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「What It This」Jonathan Davis

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動画はこちら
https://youtu.be/pSABKRTtJM8


 疲れ切ってKORNばかり聴いている

 ふと呟き、自由律俳句のようだと思い、いろいろ詠む。

 新しく出来た古着屋に行く

 メタリカキャップを買うのをやめる

 息子がおやつを食べているまたKORNを聴く

 ジョナサン・デイヴィスについて調べる

 布張りの椅子を叩く


 朝食を食べながらNHKのEテレを観るのが日課になった。「コレナンデ商会」という番組がある。オープニングで「これなんで、これなんで、これなーんで、商会!」と歌う。それを観ながら私はジョナサン・デイヴィスの「What It This」という曲を思い出していた。近頃仕事で疲れ切ってKORNばかり聴いていた。疲れると何故KORNを聴くのかという説明はうまく出来ない。むしろ余計疲れるのではないかと思う人もいるだろう。癒やしを求めるのならもっとこう穏やかな人の歌などを。しかし私の耳はとりあえずKORNを求めた。あるいは魂や心臓や脳味噌は。
 そんなKORNのボーカルがジョナサン・デイヴィスで、ソロでも活動している。

 基本水曜日を休日にしている。
 少し早く起きてシャワーを浴びる。
 起きてきたココと妻と朝食を食べ始める。Eテレを見る。「キッチン戦隊クックルン」「はなかっぱ」「コレナンデ商会」と続く。妻と娘を送り出す頃に健三郎を起こし、朝食を食べさせる。私と妻が両方仕事の日は8時からの登園、私か妻が休みの日は9時登園となっている。
 家の中で遊び続けたがる健三郎を着替えさせて、認定こども園「レッド・ツェッペリン」へと自転車に乗せて送っていく。「ドンドンタン! ドンドンタン!」と口ずさみながら、すれ違う見知らぬ人達に手を振る健三郎を時々押し留める。
 買い出しに行く途中で音楽小説の構想を練る。KORNは「Twist」で一発目に書いているから、ジョナサン・デイヴィスの「What It This」にしよう。買い出しから帰ったら鍵をかけ忘れていた家の中にジョナサン・デイヴィスが入り込んで来ていた話を書こうと決める。近所の公園でオジー・オズボーンと話し込んだり、幼稚園の入園式にアンガス・ヤングが登場するような話を書いているから問題ないだろう。
 モンスターエナジーのオレンジ味を飲む。

 こんな話だ。

 開いていたドアの向こう側にドレッドヘアーのジョナサン・デイヴィスが居た。ばつが悪そうに立っていた。道に迷ってついうっかり入り込んでしまったようだった。居間の壁に貼った子供達の写真を指差してジョナサンは「これは何だ?」と聞いてきた。「私の子供達です」他にもありとあらゆるものを指してジョナサンは問い続けた。
「これは?」「書きかけの小説です」
「これは?」「弾けなくなったギターです」
「これは?」「生まれてこれなかった子供達への想いです」
「これは?」「目の前にいる不審者に対する素直な気持ちです」
「これは?」「今から食べようと思っていたサーモンフライです」
「これは?」「あなたが勝手に食べたサーモンフライの残りの尻尾です」

 飲み物をあげなかったらジョナサン・デイヴィスは勝手に出て行った。


 一度で終わらなかった買い出しから戻ると11時半。3月まで通っていた、妻の勤め先と提携していた保育園と違い、「レッド・ツェッペリン」では特に預ける事情がなければ12時40分には迎えに行かなければいけない。掌編一編書き上げるのには、ある程度アイデアが固まっているのを前提条件として、集中しての最低一時間半が必要である。今日は執筆を諦めよう、と決めた瞬間にインターフォンが鳴った。
 セールスか、近所で施行中の工事現場からの「これからしばらくうるさくなります」のお知らせか、はたまた私へのストーキングを隠さない職場のあいつか、と思いながら恐る恐る出てみると、私の父親が立っていた。

「新しく出来たイオンを覗くついでに」と、事前に連絡もなく来た事を父は詫びた。実家は自転車で30分もかからない距離だが、会うのは久し振りだった。
「白内障の手術をして仕事を休んでいるから、時間を持て余してな」とも言った。今年で72歳だったか。最近の子供らの動画や写真など見せて過ごす内に、健三郎を迎えに行く時間になった。父の髪型はドレッドヘアーではなかった。新しく出来た古着屋の場所を教え、父と別れた。

 健三郎を連れて帰宅後、私の仕事疲れなど気にもせず、健三郎は私で遊び続ける。私は大きな遊び道具となる。「休憩」と自分から言い出しておやつを食べる健三郎を横目に、私は再びKORNを聴きながら洗い物を片付けていった。やがて妻が帰宅し、遅れてココも小学校から帰って来る。健三郎が何度目かの休憩の時に、私は久し振りにドラムの練習をしようと思い、ドン・キホーテで買った、茶色の布張りの椅子をパッド代わりにして叩いた。
 AudioSlave「Like A Stone」、Morrissey「First of the Gang to Die」、Hi-STANDARD「THE SOUND OF SECRET MIND」、そしてSystem Of A Down「Violent Pornography」でワンセットと考えていたが、3曲目の途中でやっぱり「パパ遊ぼ!」攻撃が始まり、ココも巻き込んでの鬼滅ごっこが始まる。
「ぜんしゅうちゅー、みずのこきゅー、いちのかた、ぜんしゅうちゅー!」と集中しすぎ感のある太刀を私に食らわせて健三郎は満足げである。

 翌日の仕事中に、唐突に私の中でゆらゆら帝国「人間やめときな」が流れ始めた。かつて夜勤と日勤を行ったり来たりしていた時に頻繁に流れた、ハイロウズ「即死」よりもまずい状態かもしれなかった。
 ふとどうしてKORNばかり最近聴いていたのか分かった気がした。簡単に口ずさめないからかもしれない。

 遅く帰る日が続き、夜は子供らの寝顔しか見ない日が増えた。二人は同じ寝相でいる事が多い。まだもう少し起きて小説を書こう、と寝床にスマホを持ち込むが、いつの間にか寝落ちしている。
 目覚ましが鳴っても二度寝をする。ジョナサン・デイヴィスは書きかけのこの文章に向かって「これは何だ?」と懲りずに聞いてきた。
「私です」と私は答え、三度寝しようとし、ココに無理やり起こされた。

(了)
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