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夢幻の最強剣士

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◆ボルトリックの迷宮 B2F 中央広間

ガザミは私達とモンスターとの間に立っていた。
その場から動こうともせず、真っ直ぐ敵に向かって踏み込んで、まともに全てのモンスターと対峙する。

掴みかかり噛み付く。
その腕でひっかく。
カーパーの基本的な攻撃手段は、原始的な人間の戦闘のソレだ。
加えて、長い舌を鞭のようにして攻撃してくる。

3匹のカーパーはガザミの右腕と両足にしがみつき、噛み付いた。
外骨格には骨膜がない。だから痛みは感じない。しかし、女戦士の顔が苦痛にゆがむ。
さながら地獄の亡者に群がられた生者が精気を吸われていくかの様だ。

ロードが舌を一閃し、取り付いた3匹もろともにガザミを吹き飛ばす。

痛烈。なぎ倒された女戦士は、バウンドする程に床に叩きつけられた。
左腕でガードしたように見えたが……。

「ぐは……!」

鞭というより、尾による強力な打撃に近い。
まともに喰らえば、内臓に深刻なダメージを負うだろう。
しかも、予備動作が見えない。

「ぼにゅ……ぶ!」

ガザミを襲った舌はそのまま2連撃に動き、ホワイト・ハットに火が出る程のビンタを見舞う。
連撃故に、ガザミを襲った威力に比べれば極々僅かなものだろう。こちらはまさに鞭の一撃。
哀れな魔法少年の小さな身体は反対の壁際まで飛んでいき、主を見失った魔導帽子が、その場にポトリと落ちる。

急ぎ毛布を体に巻き付け、簡易ドレスとする。
戦斧を手に構える。コンディションは最悪だけど、切り替えるしか無い。
そうでなければガザミが死ぬ。

ガザミはよろよろと立ち上がって中指を魔物に立てていた。

「ハッ……ぜんぜん効かないねぇ!」

腹部が赤黒く腫れ、口からは血を吐いている。
周囲の3匹も起き上がってきた。

カーパー・ロードはじわじわとパーティーに迫る。

「うわああああああ!」

ケーゴが叫び声を上げる。
まだ戦闘準備にはいってもいなければ、身構えもしていない。
気持ちの切り替えが出来ていないのだ。
急な状況の変化に対応できない──経験の浅さをモロに露呈していた。

「はああああああああああっ!!!!」

ケーゴの悲鳴より大きく気を吐く。
ロードの注意がこちらに向いた。

「かかってきなさい!」

尚も挑発する。

クンクンと鼻を動かし、おそらくは私との間合いを掴んだロードがニタリと笑い、クローによる攻撃を仕掛けてくる。
腕を叩きつけるような、大振りの打ち下ろし攻撃。
ズバァン!と音がして、魔物の手の形に床が凹む。縦横に亀裂が走る。
地中を自在に潜行する腕力と爪が生み出す破壊力。
それは先の舌での打撃の比ではない。

しかし、リーチも長く、大きく荒々しい故につけ入る隙も大きい!
地面にめり込んだモンスターの手の甲めがけて、戦斧が唸る。
人で言うところの中手骨が砕ける手応え!
モンスターの呻き声がダンジョンを揺らす。

「手の甲ってね。筋肉ほとんどなくて鍛えられないって、知ってた?」

戦い方はわかった。まずは回避に集中し、空振った後の隙を突く。
痛みに怒ったロードは、反対側の腕を振り回してくる。
毛布のドレスは、動きにくく、そして防御力も望めない。
大振りな攻撃とは言え、立ち位置を間違えたら一発アウトだ。

「こっちこっち!!」

倒れているフォーゲンや、まだ体制を整え終わっていないケーゴから引き離そうと(ガモはどうでもいい)、挑発しながら飛び退る。

ガザミはあんな一撃じゃ戦闘不能にはならない。
3匹のカーパー相手にしても、負けないだろう。
私はコイツに集中する!

「焦るな!!」

ガザミにも、ケーゴにも向けた言葉。
猛り狂うロードの攻撃を躱す。躱す。また躱す。
敵のパターンが見えてくる。

つまり、コイツは一撃が重たいが、攻撃は単調であり、またそれ故に仲間を取り憑かせてから攻撃するという、集団戦法を取っていたのだ。

また一撃を躱す。ほぼ予測どおり!
単細胞故に、腕の間合いにいれば舌を使ってこない。
次の攻撃を誘った後で一撃を食らわせようと攻めっ気をだした。
運悪く、最悪のタイミングで攻撃力を奪ったと思っていた方の腕を振り回された。

「あ」

と思ったときには、もうどうにもならないタイミングだった。
衝撃を逃がすために身をよじろうとも、斧で受けようとも。
パーティーメンバーの誰しもが顔を背ける程に酷たらしい半身の潰れ千切れた遺体となって、そこに身を晒す未来が見える。

いえ、一つだけ道がある。

迎撃。

避けられないのなら、その腕めがけて斧を振る。
腰の入った一撃は無理でも、手傷を負わす。
少しは相殺できるかもしれない。
流石に生存は望めないだろう。

ちよっとは綺麗な遺体になるといいな。

手傷を追わせたおかげで、パーティーが勝利してくれるかもしれない。
ローパーの時みたいに。

「あ、おい!馬鹿!!」

ガサミの声だ。ピンチにすぐ声が飛ぶのは、なんだかんだ私の方を注視していた証拠だ。
周りをよく見ている。本人はリーダーの資質は無い、団体行動は苦手だ、とかなんとか言うけど、きっと皆を纏めて地上に帰還してくれるだろう。

腰も使わず、手先で振っただけの斧が、ロードの腕を切断し、天井まで吹き飛ばした。
魔物が絶叫する。

「はれ??」

この土壇場で、剣聖の如き脱力の奥義を開眼したのか。

そうではない。

すぐ隣に身の丈ほどもある長刀を構えた、よく知っているがまるで知らない男が立っていた。
ビッ!と刀を振るい、魔物の返り血と脂を払う。
赤のコートが翻る。
漆黒の長髪がなびく。

「フッ……いざ参る……」






◆カーパー・ロード戦

右腕を失ったロードは、舌による攻撃を繰り出してきた。
空間を斬るほどに凄まじい音速を超えた鞭打。
しかし、フォーゲンには当たらない。
彼は、魔物の打ち気を感じ取り、間合いを完璧に把握して敵の攻撃を外させていたのだ。
その所為で魔物の攻撃の精度が著しく悪いようにしか見えない。

圧巻だった。
眼にしたこともない歩法に体捌き、重心のあり方、戦闘技術。
武術なるものが発達している地方があり、流派なるものがあり。奥義なるものがある。
そう聞いたことがあるけれど、これがソレなのか。

残った腕による攻撃を誘う位置で止まり、納刀する漆黒の剣士。
ロードは、重心が不安定となった身体である事を忘れ、そのまま腕に振り回されるような、超大振りの打撃を繰り出す。
自らの拳が砕けるほどに渾身の力で左腕を叩きつけ、衝撃で爆散する床石の破片を、肌を斬る弾丸と成さす程の破壊力を生む。

私が死を予感した一撃よりもはるか上位の迫力。

そんな一撃を前にして、フォーゲンは恐れることなく半歩前進し、ロードの体と腕の間に身を滑り込ませていた。
その間合いは、彼の長刀を振るうには近すぎる。
対して魔物は噛みつき攻撃に移行しつつある。
剣士が愛刀の柄を握った。

左薙ぎ一閃──。

牙を剥いた魔物の口が、フォーゲンの首筋10センチ手前でピタリと停まる。

「フッ……まあ三ツ胴……と言った処か……」

シュッと刀身を拭い、静かに納刀する。

括れた腰部から両断された上半身が床に血を撒き散らしながら落ち、その後下半身が前のめりに倒れた。
希代の剣士は悠然と歩き出す。

「……音もなく、臭いもなく、知名もなく、勇名もなし、その功天地造化の如し……」
「スゲェ……やったのか……?」
「うそでしょ……」

唖然とするケーゴ。
私も眼にした全てに現実味を感じられず、暫し惚けてしまう。

「そうだ!ガザミ!」

見れば、ガザミは噛み付こうとしてきた最後の一匹の顎を抑え、腕力で頚椎を捩じ切る所だった。
魔物がジタバタと藻掻き……グゲ!と呻いて息絶える。その光景に思わず目を背けた。

「ハンッ……見たかコノヤロウ……」

原始的な戦い。眼には眼を、歯には歯を。
既に足元に倒れている1匹は頭部を踏み砕かれており、もう1匹は気道を噛み潰され絶命していた。
肩で息をし、軽く咳き込むガザミに駆け寄り、拒絶を無視して強引に肩を貸す。
そのまま全員で部屋の隅にぽつねんと倒れているホワイト・ハットの様子を見に行く。

頬が倍ほどにも膨れ上がり、鼻血を流し、目を回している。
あの勢いでは首も痛めているに違いない。
……が、命に別状はなさそうだ。

「ほら、起きて」

足で柔らかいお腹を踏み、ゆさゆさと揺する。
魔法少年はスゥ……と目を開く。

「我を……本気にさせたな……下等生物が……」

ゆらりと立ち上がったホワイト・ハットはキャラがブレにブレていた。

「我が無限の魔力で貴様らに神罰を下す。物言わぬ石と成り果て、世界が終わるその時まで己の不幸を呪うがいい……!」

片手で顔を覆い、ブワッ!とマントを舞い上がらせ、広間中央を指差すが、そこには4匹のモンスターの遺骸しか無い。
皆は静かに次のセリフを待つ。

「……あ、やっぱり母乳がないとダメ……」

魔法っ子は頬を抑えてナヨナヨとその場に座り込んだ。

「拙者も……眠い……」

フォーゲンが眠気を宣言。その場にドッカリと腰を下ろし、グゥグゥと豪快に鼾をかき始める。
なんとも自由なパーティである。

「ガザミの治療もあるし、今日はココまでかな?」

ケーゴと顔を見合わせ、頷きあう。
先程のような予期せぬ襲撃がある可能性も考慮しつつ、この場でキャンプを続けることにした。



◆フォーゲン

テントの向こう。革一枚を隔てて男女が吐息を絡めあっている。
女はまさにメス豚と言っても過言ではないけしからん身体をしており、男はまだ少年と言っても過言ではない細身の身体つきをしている。
意外にも、積極的なのは少年の方だ。
うむ。熱がこもってさぞ暑かろう。
俺は小柄(こづか)で壁革を少々切り裂き、通気性を向上させてやると中を覗き込む。

「……小柄を貸してください……」

道中から気の合う魔法少年がねだって来たので快く貸与する。
小柄は少年の手から亜人女戦士の手に渡った。
テントに3つの穴が開く。
いや、俺が来る前からテントに張り付いている鼻息荒いハーフオークが居るから、4つか。

皆、無言で男女を見守る。応援する。熱き魂の絆に、思わず下半身も熱くなる。
そしていつしか、無言で居ることを止めた。

「おーやるね~。うはっ!あの馬鹿!子供相手にやられ過ぎだろ(ウヒョヒョ」

ガザミは完全にオッサンと化し。

「……僕は尻よりも胸派なんです……」

ホワイト・ハットが自分語りを挟む。

「……………フッ……………」

会話も忘れて1人だけ見入ってるのもアレなので、適当に相槌を混ぜ込む。

「たはーっ。見てるこっちが恥ずかしくなるわ。おーおー!おっぴろげちまって。子供にソレやるかぁ~?」

「……僕、思うんですよ。良く「すったもんだの末に~」って言うじゃないですか。アレは絶対におっぱいと関連が深い言い回しだと……」

「……………フッ……………」

「うっわ。オイオイオイ、マジか。あーあーヤッちゃうねぇ!コレは!ヤッちゃうねぇ!」

「……そこの下をくぐって吸いにいっても大丈夫な雰囲気すらありますよね……僕、行ってこようかな……」

「……………フッ……………」

眼の前で女体と戦っている少年は、いうなれば「同志」だ。
そう。彼とは未だ「新雪の野」を持つ者同士の共感と連帯があった。間違いない。
きっとどこかで逃げ出すだろうと確信していた。
免許皆伝には達しないだろうと自信をもって300YENもの大金を賭けた。
だが……禁が破られようとしている……。
ケーゴは、婬婦の前でズボンを脱ぎ、男子の魂を晒した。
コイツ……飛んだ……!

「……バカな……」

こうもあっさり出し抜かれるとは!!
ガザミは生唾を飲み込み、オッサントークを忘れて食い入るように見ている。

「……おっぱいへの愛撫が足りないとは、思いませんか……?」

魔法少年の問いかけに答えるものは居ない。
このままでは……彼は同志ではなくなってしまう!
言葉にならない焦りが湧き上がる。
乱入して邪魔するか!魔法少年が言うようにいっそ交じるか!
なんか知らんがあの女なら俺でもヤレる気が──。

ズゴんッ!!

後頭部に稲妻が落ちたかのような衝撃。

なん……だと……?

俺は深い深い暗闇へと落下した。

……この感覚……そうだ、子供の頃……山で……。



「フォーゲン!フォーゲンってば!」

体を強めに揺すられ続け、覚醒する。
ん……?俺は寝ていたのか。
見れば、メス豚……いや、パーティーリーダーの髪の長い女が顔を覗き込んできていた。
近い近い近い近い近い。

「フッ………?」

ここは、床に大穴が空いていたり、魔物の死骸(うお!?何だアレ。デカッ)が隅に折り重なってたりするが、休憩をとっていたあの広間で間違いない。
後頭部にズキンと痛みが走る。
そうだ、すっかり思い出した。
この婬婦と同志のチョメチョメを覗いていたら、後ろから何者かに殴られ、意識を失っていたのだ。
当然この女は下手人ではない。
亜人女や魔法少年は共に覗いていた側であり、俺を殴る理由がない。
では一体誰が……?

「フォーゲン……?」

顔を覗き込んくる女から目を離す。なぜか自分に対する彼女の警戒心が緩くなっている。
パーソナルスペースが狭い。
これは……あの少年とヤった事による心の余裕か何かか……!?

「フッ……まあよかったではないか……??」
「それが、良くないのよ。ガザミは思ったよりも重症だし、ホワイト・ハットも怪しい。今皆で相談してて、私はここで一度戻ろうって意見なんだけど、どう?」

なんだ?
頼りにされている……?
もしや今度は俺の貞操が狙われている?
……ああそうか、ガザミがリタイアとなれば、年齢的にも職業的にもサブリーダーは俺と言うことか。
パーティーで最も腕の立つ女戦士が戦えないのであれば、当然後退すべきだろう。

「フッ……まあそれもよかろう……?」
「でも、ケーゴもガザミも、フォーゲンがいれば何とかなるんじゃないか~って言ってるから。フォーゲンからも撤退を勧めてくれない?」

「え?なんで?」

思わす素面になる。
なんだ?俺がいたら何がどうなると?
今まで楽をした分だけ、前衛最前列で苦しんでもらおうとか……イヤだー!!

「え?」
「あ、いや……フッ。俺の意見などどうでも良い。リーダーが決めたことに従うのは道理よ……」
「取り敢えず、来るだけ来て」

リーダー女は俺の腕に腕を絡め、おっぱいを押し付け密着させて共に歩き出そうとする。
やはり違う!!
先程までの距離感ではない!!
俺は狙われている!!

緊張のあまり手足を同時に動かし、メンバーが囲んでいる焚き火へ向かった。

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