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「The Passenger」Iggy Pop

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※勤務先で同僚からたまにお題を出されて文章を書く(後に回し読みされ、駄目出しを受ける際は仕事で失敗をやらかした時のように直立不動で説教を受ける)。今回のお題には、元々音楽小説集で使うつもりだったネタを注ぎ込んだ。「実体験+私小説風ファンタジー+楽曲関連のエピソード+これまでの音楽小説リミックス」といった形になってるので、若干過去作とのネタかぶりがあります。ご了承下さい。

動画はこちら
https://youtu.be/hLhN__oEHaw


 地球に生きる生物達はこれまで大規模な大量絶滅を5度経験している。有名なのは、巨大隕石衝突に起因すると言われる恐竜絶滅。その他プレートテクニクスやら大気成分の構成の変化や氷河期やら。今は主に人類が引き起こしている、6度目の大量絶滅の最中だという説もある。特に全生物種のうち96%が絶滅した、ペルム紀末(約2億5,100万年前)の絶滅の原因は……。
「いいから運転替わって」と和之は言った。
「免許ない。それでペルム紀末の大量絶滅の原因なんだけど」
「なくても運転くらい出来るだろ。右がアクセル、左がブレーキ。ジャンプしながらハンドル切ってドリフト走行」
「そんでレインボーロードでは、キノコ使ってダッシュして大きく飛んでショートカット」
 当時でも古い機種のニンテンドー64でマリオカートを二時間プレイした後だった。現実の公道でもキノコくらい落ちているかもしれないが、踏んでもスピードアップはしない。
 和之が北海道のバイト先で、先輩から無償で貰ったという軽自動車はぼろぼろで、スピードも出ないのに乗って一時間も経たない内に尻が痛くなって来た。
「事故っていいなら替わるけど」
 仕方ねえな、とぼやいて和之は運転を続けた。

 2009年の夏の終わり、私と和之は海へ向かって車を走らせていた。和之は学生時代のバンド仲間の一人で、全国放浪の旅から数年ぶりに帰阪していた。和之は友人達と飲んだり遊んだりした後、やっぱり何処かにフラフラしたい、と言って、一番暇そうな私を誘った。好きなミュージシャン二人が立て続けに亡くなり、気落ちしていた私を気遣っての事だったとも思う。和之の鼻ピアスは放浪の中で傷付き色落ちしていた。私は当時勤めていたバイト先のゲームセンターの店長から「今年いっぱいで閉店するから」と告げられてもいた。
「今の内に車の免許取りに行こうとは思ってるよ」
「じゃあ今乗ってもいいだろ」
「駄目だろ」
「俺もうケツが痛いんだよ」
「俺もだよ!」
 仮に運転を替わっても尻が痛むのは変わらないだろう。

 カーナビなんてあるはずもないがラジオは付いていた。亡くなって間もない忌野清志郎が歌っていた。清志郎に限らずたくさんのミュージシャンは解散したり死んでしまったりで、二度と新譜が聴けなくなるなんて事はよくある事だ。当時の私が清志郎とアベフトシ(thee michille gun elephantのギタリスト)の死に落ち込んでいた本当の理由は、どれほど嘆こうと悲しもうと、彼らと私とには実際には繋がりはなかったわけだし、亡くなってしまった彼らに私の気持ちが伝わるはずもなかった事だった。彼らの残した楽曲は死後も残り、これまで好きだった人達やこれから好きになる人達と関わり続ける。翻ってみるに自分はどうだ? 何か人に残せただろうか。別に曲だとか絵とか物語だとかそんな大それたものでなくても、思い出すだけで楽しくなるような思い出だとか。「あなたはもう覚えていないかもしれないけれど、あの時の一言、嬉しかったよ」みたいな何気ない言葉だとか。

 頑なに運転を拒み続ける私と、ラジオから流れるどの曲もハードコアにアレンジして歌う和之を乗せて、車は海に近付いていった。窓を開けると潮の香りと、遠くの花火の音が飛び込んできた。防砂林に隠れて見えない砂浜から、男女の歓声も聞こえてくる。潰れたレストランの駐車場に車を停めると、今まで走っていたのが嘘みたいに、軽自動車は廃虚の一部として風景に溶け込んでいた。

 和之はインドの民族楽器シタールを担いで、私は西アフリカの打楽器ジャンベを抱えて砂浜へ向かった。和之は海にサメ漁に出て死にかけた話をしていた。「次は山に行って悟りでも開いてくる」と簡単そうに言う。砂浜にはサンオイルの空き瓶や空気の抜けたビーチボールが転がっており、足で払いのけて私達は即席のステージを設営した。先程まで騒いでいたらしい若者達は、男女二人組になって各自何か話したりふざけあったりセックスしたりしていた。
 私は和之に尋ねた。「最初はどの曲にする?」
「決まってるだろ」そう言ってKORNの「twist」を歌い出す。というかもはや叫びだ。私達の青春の一曲は40秒間の咆哮だった。私もジャンベで合わせると遠くの男女がざわつき始めた。風が強く、波の音も高いのに、和之の魂の叫びはそれらの音をかき消して周辺の空気を震わせ始める。リズムに合わせるように波間で夜光虫が明滅していた。
 激しい曲は最初だけで、その後は忌野清志郎の「スローバラード」をしっとりと歌ったり、歌わずに二人で即興のセッションをしたりしていた。今が青春時代の若者達はいつのまにかいなくなっていた。最後はIggy Popの「The Passenger」で締めた。車の中での和之とのやり取りで、この曲にまつわるエピソードを思い出したからだった。デヴィッド・ボウイとイギー・ポップが組んでツアーをしていた際に、仲の良い二人は同じ車に乗って旅をした。しかしイギー・ポップは車の免許を持っていない為、デヴィッド・ボウイしか運転はしなかったという。「Passenger seat」だと助手席という意味になるのだとか。

 その後私はどん底の状態から少し立ち直り、車の免許も取りに行き、バイト先が潰れた後は様々な日雇い仕事をし、その内の一つの工場の常連になった後、そこで働き始めた。和之の近況を調べると、本当に山で悟りを開いて、怪しげなスピリチュアルの人になっていた。連絡は取っていない。でもあの日がなければ、私はあの頃もっと最悪な道に進んでいたのかもしれない、と感謝はしている。

 パトカーのサイレンが近付いて来て、私達は砂浜を引き上げた。
「帰りの運転は頼むな」
「だから免許ないって」
 潰れたレストランに戻るとぼろぼろの軽自動車は消えていた。
「鍵かけるの忘れてた」和之は泣くように笑った。それから近くの駅のベンチで寝て、始発で帰った。車内でジャンベを叩くと、向かいの席に座っていたお爺さんに怒られた。
 

(了)

 ペルム紀の大量絶滅の原因は「Breed」で解明済み。http://neetsha.jp/inside/comic.php?id=21721&story=20

 
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