動画はこちら
https://youtu.be/3cupbrwhNp0
間に合わない。
が、走る。
訃報だよ。
もう死んでんだよ。
会っても話も出来ねえんだよ。
俺の声は聞こえねえんだよ。
でもあいつの歌声は耳に残ってて。
とりあえず走る。
夜中だし。
終電終わってるし。
タクシー拾う金ねえし。
転んで。
痛い。
知るか。
走り続ける。
見た事のない品種の猫が、這うようにして猫の集会に向かっている。シャッターの壊れた倉庫の入り口にスキンヘッドの男達が入っていく。今夜は月面のでこぼこが肉眼でもよく見える。背中の開いたドレスを着た髪の綺麗な女が地面にゲロを吐いている。顔を上げたら老婆だった。1から9までのプッシュボタンが取れた、公衆電話の受話器にすがり付いて誰かに話しかけている男が昔の友達に似ている。
だからどうした。
走る。
バクバク鼓動が鳴っている。
お前の事半分も知らなかった気がする。
俺の事だってろくに言ってなかったな。
俺は昔、茶色の服ばかり買ってたよ。
茄子が嫌いだったけど今は好きだ。
「茄子」って漫画が面白かったからだ。
趣味は、踊る事、走る事、演じる事、音楽を聴く事、映画を観る事。
それから。
それから。
こんな時間だってのに車は走っていて、その音が耳障りで。雨も降っていない夜中に傘を差して歩いている女がいる。月光で焼けてしまう肌の人もいるんだって。誰の台詞だっけ。潰れっぱなしの商店街に何で空き缶が落ちてるんだ。地面を舐める。ジーンズの膝が破れる。遅れて痛みがやって来て、激しく転んだ事に気付く。少しの間足を引きずったがまだまだ走れる。商店街の出口に張られた巨大な蜘蛛の巣を突き破る。誰か付いてきた。誰か戻っていった。また一人だ。
また、走る。
見知った道になってきた。
あいつと歩いた道だ。
あいつが歌っていた歩道橋だ。
あいつが殴られていた居酒屋だ。
あいつのいない街並だ。
都会の真ん中でお前は何を思ってた?
バクバクと鼓動が鳴り止まない。
脚はまだまだ動くのに心臓は破裂しそうだ。
夜が明ける。
お前の残したビートに乗せて、走っている。
まだまだ足りない。もっと作れよ。
また、歌えよ。
いつの間にか傷だらけだよ。痛くねえよ。タクシー拾う金ねえし、走るよ。あいつは何処にいるんだよ。スマホどっかで落としたよ。明け方だってのにライブハウスから爆音がこぼれてるよ。知ってる曲だよ。好きな曲だよ。でもあいつの曲じゃない。あいつはもう歌えない。俺は走るよ。タクシー拾う金ねえし。タクシー走ってねえし。ライブハウスから溢れだして、街の底に流れているベースラインに足を取られそうになるけど、俺はあいつの遺したビートの方に乗っかって、走るよ。あいつの書いた歌詞が落書きされた壁を蹴る。雨のようにあいつの歌声が降っていた。ここでもあそこでもお前は歌っていた。だからまた歌えよ。
お前のいない世界でも俺は踊るよ。
お前の遺した歌に乗せて踊るよ。
喉渇いたな。
へとへとだよ。
もう歩けねえよ。
だから、走るよ。
(了)
志村 正彦(しむら まさひこ、1980年7月10日 - 2009年12月24日)は、日本のミュージシャン。ロックバンド・フジファブリックの元ボーカリストおよびギタリスト。
MVで走っているのは、「夜明けのBEAT」が主題歌に使われたドラマ「モテキ」主演の森山未來。監督は「モテキ」と同じ大根仁。志村の死後に製作されたため、バンド演奏場面で志村の姿はない。