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https://youtu.be/kqm-84TF9MQ
咆哮が朝を揺らす。
獣ではなく、人の。
肌の下に血が流れる人間の。
ケチャのリズムに乗せて。右でも左でもない言葉を乗せて。
虹が途中で折れてぐちゃぐちゃに降り落ちた朝に咆哮の続きが響く。
歌が。
祈りにも誓いにも決意表明にも似た。
人の口から奏でられる音楽である歌が。
こんな風に。
「新しい差別が
人を殺した朝
正しさって何だろう
想像してよ、東京
新しい暴力を
何を持って乗り越えよう」
とか。
「夢の墓は
ビルの墓石 曇天の空
そうじゃなくて
君と笑う
いつもの帰り道であるはずだから」
とか。
頭に降る虹を振り払って人々がそれぞれの朝に向かう。雨は降り止んだのに傘を差し続けている人の目から雨の続きがコンクリートに落ちてすぐに乾く。眠気覚ましに暴力を振りかざそうとした老人がふと拳を止めて自らの耳の産毛をいくらかむしり取る。これから学校とは逆方向へと向かい、二度と家へも学校へも戻らない決意をした小学生達がいる。しかし彼らは日付が変わる前に家庭へと連れ戻される運命にある。
東京、と誰かが呟く。
別の誰かがシカゴ、とか、ブエノスアイレス、とか、もう世界地図には載っていない忘れられた地名だとかを口走る。彼らの肌の色は様々で、考え方も行動様式も千差万別である。同じ人物でも昨日と今日で、朝と夜で、恋人の前で家族の前で、たやすく別の誰かのようになれる。
誰かに取って始まりの朝。誰かに取っては最期の朝。
また雨が降り、また降り止み、束の間空に虹がかかり、バラバラに砕けて落ちる。
咆哮が聞こえる。やがて歌に。
「誰に勝たなくても
何にも負けてない
そんな日々を 続けよう」
そんな風に。
朝はまた別の朝に続き、昼が遠のく。
咆哮がまた繰り返す。歌声が増えていく。雨に歌が混じる。虹にメロディが乗る。
虹を食べる為に口を開ける赤ん坊がいる。
そこには虹は落ちてこない。
(了)