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津田恒美(広島)の再来

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津田恒美(広島)の再来

 父さんが初めて連れて行ってくれた球場で僕は奇跡を目にした。九回裏一点リードでマウンドに立った彼は、たったストレート九球ですべてを終わらせた。火の玉ストレート。そう比喩される球は僕の心にも火をつけた。それからというもの野球に打ち込んだ。甲子園に行ける二つ前の試合で僕の青春は燃え尽きてしまったけれど、後悔はなかった。
 「お疲れさまでした」
そう言われて花束を受け取ったときに初めて、僕はもう仕事をしないんだと実感した。「これからのみんなの活躍を期待しているよ」と口にしながら、これから先のことを何も考えていない自分に気づいた。
 家に帰って仏間の妻に報告した後スマホを開く。息子からお祝いのメッセージが来ていた。週末そっちに行くから父さんの定年退職祝いをしよう、と。定年退職はめでたい。今までは何の疑いもなく数多の諸先輩方を盛大に送り出してきたが、いざ自分がその身になるとよく分からなくなってしまった。「これからは自分のために時間を使ってください」と部下が言っていたが、今までの時間は自分のためではなかったのだろうか。とりあえず考えるのにも疲れた僕は、缶ビールを半分飲むとその日は眠った。
 家に引きこもっているのは良くないだろうと思い、河川敷を歩いた。途中、少年野球のチームが練習をしていた。もう春休みなのだろうか。腰を下ろす。小学生の頃は、自分は三十二歳で死ぬのだとばかり思っていた。けれど先にいなくなったのは妻の方だった。あの時、代わってやれたならどうだったろうか。ただ、妻一人で子供を育てるのも大変だから、二人で死ねればよかったのだろうか。そんなことを考えていたら、マウンドが少し騒がしい。どうやらピッチャーが監督に怒られているようだ。遠くでよくわからないが、カーブを投げてはいけない決まりらしい。僕が子どもの頃は、ストレートがすべてだった。大人になるにつれて少しずつ変化球を覚えていく。そして、いつの間にかストレートを投げるのが怖くなっていく。あんなに投げたかったストレートが怖くなってしまう。やりたかったはずなのに、ただただ怖くなっていってしまう。
 週末。息子だけが来るのかと思っていたら、義娘も孫も一緒に家族三人でやってきた。
「おめでとうございます」
たどたどしく孫が言う。ありがとう、と返す僕と目が合うと、義娘の後ろに隠れた。
 夕食は息子が買ってきた肉ですき焼きをした。腹一杯になるまで肉を食えなくなったな、と少し寂しくなりながら、食べ終えてすぐに眠りについてしまった孫の顔を見る。片づけをしてくれる義娘を見て、息子は幸せだなあと少し嫉妬した。
「この子が大きくなるまでちゃんと生きてやれよ」
そう言うと、息子はうんと小さく返した。
「キャッチボールでもしようか」
僕の発言を嫌がる息子。無責任に煽る義娘。
 目も悪くなってるんだな。うまいことボールを捉えられない。が、なんとか捕球しては送球する。
「昨日仏間の掃除してたら母さんの日記があってさ」
「浮気でもされてた?」
無邪気に聞く息子。妻の浮気で一回離婚しかけているのを息子は知らない。
「ヒッチハイクで世界一周する約束してたんだよ、母さんと。でも時間もないし、何より怖くてできなかった」
「そうなんだ」
「だから、来週から行ってくる」
息子はボールを取り損ねた。心配だからやめてくれ、と強く言われた。息子に怒られる年になったか、と少し感慨深くなった。飽きれ戸惑う息子。
「死んじゃったら何にもならないぜ」
幼い頃に母を亡くした息子の人生哲学なのだろうか。息子の方がまともなのかもな。僕の人生最後になるかもしれない教育は、自己中心的だけど本心からのものだった。
「やりたいことをやったのなら、きっとそれでいいんだ」
ストレートの握りに強く力を込めた。
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