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「今日もどこかでデビルマン」十田敬三

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動画はこちら
https://youtu.be/DNtxwHOOagM

他作中登場曲
「そのいのち」中村佳穂(ライブ、動画の2曲目、4:40~)
https://youtu.be/7eyOKJwaZJg

「BABY BABY」銀杏BOYS(ライブ)
https://youtu.be/XLDq6YLCMEE

「ヤングアダルト」マカロニえんぴつ
https://youtu.be/b5qDEwUMIQg

漫画版デビルマンのあらすじ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%83%93%E3%83%AB%E3%83%9E%E3%83%B3



「実は俺」と明は切り出した。「デビルマンなんだ」と。
 マクドナルドの店内は混んでいた。聞き取れなかった振りをしてもう一度聞き直すと、律儀に一回目と同じように深刻な顔をして「実は俺、デビルマンなんだ」と繰り返した。
「そうなんだ」
「666番でお待ちのお客様ー」店員が私達の注文番号を呼んだ。
「取ってくるね」
「ああ、うん」明は腕を組んで頷く。彼が考え込む時の癖である。鋭い目つきが泳ぎ始める。

 私のエビフィレオセット、明の照り焼きバーガーセット。飲み物はお互いコーラ、明の分はLセットにしてある。いつ来ても同じメニューにするのは、好物であるのと同時に、あれこれ思い悩む時間がもったいないからだ。どの店に入るか、どれを食べるか、そんな事だけで何十分もあっという間に経ってしまう。その時間を他の事に使いたい。向かい合わせに座っていたのを、明の隣に移動する。私は最近聴いている曲をYouTubeで再生し、イヤホンを明の耳に差し込む。こういう時の明はいつもされるがままである。
 中村佳穂「そのいのち」が始まると、明は困惑した顔をする。私は明の顔を眺めながらポテトをつまむ。明の唇の端に照り焼きバーガーのタレが付着したのを、私が指で拭き取って舐める。明の味がする。動画に夢中の彼は、私が明を味わっている事に気付いていない。
「こんな曲、初めて聞いた…何ていうか、すごいね。所々歌詞の意味が分からないけど。沖縄とかそういう?」
「響き優先で意味はないのかな? 幾つか他の曲も聴いたけど、普通の言葉だった。詳しく調べて意味を知ってしまったら、何だかもったいない気がして」
 明の耳が少し尖る。勇気を出してカミングアウトした彼だが、とっくに私にはバレていた。全てお見通しである。やがて地獄が来る事も、彼が私を守り切れない事も。明が嘘をつくのが下手なのと、私の勘が鋭いのと。どちらも悲劇的なのだけれど、明には言わないでいる。

「美樹、さっきの話聞いてた?」
「うん、明はデビルマンなんでしょ」
 だから俺は、と明が言いかかるのを私は止める。「カラオケ行くよ」私が少し残したフライドポテトを明が頬張る。耳は元に戻っている。
 カラオケBOXに入って「そのいのち」を選曲してみるが上手く歌えない。明はいつも通り銀杏BOYS「BABY BABY」を全力で歌い出す。
「ハロー、絶望」と私は明には聞こえないように呟いて、マカロニえんぴつ「ヤングアダルト」を予約する。明にはまだ聴かせていなかった曲だ。始まった途端明はモニタに映る歌詞に釘付けになっている。「夢を失った若者達は 希望を求めて文学を…」私の感性を明は受け止めてくれる。私の好きな曲をいつだって好きになってくれる。どうして明と融合したのが私じゃなくてデーモンだったのだろう。明と常に一つになっている、地獄の勇者アモンに私は嫉妬している。何もかもを見通してしまっている私だってきっとまともな人間では、もうないのだ。
「美樹、どうしたの」
「何でもない」
 猫のように丸まって私は明の太ももに頭を乗せて明を見上げる。恥ずかしそうに目を反らした明は次に歌う曲を探している。知っている。この時間は永遠には続かない。明達デビルマンはもうじき迫害を受け始める。人々は暴徒と化して我が家を遅い、私は首を跳ねられる。守ろうとしていた人類に絶望した明はやがて…。

 明の背中で目が覚める。私の家まで後少しの所まで来ていた。明のゴツゴツとした手のひらが私のお尻を支えてくれていた。
「全然起きないから」
「ごめんね」
「いいよ」
 全部夢だった。
 そうだよね。
 明はデビルマンではないし、明日からも今までと同じ日常が続いていくし、いずれ私と明は結婚して子供も出来て、喧嘩したり病気になったりもするだろうけれども、最終的にはいい人生だったよ、一緒に居てくれて今までありがとう、みたいな終幕が待っていて。
 
 でも明はやっぱり、夜中に翼を生やして飛んでいく。私が夜空を見上げているのに気付きもしないで。うまく眠れない私はスマホをいじって、明に聴かせたい曲を探し始める。いつもと同じ道筋だと、結局同じようなジャンルになってしまうので、ややでたらめな聞き方をしてみる。ふと、井上陽水「東へ西へ」にぶち当たる。昼寝をすれば夜中に眠れないのはどういうわけだ、と陽水が歌っているのに、「昼寝をしたからだよ」と突っ込みを入れる。
 明はまだ帰らない。

(了)
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