オーウ!」と声を上げた。
2時間の上映を終え、万雷の拍手、四方からの指笛、鳴りやまぬマエストロ・コールの中、未来の巨匠は映画館を退出する。
出口付近で販売している、場面場面を切り取り写真におこした1枚1YENのポストカードが飛ぶように売れていた。
ボルトリックのアイディアでジュースや軽食の館内販売をした。こちらも想像を超えた売れ行きだった。

「貴方は天才です……映像に音楽や効果音を組み合わせるその発想も素晴らしい!」

応接室に戻り、ロンズデールの歓待を受ける。
フィルムの複製には殆どコストはかからない。
映画を見るための箱さえ創れば、収益はその数に比例し、2倍3倍と膨れ上がっていく。
ミシュガルドにおける甲皇軍前線基地だけではない、甲皇国本国、そしてSHW領内にも手を広げれば……。
各地にフィルムを出荷する計画の草案をまとめ、目玉が飛び出るほどの巨額の収益が試算された。

「ただの映像ではない芸術作品であるからこそ、この値が付くのです。物語性があり、恰もそこにいるかのような視点!そして神の目で淫らで愚かな人間の様を見下ろすような構図!気分を高揚させる音楽!台詞や物音の音量にまで完璧に計算されている!この成功はボルトリックさんの編集があってこその結果です!」

朗々とした賛美と美酒に酔ったボルトリックは確信する。
ジャフ・マラーは、所詮現役中にしか名前を叫ばれない存在だ。
隠居すれば老害と陰口をたたかれ、影響力を失えばもはや誰も相手にしなくなるだろう。
このボルトリック・マラーは違う。死後100年、いや1000年経っても名前を呼ばれる存在となる。
「へぇ。あのマエストロ・ボルトリックの実兄って、SHWの大社長だったんだ?スゲーんだな、ボルトリック監督って!」
そうだ。最早奴の価値は、俺の兄である事にしかなくなるのだ。

「ウッ……」

想像してイキそうになった。

「ですが……アレで終わりではないのでしょう?」
「え?」

完璧だ、パーフェクトだ、素晴らしい……絶賛の言葉しか耳にしないと思っていた奴隷商人は、ワイングラスを傾けたまま、聞き返す。
聞き間違いか?

「……だってそうでしょう!このままでは名作ポルノ映画で終わってしまうではないですか!!!」

彼は大仰に天を扇ぐポーズで喚き出す。
いや、だから、「見るエロ」なんだってばよ。と小声で言ってしまったが、ロンズデールの耳には入っていない様子だ。
作品を侮辱された気分になり、この野郎どついたろか?と思ったが、大口のパトロンである彼を殴れるはずもない。
ぐっと堪えて笑顔を見せる。

「はっはっは。いやいやロンズデールさん。会場を見たでしょう。あの熱気を!大成功だったではないですか。今行っている二回目の上映会でも部屋を出る者がおらず、館外で空席を待つ連中と殴り合いまで始めている有様です。これ以上の何が望めますか?」
「殺してないじゃないですか!」
「は?」

ボルトリックは目を瞬かせた。

「グロが足りないのですよ!香り立つような!心を揺さぶるような「死の描写」が無い!」

彼は髪をくしゃくしゃとかき乱しながら、部屋中を歩き回り、立ち止まってグルンと首だけを回し、常軌を逸した目でボルトリックの眼窩を覗き込む。

「こうしましょう。男に女の死肉を食わせましょう」
「お……ぉ?」
「そうだ!女を殺しましょう!責め殺すのです!囚人のオーク共がいい!家畜に使う興奮剤をありったけ打ち込み!陰嚢を5倍にも10倍にも膨らませたその群れに女を放り込む!うん!いいぞ!女が死んだ後には、そうだ!あの少年にも興奮剤を打ち込み!死骸とSEXさせるのだ!そして!今生の分かれにと女の死肉を食べさせましょう!おお!素晴らしい!おお!これぞ人間!これぞ芸術だ!!!」

ズボンを貫きそうなほどにペニスを盛り上げ、唾を飛ばしながら絶叫する男を見て、ボルトリックは思った。

これはアカーン!
真性のキ〇ガイやないかーい!
「死ぬまで犯してやる!」とは儂も使う言葉だが、それは意気込み見たいなもんであって、ガチでやったらイカンでしょ!

ロンズデールの言う事に従ってしまえば、ボルトリックは「甲皇国軍人と組み、SHWの商人でありながら、SHWの女を商品にして殺した……いや、SHWの女を殺して商品にした男」として汚名を残すことになってしまう。
これは不味い。
落とし処だ!落とし処を探すのだボルトリック!彼はどっと汗をかきながら、そう自分に言い聞かせる。

「そ、そうや!アンケートや!大衆が望まなければ、まだその時期やない!ロンズデールさん、アンケート取りましょう!!ガモちゃん!ちょっと来て!ガモちゃん!!」

決めたっ!と手槌を打ったボルトリックは、急ぎガモに指示を出してアンケートコーナーを設置させる。
『今後、この作品に新展開があるとすれば、求めるものは何ですか?』
そして、その日は12時間、都合6度の上映会を終え、集まった2000枚以上のアンケート結果を集計した。
「この作品に」と言ってるのに「スズカさんのエロが見たい」みたいな意見がそこかしこにあるのはなんでやねん。

『一位:基地に連れてきて欲しい。実際に犯したい』
『二位:男に狂うまで、甲皇軍の人間が調教する』
『三位:動物とやらせるくらいに堕としめたらどうか』

「ロンズデールさん……これがその結果です。多かった要望はこちらです。殺害を望む声はありませんでした」
「そうか……これが世界の選択か……」

結果を目にしたロンズデールの手は、ワナワナと震えている。
出資を取りやめる、などと言い出されてはたまったものではない。
ボルトリックは大慌てで詭弁を弄した。

「今は大衆路線で作品を創り、映画を文化として定着させる時期なのですよ!そして市場を広げ温めてから我々の芸術作品を公開しましょう!」

うん、そうだな……と虚ろな返事を返す軍人を見て、ボルトリックは彼の乗ってきそうな言葉を唾と共に放射し続けた。

「取りまとめると、あの女を捕らえ、こちらの施設内に連行し、カメラを設置した専用の調教ルームに監禁。そこで犬やオークをけしかけたり、若い軍人さん達、そしてロンズデールさん御本人にも腕によりをかけて調教をしていただくことになりますかね!どうですかね!」

何かの言葉が彼の琴線に触れたのだろう。ロンズデースはコメカミを押さえ、肩を震わせてクツクツと笑いだした。そしてガバッと立ち上がり、ボルトリックの手を両手で握り、振り回すほどにシェイクハンドを繰り返した。

「素晴らしい!やはり貴方は天才だ!!早速撮影に取り掛かりましょう!!」
「ははは……」


変態軍人が歌を唄いながら踊るように退席した後、ボルトリックはその手を石鹸で三度洗った。


◆ミシュガルドSHW交易所 

日も高々と昇っているお昼間に私は目覚めた。
開け放しの窓から、心地よい風が流れ込んでくる。

性的な悪夢を見ていた気がする。
目覚めと同時にその内容を忘れてしまったが、全身にじっとりと汗をかいて夢イキしていた。
何だか少し熱っぽい。
鏡を見たが、泣いた跡があった。
少しむくんでる気がして、外出する気が失せていく。
暫くゴロゴロしていたが、それでも今この瞬間にもケーゴ達が顔を出すかもしれないと思い起き上がり、体を拭き、着替え、髪を梳かした。

浴場に行かねば。
そうだ、武器防具を新調しないといけない。マジックアイテムショップも覗きに行こう。
皆と固定パーティーを組む……のは厳しくとも、半固定パーティーを組みたい。そう思っていたので、メンバーに比肩する力を求めるのは自然な事であった。
魔法の武器防具であれば、単純に戦力を向上させられる。「フォーゲンが10、ガザミが8で、ガモが7。私は5」などと言われたままでは居られない。
私が強ければ、もっと楽に事が進んだ出来事が沢山あったのだ。

部屋を出て一階へ向かう。
途中で何時もより騒々しいのを感じて、段下を覗き込んだ。そこには馬鹿騒ぎをしている甲皇軍人の姿があった。
身体が震えた。
魂に覚え込まされた恐怖みたいな何かが、無意識下で自分を縛っていた。
思わず階段を数段登り戻って身を隠す。ドキドキと心臓が鼓動する。
そっと数段降りて、彼らの顔をちゃんと見て、「温泉に居た奴等でない事」を確認して、またサッと身を隠す。
一度部屋に戻ってたっぷり小一時間は躊躇した後、再び一階へ向かう。奴等が変わらず騒いでいる。
ん?騒ぎ方が変だ。

「な、なんだよー。やめろよー」
「俺達がなにをしたんだよー」
「な、殴らないでくれよぅ」

あの3馬鹿猫兄弟の弱々しい声がする。
見れば、6人の軍人が裸の彼らを囲み、土下座させ、小突いたり蹴飛ばしたり、細かな暴力を繰り返していた。
他の冒険者たちは、見て見ぬふりをしている。
首を突っ込めば、何をされるかわからない。当然といえば当然だ。
でも、私はそんなのイヤだった。
ここでコイツらに怯んで、どうしてケーゴ達に「また一緒に冒険しようよ!」と言えるのか。
堂々と胸を張って生きれる自分であるからこそ、大好きな仲間達とパーティーを組み、その生命を預かることが出来るのだ。
「やめなさい!」と声を出して静止しようとして、考えた。
相手は6人。こっちはイコ、リャコ、サコ、と私で4人。
奇襲で1匹数を減らせば、ほぼ互角となる。そして拮抗してさえいれば、誰かが加勢してくれるだろう。
騒動になれば、ダンディやヒザーニヤ、ケーゴ達が来てくれるかもしれない。

私は椅子を掴んで、彼らの背後に立った。
一番強そうな男の肩を突く。

「あ!?」

ムカつく顔をして振り返った彼の頬に人差し指が「ぶにっ」と刺さり、私はニッコリと彼に微笑む。
ゴリラの亜人かなにかに見える彼は私を見るなり「あ!」と声を上げた。

「SHW交易所でずいぶんっとデカイ顔してるじゃない!」

その頭に思いっきり椅子の背を叩きつけた。
木製の椅子はその硬い頭で粉々に砕け散る!
「ぐあ!」と呻いて頭を押さえた彼のがら空きの脇腹にフックパンチを入れ、ぐらりと下がった右側頭部に肘打ち。そして金的を蹴り上げた。
「いやん!」と叫んで男は崩れる。

「お、お前は!」
「甲皇国の馬鹿は迷惑だから交易所に顔出さないでくれる?」

パッパと手を叩いて、木屑を払い、軍人達を睨みつけた。
人数不利だけど、ここは私達のホーム。そして今は挟撃の形でもある。
全裸の3馬鹿が目を輝かせて立ち上がる。早くズボン履きなさい。

「た、助かったぜ痴女!後は頼んだ!」
「痴女頼んだ!」
「痴女!」

私の脇を通り過ぎるようにして、彼らは虎なのに脱兎していった。

「……え?」

唖然として彼ら見送る。

「おい」

肩を叩かれて視線を戻せば、すっごく人相の悪いチンピラ5人が、めっちゃ顔を寄せてきていた。

「よくもやってくれたなぁ?あああん?!」
「ええええ!?」

戦況は5対1になっていた。
髪を掴まれ引っ張られる。いたた、と身を捩っていた処に、お尻をうんっと強めに蹴飛ばされた。

「このっ!」

バックキックするけど当たらない。そのまま軸足の太腿を蹴られる。

「いたっ!」

そして顔を平手で殴られ、私はその髪を掴む腕にすがりつき、噛み付く。
悲鳴を上げて髪を放した相手に、体当たり。よろけた相手の顔面にストレートを叩き込んで、ひっくり返った相手のちんちんを思いっきり踏みつけた。
「ぎゃん!」と叫んで2人目が沈黙する。あと4人!
あ、3人しか居ない……と思っていたら、横から思いっきり殴られた。テーブルに叩きつけられるように吹き飛ぶ。
視界が定まる前に、奴等のブーツがお腹にめり込んだ。

「おうっ!?」

お腹を抑えてしまい、守るのを忘れた顔に、また男の拳が飛んできて、ガツンと音がする。血の味が口いっぱいに広がった。
もう一度髪を掴まれ引き寄せられた。私は血を流している口元を押さえながら、彼らの目を見る。
その目つきが気に入らなかったのだろう、ビンタが3発飛んでくる。

「うぅ……!」

まだ屈してなるものか!私は相手の顔をバリッと引っ掻いた。怯んだ相手を突き飛ばして距離を取り、壁際に逃げる。
ぐいっと血を拭って、まだまだ抵抗してやると気迫のファイティングポーズを取った。
私の気勢に怯んでくれればいいのだが、相手は怯むどころか、「女に抵抗された」と怒りの形相だ。
ちょっとだけ腰が引ける。しかし、自分のためにも睨み返す。
ここで彼らに打ち勝てたなら、きっと悪夢も見なくなるに違いない。
軍服を見て、身体が芯から怯え震えるようなこともなくなる。
残り4人。いけるいける!

「やめろよ!」

脇から声がした。子供の声。
フリオだ。
周囲の大人が見て見ぬふりをする中で、子供の彼だけが怒鳴り声を上げてくれた。
彼は私を睨む男の足元に、不用意に寄っていく。

「ダメっ!!」

声を上げるのと、彼が蹴飛ばされるのは同時だった。
思わず私が悲鳴を上げたほどの容赦ない蹴りを受けて、フリオは「ぎゃ!」と叫んで蹲ってしまった。
怒り心頭となってソイツに掴みかかろうとするも、残りの二人に組み付かれ阻まれてしまう。
顔に引っかき傷をつけた男は横腹を抑えて呻くフリオの首を持つようにして持ち上げて、その怯えた顔を殴るポーズをして見せた。

「オイ。コイツを許してほしいか?ああ?」
「ゆ、許してあげて……」
「ったく。ムカつく抵抗しやがって」

顔傷男はフリオを仲間に持たせて、私の頬をぺしぺしと叩いた。

「冒険者とかやってる頭の緩い女じゃわかんねーかもしれないけどよ。男に許して貰おうと思ったらどうすんだよ?」

やっぱりこうなるのか。
あんな3馬鹿見捨てればよかったと心底後悔したが、自分のためにやった喧嘩であることも忘れてはいなかった。
私はチュニックの背紐を解いて胸元を緩め、乳房を出す準備をして、軍人4人の顔を見る。
勝利を確信しているからか、怒りの形相ではない。いやらしーい顔をして笑っている。

「子供に見せるのはダメだから。フリオは放して」
「このガキを痛めつけるか。それともお前が俺達の機嫌を取るかの2つに1つだと言ったはずだが」

譲歩を引き出せるかと思ったが、彼らは意地悪く笑った。
彼らの、そして酒場の皆の前で、乳房を露出する。
フリオはギュッと目を瞑って震えていた。正義に燃える男子に、心の中で「ごめんね」と謝った。
軍人が茶化すような口笛を吹く。

「うはっ。馬鹿だコイツ」
「おっぱいチャレンジw」
「オイオイ。俺達は乳を見せろだなんて、一言も言ってねーぞ?」

声を合わせて笑い、一人が乳首を摘んでグリグリと弄ってきた。
ビクンと乳房を揺らして感じてしまい、屈辱に目を伏せ、唇を噛む。
酒場中から視線が集中して、羞恥に乳首が勃起する。
ばかっ。喧嘩は見て見ぬフリをする癖に、こんな時はコッチを見ている。笑ってるやつまで居て、腹が立つ。
甲皇軍の奴等より、そんな奴らの方がよっぽど悪質だ。
あーあ。最悪だ。
泣かされたくはないが、涙が滲む。

「よし。じゃあ全部脱げ。そして自分で──」

そこまで言いかけた顔傷男の頭が爆発して、変顔をしながら膝から折れていく。
ゴンっと頭を打ちながら倒れた男の向こう側には、魔法剣を片手に立つトレジャーハンターの姿があった。

「ケーゴ……!?」

それがどんなに嬉しかったか。
寂しい寂しいと探していた彼が、ピンチの時に颯爽と現れ、助けてくれたのだ。
ちょっとコレ夢じゃない?

「やっぱりお前らかよ……」

ケーゴは担いでいた荷物を足元に落とし、ドンっと一歩を踏み出した。

「お、お前。このガキがどうなっても──ヒッ?」

ケーゴに威圧されてフリオを盾にした情けない男の喉元には、いつの間にか背後から短剣が押し当てられている。
彼はフリオをそっと下ろしてから、両手を上げた。

「フン。ガキなぞどうでもいいが……」
「ガモ……」

未だ短剣を突き付け続けているガモの後ろには、ホワイト・ハットを背負ったフォーゲン。そしてガザミもいるー!?
ええー!?なんかこれって「偶然」ではない感じがする。
っていうかカッコ悪い所を見られた。今更ながらに恥じらう。

「くそっ!仲間か……!」

1人が逃げようと動き出す。
ちなみにおっぱいに触っていた奴は、今私がガッチリ掴んで離さない。
逃走を目論んだ男は、フォーゲンとガザミのどちらを抜くか悩んだ末に、ガザミの方へ向かう。

「どけ!魚臭い亜人の雌が!!」

ガザミは繰り出されたブサイクな蹴りを躱し、棍棒のような腕を振り回して、相手の首を刈り取るラリアットをきめた。
その場で回転した軍人は腹から床に落ちて「へぶっ」と声を上げ、彼自身が魚になったかのようにその場で泡を吹き、ピチピチと痙攣して、白目を剥いて失禁した。

「魚臭いって言うな。魚臭いって」

ガザミは腕をグルグル回して肩関節をほぐしながら、気を失った男の頭を雑に蹴とばす。
それを見ていた最後の1人は顔面蒼白となって、ガザミ、フォーゲン、ガモ、ケーゴの順に視線を巡らし、最後に私を見た。

「は、はなせ!放せ!」

必至の形相で、放せと叫ぶ割には何故かおっぱいを揉み続けてる男の手をガッチリと掴む。
その後ろに、皆が集結する。

「ひぃ!す、すいません!」
「フッ……冒険者に許してもらおうと思ったらどうすればいいのか……馬鹿なお前にもわかるか?」

フォーゲンの一言で、その男はスパッと脱衣した。
まったく許す気にはならない。
私は彼を逆さにして梁に吊るす。
酒場の中央付近に逆さにぶら下がる全裸甲皇軍人のオブジェが6つ並ぶ事になり、ガザミは彼等の衣服から金目の物を全て没収した。

「あーら。しばらく見ない間にス・テ・キな酒場になってるじゃないのぉ!」

裸の男に誘われて、カマオ=ドールが来店する。
カメオドールではない。カマオ=ドール。自称アルフヘイム癒しの妖精である。
人気の男娼であるとか、踊り子であるとか(?)で、時にこの酒場にもやってくるのだが、彼は筋金入りの女嫌いであり、私と接点はない。

「まあ……イ・イ・オ・ト・コ」

彼は一匹ずつちんちんをつついて回る。「ど・れ・に・し・よ・う・か・な」のノリだ。
軍人達からこの世の終焉を思わせる悲鳴が上がる。
カマオが何を始めるかは「分からない」が、ケーゴもフォーゲンもガモも、顔を青ざめさせたまま視線を外し続けていた。

私は着衣を整え、フリオにお礼を言って、蹴られた所を見せてもらおうとするが、こんなの全然平気だい!と胸を張った男の子は元気に走り去っていった。
彼を見送った後で、皆を振り返る。
ケーゴはちょっぴり日焼けして、なんだか大人びた顔をしていた。見れば、彼の後ろには酒場のマスターが言ったような3人の娘が……!
「こんにちは」と彼女たちに挨拶する。
大人しそうなエルフの子は素直にコクリと頷いたものの、おでこの広い子は軍人のちんちんを食い入るように見ていて挨拶に気付いてない。もう1人のエルフの娘は挨拶もそこそこ、値踏みの視線を向けてきた。その目は「まあ!こんな公の場でおっぱいとか出して恥ずかしくないんですか!私なら死んでしまいますぅ。でも人間の女なんてそんなものよね。駄目よメルル。蔑むよりも憐れんであげなくちゃ」と書いてあった。っていうかブツブツと口に出して呟いていた。
物凄く個性的な子達のようだ。
ケーゴの趣味って……。

「俺、ねーちゃん達と話があるから、ここで解散な!またな!」

リーダーのケーゴが冒険終了を宣言して、娘達は換金に走ったり、食事の注文に向かったりと思い思いに動き始める。
おでこの広い子は、「ケーゴ!儲け話あったらまた絶対呼べよ!」とか言いながら靴磨きセットを手にセカセカと表に出て行った。

「お前な……あんなのに好きにやられて情けねーぞ?」

ガザミが、カマオに何か凄い事をされて叫び声をあげている軍人の方を見ながら呆れたように私に言う。面目丸つぶれで、グウの音も出ない。
ガモが鼻で笑って私をなじる。

「分を辨えろ……お前など、ただの女に過ぎん。武装もせずに男に喧嘩を売るな」

ガザミ&ガモ夫妻のコンビネーションアタックに「うう……」と怯む。

「フッ……だがまあ、ギリギリ間に合った……と言ったところか」

フォーゲンはカッコつけながらも緩んでる胸元をめっちゃ見ていた。

「フォーゲンさんは、虎人達が逃げていく前から見ていたんですけどね……」

ホワイト・ハットの告発。
それは聞き捨てならない……。
じろりと彼を睨むと、剣士はサッと視線を泳がせた。
そして、ケーゴ。
やっぱり、逞しくなっている気がする。
さっき甲皇国の奴等に一撃食らわせたときも、虚勢ではなく、堂々と、そして感情的にならず静かに威圧していた。
「士別れて三日なれば刮目して相待すべし(男子三日会わざれば刮目して見よ )」そんな言葉を思い出す。

皆でテーブルを囲む。
あの事件から半月の今日、全員が顔を合わせたのは、偶然ではなかった。
私が回復するのに2週間程度は要する、それを見越して「じゃあ15日目に再集結しよう」とケーゴが皆に持ちかけたらしい。
私は目を丸くし、皆は顔を見合わせて意味ありげに目配せしていた。


◆回想

診療所外でケーゴは皆を振り返る。

「ねーちゃんさ……甲皇軍の奴等に、目を付けられてるんじゃないかと思うんだ」

甲皇軍が組織的に一人の女冒険者に目を付ける?
本人が言い出したのなら、まず間違いなく被害妄想が強く、自意識過剰であると言われただろう。

「オイオイっ。それは流石にないだろう。まあ、パッと見て目立つ奴だが……酒場でよく甲皇軍の連中と揉めたりしているが……運悪く偶然絡まれただけさ」

ガザミはうーんと考え込む。
ガモは表情を険しくし、何かモゴモゴと言葉を漏らして、直ぐに口を噤んだ。
フォーゲンとホワイト・ハットは特に何も意見が無いのだろう、二人でぴょんぴょんしている。

「温泉宿の時さ、皆は気付いていなかったけど、廊下で奴等とすれ違ってるんだ。その時から、ねーちゃんを見てたんだよ。全員が。指さして何か言いながら」
「フッ……そうだったな」

その時、窓の外の裸にを夢中になっていたフォーゲンだったが、視野を広く保ち、彼らに気付いていたらしい。敢えて無視する事で争いを避けたのだろう。
「え?そうなの?」とか言ってるガモはガチでお外の裸に夢中だったようだ

「そして、師匠とも見たんだ。俺たちの貸しきってた温泉前まで来てねーちゃんを虐めていた。そして、昨日の夜だ……」
「でもそれも、その温泉前の廊下での喧嘩があって恨みを買っていたからだろう?」

ガザミの返す意見は一々最もである。
それだけであんな大人数で攻め込んでくるだろうか?と返そうとしたが、プライドの高い甲皇国軍人ならやりかねない。
ケーゴも自分の勘に自信がなくなってくる。

「……アイツだって言ってたじゃないか「また合うぜ」って」

そう。それを聞いて、ただの負け犬の遠吠えではないと感じた時、ケーゴはシャーロットがまた狙われるのではないかと予感したのだ。
あの男は、それを遠回しに教えてくれたんじゃないかと思ったのだ。
ガザミはやはりにわかに信じがたい、と腕を組む。しかし、馬鹿な話だと終わりにすることはしなかった。

「……だとしたら、ケーゴはどうしたいんだ?」

そこである。
甲皇軍の手から女戦士を守りたい……のであるが、如何すればいいか、考えはまとまっていなかった。

「だから、もう少し一緒に居ないか?……俺だけじゃ守れないから……皆、頼む!ガザミやガモやホワイト・ハットや師匠の力が必要なんだ。皆が一緒にいれば、甲皇軍の奴らが何をしてきてもきっと大丈夫だし、酷い目に会ったねーちゃんも安心する」

ケーゴは仲間達に頭を下げた。
雑な計画だ。いつまで一緒にいるのか?さえも明確に出来ていない。

「……まあ、慌てて次の仕事を取る事もないしな。ケーゴの顔を立ててやるか」
「フン……」
「僕は母乳さえ飲めるならなんでもいいです……」
「フッ……サブリーダーの言う事に従おう」

ケーゴは彼らの返事に顔を輝かせた。
ガザミはその肩を掴んで引き寄せてから囁く。

「で。なんでお前が「シャーロットを守るのに力を貸してくれ!」なーんて言うんだ?」
「えっ……」
「フンッ。襲撃を受けた時、なぜ一緒にいたのだ……?」
「ヴぇ……」

ケーゴは真っ赤になりながら「だって仲間だし!」「俺は男だし!」等々喚き、大いに慌てた彼を、ガモ&ガザミ夫妻はワカッタワカッタ、ヨークワカッタと茶化す。

「と、兎に角!ねーちゃんが回復するまで、2週間位かかるだろうから、15日後に酒場に集まろう」
「それまでは自由にさせてもらうぜ?たんまり稼いだんだから遊ばないとな!」
「15日間、僕も休ませてもらいます……」
「俺は約束は出来んぞ。ボルトリックさんとの仕事があるからな」
「フッ……」


◆ミシュガルドSHW交易所 酒場

カマオが一人、また一人と軍人を連れ去っていき、気が付けば彼らの姿は無くなっていた。
私は再集結した仲間に夕餉を奢る。
助けてもらったお礼と、再会を祝して、派手にドカンと宴を催した。
周りの冒険者達が羨まし気に見つめる中、店先にある酒樽に住んでいる(?)ヒュドールを中まで運び入れて、皆で唄った。
ケーゴと面識のある薬売りの二人組アルド&ロイカが「やや!」と言いながらやってくる。

「はい。これが二日酔い防止の薬で、こっちが胃薬で、そうそう。こっちが強壮薬ね」
「ちょ、馬鹿。声が大きい……3回分な」
「フン。出来が良ければ知り合いの商人に口を利いてやろう」
「フッ……お試し価格で頼む」

ケーゴとガモとフォーゲンは怪しげな薬を買っていた。
空の皿を積み上げ、ガザミの好みの酒の在庫がなくなった頃、バカ騒ぎは終宴となる。

「と、言うわけだからリーダー。早いとこ仕事とってきてくれよな」
「まかしといて!」

皆に私の部屋はここ二階の一番端っこである事を伝えて、その晩は解散した。

そして、ケーゴと共に二階へとやってきた。
二人っきりになれば、ケーゴはすぐ私に触れてきて、私も彼に身を任せた。
あっという間に裸に剥かれてしまった私は、数週間前の温泉宿での秘め事が夢ではなかったと確かめるように彼と肌を重ね、明け方近くまで絡み合い、その後はケーゴの新たな冒険の話を聞いた。

「……そこには真っ黒な大型の鳥かコウモリみたいなのが沢山いて……スゲーヤバい雰囲気だった。深い谷の向こうに塔のような何かが見たけど……パーティーの戦力を考えて、撤退を決めたんだ。そうだ、今度皆で……」


私は疲れと安心感から、深い眠りに落ちていった。

25

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