動画はこちら
https://youtu.be/qhduQhDqtb4
ライブ版
https://youtu.be/R8wG1W1TPgw
今回は拙作「悪童イエス」の登場人物が出てきます。未読の方はこの機会に是非。
http://neetsha.jp/inside/comic.php?id=21543
混じっている。生きている者と故人とが。
ハロウィンナイト。ハロウィンナイト。ハロウィンナイト。きゃりーぱみゅぱみゅが百人以上歩いている。半分以上は本物である。向井秀徳(Number Girl)と吉村秀樹(bloodthirsty butchers)と吉野寿(eastern youth)が酒臭い息を吐きながら肩を組んで歩いている。あらゆる武器で腹を貫かれたイエスが。足を引きずり歩く、ギターを抱えたユダが。幼い子の手を引くマリアが。
潰れっぱなしの商店街のスピーカーから、ビルとビルの間に設置された巨大なアンプから、人々の口から、流れているのは、Muse「New Born」だ。大人しいながらも、これから始まる混沌を意識させるようなピアノのイントロから始まり、刃こぼれの激しいノコギリで内蔵に切りつけてくるような狂暴なギターリフのある、あの曲だ。「生まれたばかりの/新生の/復活した」という意味を持つ曲名だ。
仮装行列に紛れてこの世ならぬ者達が歌い、踊る。大通りの裏では、腹を貫かれたイエス/全ての人々の罪を引き受けた男/が、彼を殺した連中を引き連れて「New Born」を歌い上げる。アコースティック・ギター一本で平気でディストーションサウンドを再現する変態ギタリスト/イエスを最も愛した男/ユダ/が行列のラストを締める。マリア/イエスの歌に乗せて躍れば、世界の有り様を変質させる事も出来た元ダンサー/は、幼い息子にパレードを見せる。ソング/イエスとマリアの息子/まだ言葉は持たない/は、さっきまでうとうとしていた事などもう忘れている。ハロウィン色に化粧された街並と、街中に響く轟音の楽曲と、仮装と死に顔と生き狂う人々の群れに心打たれている。イエス達の行列が過ぎてもまだまだ人々はやって来る。他の街から/世界中から/死者の国から/それを眺める人々のまぶたの裏から。
それらの様子を描く男がいる。丸みを帯びた輪郭の人々と、人ならざる者まで同居し始めた風景を漫画として描いている。
(もうどこも痛くない)
(手も震えない)
(酒買って飲もうか)
(いやせっかく調子良く漫画描けてるんだし)
(俺病院で寝てなかったっけ)
手持ちのスケッチブックが埋まってしまうが、通りすがりのコスプレイヤー達が彼に漫画道具を渡していく。
(あ、ななこだ)
(俺と同じ格好の奴等もいる)
自作のキャラクターの姿をした者を見つけ、彼は照れる。
(ああ、この展開はつまりあれだ)
(俺死んじゃったんだ)
悟った後も彼は描き続ける。改めてタイトルをつけている。「病没後」吾妻ひでお、と。
長過ぎる夜の中で生者と死者を見分けるコツが一つある。より元気な方、疲れ知らずの方が、故人達だ。マリアは息子を連れてもう家に帰っている。イエスとマリアの子ソングは母に抱かれながら寝息を立てている。イエスを先頭に、ユダを最後尾にした演奏パレードは人数を増やして街中をぐるぐると回り続ける。ユダはいつまで経ってもイエスに追い付けない。もうその中に生きている者はいない。
故人達のお祭り騒ぎをよそに、生きている者の上に朝が来る。目が覚めたイエスとマリアの息子ソングが開口一番「パパ?」と呟く。もうこの世にはいない父親に向けて、初めて意味のある言葉を発する。マリアはまだ眠っている。「パ、パ、パ、パ」とソングは楽しげに繰り返す。
次第に彼の声は歌へと変わる。
歌声に起こされたマリアは、久しぶりに少し踊ってみる。息子は楽しげに歌い続けている。空腹で目が覚めた事も忘れて。おむつで受け止めきれない量のおしっこをしている事にも気付かずに。気が付いたマリアは息子のおむつを換えてやり、乳をやる。
それから昨日覚えた「New Born」をマリアは口ずさむ。だがソングがキョロキョロと、父の姿を探し始めたので、一度きりで止めてしまった。
死者達はといえば、終わらぬハロウィンナイトの中で、まだまだ歌い、躍り、描き続けている。
(了)
※書いている最中に大好きな漫画家、吾妻ひでおの訃報を目にしたので組み込みました。ご冥福をお祈りします。