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10.鉄風、鋭くなって

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 錆びてあるいは焦げて。砕けてまた砕かれて。粉々に、微塵に、散り散りになった、かつて機械や車や元々屑鉄と呼ばれた鉄達が強風に煽られて飛んでいく。それは砂埃より重く苦く、人に刺さり傷つける。それは人の発する言葉の矢にも似ていた。イエスの体にはどちらも突き刺さった。
 咽を痛め付ける、鋭さを増す鉄風の中で人々は悪罵をイエスに投げ付ける。避けるでもなく、聞き流すわけでもなく、イエスはそれらを全て受け入れた。その姿勢はある種の人には感銘を、ある種の人には苛立ちを与えた。

 ユダはトマスを何処かに置き去りにして一人で歩いていた。誰にも縛られる事もなく、共演者も聴衆も気にせずギターを弾き、歌った。荒廃した地に合うような、KORNの「Got the Life」や「Twisted Transistor」を歌った。ユダの歌は見向きもされなかった。原因の半分は選曲によるものだが、元々イエスと出会う前のユダの弾き語りは、人々の足を止められるものではなかった。構わずユダは弾き語りを続けた。一本また一本と弦は切れていった。開いている楽器屋はなかった。第六弦さえあればKORNは意外と弾けた。人々は憐れみの目でユダを眺めた。誰かがユダにイエスの映っている動画を見せた。

「あなたの共演者達は何処に居ますか」インタビュアーの顔は見えない。
「彼らに罪はありません」イエスは答えた。
「私が彼らをそそのかしたのです」イエスはユダとマリアを庇っているらしかった。警察や暴徒から彼らを救おうとしているらしかった。

 ユダは最後の弦を自らの手で引きちぎった。指の皮が剥けた。
「イエス!」ユダは叫んだ。
「イエス! 嘘を吐くなイエス! 俺達はそそのかされてなどいない! お前の歌が罪ならば、俺のギターもマリアのダンスも大罪だ! 俺も共犯だ! 俺の罪も、お前との日々も、なかった事にするな、イエス!」
 ユダはイエスとの日々を思い出していた。マリアが加わる前の二人だけの日々ばかりが思い出された。二人でヘッドバンギングしながらKORNを演奏した。イエスに教えてもらったKORNの曲のお返しに、ユダはイエスにNUMBER GIRLを教えたものだった。もうその日々は帰って来なかった。

 マリアは様々な種類の動物達が集う群れの中心で寝息を立てていた。彼女を囲む外周の動物達には既に冷たくなっている個体もいた。それらを食べて群れはまた生き延びた。

 厄災以降ろくに機能していなかった警察だが、世間の声に乗せられるようにして、イエスを逮捕した。イエスの父ヨセフはその報をイエスの生家近くの避難所で聞いた。イエスの兄弟達の数は半数に減っていた。
「マリア」ヨセフは呟いた。
「これ以上息子を失いたくはないよ、マリア」
 しかしその声を聞く母マリアの姿はどこにもなかった。代わりのように猫が、一声鳴いた。
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