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「ぐでんぐでん」萩原健一

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https://youtu.be/9RmulIPsttk
「ぐでんぐでん」萩原健一
https://youtu.be/RQc2B3Ehs-A
木村充輝✖近藤房之助バージョン

 メロスは呑んでいた。潰れていた。泥酔していた。いつのまにか連れが出来ていた。

「ショーケンてあだ名なんだけどよお、本名はケイゾウなんだよ。ダイケンとチューケンがいたから、俺はショーケンになったんだけど、本当はケンなんて付いてなかったんだ。聞いてるか兄さんおい」
 メロスはあまり聞いてなかった。今日も博打で負けた。負け続けていた。勝った記憶が最近なかった。勝っていた時も、すぐに女か酒に使うか、次の博打で勝った以上の金額を負けるかするので、浮く事はいつでもなかった。それでも続けているのはあちこちに借金しているからで、ただで飲み食いしているからで、すぐに女の所に転がり込むからだった。しかし今夜は初めて入った居酒屋だった。財布に小銭しか入っていない事にけっこう呑んでから気が付いた。

「おっちゃん、金ある?」メロスはショーケンに聞いた。
「ねえよ」即答された。
「ここの飲み代くらいはあるだろ」
「お前の分まではねえよ。ていうか俺の分もねえよ」
「どうすんだよ」
「ぐでんぐでんになるまで飲むんだよ」
「いや、勘定の話」
「んなもんツケでいいんだよ」
「俺ここの店は初めてなんだよ。おっちゃんは馴染みなの」
「当たり前だろ、この店なら…おいここどこだ?」
「あんたも初めてかよ!」
「てかお前誰だ?」
「はじめまして、メロスと言います」
「メロス君、お金ある?」
「だからないって!」

 食い逃げ確定の時点で二人はさらに注文を追加した。一応メロスは女に金を無心しようと電話をかけたが「あんたとは先月別れたでしょうが!」と電話口で怒られた。そうだっけ、酔って忘れてたかな、覚えてなかったかな、とメロスは悩んだ。トイレで吐くと悩んだ事も忘れた。

「俺は何度もしくじったからよう」
 席に帰るとショーケンがくだを巻いていた。
「警察に何度も厄介になってよう、面倒事山ほど起こしてなあ、兄さん、そうなっちゃいけねえよ。なりそうだけどよ、もうなってんじゃねえかなって見えるけどよ、ほどほどの所で済ませろよ。取り返しのつかない所まで行っちゃうと」
 ショーケンは少し間を置いた。
「取り返しのつかない事になっちゃうからよう」
 溜めて溜めて同じ事の繰り返しかよ、とメロスは思う。酔っぱらいみたいだ、いや酔っぱらいだった。俺もだ、俺も酔っぱらいで、きっとその内取り返しのつかない所まで、とメロスは思う。ぐでんぐでんになった二人は軟体動物のように絡み合いながら、揉めてる振りをしてさりげなく店を出る。出てすぐにショーケンが叫ぶ。
「走れ、メロス!」言われなくともメロスは走り出している。しかしショーケンは地面にへたりこんで動かない。
「おっちゃん何してんだよ、店員出てきたら捕まるぞ!」
「俺はもう潮時なんだよ。取り返しのつかない所に来ちゃったんだよ。お前だけでも逃げな」
「そんな事ないって。いやあるのかしらないけど。早く逃げよう」
「せめて若者の為の犠牲になってだなあ」
「もう三十手前だよ」
 しかし居酒屋の店員は一向に二人を追いかけては来なかった。ショーケンは照れながら立ち上がり、「もう一軒、行こうか」とメロスに訊ねた。
「だからお金ないって」
「どうにかなるって、多分」
「どうしようもねえな」
 それから二人は肩を組んで朝まで飲み歩いた。目が覚めると仲良く留置所に居た。

(了)
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