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「Boulevard of Broken Dreams」Green Day

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動画はこちらhttps://youtu.be/Soa3gO7tL-c
訳詞
http://blog.livedoor.jp/mijinco212/archives/10520215.html


 ゴジラが歩いているのに誰も気に留めていない。
 ゴジラの方でも所在なさげに、足元の人々を避けながら歩いている。このビル壊せるかな、というようにオフィスビルを覗きこむが、諦めたのか、中で働く人々に遠慮したのか、何も壊さずまた歩き出す。初代ゴジラとシン・ゴジラを足して3で割ったようなそいつは、俺が靴紐を結んでいる間に消えていた。
 どこかの誰かの妄想の成れの果て。もしくは俺のいかれてしまった網膜の上に羽虫のように飛び込んできた幻覚。

 俺は一人で歩く。周りの誰もが俺を見ない大通りを。俺は一人で歩く。無数の破れた夢の脇にある大通りを。俺はどこまで歩く? 俺は何処へ向かっていた? 俺は何の為に。誰の為に。

 人と話している最中にも俺は違う事をたくさん考えていた。恋人と会っている時も。上司に怒られている時も。結婚して子供の相手をしている間も。愛人とセックスしている時も。今書いている小説の続きや、新しく書こうとしている小説の構想や、これまで書いていたものの修正箇所の事などを考えていた。
「あなたはいつも何処を見ているの」
「人の話を聞け」
「おとうさん!」
「あなたは一体何が好きなの。何なら愛せるの」
 そんな事をよく言われた。一人二人ではなく。何人もから。繰り返し何度も。
 俺は書きながらも人と接していたつもりなんだが。
 俺は人も愛していたつもりなんだが。
「愛してるよ」
「人に言われてからようやくじゃないの!」
 この人は一体何を怒っているのだろう。この人は誰なのだろう。こんなことですら俺はきっと小説に書くのだ。そして忌み嫌われて。捨てられて。
「捨てたのはあなたでしょ」誰の言葉だったっけ。

 昔の知りあいの名前を検索する。怪しげなヒーリングを売りにしたシタール奏者がいる。音楽番組の特番に関わって表彰された人がいる。地方の文学賞の佳作をもらった人がいる。俺の本名では何も引っ掛からない。俺の筆名なら引っ掛かる。昔の筆名。今の筆名。俺はここにはいるらしい。

 けれども何処かで。心や頭の片隅で。眠っている時に見る夢と起きている間に見る夢の中で、いつまでも俺は一人だという気がする。誰と関わっていても、いなくても。学生の頃にノートに殴り書きしていた頃、夜中にパソコンに向かっていた頃、スマホで今こうして打っている間、俺の指に寄り添っているのは、俺の指だけだ。
 
 誰かの書きかけの物語の中でいつまでも動き出せず、その場に留まっている登場人物が道端で呆然としている。作者が筆を進めるまで彼らに未来はない。俺が散らかしてきた人達も途方に暮れている。
「俺はこの先どうすればいい?」
『僕らはみんな死んでいく』に出てきた谷繁が聞いてくる。どうするつもりだったか忘れている。
「第一部完、てジャンプの打ち切り漫画かよ」
『小説を書きたかった猿』の語り手がぶつくさ言っている。
 ごめんな、と言った側から俺は謝った事も忘れていく。違う書きかけの話の続きを考えている。周辺の風景も音も消えて自分の弱ってきた心臓の立てる小さな鼓動が響くのだけが聞こえてくる。その中を一人で歩く。ゴールが物語の終幕だとしたら、そこにはいつまでも辿り着けないかもしれない。俺自身が誰かの書いている小説の登場人物でないと誰が言い切れる? 俺を書いている作者よ、俺は戯画化された作者の分身などではなく、文字の中でだけであろうと、生きているぞ。適当な所で(了)なんて書いて終わりだと思うな。俺はお前の、いや、お前らの中にいつまでも居続けてやる。俺にとって俺の人生はフィクションなどではないのだ。

 眠りについた街にある破れた夢の大通りの脇を俺は一人で歩く。本当はとっくに気付いている。俺みたいな奴がそこら中にいて、俺と同じように、自分一人みたいな顔して歩いている事を。

(了)
 
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