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「ミウ」BUCK-TICK

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動画はこちら
(ライブ版)
https://youtu.be/7vp5Q7UxymQ


 生まれつき背中に羽根が生えていた。物心つく前に空を飛べた。だから羽根の無い人の気持ちなんて分からなかった。歩いて、走って、あるいは自転車バイク車で移動する人達に「飛べばいいじゃない」と言って顰蹙を買った。分からなかった。羽根を持たない人の気持ちが。理解出来なかった。私を愛するという人の気持ちが。
「羽根が欲しいだけなんだろう」と私は言った。
「そうじゃない」と彼女は言った。
「あなたの事が好きなだけ、羽根なんて無かったって同じ」
 私の羽根は抜けても抜けても生えてきた。一緒に歩きたいという彼女を置いて空を飛んだ。私を見上げる彼女の目が寂しそうに見えた。
「飛べばいいじゃないか」
「あなたとは違うの」
「どうして一緒に歩いてくれる人を好きにならなかったんだい」
「たまたま好きになった人が空を飛んでただけなの」

 私の両親に羽根は生えていなかった。何代遡っても同じ。いっそ羽根なんて千切れて無くなってしまえば、彼女の愛を信じられるのに。こっそりと自ら引き千切った羽根は朝になれば生え揃っていた。
「そんなに言うなら飛び方教えてよ」とある日彼女は言った。物心つく前に空を飛べてしまっていたから、どうやって飛び始めたか教える事が出来なかった。
「君はどうやって歩き出したか覚えてるかい?」私がそう言うと、彼女は寂しそうに微笑んだ。

 昔絵本で読んだカラスの王の話を彼女にした。強くなり過ぎ、大きくなり過ぎたカラスの王は、同族を全て食い尽くしてしまった。しかしカラスの王の腹の中でカラス達は生きて暮らしていた。お腹の中の広大な空の中を飛び回り、生態系を作っていた。その間外の世界では、強くなり過ぎたカラスの王だけが耐えられるような厳しい環境になっており、ほとんどの生き物は死に絶えてしまった。数千年が経ち、外の世界が安全になった頃にようやくカラスの王は息を引き取る。同時に彼の腹の中から無数のカラス達が飛び出し、世界中の空を覆う。王の体内で進化した彼らは最早黒一色ではなく、色とりどりの羽根を持っている。絵本の最後のページはカラフルなカラス達で埋められていた。
「ずっと一人だったの?」
「一羽、だろ」
「あなたの話」
「じゃあ、一人、かな」

 私は女と暮らし始めた。しかし私は地に足付いた生活に馴染めず、一年も経たない内に一人飛び立った。世界中の国を飛び回り、時には撃ち倒され、時には見せ物にされ、時には大スターになった。そのどれもが虚しいものであった。女と暮らした何でもない日々が、歳を重ねる毎に重みを伴ってきた。しかしそれは自らの羽根を否定する事にも繋がっているように思えた。だがその想いも次第に薄れた。思うように飛べなくなり、歩く機会が増えた。足はいつしか女と暮らした街へと向かっていた。彼女が亡くなった、と風が私に伝えてきた。

 彼女は再婚し、私の知らない苗字になっていた。出迎えてくれた彼女の娘は、私が彼女の元から飛び立った頃にそっくりになっていた。
「美しい羽根と書いて、ミウ、と言います」と彼女は自己紹介してくれた。羽根は生えていないという。歳を聞くと、私の娘であるはずは無かった。私は彼女の父親が帰って来る前に家を辞した。

 私を愛してくれた女と暮らし続け、娘が出来、平凡な人生を送っていたら、と想像した。夢物語だった。とても心地好い、けれども今となっては決して叶わない話だった。私は独り朽ちるカラスの王で、彼女らは繁栄して様々な彩りを持つようになった者達であった。

 それから私は少し飛び、長く歩き、また少し飛んだ。羽根が抜けても新しく生えてこない箇所が目立ち始めていた。
 私は空を見上げる。今では珍しくなくなってしまった、羽根を持つ人達が飛んでいる。私は彼らの姿を目に焼き付ける。今夜夢の中で昔のように羽ばたけるように。愛する人を抱えて空を飛ぶ夢を見たくて。

(了)

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