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「リッケンバッカー」リーガルリリー

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動画はこちら
https://youtu.be/V-lYzz5BNo0

今回いくつか関連動画があります。

「Disarm」The Smashing Pumpkins
https://youtu.be/d1acEVmnVhI
「Disarm」の作られた背景
http://eyagiyagiland.seesaa.net/article/276032155.html
最近のビリー・コーガン
https://youtu.be/3oD0B8MqG60
オジーと少年
https://youtu.be/Gz2fWwdvhOY



 とあるバンドマン殺人事件の重要参考人として裁判所に召喚されたのは一本のリッケンバッカーというギターであった。黒色のリッケンバッカー 381である彼の主張は一貫して無罪であった。

「私が被害者に無謀な夢を見させてしまった。彼は夢に破れて中途半端に音楽をやめた。するとなおさらに彼は意気消沈し、当たり前の毎日を過ごす事をやめてしまった。それは殺人と同義だと。それは全てギターである私に責任があると、皆が私を責め立てているわけでありますが、異議を唱えます。被害者がそもそも私を選んだのはビートルズの影響である事は明らかであり」
 そこから先は弁護人であるオジー・オズボーンが代弁した。老いてなお衰えない怪物のような眼光で周囲を睥睨する。しかし話し出すと表情は柔和な物となり、人のいいおじいさんのようでもある。

「弁護人のオジーです。ブラック・サバスのボーカルなどをやっておりました。今はソロ活動に専念しております。私も毎日ビートルズを聴いております。ドラッグに溺れて死にそうだった頃も、『同じコードを延々と弾き続けないで!』と妻に怒られて泣いた夜も、コウモリの首食いちぎり事件から37年後、首のないコウモリのぬいぐるみの発売記念パーティーの夜も。被疑者と同じリッケンバッカーも何本か所有しております。」
「本件と関係のない発言は控えるように」と裁判官はオジーをたしなめた。当然オジーもリッケンバッカーも聞きはしない。

「音楽と死、という事件性から私が弁護人として呼ばれたのでしょう。私の書いた曲を聴きながら自殺してしまった少年が、かつていました。私のライブには動物の死骸がステージに投げ込まれました。ソロ活動を始めた際の最初のギタリスト、ランディ・ローズは飛行機事故で亡くなってしまいました」
 リッケンバッカーはといえば自らの弦をチューニングし始めた。第5弦を鳴らすボーンという間の抜けた音がオジーの高説の合間に響く。
「多くのバンドマンは死にます。今回の被害者のような死に方もあれば、ドラッグに溺れてしまったり、世間から忘れられたり、生活に追われ自らがバンドマンである事を忘れてしまったり。それらは何もバンドマンに限った事ではありません。小説家であれ、役者であれ、絵描きであれ、表現活動に携わる者全てに共通の事であります。私は今年で72歳になります。幸いにもこの歳まで現役でミュージシャンとして活動を続けておりますが、長い年月の間に、壊れてしまった人、別の道へと進んだ人、もう忘れられてしまった人など、たくさん見てきました。彼らは全て死人ではありません。違う道で生きている人達です」

 傍聴席に並ぶ歴代のオジー・オズボーンバンドのギタリスト達にオジーは微笑みかける。その中には亡くなったランディ・ローズも混ざっている。

「スマッシング・パンプキンズの『Disarm』という曲をご存知でしょうか」
 オジーの声に応えてリッケンバッカーが『Disarm』のイントロの美しいギターを奏で始める。傍聴席からちらほら歓声があがる。裁判官は場内を静める事を諦めてしまっている。
「スマッシング・パンプキンズのボーカルでありギタリストでもあり、この曲の作詞作曲家でもあるビリー・コーガンは、複雑な家庭環境で育ちました。親を恨みながらも、彼はそのマイナスの感情を創作活動へと向けて、恨む相手を打ち倒すのではなく、美しい曲を書くことで復讐を果たしました。彼の過ごした忌々しい幼少期に対して『燃え上がれ』と歌い、子供の自分を切り捨てると宣言しています。そのように激しい内容の歌詞でありながら、出来上がった曲はどうしようもないくらいに美しく、多くの人々の魂を揺り動かし、両親との和解のきっかけにもなっています」

 リッケンバッカーが続ける演奏に合わせて歌う者がいる。ビリー・コーガンその人である。「Disarm」発表当時の面影は消えているが、スキンヘッドの52歳の口から流れ出る曲は裁判所自体の魂を揺らす。壁が、床が、天井が、よりビリーの歌声を響かせようと、ありもしない骨を曲げて、スピーカーへと変貌する。

 演奏が終わるのを待って再びオジーが口を開く。
「私は日本人の少年ギタリストと共演した事があります。『Crazy Train』を彼は弾いてくれました。ランディ・ローズと同じ、水玉模様のフライングVで。ランディの演奏を愛した少年が時を超え海を越えて私と少年を結びつけてくれました。彼の演奏動画を観た知り合いが紹介してくれ、すぐに妻がオファーを送りました。ランディの死はランディの奏でた曲の死ではありませんでした。そのような例は私に限らず、至る所で無数に見られます。音楽は死人をも生き返らせます。死に瀕していた者を蘇らせもします。元気のある者から更なるパワーを引き出します」

 リッケンバッカーに寄り添う者がいる。警備員も手を出さない。彼は今回の被害者とされている、名もなき一人のバンドマンである。裁判の後では夜のバイトが待っている。朝までクラブのボーイを勤めなければいけない。彼の目はまだ淀んではいる。眠そうでもある。魂はまだ目覚めてはいない。しかしギターを持てば自然と指は動いた。ポケットの底から取り出したピックで彼の最も愛する曲を奏で始めた。

「被告人を無罪とする」そう宣言した裁判官が閉廷を告げる。傍聴席に居た数多のミュージシャン達はいつの間にか姿を消している。歳には勝てずひどく疲れたオジーが椅子にへたりこんで被害者の演奏を聴く。鼻歌でメロディをなぞる。
「なんて曲だい、バンドマン」
「リッケンバッカー」彼は自らの奏でるギターと同じ名の曲名を答えた。見開いた目で。生き返った体で。大好きな曲の名を。

(了)
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